最近のテレビで、「“盲腸”は“役に立たない臓器”ではなかった? 」という内容の番組が放映されていました。それは、まだ研究途上だそうですが、「“盲腸”ってムダな臓器」というこれまでのイメージを覆すような発見が、いま相次いで報告されるようになってきているというものでした。人間の体や、反応には何か意味があるということで、無駄だと思われていたものは、ただ、解明できていないだけということのようです。そういう意味では、妊婦に起きる「つわり」も何か意味があるのかもしれません。
ですから、つわりを解消するために、効果の疑わしい薬を処方されるときには慎重になった方がいいとダンバーは忠告しています。その例が「サリドマイド」です。サリドマイドは、たしかにつわり止めには効果がありましたが、その先の影響を誰も考えませんでした。こうして、1960年代に、サリドマイドによる悲惨な薬禍が引き起こされることになったのです。つわりは妊婦に伴うホルモン変化の副作用に過ぎない、というのが医学界の定説でした。ただの副作用なのだから、薬で止めればいいというわけだったのです。しかし、進化の産物には、「ただの副作用」で片付けられないものも多いとダンバーは言います。そもそも妊婦自体はこれ以上ないくらいに自然なプロセスなのに、なぜつわりのような忌まわしい副作用があるのでしょうか?
ダンバーは、たしかに忌まわしいけれど、実はつわりはありがたいことなのだといいます。少なくとも生まれてくる赤ん坊にとっては、妊娠14週までにつわりを経験した妊婦は、流産の危険が明らかに低く、しかも大きくて健康な赤ん坊が産まれることが多いそうです。進化生物学者たちは、その理由を探ってきました。まず考えられるのは、母親の食事をめぐる胎児との闘争説というものがあるそうです。私たちは、おいしいからとか、気分がしゃきっとするとかいった理由で、弱いながらも毒性のある食品、さらには明らかな毒物さえも口にしていると言います。アルコールしかり、コーヒー、唐辛子しかり。ブロッコリーもそうだそうです。そうした食品に含まれるのは多くが発がん性物質だそうですが、催奇形物質と呼ばれるものも少なくないそうです。これは妊娠中に大量に摂取すると、胎児に異常を引き起こす恐れがあるとダンバーは警告しています。
健康なおとなであれば、催奇形物質を少量摂取しても体内で薄まるので問題はないそうです。しかし、胎児は非常に小さいので、母親経由でほんの少し入ってきただけでも悪影響を受けるというのです。ですからつわりは、母親が胎児に良くないものを食べすぎないようにする働きだというのです。
また、つわりの嘔吐は、食べ物と一緒に取り込んだ有害細菌を体外に排出する作用だという説もあるそうです。いたんだ肉を口にすると、胃がむかむかしたり、もっとひどいときは下痢をしたりしますが、いずれにしてもすぐ体調は回復します。ただし、これは大人の話であって、母親なら平気な量でも、胎児には大打撃です。ことに危ないのは、肉や乳製品だとダンバーは言うのです。リヴァプール大学のクレイグ・ロバーツとジリアン・ペッパーは、つわりの頻度と食生活を世界各地で調査をしました。その結果、まずコーヒーなどの刺激物とアルコールとの関係が明らかになったそうですが、それ以上に強い相関関係があったのは、実は肉、動物性脂肪、ミルク、卵、シーフードの消費量だったそうです。穀類や豆類ではそうした関連はなかったそうです。