軍隊

軍隊は、敵との心理的距離を広げるための方法としてほかにも、兵士が本来備えている共感力と、暴力に対する嫌悪感を、薬によって弱めることもできます。トロイの木馬からワーテルローの戦いまで、朝鮮戦争からベトナム戦争まで、人を酔わせるものの助けなしに戦った軍隊はほとんどないと言います。ドイツ軍が3500万錠のメタンフエタミン錠(通称クリスタル・メス。攻撃性を引き起こす)を用いなければ、1940年にパリは陥落しなかった、と学者たちは考えているそうです。

また軍隊は、兵士を「訓練」することができます。第二次世界大戦後、アメリカ軍は、他ならぬマーシャル大佐の勧めによって、それを始めました。ベトナム戦争で新兵は、新兵の訓練プログラムであるブートキャンプに放り込まれました。そこでは、仲間意識だけでなく、最も残酷な暴力も賞賛され、声が嗄れるまで「殺せ!殺せ!殺せ!」と叫ぶことを強要されました。第二次世界大戦の退役軍人は、その多くは人の殺し方を習わなかったのですが、この種の訓練の映像を見て衝撃を受けたそうです。

今日、兵士の射撃訓練の標的は、紙に描かれた同心円ではなく、現実味のある人影だそうです。加えて、銃の発砲は自動化され、兵士は考えることなく、条件反射的に発砲するのです。狙撃手の訓練は、さらに過激だそうです。効果が実証された訓練の一つは、訓練生を椅子に縛りつけ、特殊な装置で目を見開かせ、一連のおぞましいビデオを見させるというものだそうです。

わたしたちは、暴力に対する生来の嫌悪感を根絶やしにする方法を、いくつも見つけています。現代の軍隊では、仲間意識はそれほど重要でなくなったというのです。その代わり、あるアメリカの退役軍人の言葉を借りれば、「兵士たちは作り出された(敵への)軽蔑」を備えているとブレグマンは言うのです。

こうした条件づけは成功しました。この技術で訓練された兵士を、旧式の軍隊と戦わせると、必ず後者が粉砕されます。1982年のフォークランド紛争を見てみると、数ではまさっていても、時代遅れのアルゼンチン軍が、訓練を受けてシューティングマシンと化したイギリス軍に勝つ見込みはありませんでした。

アメリカ軍も「射撃率」を高めることに成功し、兵士の発砲率は、朝鮮戦争では55パーセントでしたが、ベトナム戦争では95パーセントに上昇したそうです。しかしこれには代償が伴いました。訓練で何百万という若い兵士を洗脳すると、彼らが心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負って帰還するのは当然だろうとブレグマンは言います。事実、ベトナム戦争後は、多くの兵士がそうなったそうです。数えきれないほどの兵士が、人を殺しただけでなく、彼らの内なる何かも死んだのです。

最後になりますが、敵と容易に距離をとれる人々が存在します。それは指導者です。

高みから命令を下す、軍やテロ組織の指導者は、敵に対する共感を抑圧する必要はありません。そして、興味をそそるのは、兵士は一般に普通の人間ですが、指導者はそうではないことだと言います。テロの専門家や歴史家は、権力者には明らかな心理的特徴がある、と主張しています。アドルフ・ヒトラーやヨーゼフ・ゲッペルスのような戦争犯罪人は、権力に飢えた、偏執的なナルシシストだと言います。アルカイダやISの指導者は、人心操作が巧みなエゴイストで、同情や懐疑といった感情に悩まされることはまれだとブレグマンは言うのです。

戦争犠牲者

1815年のワーテルローの戦いと、1916年のソンムの戦いで負傷した兵士のうち、銃剣による負傷者は、1パーセントに満たなかったそうです。何百という博物館に展示された何千本もの銃剣も、大半は一度も使われなかったのです。ある歴史家が記している通り、「銃剣でやりあう前に、たいていどちらかの兵士が、他の場所での急務を思い出すのだ」。

