資源交換

山浦氏は、組織心理学の観点から、チームの温度差が生まれてしまう原因と、温度差を埋めてチーム全体のモチベーションを高めていく方法について考察していきます。そこでは、上司と部下の関係を「資源の交換」という視点から、ひもといていくようです。ここで言う「資源」とは、物質的な資源と、心理・社会的な資源をともに含みます。

上司から部下に与えられる資源には、例えば、昇進・昇給や情報、あるいはプロジェクトや教育プログラムへの参加のチャンス、信頼などがあります。逆に、部下から上司に提供される資源もあると言います。例えば、成果や営業成績、仕事に費やす時間のほか、労力、やる気、尊敬の念や行為などがそれだと言います。

上司と部下は、出会った瞬間から資源の交換を始め、関係性(資源交換にもとづく関係性)は比較的早いうちに形成され、その後安定し維持されていくと言われているそうです。このことを、山浦氏は、実証した3つの興味深い心理学の研究を紹介しています。最初は、彼が所属していた研究チームで行った実験です。

職場をシミュレーションして、初対面の上司と部下とで仕事をしてもらいます。上司役(社会人のサクラ)は、部下の監督・指導をします。部下役の学生たちは、「目の前にいる初対面の上司と、これから一緒に仕事をすることになる」と事前の説明を受けます。一つの条件では、上司と部下は時々言葉を交わします。その内容は、「最近、寒いね」「調子はどう?」などのいたって普通の日常会話です。

もう一つの条件では、上司は忙しそうにパソコンに向かっており、仮に部下から話しかけられたとしてもそっけない返答しかしません。その後、部下役の学生たちに、上司に対する関係構築の程度(例えば、「仕事をするのによい関係が作られていると思うか」「仕事を一緒に楽しくやっていけそうか」、「気が合いそうか」)を測定する質問項目に回答してもらいます。

その結果、日常会話をした上司のほうが、そっけない上司に比べて、統計的に見ても有意に高く評価されたそうです。さらに驚くべきことは、この上司に対する評価の差を生むまでの時間は、たったの10分間だったということでした。

これにかかわる初期の研究で、経済学者ライデンたちのグループは、企業で働く人たちにアンケート調査をしたそうです。この調査では、上司が新入社員に対して期待し、行為を抱き、自分と類似点があると認識すると、2週間後により良い関係性に発展することが明らかになったそうです。最初の実験と同じように、上司がとっても、部下の最初の印象が、その後の関係に大きな影響を与えるという結論が出たそうです。

部下にとっては、上司による10分間の雑談がとても重要であるようです。また、上司にとっては、新入社員の第一印象がその後の関係に大きな影響を与えるようです。ともに、出会って間もなく、その後の関係性が決まるという実験結果があるようです。その実験が、3つ目の実験的な調査です。

やさしく、寛容で

「自分は妬まれている(のではないか)」と感じとることには、相手への援助行動を促す機能があることが示されました。さらに実験は何度も行われ、相手が悪性の妬みを抱いていると感じたときのみ、援助行動が促されることがわかりました。相手が敵意を自分に向けていると思うとその相手を助けようとし、自分に憧れている(良性の妬みを抱いている)相手には、問題が進むごとに援助がなされなくなっていきました。

この結果を受けて、ヴァン・デ・ヴェンたちは、妬まれることに対する恐れを抱くことは、集団に役立つ機能であると結論づけたのです。一見、悪にまみれたように見える妬みの感情ですが、この感情のおかげで、私たちは人間関係を維持する必要性に、改めて気づくことができ、自分の心の安寧と相手との関係維持を、両立しうる手段を考え出す知恵を授かっているのかもしれないと山浦氏は考えています。

もしそうであるならば、自然災害や経済変動が未曽有のレベルで襲いかかってくる時代でこそ、活かされるべきものだというのです。なぜなら、自然環境や社会の変化に伴って、人間同士の間にさまざまな格差が生じ、誰かが誰かを排斥する心を生んでいるからだというのです。

