昨日、玄関前にいた時に「すみません」と声をかけられ、見覚えのない方だったので「なんだろ?」と思い、近づくと、
「以前、お米をいただいて、そのままだったのでお返しを…と、何度かここを通る時に気にしてたけど、いつも車がとまってないから…今日お見かけできて良かった。」
「今日、太宰府に行ってきたのでよかったらどうぞ」
と、梅ヶ枝餅をいただきました。

「お米?いつのことだろ?だいぶ前ですかね?」
「お花をお渡しして…」と仰られ、「あ!薔薇を下さった方だ!」と思い出しました。
もう3年前の通りすがりの方とのやりとり。
顔まで覚えていませんでしたが、それは確かに残る幸せな記憶でした。
お米のことは忘れてましたが、薔薇を頂き、私もお返しに何か家にあるものを…と、きっと家にあったむかしの田んぼで育った2合のお米を、急いでお渡ししたのだと思います。
薔薇のお礼のお米だったはずなのに、それにお返しって…名前も知らないご婦人ですが、ずっと気にかけて頂いていたかと思うと、恐縮&ありがたく…
その後も「どちらに住んでるんでしたっけ?」「移住されてもう何年経ちますか?」など、お互いに質問と共に立ち話をしつつ、お別れをしましたが、
後から、名前をお聞きすればよかった、連絡先をお聞きすればよかった…とも。。。
でも、いつになるか分からないものの、きっとまたこんな風に思いがけないタイミングで会えたり声を掛け合えたりできるような気もし、その時は私も梅ヶ枝餅のお返しができたらとも思いました。
お返しで繋がる、思い合える関係もですし、こんな不確実でもあり、フワっとした余白のある緩い距離感や時間軸がもつ心地よさ、豊かさにも気づかせて頂きました。^^

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子