ここでもやはり、わたしたちはテレビや映画によって誤解させられています。『ゲーム・オブ・スローンズ』のようなテレピドラマや『スター・ウォーズ』のような映画は、人を串刺しにするのは朝飯前だと視聴者に思い込ませます。しかし現実には、人の身体を突き刺すのは、心理的に非常に難しいことなのです。

では、過去一万年間の数億人もの戦争犠牲者を、どう説明すればいいのでしょうか。彼らは、どのようにして死んだのでしょうか?この問いに答えるには、法医学的な検査が必要とされます。例として第二次世界大戦で亡くなったイギリス人兵士の死因をブレグマンは紹介しています。

その他:1パーセント、化学攻撃:2パーセント、爆風・圧死:2パーセント、地電・ブービートラップ(罠):10パーセント、銃弾・対戦車地雷原:10パーセント、迫撃砲・手榴騨・空爆・砲弾:75パーセント

ブレグマンは、気づいただろうかと言います。これらの犠牲者を結びつける要素があるとしたら、それは、ほとんどが遠隔操作によって殺されたということだと言います。兵士の圧倒的多数は、ボタンを押したか、爆弾を落としたか、地雷をしかけた者によって殺されたのです。彼らの姿を、半分裸でズボンを引き上げようとしている姿を、見ることは決してなかった者によって。

どの時代でも、戦時の殺害は遠くからなされました。軍事技術の進化を、より遠くから攻撃できるようになる過程として説明することさえできると言います。棍棒と短剣から弓矢へ、マスケット銃と手榴弾から大砲と空爆へ、武器は、戦争の主要な問題を解決する方向へと進化してきました。その問題とは、人間は根本的に暴力を嫌悪することだというのです。相手の目を見ながら、その人を殺すことは、事実上不可能と言います。わたしたちの大半は、牛肉を食べるには自分で牛を殺さなければならないとしたら、即座に菜食主義になるでしょう。同様に、多くの兵士は、敵に近づきすぎると、良心的兵役拒否者になると言うのです。

古来、戦争に勝つ方法は、遠くからできるだけ多くの人間を攻撃することでした。それは、1337年から1453年まで続いた百年戦争の、クレシーの戦いとアジャンクールの戦いで、長弓を用いたイングランド軍がフランス軍を破り、15世紀から16世紀にかけてコンキスタドールが、アメリカ大陸を征服した方法であり、今日ではアメリカ人がドローンを使って行っていることだというのです。

長距離兵器の他にも、軍隊は、敵との心理的距離を広げるための方法を、いくつも用います。他の人を害獣と見なして人間性を否定すると、本当に人間でないかのように扱えるようになります。

コインの表裏

ブルームによると、共感できる相手は、救いがたいほど限られているというのです。共感は、身近な人に対して持つ感情です。わたしたちが匂いをかぎ、目で見て、耳で聞き、触れることができる人に対して。家族や友だち、お気に入リのバンドのファン、そしておそらくは、町で見かけるホームレスに対して。さらにはイヌに対しても。畜産場で虐待された動物の肉を食べながら、わたしたちは、子犬を抱いたり、可愛がったりします。また、テレビが映す人々に対しても共感を覚えます。悲しげな曲をBGMにして、カメラがズームインする人々に対して。

ブルームの本を読むと、共感は何よりもニュースに似ていることに気づくとブレグマンは言います。彼は、ニュースがスポットライトのように機能することを述べています。共感が、特別な人か何かにズームインしてわたしたちを騙すように、ニュースは例外的な何かにズームインして、わたしたちを欺くと言うのです。

一つ確かなことがあると言います。それは、より良い世界は、より多くの共感から始まるわけではないということです。むしろ、共感はわたしたちの寛大さを損なうと言うのです。なぜなら、犠牲者に共感するほど、敵をひとまとめに「敵」と見なすようになるからです。選ばれた少数に明るいスポットライトをあてることで、わたしたちは敵の観点に立つことができなくなります。少数を注視すると、その他大勢は視野に入らなくなるというのです。