妬みは人間の心の一側面にすぎませんが、そこにかかわる当事者それぞれの立場を理解することは、不必要な諍い・軋轢を未然に防ぐことに役立つはずだというのです。こうした人間の姿を知ることは、身近な職場に即した具体的で、有効な対策やアイデアを生み出す可能性を高めることでしよう。個人だけでなく、他人とのかかわり、社会や組織にあるネガティブな状態をポジティブな状態につくり変えていく…それを実現するために、どんなときでも自分だけはやさしく、寛容であろうとする強さを大切にしたいものだと山浦氏は言うのです。この「妬み」に関しての締めくくりは、どこかブレグマンと同じような考え方ですね。山浦氏は、このようなポイントでまとめています。

・人間は感情に振り回されて、非合理的な行動をとってしまう。なかでも「妬みの感情」は人に破壊的な行動をとらせる力を持っている。

・妬みを抱えやすいタイプの人は、自分の目標を高く設定し、目標に向かって突き進むことかできるタイプの人でもある。

・リーダーの立場から見ると、条件さえ整えれば、妬みを抱えるメンバーはチームの起爆剤になり得る。

・特に「妬む人」と「妬まれる人」が手を組んだときに、「妬む人」のパフォーマンスが大きく向上し、より良い関係性構築のチャンスが生まれる。

次に、組織に蔓延するネガティブな関係の中で「温度差」について取り上げていきます。山浦氏は、「組織をまとめるのが難しい」というときには、その多くは、メンバーのモチベーションに関することではないかと言います。もっと正確に言うと、組織内の全員のモチベーションが低いというわけではなく、モチベーションがある人たちとない人たちとの「温度差」を感じ取っているのではないかと思っていると言います。温度差のある集団が、一つの目標に向かって物事を進めるのは、非常に難しいことだと言います。この温度差を生み出すのは、どんな要因なのでしょうか?

三つの選択肢

2つ目の「避ける」は、妬む人を避ける、あるいはお互いが近接しないで済むように場所や役割を棲み分けるようにするという戦略であると山浦氏は提案します。物理的に近く、またお互いにとって重要な同じ土俵でのみ生活していると、気にするなと言われても気になるものです。ですから、それぞれが異なる強みを持っていると認識し合い、相互依存する環境(とくに心理的な環境)が整備されることは、それぞれの強みを発揮させやすくし、職場全体のパフォーマンス向上につながるのではないかというのです。これは、彼が提案している、一人ひとりに役割を与えるということとも通じる話です。

これは、保育の場面でも通じるところがたくさんありますね。人を評価するとき、相手が職員であろうが子どもであろうが、同じ土俵で、評価しやすい項目だけで評価することは、評価された側にはいい結果が生まれません。次のモチベーションにもつながりませんし、次の具体的行動にもつながりません。それぞれの異なる強みを見つけてあげることだと思っています。

3つ目に挙げる「妬む相手と手を組む」は、自分の強みや長所、役立つ情報などの資源を、妬んでいる相手に提供する、援助などの向社会的な行動をとるなど、協力体制を構築するという行動だと言います。社会心理学の研究者ヴァン・デ・ヴェンたちは、これらの行動のうち、3つ目に注目したそうです。

私は、妬まれることから逃れるためではありませんが、自分の強みや長所をなるべく公開しています。それは、何のためのものなのか、それによって何がしたいのかを見つめることによって、向社会的な行動になるのです。そうすることによって、相手もそれは、妬む対象にはならなくなり、また、妬む意味がなくなるのだと思っています。しかし、この問題は、こちらの問題ではなく、受け取る側の問題で、受け取らずに妬まれることは往々にしてあります。「自分でもやってみればいいのに」とか、「一緒に協力してやってくれたらいいのに」と思うことが多いのは、しかたないのかもしれませんね。

