fujimori の紹介

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価値

スポーツを通して子どもが身につけられるものには、「社会的能力」のほかに、寛容や公平といった倫理的な「価値」教育も挙げられています。そこで、高松氏はこれらの「価値」とは何なのかを考察していきます。昨日のブログでは、商工会議所が考える「社会的能力」を紹介してましたが、寛容や公平といった「価値」も扱っているそうです。たとえばバイエルン州北部のニュルンベルク市および周辺地区管轄の商工会議所は数年前から企業向けにCSR(企業の社会的責任)の啓発活動でサッカーを応用したものを展開しているそうです。2012年に同商工会議所が発行した約40ページのブックレット「フェアプレーとCSR、ダブルバスで」を高松氏は紹介しています。マンハイム大学教授、ニック・リンヒ博士が執筆、ドイツサッカー文化アカデミーと商工会議所が共同で製作したもので、まず経済とサッカーの中で重要なのは「フェアプレー」であると説きます。その心は次のようなものです。

「スポーツマンらしからぬ態度は損失につながる。社会を犠牲にし、自分の利益だけ実現した無責任な行動は、結果的に企業自身の自由を奪うばかりか、存在そのものが危ぶまれるでしょう。公平性と責任を受け入れることは、実は成功への投資。こういうことが伴ってこそ市場の中の自由競争という“ゲーム”の中でプレーヤーとして居続けられる。」と説いているのです。

冊子では具体的にサッカーと経済を次のように対比させています。

「公正な行動を手に促すこと」(サッカー)は「従業員に研修を行うこと」(経済)。「危険なプレー」(サッカー)は「安全基準の無視」(経済)に相当する」といった具合です。

CSRは、企業が社会的な存在であるということを強く意識したものですが、そこにスポーツ価値(公平、敬意、寛容など)を使っています。これらは社会において普遍的なものということを表しているのです。

高松氏が住むエアランゲン市では、数年ごとに「スポーツフェスティバル」が行われるそうです。なにやら運動会のようなものを想像するかもしれませんが、「スポークラブ見本市」と表現するのが妥当ではないかと高松氏は言います。ちなみに同市では100程度のスポーックラブがあるそうです。会場は市内の広い緑地地帯です。2012年7月に行われたものを見ると、サッカーやハンドボールをはじめとする球技類、スカイダイビング、グライダー、サマースキーにロッククライミング、カヤック、柔道、合気道、空手、テコンドー、フェンシングと70程度のブースが並びます。大掛かりな規模の器具を設置したり、柔道マット(畳)を敷いたり、グライダーを運搬して展示するなど、壮観だと言います。会場の中央には仮設舞台が作られ、各競技の紹介や市長らも交えたゲーム、それに地元のスポーツの著名人のインタビューなどが行われたそうです。

興味深いのは、この仮設舞台で礼拝が行われたことだと言います。フェスティバルの開催が日曜日だったということもあったそうですが、日本から見るとちょっと馴染みのない風景です。仮設舞台にさっそうと現れたのが黒い僧衣姿の牧師、ユリア・アーノルド師。説教で協調されたのは「寛容」「敬意」「公平」といった価値観だったそうです。そういった言葉を書いたビニールのポールを使い、テンポよく話を進めていきます。

社会的能力

スポーツのコメントにある「社会的能力」とは何でしょうか。様々な議論があるそうですが、高松氏は商工会議所が掲げるものを紹介しています。というのもドイツは日本と異なり、職業と教育がかなり密接です。そして「どこの会社に所属するか」というより「どういう職業か」ということが重要です。大学に進学しない場合、18歳までの若者は職業学校への就学を義務づけられています。同時に週のうち3~4日間は会社などで職業訓練を受けます。学校では理論を学び、会社で実践という制度設計で、デュアルシステムと呼ばれています。職業教育を終えると、最終試験が行われ、商工会議所が職業資格証を発行する仕組みです。「資格」なので、職業人に求められる能力というものもきちんと定義づけています。そのひとつが「社会的能力」だそうです。