これが、子イヌの専門家ブライアン・ヘアが語ったメカニズムだそうです。わたしたちを、地球上で最も親切で、最も残虐な種にしているメカニズムだというのです。そして悲しい現実は、共感と外国人恐怖症が密接につながっていることだと言います。その二つはコインの表と裏なのです。

では、なぜ善人が悪人になってしまうのでしょうか?ブレグマンは、そろそろ答えを組み立てることができそうだと考えます。第二次世界大戦時、ドイツ国防軍の兵士は、何よりも互いのために戦いました。彼らの大半を動機づけたのは、サディズムや血への渇望ではなく、仲間意識だったのです。また、戦場にいる時でさえ、兵士にとって、人を殺すのは難しいことをわたしたちは知りました。太平洋戦線でマーシャル大佐は、大半の兵士が発砲しないことに気づいたのです。スペイン内戦時に、作家ジョージ・オーウェルは同じことに気づいたそうです。さらに彼は、ある日、自らが敵に共感し、動揺していることを悟ったそうです。

その瞬間、一人の男が塹壕から飛び出し、そのヘリを走るのが、こちらから丸見えになりました。彼はまともに服を着ておらず、走りながら、スポンを両手でひっぱりあげていたのです。オーウェルは彼を撃ちませんでした。理由の一つは、ズボンにあります。オーウェルがここへ来たのは「ファシスト」を撃ち殺すためで、ズボンを引っ張り上げていた男は「ファシスト」ではなかったのです。自分と同じ人間だったのです。だから、撃つ気になれなかったのです。

マーシャルとオーウェルの観察は、身近に思える人に危害を加えることの難しさを示しています。そこには、わたしたちを自制させ、引き金を引けなくする何かがあるのだと言います。銃撃よりさらに難しい行為を、軍事歴史家たちは発見したそうです。その行為とは、人を刺し殺すことです。

共感はスポットライト

長い間ブレグマンは、他人の苦しみを感じるこの素晴らしい本能は、人々をより親しくさせると考えていたそうです。この世界が必要としているのは、より多くの共感だ、と思っていたのです。しかし、そんな折に、赤ん坊を研究する心理学者、ポール・ブルームが書いた新刊を読んだそうです。

人々がブルームに、著書のテーマを尋ねると、ブルームは次のように言うだろうと言います。「共感についての本だ」

人々は微笑み、うなずきますが、それはブルームの次の言葉を聞くまでです。「わたしは共感を良いこととは思わない」

ブルームは冗談を言っているのではありません。彼によると、共感は、世界を照らす情け深い太陽ではないのです。それはスポットライトだというのです。サーチライトなのです。共感は、あなたの人生に、関わりのある特定の人や集団だけに光をあてます。そして、あなたは、その光に照らされた人や集団の感情を吸いとるのに忙しくなり、世界の他の部分が見えなくなるというのです。

別の心理学者が行った次の研究をブレグマンは紹介しています。この研究では、被験者はまず、不治の病を患う10歳の少女、シェリ・サマーズの悲しい物語を聞きます。彼女は救命治療の待機リストに載っていますが、時間切れが近づいていました。被験者は、「シェリを順番待ちリストの上位に移動させてもいいが、客観的に判断するように」と言われました。

ほとんどの人は、シェリに優先権を与えませんでした。リストに載っている全ての子どもが病気で、治療を必要としていることを知っていたからです。

しかし、ここでひねりが加えられました。第二グループの被験者は、同じ物語を聞きましたが、その後、シェリの気持ちを想像することを求められました。「まだ幼いのに、こんなひどい病気にかかって、彼女はどれほど辛いか想像してみよう」と。このたった一回の共感が、すべてを変えたのです。被験者の大多数は、シェリの順位を上げることを求めたのです。あなたもそう考えるのなら、それは道徳的な選択とは言い難いとブレグマンは言います。シェリに注がれたスポットライトは、彼女より長くリストに載っていた他の子どもに、死をもたらす可能性があるのですから。