ヴァン・デ・ヴェンたちの行った実験と、その結果は以下の通りです。

はじめに、男女8名の実験参加者は「金銭的なインセンテイブが、パフォーマンスに与える影響についての実験を行う」と説明を受けます。そして、「参加者」と「パートナー(実際には存在しません)」は、別室に分かれて課題に取り組みます。その後、参加者に、自分の得点とパートナーの得点が報告されます。実は、パートナーの得点は、実験者側がコントロールしたもので、参加者と同じ得点が知らされるのです。

ここで、2つの条件操作が行われました。〔統制群〕では、「参加者と同じくパートナーにも謝礼の5ユーロが支払われた」と伝えられます。一方、〔妬まれ群〕では、「両者同じ得点を取ったにもかかわらず、参加者だけに謝礼5ユーロが支払われ、パートナーには支払われなかった」と伝えられます。

その後、パートナーはまた次の課題(全7間)を解き始めたと知らされ、1問ごとに参加者にアドバイスや質問を求められる機会が設けられます。参加者には、次の3種類の対応の選択肢が用意されます。

「1.自分が正解だと思う答えを伝える。」「2.自分は答えを知らないと伝える。」「3.パートナーからのリクエストを無視して、その時点から対応するのをやめる。」です。

その結果、最終7問目までアドバイスを与えた実験参加者の比率を見ると、〔妬まれ群〕では82.5 %だったのに対し、〔統制群〕では60.0 %に留まりました。

妬みを買ったら

山浦氏は、妬まれる人の心とふるまいが、実は、妬む人との関係性や職場のパフォーマンスを決定づけていることを説明しています。

人は、自分が妬まれているかどうかに敏感に反応します。このことは、自分自身の心理的、身体的な健康を脅かすことになるため、自己防衛的な反応として先天的に備わっている能力だと考えられているようです。「社内表彰を受けて以降、同僚さんは何かと私に敵対心をむき出しにしてきていた。それなのに、あるプロジェクトメンバーにYさんが選ばれてから、急に私に愛想がよくなった。どうやら今度は、私を利用して自分の手柄にし、上司に認められようとしているらしい」

このようなとき、人は、自己防衛的になり、Yさんを避けようとします。ただその一方で、人間はどこまでも社会的な動物らしく、自分を妬ましく思っているYさんとですら関係を崩さないようにしたいという動機も共存させているというのです。そのため、妬まれた人の心は、密やかに裏切るかもしれないYさんを避けたい気持ちと、Yさんと関係を維持しておきたい気持ちの狭間で激しく揺れ動き始めます。自分を傷つけようとしている相手に、自分の貴重な時間を捧げることに意味があるのだろうか、自分が時間をかけて蓄積してきた知識や情報を流してしまって本当にいいのだろうか…と。

山浦氏は、妬まれる脅威から逃れる3つの選択肢を提案しています。妬まれる人は、基本的にとばっちりを食っているのですから、災難なことです。このような面倒な感情の標的にもなりたくないし、もしも標的になったとしても早く回避、解決したいところです。妬まれる人も戦略的に行動しています。妬まれることの脅威から逃れようとして、3種類の行動をとると言います。それは、「隠す」「避ける」「妬む相手と手を組む」だと山浦氏は言うのです。

1つ目の「隠す」は、自分の長所や能力を隠したり、控えめに見せたりすることです。出る杭を打とうとしている人に、「あなたが思っているほど自分には秀でたところはない」と自己呈示する行動だと言います。この行動は、自分が他者からどのように見られているか、その自己イメージや印象を戦略的にコントロールする行動です。

例えば、地位を得た人は自分が妬まれていると感じやすくなり、その結果、知識や情報を隠すようになる傾向があることがわかっているそうです。ただし、この「隠す」という行動には注意が必要だと言います。妬みを買った張本人にとっては、有効な行動に思えるかもしれませんが、組織全体で見れば、パフォーマンス低下につながる可能性が高いからです。仕事に必要な知識・情報隠しは、対人コミュニケーションの不足だけでなく、地位(職位)間の分断を引き起こしかねません。地位間の分断を防ぎ、また改善するには、管理職などの地位を得た人には、知識や情報を共有することが期待されていると認識してもらうことです。そうすれば、周囲からの期待とそれに伴って高まる義務感が、知識隠しを抑制してくれるというのです。