ドイツ博物館

商工会議所が掲げる社会的能力は次の五つです。

1.自己認識と外部認識:自分で自分のことをどう捉えているか、他人は自分をどう見ているのかという認識能力をさします。

2.コミュニケーションスキル:これはわかりやすいです。様々な人とどのように積極的に関係を作っていくかが問われます。

3.「異なる視点から見る能力」と「共感する能力」:これも他者と仕事をしていく上で重要です。相手のことを理解するために必要な能力です。

4.「摩擦」「批判」の能力:仕事はうまくいくとは限りません。時には批判されることもあり、時には批判しなければなりません。これには大きなストレスもあり、摩擦になることもあります。そんな中、どのように自信を持ち続けるか、ストレスに対してどういうふうに対処できるか。

5.チームワーク:1から4の能力は「チームワーク」に収斂されるといってもよいかもしれません。チームワークは他の人と建設的に仕事をしていくために必要な能力です。チームの目標は迅速に、そして最適に達成されなければいけません。これは自分自身をチームに従属させるということや、全て正しいことをしなければならないというわけではありません。ただ、チームの目標達成のためには提案をし、そしてチームメンバーの異なった意見とともに議論しなければなりません。また、チームワークは同僚たちと個人的に仲良くする必要はありません。しかし日々のやりとりのなかで「共感」することも出てきます。また、一方で「摩擦」「批判」などもチーム内に起こります。そのため、チーム内ではコミュニケーションを図り、情報を交換し、お互いを律する必要があります。すなわち、チームメンバー全員が成功のための雰囲気を作る責任を共同で負っていることを意味します。

ここにきて、日本の企業が求める「体育会系」の人物像と決定的に異なる点が目に付くと高松氏は言います。それは4番目の「摩擦」「批判」の能力です。先輩(上司)の指示をよくきくだけの人物像ではだめということです。いわゆるクリティカルシンキングの必要性を言っているのでしょう。

以上が商工会議所が考える「社会的能力」なのですが、スポーツを通して親が子どもにつけさせたい能力のひとつということなのではないかと高松氏は言うのです。

日本の武道

ダンスコースは、どうしても女性が多いのですが、普段スポーツクラブのサッカーグラウンドで走り回っている男性でもダンスコースに行くこともあるそうです。初心者コースを終えて、継続する人は限られているのですが、それにしても「リタイアした夫婦がはじめる」という印象の強い日本とはずいぶん異なると高松氏は言います。社交ダンスのための、ダンススクールももちろんあるそうです。総合型のスポーツクラブがひとつの部門として扱っているところもあるそうです。

日本に馴染みのないもののひとつが乗馬です。ドイツでも特別なスポーツというイメージはあるようですが、それにしても、普段の生活でも「馬」を見ることは日本にいるよりも多いと言います。馬のゲージをつないで運搬している自動車もよく走っているそうです。馬場の数も多いようです。また馬上でアクロバティックなことを行う軽乗競技にも人気があるそうですが、日本ではほとんどないようです。「馬」文化の違いが出ているように思うと言います。

日本の武道にも人気があります。空手のところでは、80年代の映画「ベストキッド」が掲げられています。かなり古い映画ですので、どの世代まで知られているのかはわからないと言います。しかし空手をポピュラーにした映画として紹介される「お決まり」の作品だそうです。

柔道にいたっては「スポーツ以上のもの」という紹介がなされることが多く、親にとって倫理的な規律に魅力を感じるようだと言います。実際、ドイツ柔道連盟は「礼儀」「謙虚」「親切」「尊重」「勇気」「自制」など10の「柔道の価値」というものを定めており、教育的なスポーツとしてきちんと位置づけています。柔道は日本発祥のものですが、日本ではどうしても「強くなる」「試合に勝つ」といったことに偏重しやすいのに対して、ドイツは柔道を日本とは異なる位置づけにあることがわかると言います。高松氏は、ここではあえて広告記事をとりあげましたが、教育関係の専門家や、専門のメディアでも必ずといってよいはど子どもに勧めるスポーツとして柔道が挙げられるようです。実際「柔道は教育体系だ」という言い方がよく聞かれるそうです。余談ながらJudoka(柔道家)という単語もよく知られ、ニュースでも普通に出てくるそうです。しかしドイツ語風に発音されるので「ユードーカ」というふうになると言います。さらに、複数の場合はJudokas(ユードーカス)というふうに使われると言います。音で聞くと、「じゅうどう」とはまったく別の竸技のように聞こえるのですが、ドイツ語化している結果だと言うのです。