ブレグマンは、皆さんはこう思うのではないだろうかと問いかけます。「その通り。だからわたしたちには、もっと共感が必要なのだ」。シェリだけでなく、待機リストに載っている世界中の子どもの気持ちを考えなければなりません。さらなる感性、さらなる感情、さらなる共感が必要なのだ、と。しかし、スポットライトはそのように働かないのです。自分がある人の立場に立ったと想像してみます。次に、100人の人の立場に立ったと想像してみます。その次は100万人。さらには70億人。

そんなことは不可能です。

ブルームによると、共感できる相手は、救いがたいほど限られているというのです。

二つのグループ

2003年の秋に、心理学者のチームが、まさにエリオットが行った子どもを集団に分けて、介入しなければ何が起きるか、ということを目的とする実験を行いました。彼らはテキサス州の二つのデイケア施設の協力を得て、3歳から5歳の子ども全員に、赤か青のシャツを着させました。わずか三週間で、いくつかの結論を導くことができたそうです。まず、大人が色の違いを無視しているかぎり、幼児もそれに注意を払わなかったのです。とは言え、子どもたちはある種のグループ意識を持つようになりました。研究者との会話で、子どもは自分の色を、もう一方の色より「かっこいい」とか、「すてき」だと表現したのです。大人が「おはよう、赤さん!」「青さん!」と声かけして、差異を強調すると、この効果はより大きかったそうです。

続く実験では、5歳児のグループが、同様に毎日、赤か青のシャツを着た後、同じく赤か青のシャツを着た5歳児の写真を見せられました。子どもたちは、写真に写った子どもについては、何も知りませんでしたが、自分と異なる色を着た子どもに対する見方は、かなり否定的でした。研究者によると、子どもたちの認識は、「ある集団のメンバーだというだけで、大幅に偏っていた。この発見には、不穏な意味が伴う」。

幼児は、色に対する偏見がないわけではない、というのは厳しい教訓だと言います。それどころか、子どもは、おとなよりも差異に敏感なのだと言います。おとなが全員を平等に扱い、肌の色や外見や貧富の差がないかのように振る舞っても、子どもは違いを感じとります。わたしたちは生まれつき、脳内に同族意識の芽を備えているらしいとブレグマンは考えています。必要なのは、何かがそのスイッチをオンにすることだけだというのです。

ブレグマンは、乳児や幼児の分裂した特徴、例えば、基本的には友好的だが、外国人恐怖症の傾向もあるというような特徴を読むうちに、「愛情ホルモン」オキシトシンを思い出したそうです。オキシトシンはリュドミラ・トルートがシベリアで育てた、愛嬌のあるギンギッネに、高濃度で見られるホルモンです。このホルモンは、愛情や愛着に重要な役割を果たしますが、わたしたちに見知らぬ人を疑わせる可能性もあることを、科学者たちは認めています。

オキシトシンは、善良な人々が悪いことをする理由を説明するのに役立つだろうかとブレグマンは考えます。自分のグループとの強い結びつきゆえに、わたしたちは他者に敵意を抱くのでしょうか。そして、ホモ・パピーの世界征服を可能にした社会性は、人類最悪の犯罪の源にもなるのでしょうか。そんなことをブレグマンは考えたのです。

彼は、当初、そんなはずはないと考えます。結局、ホモ・パピーは本能的なレベルでもう一つの印象的な能力を備えているのです。それは、他者に共感する能力です。わたしたちは、他の誰かの立場に立つことができます。他者の状況や気持ちを、感情レベルで理解できるようにできているのです。

わたしたちは共感できるだけでなく、共感が得意です。人間は感情を吸いとる掃除機のようなもので、いつも他人の感情を吸い上げています。ブレグマンは、本や映画がいかにやすやすとわたしたちを笑わせたり泣かせたりするかを考えます。彼は、飛行機の機内で上映される悲しい映画は、最悪だと言います。なぜなら、他の乗客に慰められるはめにならないよう、一時停止ボタンをしょっちゅう押さなければならないからだというのです。

