ある音を聞いただけで、他の音とは独立して、その音にラベリングできる能力を絶対音感と言うことがあります。他の音との関係から音をラベリングする相対音感と対比されます。この定義に従うと、絶対音感は、音のカテゴリー弁別と、それに適切なラベリングをするという連合学習の二つの要素から成り立っているそうです。絶対音感を持つ人は、これらの能力が優れているということになります。
絶対音感には臨界期や敏感期があるとされています。ある総説論文では、絶対音感を保持する成人の87.5%が、5~6歳頃に音楽を始めており、9歳を超えて音楽を始めた人はいないとされています。大人に絶対音感のトレーニングを施した場合の成功例はないようで、5~6歳児に同じトレーニングを施して比較したところ、子どもの方がトレーニングの成果が出たという研究もあります。興味深いことに、3~4歳児だとトレーニングの成果があまり出ず、早すぎても遅すぎても絶対音感は身につかないようです。ただし、音楽の初期経験は、絶対音感を持つのに必要ですが、十分条件ではないようだと森口は言います。音楽経験の質にもよりますし、楽器の状態にも影響されるそうです。調律の乱れた楽器を使うと、絶対音感は育まれないようです。
このように、幼児期に音楽のトレーニングを受けると、絶対音感を持っているという可能性があります。ですから、幼児期から音楽をやらせた方がいいという早期教育が一部推奨されていますが、私は、逆に、では、絶対音感を人類は必要としただろうかと疑問を持ちました。絶対音感を身に付けることによって生きていく上で有利になるのだろうかと思ってしまいます。それよりも、社会で生きていく上では、それと対比される相対音感の方が必要ではないかと考えます。ですから、赤ちゃんは、絶対音感を刈り込んでいき、自然に相対音感を持つようになるのではないかと推測していました。
ある研究では、8ヶ月の乳児が、絶対音に感受性があるのかを調べたそうです。実験手続きは、馴化・脱馴化法が用いられたのですが、用いた刺激が少々複雑なのでここでは省きますが、結果、乳児は絶対音感者であるようだということが示されました。同じ実験を大人に実施したところ、絶対音感の変化には反応せず、相対音の変化に気づいたそうです。大人と乳児のコントラストがきわめて興味深いところだと森口は言います。いつまでは絶対音優位で、いつ頃から相対音優位に変わってくるかについての詳細な検討は今のところなされていないそうですが、絶対音から相対音への発達的変化には言語を聞く経験の影響が指摘されているそうです。言語音は、基本的に相対音であるため、聴覚の変化に影響を与える可能性があると考えられているようです。
このように脳という視点から乳幼児を捉えた際に、大人が持っていない知覚能力を持っている可能性が次々と示唆されているようです。しかし、大人と乳幼児の心の世界や能力が異なっているとしても、ここまでですと、結局のところ乳幼児の脳が未熟であるにすぎず、異なった能力を持つことの意義はあまりないように思えます。どうして、赤ちゃんは、大人と異なった能力を持ち備えているのでしょうか?きっと、肯定的な意味で必要だったのでしょう。