広告記当がおすすめするスポーツへのコメントを見ると、敏捷性などの運動能力、持久力アップなどのフィジカル効果を掲げています。同時に自信、寛容、敬意といったことも触れられています。さらに、さらりと読み飛ばしてしまいそうですが「社会能力」という表現も出てきます。スポーツに対して、フィジカルな要素だけではない部分をも親は期待しているわけだと言うのです。

ドイツらしい競技選択

7.陸上竸技 走る、跳躍、投げること:陸上競技は学校スポーツにしっかりと行われていますが、多くの子どもたちは学校外で楽しんでいます。陸上競技の様々な分野は、子どもたちが自然に動こうとすることとよくあっています。走る、跳躍、投げる。これらの運動で、持久力とスピード、体の動きのコンビネーションを訓練し、そして筋肉と骨を強化します。スポーツクラブは4歳以上の子どものための陸上競技を提供しています。これらのコースは主に楽しさや遊び心のあるアプローチで行われています。

8.クライミング 子どもたちが必要としていること:クライミングは、近年人気のあるスポーツのひとつです。かつての子どもたちは木や岩を登る機会が多かったためかもしれません。多くの都市では、4歳から子ども用のクライミングコースを提供するクライミングジムがあります。クライミングは力、体の動きのコンビネーション、敏捷性を高めます。そして自分にも自信を持つことにつながります。

9.乗馬 馬の背に乗ることは地上で最大の幸せ:しかしそれは、残念ながらあまり安くはありません。そのため乗馬は特別なスポーツと見なされています。グループでの乗馬レッスンは12~20ユーロで、単独のレッスンは20ユーロから利用できます。しかし馬上で体操をするアクロバット、「軽乗竸技」はそれほど高価ではありません。乗馬スポーツの分野で軽乗竸技は賢明なスタートと見なされ、初心者は容易に馬の扱いに慣れることができます。

10.柔道「柔らかさ」を介しての勝利:持久力、力、敏捷性——こういったことが小さな柔道家たちが訓練により獲得し、強くて自信を持った人格に変えます。日本の武道はスポーツであると同時に哲学であり、学校やクラブでも暴力防止のためのプログラムとして使われています。敬意や寛容は、4歳から5歳の子どもたちは柔道コースで学ぶことができます。

高松氏は、以上のような説明文を、あえて、広告記事から引用してきましたが、さらに、この競技選択に見るドイツらしさを少し書いています。

いかにもドイツらしいのが、まず「体操(トゥルネン)」をとりあげていることだと言います。「体操の父」フリードリッヒ・ヤーンの名前が添えられているあたりもそうですが、「体操」がいかにポピュラーな競技であるかを表していると思うと言っています。

日本でピンときにくいのが「スポーツ」として紹介されたバレエではないかと言います。西洋でダンスはスポーツとして捉えられることが多いというのです。バレエなどは「女の子のためだけではない」とわざわざ記されていますが、それでもダンススクールへ行くと女子が圧倒的に多いのが現実だそうです。逆に地方紙で「男子だけどパレエを頑張っている」というような男の子が紹介される記事にお目にかかったことがあるそうです。一方、プレークダンスやヒップホップなどは男の子にも人気です。小学生やそれ以下の子どもを前提にしているので触れられていませんでしたが、10代の若者に社交ダンスも一定の人気があるようです。「竸技」として社交ダンスを行っている人もいますが、教養や余暇を楽しむスポーツといった捉え方が強いと言います。そのせいか10代半ばの子どもに対して親が3か月とか6か月の初心者向けのダンスコースに行かせることもよくあるそうです。