楽観的でない研究

博士課程の学生だったヴァルネケンは、幼児がどのくらい親切かを調べたいと思いました。彼の指導教官は、その構想を拒否しました。2000年代初期の当時、幼児は基本的に「歩く自我」と見なされていたからです。しかしヴァルネケンはあきらめず、やがて世界中で再現されることになる、一連の実験を行ったのです。

例外なく、結果は同じでした。1歳半という幼い年齢であっても、子どもは、積極的に人に手を貸そうとし、遊びやゲームを中断してまで手助けし、ボールプールで遊んでいた時でさえ、遊ぶのをやめて、見知らぬ人を手助けしたのです。しかも、何の見返りも求めませんでした。

ただし、悪いニュースもあります。ブレグマンは、ヴァルネケンの研究には励まされましたが、その後、それほど楽観的でない研究に、いくつも遭遇したそうです。それらは、子どもが互いと敵対し得ることを示しました。ムザファー・シェリフのロバーズ・ケーブ実験(1954年)は、その一つです。1968年、キング牧師暗殺の翌日に行われた、悪名高い実験も、子どもを互いと敵対させたのです。

1968年4月5日、小学校教師ジェーン・エリオットは、アイオワ州ライスビルの小規模な学校で、受け持っている三年生のクラスで、差別される側の気持ちを、子どもたちに経験させることを目的として、実験的な授業を始めました。

「この部屋にいる茶色の目の子どもは、優れています」とエリオットは言いました。「その子たちは、きれい好きで、賢いのです」。彼女は黒板に「メラニン」と大文字で書きました。そして、メラニンは人を賢くする化学物質だと説明しました。茶色い目の子どもは、これをより多くもっているので賢い一方、青い目の子どもは「ぼうっとしていて、何もしようとしない」。

ほどなくして茶色い目の子どもは、青い目の子どもを見下すような態度をとるようになり、青い目の子どもは次第に自信を無くしていきました。いつもは聡明な青い目の少女が、数学の授業中にミスをし始めたのです。そのあとの休み時間に、茶色い目の友だち三人が、彼女に近づいてこう言いました。「わたしたちの邪魔をしたことを謝るべきよ。だって、わたしたちはあなたより出来がいいんだから」

二週間後、エリオットが、テレビの人気番組「ザ・トゥナイト・ショー」にゲスト出演し、この実験について語ると、白人のアメリカ人は激怒しました。憤慨したある視聴者は「白人の子どもに対して、なぜこんな残酷な実験をしたのか」と手紙に書いたのです。「黒人の子どもは、成長するにつれてこうした仕打ちに慣れるが、白人の子どもにその意味を理解する機会はない。白人の子どもにとって残酷だし、心に深い傷を残すだろう」

エリオットは、その後も人種差別と戦い続けました。しかし、彼女の手法が科学的でないことを忘れてはならないと言います。彼女はさまざまな手を使って、生徒たちを対抗させました。たとえば、青い目の子どもを教室の後方に座らせ、休憩時間を減らし、茶色い目の子どもと遊ぶことを許しませんでした。彼女の実験は、子どもを集団に分けて、介入しなければ何が起きるか、という疑問には答えなかったのです。

赤ちゃんの研究

「わたしたちは生まれながら善を好む。」それがわたしたちの本質なのだとブレグマンは言います。しかし、ブレグマンは、赤ん坊の研究について詳しく調べるにつれて、そうそう楽観はできないと思うようになったそうです。

間題は、人間の本性にはべつの側面があることだと言います。この最初の実験の2年後、ハムリンのチームはそれに少々ひねりを加えた実験を行いました。今回彼らは乳児にグラハムクラッカーとインゲン豆の好きな方を選ばせました。その後、乳児にグラハムクラッカーが好きな人形とイングン豆の好きな人形を見せ、今回も、どちらの人形を選ぶかを観察したのです。