妬む部下

韓国の経営学者リーたちが行った研究は、お互いが友だち(仕事以外でも会う人)であると認め合った間柄のときに、アドバイスを求める傾向が強いことを明らかにしています。まさに、“良きライバル”と呼べる関係性を築き、その中でお互の強みや情報を交換し合えば、妬みも強力な資本になり得るというわけです。

近年のように職場のダイバシティーが進んできたときに、リーダーに求められる力は、多様な価値観ゆえに生まれる、軋轢の処理・対応力だと言います。メンバーの視点に立てば、さまざまな能力の人たちがいるからこそ、他人と比べられるところが増えると言います。結果、妬みが生じやすくなるという危険性を孕んでいます。

ネガティブな感情が喚起された人は、ポジティブな感情が喚起されたときに比べて、細かく局所的な部分で情報を処理し、記憶する傾向にあります。組織には多種多様な人々がいて、それぞれ長所と短所を持ち合わせているのに、妬みというネガティブな感情が、人の視野を狭め、特定の人物や他人の些細な一面を、ひどく気にさせてしまうのかもしれないと山浦氏は言います。

こうして妬みを抱いた人は、「自分の方が同僚よりも価値があることを確認したい」「少しでも優れている自分を維持したい」という欲求を高めることでしょう。ただし、そのような人であっても、認められる領域を持っていたり、ある領域の責任者になっていたりすれば、たとえ他の領域で同僚に劣等感を抱いたとしても、その劣等感を緩和できる可能性があると言います。

2021年7月現在、山浦氏が所属する研究室では、妬みの緩和条件について検討を重ねているそうです。その中で例えば、役割があるときには、役割がないときよりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動傾向を高めることが明らかになりつつあるそうです。1人1役割、10人いたら10の役割を与える、自分たちで役割を作り出してみるという作業は、各人が仕事に責任感を持つためにも、職場内の対人関係を維持するためにも重要です。妬む相手ではなく、自分の役割に目を向けさせるというのです。

多様な人が集まる職場だからこそ、役割という名の自分の居場所・存在価値が見出せる環境づくりは、妬む人のネガティブな感情を低減させて、チームにとってプラスの行動変容を導ける可能性があるというのです。

この提案は、私たちが進めるチーム保育での役割分担に参考になります。私は、そういう意味でも、チーム内が上下関係ではなく、「それぞれの得意分野を生かす」という、役割分担が効果的だと思っているのです。

では、妬まれている人は、日々どのような心理で過ごしているのでしょうか。「周りの誰かを妬むことはないけれど、妬まれることはある」と言う人もいることでしょう。誰かから妬まれるということは、それほど注目に値する存在であり、人より優れていると認められたことを意味していると山浦氏は言います。本来ならばそのことを喜び、誇りに感じてもいいところなのですが、実際にはそれと同等か、それ以上の不安に襲われ、脅威を感じてしまいます。それは、自分を妬んでいる相手からの敵対的な仕打ちが予想されるからです。しかも、それが職場の同僚であると認識した状態で日々の業務を行うことほどストレスフルなことはありません。

妬みの力

つんくさんは、ミスター・チルドレンの桜井和寿さんへの憧れとジェラシーから、ライバルに勝つための方策を編み出して成長していったそうです。結論から言えば、これこそが、妬む(妬みがちな)人の生き残り・成長戦略だと山浦氏は言うのです。妬みには、実は、プラスに作用する心理的な機能が備わっていることが実証され、その仕組みが明らかになりつつあるそうです。

相手と競い合う心理や、切磋琢磨の状態がその典型です。妬みを持つ人ほど、実は「あの人に負けないように、少しでも追いつけるように」と自分のパフォーマンスを高めようとしているかもしれないというのです。マネジャーや経営者の視点で見れば、妬みは、組織内で(良い意味での)ライバル関係を作り出すことを可能にする原動力なのです。