スポーツクラブの紹介

スポーツクラブの紹介には、続きとして「子どもに人気のあるスポーツ」がコメント付きで並んでいます。それを高松氏は紹介しています

1.体操「体操の父」ヤーン以来の古典:多くの子どもにとって体操はスポーツへの入り口です。多くのクラブが1歳からの古典的な親子体操コースを用意しています。クラブで6歳以上の子どもがどのぐらい動くことができるかを試すことができます。吊り輪、平均台、平行棒、跳び箱などの器具を使ってトレーニングをすると、筋肉、柔軟性、バランス持久力といったものに効果があります。

2,サッカー 11人のプレーヤー、2つのゴール、1つのボール:昨今、女の子もサッカーを楽しむことが増えてきました。しかし、まだまだ男の子のスポーツと見なされています。子ども向けのサッカー場や遊歩道、裏庭などの場所がないため、スポーツクラブで遊ぶ子どもたちが増えています。ドイツサッカー協会によると、「パンビーニチーム(ちびっこチーム)」が今日ほど多かったことは、これまでありませんでした。あなたの子どもがサッカー愛好家であれば、4、5歳からクラブにメンバーとして登録することができます。この人気あるチームスポーツは、協調性、寛容、責任感といった社会的能力を促進します。そして体の動きのコンビネーションや体力、スピードといったものも獲得するでしょう。

3.水泳 水中の魚のように:ほとんどの子どもたちは水が大好きです。親はそれを利用すべきであり、4、5歳で子どもを水泳コースに登録すべきです。依然、最も多い子どもの一般的な死因の1つは溺死です。学校に入学する前にすべての子どもは泳げるようになったほうがよいです。水泳は体調をよくし、筋力をつけます。

4.ダンスとバレエ 女の子のためだけではない:長きにわたり、ダンスは絶対的な女の子の領域でした。特に良家の娘にとってバレエのレッスンは必須でした。しかし、これは変わりました。音楽にあわせて動くことに対する熱意は、女性だけが持っているものではありません。ダンススクールでは古典的なバレエレッスンに加えて、小さなダンサーのために様々な種類のダンスクラスがあります。こういうコースで子どもたちはダンスを知り、そして運動能力と身体への意識を訓練します。2、3歳までのダンスコースにはじまり、4歳からはバレエのクラスもあります。子どもは9歳から、ヒップホップ、モダンダンス、タップダンスなどのコースを受講することもできます。

5.テニス ポリス・ベッカーとシュテフィ・グラフの足跡:ドイツにおいて、テニスの全盛期は終わったようですが、多くの子どもたちはまだラケットとテニスポールへの道を見つけます。小さな子どもたちは3、4歳から始めることができます。「バンビーニトーナメント(ちびっこトーナメント)」の対象は5歳からです。テニスを通して、子どもたちは体の動きのコンビネーションを身につけ、ボールのコントロールを発展させ、そしてスタミナをつけます。

6.空手 アジアの伝統的な武道: (一人の少年が日系人に空手を学び、成長していくというストーリーのアメリカ映画、1984年公開の)「ベストキッド」のように自分自身を守る―これはあなたの子どもが空手学校で学べることです。日本の武道はドイツでますます普及しています。ほとんどの町で、3、4歳の子どもたちが初歩的な空手技術を提供しているクラブがあります。空手トレーニングは、空間認識、集中力、そして体の動きのコンビネーションを促進します。

情報記事

「体操、サッカー、乗馬。こういったスポーツは健康的で子どもたちの精神的、肉体的発達につながります。あなたが子どもにスポーツを勧めるときのための情報を提供しましょう。両親や祖父母たちは、子ども時代の余暇時間には新鮮な空気の中で過ごし、木登りや、森林、牧草地を走り回っていたものです。ところが今日の子どもたちにはこういう運動機会を逃していることが多い。だからスポーツはとても重要なものです。