驚くほどのことではありませんが、大多数は、自分と同じ嗜好を持つ人形を選んびました。しかし、驚くべきは、この好みが、親切な人形か意地悪な人形かの好みより優先されたことでした。ハムリンの同僚は、次のように述べています。「何度も目の当たりにしたのは、乳児は、親切だが自分と好みが違う人形より、意地悪でも自分と同じ好みの人形を選ぶということです」

ブレグマンは、「あなたは憂鬱な気分になったのではないだろうか」と、問うています。

人間はしゃべれないうちから、馴染みのないものを嫌うようです。べビー・ラボの研究者たちは、その後も実験を重ね、赤ん坊が馴染みのない顔、知らない匂い、外国語や聞き慣れないアクセントを好まないことを実証しました。まるで、わたしたちは生まれながらにして外国人恐怖症であるかのようだとブレグマンは言います。

彼は考え始めたそうです。これはわたしたちの致命的なミスマッチの症状なのだろうか。馴染みのあるものを好む本能は、人間の歴史の大半を通じて、特に問題ではありませんでしたが、文明の興隆とともに、厄介なものになったのかもしれないというのです。結局のところ、その歴史の95パーセント以上の間、人間は狩猟採集生活を送っていたのです。その頃は、見知らぬ人に出くわすと、立ち止まっておしやペりしました。すると相手は、もはや見知らぬ人ではなくなりました。

しかし、今日の状況は大いに異なっています。わたしたちは都市の匿名性に守られ、何百万人もの見知らぬ人にまぎれて暮らしています。わたしたちが他の人々について知っていることの大半は、メディアからもたらされますが、メディアは腐ったリンゴを強調しがちです。この状況で、わたしたちが見知らぬ人を警戒するのは、当然ではないだろうかとブレグマンは考えています。見知らぬ人に対する生来の嫌悪感は、いずれ爆発する時限爆彈なのでしょうか。

ハムリンの研究の後、乳児の道徳観を試す研究が多くなされてきたそうです。これは魅力的な分野です。分野としては、まだ幼いけれど。この種の研究にとって障害になるのは、乳児は、気が散りやすいので、信頼できる実験の設計が難しいことです。

ありがたいことに、1歳半になると、人間はかなり賢くなり、したがって研究もやりやすくなります。ここで、ブレグマンは、ドイツ人心理学者フェリクス・ヴァルネケンの研究を紹介しています。

互いの親友

調査によると、こうした組織の歩兵にとって、イデオロギーが果たす役割は、ごくわずかだと言います。ブレグマンは、2013年と2014年にシリアに向かった数千人のジハーディスト(聖戦主義者)を例に挙げています。彼らの四分の三は、知り合いや友だちに勧誘されて、ジハードに加わりました。漏洩したISの意識調査によると、ジハーディストの大半は、イスラム教についてほとんど何も知りませんでした。ほんの少数は、感心なことに、出発前に『The Koran for Dummies』(超初心者向けコーラン)を購入したのです。彼らにとって「宗教は後づけの理由にすぎない」とCIAの関係者は言っています。

わたしたちが理解しなければならないのは、こうしたテロリストの大多数は、熱狂的イスラム教徒ではなかったということだとブレグマンは言うのです。彼らは互いの親友だったのです。一緒になると、より大きなものの一部になったように感じたのです。自分の人生に意味が生まれるように思えたのです。壮大な物語の著者になったような気がしたのです。

だからと言って、彼らの犯罪が許されるわけではありません。これはなぜ、彼らがテロリストになったか、という説明にすぎないとブレグマンは言うのです。

ここで、ブレグマンは、ベビー・ラボの実験による、幼児と道徳観について考察しています。

スタンレー・ミルグラムが1962年に、電気ショック実験を行った大学に、1990年秋、新しい研究センターが誕生しました。イェール大学・乳児知覚センター、別名、ベビー・ラボです。そこでは、きわめて刺激的な研究がいくつか行われているようです。そこで調べている問題のルーツは、ホッブズとルソーに遡ります。人間性とは何か?教育の役割とは何か?人は本質的に善なのか悪なのか?