ドイツの心理学研究者たちが、マラソン大会の2日前に出場者から研究参加者を募って、妬みの特性を計測するアンケートを実施し、目標タイムを答えてもらいました。その結果、良性の妬み傾向がある人ほど、目標タイムを高く設定し、実際にゴールしたタイムも良かったそうです。

日本の心理学研究者もまた、大学生を対象に「妬みやすい人のパフォーマンス」を調査したそうです。この実験は、大学の講義時間の一部を使って行われました。まず実験参加者たちは、自分の妬みの測定項目を含むアンケートに答えました。さらに、1週間後の試験で何点を目標にするか、その得点を記入するように言われました。1週間後、予告のあった試験が実施されました。「この試験の点数は成績に反映される」と伝えられたので、実験参加者たちは真剣に問題を解いたはずです。その結果、ドイツの心理学研究者たちと同様に〔良性の妬みが、高い目標得点とそれに伴った良好な成績につながった〕という結果が得られたそうです。これらはいずれも、妬みを感じることによって、自分自身を研鑽することができる可能性を示しています。

韓国の経営学者リーたちは、妬む人が取りうる行動には、大きく3種類があると言います。1つ目は、「妬みのターゲットXさんを引きずり下ろすこと」。

例えば、Xさんが仕事で失敗するように邪魔をする、Xさんの貢献度を差し引いて上司に報告する、社内にゴシップを流すなどです。この方法であれば、妬んだ人は特段努力をすることなく、自分より秀でているXさんに追い付くことができます。ただ、Xさんとの信頼関係はその後崩壊し、それによって職場では仕事がやりにくくなる、周囲も腫れ物に触るような余計な気遣いが必要になるなど、大小さまざまな損失が生じそうです。

これらの妬みの悪影響は、不用意に競争的な環境や機会を作り出すと、観察されやすくなります。管理職者や企画担当者が、社内の活性化を意図してコンペティションを行うことは常套手段ですが、意図しない副作用の方が大きくならないように見通しておくべきだと山浦氏は注意します。

2つ目の行動は、相手を避けるというものです。しかし、この行動もまた、職場やチームでの協力関係を築き、共通目標を達成するという目的には適いそうにないと言います。3つ目が「Xさんにアドバイスをもらって積極的に学ぶ」という行動です。この行動であれば、妬む人のパフォーマンスは改善されます。しかもXさんは、「(実際には妬まれている相手から)尊敬されている」と認知できるので、お互いの関係性は維持され、もしかするとそれまでよりも良好な人間関係を築けるかもしれないと言います。

妬みのマネジメント

では、妬みのマネジメント法はないのでしょうか?

人が集まるとどうしても妬みが生まれてしまうのであれば、妬みの感情をマネジメントしたり、うまく活用したりする方法を知りたいところです。どんな人でも妬みを持ってしまうリスクはありますが、妬みが問題になってしまう人と、そうでない人は何が違うのでしようか。

実は、妬みには2種類あることがわかっているそうです。「悪性の妬み(malicious envy)」と「良性の妬み(benign envy)」です。悪性の妬みは、敵意や憤怒を中心にしてつくられている不快な感情です。いわゆる“ねたみ、そねみ”です。一方、良性の妬みは、“羨望、羨む”というあこがれの感情です。どちらも上方比較であるという点においては同じです。自分より優れている相手を見て、「どうしてあの人だけ恵まれているんだ!あの人さえいなければいいのに…」と思うのは悪性の妬みです。自分より優れている相手に対してであることは同じでも、「自分もあの人みたいになりたい!」と思うこともあります。これが、良性の妬みです。

ちなみに、妬みと嫉妬の違いは、妬みは2人あるいは2つの集団の間で成り立つのに対して、嫉妬は3人の人物が登場するとき(自分が上司に注目され、チャンスを優先的に与えられてきたはずなのに、異動してきた同僚に上司の関心が向いたときなど)に経験する感清です。