2012年の調査によると、子どもたちは宿題をする前に、余暇時間としてテレビを見ます。そして1日のほとんどを座って過ごしている。だからこそ運動能力、バランス感覚、協調性、身体の意識を養うために、子どもたちは体を動かすことが必要です。走ったり、ジャンプしたり、投げたり、登ったりすると、筋肉は訓練され、骨は強化されます。また、運動は太りすぎを防ぎ、そして重要な社会的能力の促進にもつながります。せひとも、あなたのお子さんにスポーツを勧めてください。スポーツクラブは子どもや若者のためにスポーツの幅広いプログラムを提供しています。それらのプログラムはとてもエキサイティングです。そしてお子さんにどのスポーツするか自分で決めさせてあげてください。多くの子どもたちは様々なスポーツを試しています。10歳までの子どもにとって、こういう「お試し」は価値あるもので、理にかなっています。そのため高価なスポーツ用品をすぐに買うようなことはせず、数か月を待ってください。」

というような調子です。わかりやすく、保護者にどのように訴えればよいのか参考になりますね。この筆者のフォン・クラムさんは食品関係や家族関係の話題に強い人だそうですが、この記事は学術論文でもなく、簡単に読めるものです。もう一歩踏み込むと「どこかで聞いたような」内容も含まれていると高松氏は言います。そういう意味では、ドイツの一般的な親が考える、「子どもとスポーツ」の感覚に訴える内容だと理解できるのではないかと言います。ちなみに記事の最後には広告記事らしく、次のような一文がついているそうです。

「当店のオンラインショップでは、様々なスポーツ関係の商品をご用意しております」。そして続きには「子どもに人気のあるスポーツ」がコメント付きで並んでいるそうです。しっかりした報道メディアや専門誌でも、しばしば子ども向けのスポーツが紹介されますか、種目については比較的重なるようです。高松氏は、それらを順番に紹介しています。競技名にキャッチコピーのようなものが添えられ、競技についての解説や効果が書かれています。

ドイツでは、親から強制的に何かをやらせるというようなことはなく、子どもの自主性を重んじることが多いのですが、それでもキチンと保護者はそれぞれのスポーツにはどのような効果があり、子どもの何を育てようとするのか乎きちんと考えてほしいという姿勢が見られます。これは、私がセミナーの中で話をしたことでもあるのですが、園でのものを購入する時カタログを見ますが、そこには、そのものの写真と価格が掲載されていて、その使い方、またそれを使うときの意味、使うことで子どもの何を育てようとするのかを保育業者は伝えようとします。そして、カタログの写真の多くは、それを使っている子どもの姿が映っています。その中で、必ず車いすの子も映っています。このようなことからも姿勢がわかりますね。

余暇と労働

ナチスが1933年に、余暇のための組織「喜びを通しての力」というものを作ることによって、様々な施設を余暇として利用するようになりました。これらは今日のドイツの人々の「余暇の過ごし方」ともよく似ていると言います。もちろん、余暇組織「喜びを通しての力」はナチス党に労働者を取り込むのが目的でしたが、余暇が労働のための力を再創造するのだ、という発想が見て取れます。言い換えれば、余暇と仕事がかなりきっちりと切り分けた考え方があるのがわかります。ちなみにこの余暇組織は、「歓喜力行団」と訳され日本とも外交の一環として交流もありました。しかし当時も日本側には「余暇」がピンとこなかったようです。

余暇と労働を考える上でひとつ重要なのが、ドイツの時間感覚だと高松氏は言います。「欧米では仕事とプライベートを分ける」というイメージを持つ人が多いと思います。このイメージに照らし合わせてみると、時間に対する感覚が違うと感じることが多いと言います。ドイツの時間感覚は一直線で、タスクをひとつずつ片付けていく傾向が強いと言います。職場では、ほとんど休息をとらずに仕事に集中、そして「就業時間」という大きなタスクが終わると「プライベートの時間」に切り替えるかたちです。この時間感覚も仕事と余暇を切り分け、そのため「タスクとしての余暇」として何をするかという発想につながるのかもしれないと言うのです。