2007年に、ベビー・ラボの研究者カイリー・ハムリンは、革新的な研究成果を発表したのです。彼女のチームは、幼児が生来、道徳心を備えていることを実証したのです。生後六か月の乳児でも、善悪を見分けられるだけでなく、悪より善を好んだというのです。

ハムリンは、どうやってそれを確かめたのでしょうか。それは、私がたまに講演で紹介する「ハムリンの実験」と呼ばれているものです。結局のところ、赤ん坊は独力ではたいしたことはできません。ハツカネズミは、迷路を走り回ることができますが、赤ん坊はどうでしょう。しかし、赤ん坊にもできることが一つあると言います。それは何かを見ることです。そこでハムリンたちは、6か月児と10か月児の幼い被験者に、人形劇を見せました。その劇には、親切な人形と、意地悪な人形が出演しました。乳児はどちらの人形を、ほしがったのでしょう。

多くの人は、乳児は親切な人形を選ぶ、と予想するでしょう。「これは、あいまいな統計上の傾向ではない」と、研究者の一人は記しています。「ほぼすべての乳児が、親切な人形に手を伸ばした」乳児が、世界をどう見ているかについては、何世紀にもわたって考察されてきたそうですが、ここに人間は生まれながらに道徳性を備えており、ホモ・パピーは、白紙状態ではないことを示唆する堅牢な証拠が見つかったのです。わたしたちは生まれながら善を好む。それがわたしたちの本質なのだと言うのです。

テロリストの特徴

心理学者ロイ・バウマイスターは、敵は悪意に満ちたサディストだという誤った思い込みを「純粋悪という神話」と呼んでいます。実のところ、敵はわたしたちと何も変わらないのです。

これは、テロリストにさえ当てはまると言います。

彼らもわたしたちと同じだと、専門家は強調しています。もちろん、自爆テロ犯は極悪人に違いないと、わたしたちは思いたくなります。彼らは心理的にも、生理学的にも、神経学的にも崩壊しきっています。彼らは精神病質者(サイコパス)にちがいありません。学校に行ったことがないか、絶望的な貧困の中で育ったか、平均的な人間とは大いに異なる何らかの理由があるはずだ、と。

そうではないと、社会学者たちは言います。これらの勤勉なデータ科学者たちは、何マイル分ものエクセルシートを、自爆した人々の性格特徴で埋めましたが、結局、「平均的なテロリスト」などいないと、結論せざるを得ませんでした。テロリストの特徴は、高等教育からほぼ無教育まで、富裕層から極貧まで、思慮深さから愚かさまで、信仰心から無神論まで、きわめて幅広かったのです。精神疾患者はほとんどおらず、幼い頃にトラウマを負った者もまれでした。テロ行為の後、メディアのインタピューを受けた近隣の住人や知人や友人が、自爆テロ犯は「フレンドリーだった」とか「感じのいい人だった」と答え、驚きを見せることは珍しくなかったそうです。

もしテロリストに共通して見られる特徴が一つあるとすれは、それは影響されやすいことだと専門家は見ているそうです。彼らは他人の意見に影響されやすいというのです。権威に影響されやすいのです。家族や友だちに、正しいことをしていると見られたいし、そう思われることを行いたいのです。「テロリストは、大義のためだけに人を殺したり、死んだりするわけではない」とあるアメリカの人類学者は記しています。「彼らは互いのために、人を殺し、自ら死ぬのだ」

さらに言えば、テロリストは、自分一人でではなく、友だちや恋人と共に、過激化します。テロリストの小集団の大半は、文字通り「バンド・オブ・ブラザーズ(絆で結ばれた兄弟)」だと言います。2001年の世界貿易センタービル攻撃には、四組以上の兄弟が関与し、2013年ボストンマラソンの爆破犯は兄弟で、また、2015年にパリのバタクラン劇場を襲撃したサラとブラヒム・アブデスラムも兄弟でした。