自分にない「良いものを持っている相手に目が向くのは当然だと言います。そのときに、「あの人さえいなければいいのに」と、相手を排除しようとする志向になるのか、「あの人のようになりたい。あの人と一緒に仕事ができるといいな」と、相手を認めて協力的な志向になるのか。これが2種類の妬みの質的な違いです。

この違いは、次の心のステップとして、相手とどのようにかかわるかという動機づけに強く影響すると言われています。たとえ妬みを抱えたとしても、必ず非生産的な行動に導かれるとは限らないと言います。むしろ自分を奮起させる原動力に変え、活力にする場合もあるでしょう。

そこで、山浦氏は、次に、心の持ち方、感情の向け方とともに、いかに自分自身の生産的な行動の起爆剤にできるかを考えていきます。非合理的な行動の源泉であった妬みの感情から、機能的な側面を引き出す方法を探っていきます。

「嫉妬してしまった」と、誰もがふと気づく瞬間があるかもしれませんし、もともと「嫉妬深い私」を自覚している人もいるかもしれません。そのような瞬間、あるいはそのようなタイプの人が、職場で少しでも心穏やかに、そして仕事を前向きに進めていくための方法が何かないものでしょうか。山浦氏は、こんな例を出しています。

ロックバンド・シャ乱のボーカリストを経て、作曲家やプロデューサーとして活動するつんくさんは、メジャーデビュー直後、なかなかヒット曲に恵まれなかったそうです。一方、同じ年にデビューしたミスター・チルドレンの桜井和寿さんは、一足先にミリオンセラーを達成し、トップバンドの座へと一気に駆け上がりました。つんくさんはテレビ番組で、憧れとジェラシーを抱いていたと打ち明けており、負けたくないと、もがく中で、ライバルに勝つための方策を編み出して成長していったと自分自身を分析しているそうです。

妬みの役割

妬みは、有能な相手から自分の資源を確実に守るためのセンサーの役割を担っていると言います。ただし、現代の人間関係では、自分より有能な相手を戦などであからさまに排除しようとはなりませんし、できません。職場で自分の妬みの感情が誰かに知られれば、周囲からの評価や評判を自ら落とすことになりかねないからだというのです。そのような内なる感情と対峙するうちに、他者に対して「あなたが今、ここにいなければ私の欲しいものがもっと容易く手に入り、こんなに苦しむことも、イヤな自分を感じることもなくて済んだのに」と妬ましく、恨みや敵意さえも混じった感情を、心の内で盛り上げてしまうのです。

自分の力だけでは現状解決が難しいとき、しかも、欲しい資源が有限で手に入りにくいものだと思っているとき、あるいは競争状況にあるときほど、この感情と向き合わなければならなくなります。この状態は、決して心地好い状態ではなく、心理的な痛みを伴っています。まさに、アリストテレスが書き残している通り、妬みは「自分と同じような者が、恵まれた状態にあるのを目にすることで、心に生ずる一種の痛み」なのだと山浦氏は言うのです。

この妬みと脳活動との関連性について、検討した研究があるそうです。平均年齢22.1歳の19人の男女が集められ、あるシナリオを、主人公を自分自身に置き換えながら読むように伝えられました。この19人の男女であるシナリオの主人公は、学業成績、部活動、就職活動状況などは平均的な人物だという設定です。この実験の結果、自分との関連性が低く、平均的な能力の登場人物よりも、自分と関連性が高く、かつ、優れた能力や所有物がある登場人物に対して、妬みの感情を抱くことが示されたそうです。具体的に言えば、

・同性で、進路や就職先、ライフスタイルや趣味が共通している(自分と関連性が高い)

・優秀な成績で、部活動でも活躍している(優れた能力や所有物がある)