「余暇」に着目すると、富裕層の生活イメージにはじまり、労働運動の中で展開され、戦後は経済成長とセットに健康や楽しみといった生活の質を高めるものとして発展してきたのがうかがえると言います。余談ながら、日本語の「余暇」という字面を見ていると、「(時間が)余ってできた暇」であり、「労働時間」と拮抗しにくいです。そして積極的に使うための時間というイメージが少ないのです。そんなふうに高松氏は思えてくるというのです。

では、子どもにスポーツをやらせるにあたって親は何を期待するのでしょうか?ドイツの子どもや青少年がスポーツをする場合、スポーツクラブが主流になります。子どもがもし自分で「サッカーがしたい」といえば、親がすぐに思いつくのはもちろんスポーツクラブです。

一方、親としては子どもを育てるにあたり、様々なことを思うものです。健康、学力、社会性など幅広いようです。そんな「子育て課題」を考えたときに、「何かスポーツをやらせたい」という発想が出てきます。そんなとき、親の中には「何をやらせればよいか」ということになります。親向けの育児関係の記事などを検索すると、たくさん出てきます。それこそ、親のための雑誌、健康保険関係の組織、それに一般のメディア、スーパーマーケットが顧客向けに書く「生活のヒント」のような記事にまで扱われているそうです。

たとえば、スーパーマーケット「Real」のホームページの家族向け情報記事を高松氏は紹介しています。タイトルは「最も人気のある10の子ども向けスポーツ」というものです。ジャーナリストのダグマー・フォン・クラムさんによるもので、内容は次のようなものです。少し長いですが、この文章から、何をスポーツに期待しているか、どんなことが大切か、それをどにょうに保護者にアピールしているかよくわかります。

余暇スポーツ

ドイツでは、戦後になってスポーツ団体による健康増進、余暇スポーツの取り組みが盛んになりますが、それに伴い、各自治体でスポーツクラブも増えていき、当然クラブ加入者も増加していきます。1970年にはスポーツクラブ加入者数が1010万人だったところが、1989年になると2090万人と2倍以上に増え、2000年には2680万人になっています。なお、1990年を見ると、全人口に対するクラブ加人者数の比率が一旦下がっていますが、これは旧東西ドイツの統一によるものです。ともあれ、戦後のドイツでスポーツが盛んになってくるのは「余暇」という時間環境との関連性が透けて見えると言います。日本でも働き方に関する議論はありますが、余暇時間が増えるとスポーツ人口の増加につながる可能性が高いと高松氏は考えています。また人々の健康の底上げや、スポーツを通じたボランティアなどの増加といった社会インバクトも考えられると言います。

余暇や健康のための、誰にでもできる「第二の道」の発想を表すものに、「万人のためのスポーツ」という言い方があるそうです。スポーツに対して、そういう考え方を付されていったのは、ドイツの場合、体操(トゥルネン)をともにする仲間という考え方を提示したフリードリッヒ・ヤーンの存在がその出発点ではないかというのです。

しかし実は詳しく見ると、もう少し事情が複雑なようです。19世紀終わりにイギリスから「スポーツ」がドイツに入ってきます。スポーツはイギリスで発展を遂げたものです。「遊び」といった要素はあるものの、一方で「競争」という要素もありました。それに対して、ヤーンの体操は全身運動を促すもので競争の要素はありませんでした。勝ち負けという価値にヤーン自身も否定的だったのです。この点で、19世紀末からドイツで「トゥルネン」と「スポーツ」が拮抗する時代もあったというのです。誰にでもできる「万人のための体操」が「余暇スポーツ」の基本的な考え方に繋がっていったのは、ドイツにおいてはヤーンが嚆矢といえるのではないかと高松氏は言うのです。