テロリストが仲間と共に行動するのは、不思議なことではないと言います。残忍な暴力を振るうのは、恐ろしいことだからです。政治家はテロを「臆病な行為」と呼びますが、実際には、命がけで戦うには、強靭な神経と決意が求められます。スペインのテロ専門家はこう指摘しています。「信頼し愛する人と一緒なら、恐怖を乗リ越えられる」

テロが起きると、メディアは主に、その攻撃を煽ったと思われる、病的なイデオロギーに焦点を当てます。もちろん、イデオロギーは重要です。イデオロギーはナチス・ドイツにとっても重要でした。また、若い頃に急進的なイスラム主義の本を、貪るように読んだ、アルカイダやイスラム国(IS)の指導者にとっても重要でした。例えば、ウサマ・ビン・ラディンは、読書家として知られています。

仲間のため

戦術と訓練とイデオロギーが、軍隊にとって重要であることを、モーリスと同僚たちは確認したのです。しかし、最終的に軍隊の強靭さを決めるのは、兵士間の友情の強さです。友情は、戦争に勝つための武器なのです。

この調査結果は戦後まもなく発表され、その後、多くの研究が同じ結論に至りました。だが、次定的な論拠が見つかったのは2001年のことでした。米国のシークレットサービスが盗聴した4000人ほどのドイツ人捕虜の会話の筆記録を、歴史家たちが発見しました。15万ページにおよぶその筆記録は、ワシントンD.C.郊外のフォート・ハント捕虜収容所に収監された、元ドイツ兵の会話をタイプ打ちしたものであり、ドイツ国防軍の普通の兵士の生活と、心を覗き見る、前例のない窓を開けたのです。

この筆記録によって明らかになったのは、ドイツ人がきわめて「軍人らしい気質」を備え、忠誠心や仲間意識や自己犠牲といった特質を、高く評価していたことでした。一方で、ユダヤ人排斤感情や、イデオロギーの純粋さは、小さな役割しか果たしませんでした。あるドイツ人歴史家は、次のように記しています。「フォート・ハントの盗聴記録によると、イデオロギーは、ドイツ国防軍のほとんどのメンバーの意識において、従属的な役割を果たしたにすぎない」

同じことが、第二次世界大戦で戦ったアメリカ人についても言えると言います。1949年に社会学者のチームが、アメリカの退役軍人、約50万人を対象とする、大規模な調査の結果を発表しました。その調査は、彼らを動機づけたのが、理想やイデオロギーではなかったことを明らかにしました。イギリスの兵士が、民主主義のルールに力づけられなかったのと同様に、アメリカの兵士は、愛国精神ゆえに奮いたったのではありませんでした。彼らが戦ったのは、国のためというより、仲間のためだったのです。

こうした結東は非常に強く、奇妙な反応を引き起こすこともありました。兵士は、昇級が、異なる部門への配置換えを伴う場合、それを断わったのです。怪我をしたり、病気になったりしても、新人に自分の地位を奪われたくなかったので、休暇を拒否したのです。前線に戻るために野戦病院を抜け出す兵士さえいました。

ある社会学者は驚いて記しています。「兵士が、仲間を見捨てることを恐れて、自分のためにならない行動をとった事例に、わたしたちは何度も遭遇した」

「史上最悪の虐殺へ駆り立てたのは友情だった」という考えを、ブレグマンが理解するまでには長くかかったそうです。

オランダで育った10代の頃、彼は第二次世界大戦を、「ロード・オブ・ザ・リング」の20世紀版、つまリ、勇敢なヒーローと、邪悪な悪党とのスリリングな戦いとして思い描いていたのです。しかしモーリス・ジャノヴィッツが明らかにしたのは、異なる状況でした。彼が発見した悪の起源は、堕落した悪人のサディスティックな性癖ではなく、勇敢な兵士の団結でした。第二次世界大戦は勇壮な戦いであり、友情と忠誠心と団結、すなわち人間の最善の性質が、何百万という普通の男たちを、史上最悪の虐殺へと駆り立てたのでした。