このような人に対して妬みを抱きやすいというわけです。

さらに、脳の賦活状態(活動のレベル)を観察してみると、妬みを強く抱いた人は、前部帯状回と呼ばれる脳の一部分が、強く反応していることが明らかになったそうです。この前部帯状回は、血圧や心拍数のような自律的機能、意思決定や共感・情動といった認知機能、そして、身体の痛みに関係していると考えられています。つまり、先にも述べた通り、妬みは心の痛みだけでなく、身体の痛みももたらすのです。心の状態と身体的な健康状態との密接なつながりを感じさせられる話です。

ちなみに、妬みの対象者に不幸が起きたときには、「ざまあみろ」の心(これをシャーデンフロイデと言います)が生じやすくなり、線条体と呼ばれる部分が活性化することも明らかにされているそうです。線条体が報酬系の部位であることを踏まえると、文字通り「他人の不幸は蜜の味」であると言えるのではないかと山浦氏は言います。さらに、前部帯状回の活動が強い人ほど、この線条体もまた強く反応したことが報告されているそうです。つまり妬みが強い人ほど、他人の不幸を喜ぶ「ざまあみろ」の心も強くなるというわけです。

自分自身が生き残り、よりよく生きるための自己利益を得るためには、優れた相手の存在を察知しておくこと、そしていつ脅威をもたらしてくるかアンテナを張っておく必要があるというのです。妬みの感情には、自分の資源を確実に保持するためのセンサーの役割と、自己防衛を図ろうとする機能があるようです。

妬みと健康

ここで、山浦氏は、妬みを抱える人の苦しみと、健康上の危険性にも目を向けています。そこで、彼は、中国の中学生を対象にした調査研究の結果を紹介しています。そこでは、妬みの感情は、周囲に被害をもたらすだけでなく、本人の健康面においても深刻な事態を招く引き金になるということから警笛を鳴らしています。

妬み傾向の強い人が、クラスメイトどうしの関係性が良くないクラスに入ると、「もしかしたら、自分がいない間にクラスの誰かが何かご褒美をもらっているのではないか。あの人だけいい目にあっているのではないか」と、疑心暗鬼になる傾向が強まります。自分だけが好機を逃してしまうのではないかという恐れや不安が高まった結果、妬みを抱きやすい人は、スマホを手放すことができず、常にスマホをいじってしまう傾向が高いことが報告されています。

スマホによるソーシャルメディアの過剰使用は、諸問題を引き起こします。例えば、対面での交流の劣化、躁うつ病などの感情障害、睡眠の問題、身体的な健康上の問題の発症などです。この研究結果では、クラスメイト同士の関係性が良い集団であれば、妬みやすい人の問題行動が抑制されることも示されているそうです。

妬みは人と関わらなければ、感じなくて済む心の痛みや乱れですが、私たちが社会で生きて、組織に所属し活動する以上、人間関係を避けることができないと言います。だからこそ妬みの感情は、組織で働く私たちにとって、非常に厄介なものなのです。山浦氏は、こうして見てくると、2つの疑問が生じると言います。一つは、このような不利益をもたらす感情を、どうして人間は捨てきれずに持ち続けているのかという疑問です。もう一つは、妬みをうまくマネジメントし、前向きな人間関係を築くことはできないのかという疑問です。そこで、彼は、これらについて一つずつ順に考察していっています。

まず最初は、「なぜ妬みを捨て切れないのか?」という疑問についてです。妬みが、禍を引き起こす元凶だというのならば、どうして、私たちはこの感情を持ち続けているのでしようか。本当に不必要なものであれば、人間が進化する過程で、淘汰されていてもおかしくないはすだというのです。これは、身体についてもいえることで、必要がないかに見えるものでも、それはその役割がまだ解明されていないだけで、必要があるからこそ、今にまで持ち続けているのだと言われています。では、妬みは必要なものなのでしょうか?