では、「余暇」に対するドイツの考え方はどうなのでしょう。まず、「休暇」そのものは、軍隊からしばらく離れる許可のことを指していたそうですが、今日の仕事に対する「休暇」の登場は1873年に見られます。公務員に有給休暇制度が導入され、上級の職員は年6週間の休暇を得ました。1918年には労働組合の活動が奏功し、多くの労働者が休暇を取得するようになりました。もっとも当初は年1週間未満でしたが。

ともあれ、今日の連邦休暇法は労働者の権利獲得の賜物ですが、それは19世紀からはじまっていたわけです。しかし問題は休暇の使い方だと高松氏は言います。当初からレクリエーションや娯楽のために使われていましたが、これはモデルがあったそうです。富裕層が優雅に過ごす様子がある種の理想像としてあったというのです。これが労働者の権利の中に入ってきたと考えられると言います。

「休暇」の流れは第二次世界大戦中、妙な発展を遂げます。ナチスが1933年に、余暇のための組織「喜びを通しての力」というものを作りました。特別列車で安価な旅を実現。国民車「フォルクスワーゲン」もこの中で普及します。そのほかに、ミュージアムや劇場を利用するといったことも定着しましたが、これに並んでスポーツ施設を余暇として利用することも広がりました。

アルテ・ピナコテーク(ドイツの国立美術館)

スポーツは遊び?

日本では、今日でも「体育会系」は日本スポーツ文化を特徴づける価値体系ですが、一方で実際の部活を見ると、昨今の体育会系の反省からか、根性論と一線を画すトレーニング方法や生涯スポーツを追求する動きも出てきているようです。しかし、スポ根アニメで育った指導者やその影響を受けた人はまだまだ現役で活動していて、「スポーツは遊び、気晴らし」という定義にしっくりこない人も多いのではないかと高松氏は言います。

高松氏自身にとって、「スポーツとは遊び」という考えに対する違和感が氷解したのが、ドイツのスポーツクラブだったそうです。老若男女が日常的にスポーツをする場で、しごきや体罰とはまったく無縁です。日本における勝利偏重の部活の雰囲気からみると「ゆるゆる」にすら見えると言います。なぜ非体育系の「ゆるゆる」のスポーツになったのでしょうか。歴史を見るとある程度説明がつくと言います。戦後の旧西ドイツのスポーツは当初、競技志向が強いものでしたが、変化を遂げるのが1960年代からです。西ドイツは1950年代に「経済の奇跡」と呼ばれる経済復興を遂げます。こうした中、1959年にドイツスポーツ連盟(DSB)から、国民の健康を意識した「第二の道」という考えが出てきます。競技スポーツが「第一の道」とすれば、余暇のためのスポーツが「第二の道」というわけです。同時にドイツオリンピック協会(DOG)によって、スポーツ施設などを拡充する「ゴールデンプラン」という提案も出てきます。その後、1970年代にドイツスポーツ協会(DSB)によって「トリムアクション」という健康増進の運動キャンペーンが行われます。これらは政府主導ではなく、スポーツ団体が発端です。ゴールデンプランなどは、必要な資金を州や連邦などから引き出してきました。トリムアクションについても、エアランゲン市の戦後のスポーツ史をひもとくと、頻繁に行われていたそうです。実際そのころ子どもだった人にきいても、「そういえば、トリムアクションに参加していた」と記憶に残っている人もいたそうです。また、トリムアクションとは別で、健康増進のための余暇スポーツを市内でスポーツクラブや行政のスポーツ部署と一緒に展開しています。

一方、余暇活動には当然「余暇」がいります。余暇とセットになるドイツの労働時間の経緯を見てみます。すると、1900年に週6日60時間だったものが、1932年には42時間、1941年に50時間、1950年48時間、1956年には週5日への移行がありました。そして、1965年には40時間、1984年には38.5時間、そして1995年には印刷、金属、電機産業で35時間と推移しています。このような労働時間の短縮は、労働運動などの賜物ですが、戦後のみを見ても1950年代、経済復興に伴い労働時間が減っていくのがよくわかります。現在は週40時間ですが、一時的に35時間にまで短縮した業界もあります。高度経済成長に伴い長時間労働が増えた日本と対照的だというのです。

