ミマモリストの実践

ミマモリング=心を寄せること。

カグヤでは一緒に働き、一緒に生きる中で、お互いに心を寄せ、思いやることの大切さと、そこで生まれる感動や豊かさを大切にしたいと思っています。ただ仕事をするのではなく、自分の心の環境がそのまま仕事に表れるからこそ、「心を寄せること」を大切にしていきたい。そんな「ミマモリングを実践していく人々=ミマモリスト」の取り組みをご紹介いたします。

2017/08/22

「意味を深める」

シンガポールの人々、韓国の保育関係者の方々が
「MIMAMORU」という言葉に含まれている意味を
「日本人的美徳文化」として、また「保育の本質」として
受け取っているということをお聴きしました。

セミナーの中でも、
「見守っているだけじゃいけないよ」

「もっとやってあげないといけない」

そんな言葉が出るくらい、日本の保育現場では
「見る」と「見守る」の違いが浸透していない状況ですが、

海外の方々はなぜ感じられるのでしょうか。

海外ではこの「見守る」というスタンスと概念を
保育における「より専門性の高い」ものと捉え、
日本では「放任」と取る。

不思議なものですね。

「見守る」ということを焚火に例えて聴くことがありますが、

焚火を「見て」いるだけでは消えてしまいます。

しかし、火を「見守る」というのは消えないように状態にあわせていきます。

ただの焚火であっても、薪をくべすぎてしまっては、火は消えてしまいます。

同じように子どもたちの「意欲」や「自らの育ち」や「発達」を考えていったとき、
「見て」いるだけでは消えてしまうでしょうし、「やってあげて」いても消えてしまいます。

それを思う時、何が子どもたちの「火」を消してしまうのか。
日本は一度共通理解を図る必要があるのだと感じます。

「ダイアディック」(二者関係)から「ソーシャルネットワーク」へ。

「子どもと先生」「やってあげる」「放任」という二者関係から、
人と人とが繋がりあっていく環境、関係づくりへ。

自分自身の仕事の仕方、仲間との関わり、それぞれの目線に潜む
刷り込みに気づいていきたいと思います。

ミマモリスト
眞田 海