妬みを抱く人は、職場に複数いる同僚たちの中から、ターゲットを抽出する繊細さを持っていると言えます。しかも、抽出する基準は、自分に脅威をもたらし、劣等感を抱かせる相手なのですから、妬む人は、自分を直視する瞬間を経験している人でもあるというのです。他者の存在を強く気にして、自分の存在価値を確認し、維持したいという欲求が強いと山浦氏は言うのです。

このことは、人間がより安全に生き抜くためには必要な能力だということになるというのです。例えば、戦国時代の武将をイメージしてみます。食うか食われるかの乱世競争社会において、自分よりも有能で資源を豊かに持っている敵の武将が、さらに勢力を伸ばそうとして、自分の領地や資源、統治裁量、勢力を奪いにかかってくる可能性がありました。自分の不安を煽り、自分の力量や評判など自分(の存在)に脅威をもたらす敵とは一戦を交えることでできるだけ早く排除し、自分の地位を盤石にしたいと考えます。

つまり妬みは、有能な相手から自分の資源を確実に守るためのセンサーの役割を担っているというのです。

妬みの実験

妬みの感情の研究について、アメリカの心理学者デステノの研究グループの論文で発表されました。実験参加者は1人で部屋に入り、その後すぐ参加者のパートナーとなる異性が入ってきます。実は、このパートナーは実験のために用意されたサクラです。パートナーは、実験参加者との会話を楽しみ、仲良くなるようにふるまいます。しばらくして2人には、「この実験は、1人で課題に取り組むときと、ペアで取り組むときのパフォーマンスの違いを検討するものです。1人でやるかぺアでやるかは、自由に決めてもらって構いません」と伝えられます。するとパートナーは、実験参加者に「一緒にやろう」と誘います。

2人が楽しく課題を行っていたところ、3人目が「遅れてごめんなさい」と言いながら現れます。この人は、実験参加者と同性で、実はライバル役のサクラです。もちろん、このことも実験参加者は知りません。3人には再度、「この実験の課題は、1人で行っても2人で行っても構わない」と伝えられます。ここから、実験参加者の運命が分かれるのです。

一つの条件〔統制群(操作が加えられていない比較対照のための群)〕ではパートナーが「大学医療センターに予約していたことを忘れていた!」と言って、部屋を出ていきます。こうして、残った2人は個別に課題を行うことになります。

これに対して、もう一つの条件「妬み生起の実験群(操作が加えられた群)」では、なんとこのパートナーは後からやって来たライバルの異性に「もしよかったら一緒にやろうよ」と声をかけます。声をかけられたライバルはそれを承諾し、実験参加者とは声の届く距離のところで作業を始めます。

どちらの条件でも、実験参加者は1人で課題に取り組むことになるのですが、その原因が違っています。一つは、たまたまの出来事によるものでしたが、もう一つは、ライバル出現によるものだったわけです。

この後にもうひと押しの手続きが施されます。味覚のテストという名目で、「パートナーとライバルが、それぞれ食べるものに、実験参加者がホットソース(激辛の刺激物)で味付けできる」という機会が与えられるのです。パートナーとライバルは、ホットソースが嫌いです。そのことを知った上で、実験参加者は、いったいどれほどの量をかけるのか…その分量が測定されました。

まず〔妬み生起の実験群〕に割り当てられた人たちは、自分を裏切ったパートナーだけでなく、そのパートナーに裏切るよう仕向けたライバルに対しても、敵意の混じった妬みの感情を表しました。また、薄情な裏切りを経験したとき、この実験に参加した人たちは自分をネガティブに捉えていました。そして、そのことが妬みを増幅させ、相手や直接的な関係者に対する攻撃行動を促していたのです。

では、その敵意によって加えられたホットソースの量は、どれほどだったのでしょうか。結果は、〔統制群〕の平均分量が1.44gだったのに対して、〔妬み生起の実験群〕の平均分量は3.41gでした。2.4倍近くのホットソースが加えられたのです。

ちなみにこの傾向は、女性( 1.67g)よりも男性(4.24g)で顕著でした。悪意ある妬みが、いかに私たちの心の奥底で活動し、意地悪で破壊的な行動を操っているのかを垣間見るような実験結果です。集団の中の1人が妬みの感情を抱いた結果、妬む人も妬まれる人も、誰一人として得をしない非合理的な行動が生まれてしまったのです。