また、ドイツといえば病欠とは別に、休暇のとりやすい国としても知られています。今日の長期休暇を規定しているのは、1963年に施行された連邦休暇法です。最低限24日の年休を設定することになっていて、多くの企業は30日の有給休暇を規定しています。ちなみにEU加盟国に対して達成を求める「EU指令」では4週間の年次有給休暇が明記されています(EU労働時間指令、1993年)。このため、平日でもスポーツクラブで何らかの行事のために休日が必要になっても、簡単に体めるのです。

ビールの原料のホップ

スポ根

4Fという信条は影響力が強く、「体操家のクロス」という紋章も作られました。アルファベットのFを四つ組み合わせたもので、なかなか力強い造形だと高松氏は言います。現在でもトウルネン関係のイべントや雑誌などにも使われているそうです。「ヤーンホール(体育館)などでもヤーンの胸像とともに「体操家のクロス」の紋章があしらわれているそうです。さすがに最近の若い人は、この4Fやロゴについて知る人は少なくなっているようですが、年配の人だと知っている人も多いと言います。日本でも、この4FがついているエンブレムがついたTシャツが売られています。そして、そのエンブレムの説明に、「斜線左側には“フレッシュ、敬虔、幸せ、自由”を意味する4つの“F”。これはドイツの“体操の父”と呼ばれるフリードリッヒ・ルートヴィッヒ・ヤーンに由来する。」とあります。

またこういう世代で、若い頃に体操していた人の話などを聞くと、4Fを噛み締めながら、スポーツクラブの仲間とともに体操をしていたようです。このように見ていくと「タメ口カルチャー」も、なかなか複雑で、一人の活動家の運動が出発点になっていることがわかります。同時に日本の体育会系文化にある「先輩後輩システム」とは全く逆の方向の人間関係が築かれたということ。これは日独のスポーツ文化の違いにつながる大きなカギだと高松氏は言うのです。

ドイツのスポーツ選手は「視野狭窄」に陥ることがないと言います。それは子どものころからの教育と各人の人生観に関係していると高松氏は言います。そのあたりの事情をこれから見ていきます。

スポーツの定義は、語源であるラテン語“disportare”までさかのぼって説明されることが多いようです。英語でいえは” carry away”「何物かを運び去る」といった意味だそうです。転じて不安や憂いを運び去ること、つまり「遊び」「気晴らし」と説明されるわけです。しかし、高松氏は長きにわたり、「スポーツは遊び」という説明は正直なところピンとこなかったと言います。彼自身は、野球を舞台にした「巨人の星」などのスポ根(スポーツ根性もの)アニメを見ていた世代で、それらの作品群に描かれるのは、ライバルとの競争で勝利を得ること。それからそのために激しいトレーニングなどが必ず出てきます。戦後、高度経済成長期を迎え、「がんばれば成功する」という時代の気分とうまくマッチしたのではないかと考えています。

しかし、ここには「遊び」や「気晴らし」という言葉が入る隙間がありません。「スポーツは遊び」という定義に対する違和感は、今思えば、スポ根アニメが影響していたような気がすると言います。また勝利のための無茶な練習や気合のためのビンタなどは「普通のこと」であるという「体育会系」のスポーツ文化醸成にスポ根作品も一役かっていたのではないかと高松氏は考えているのです。最近のスポーツを主題にした漫画作品を見ても、クラッシックな「体育会系」が物語のフレームとしてあり、その中で「(既存の)『体育会系』(のようなこと)なんてやってられない」、「伝統的な体育会系とは異なるトレーニングで強くなる」といった考えを持つ人物が配されることで、ストーリーを魅力的なものにしている作品が散見されると言います。いずれにせよ、今日でも「体育会系」は日本スポーツ文化を特徴づける価値体系といえるのではないかというのです。

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