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実用的スキル

伝統的に、認知的スキルは職業上の成功を決める最も重要な要因であると考えられてきました。しかしながら、社会・情動的スキルは認知的スキルを働かせるための基盤として重要であるというだけでなく、最近の研究によると、特に職業上のステイタスや収人といた要素については、認知的スキル以上に直接的な影響があるといいます。その意味では、将来の職業を決めるうえで、社会・情動的スキルは認知的スキルと同等か、場合によってはそれ以上に重要になり得るだろうと白井氏は言います。こうした新しい研究結果は、最初に述べた、マクレランドによるコンピテンシー概念の提案にも、そしてまた「ソフトスキル」や「非認知スキル」を重視しようとする「21世紀型スキル」の動きにも合致するものとも言えるのではないかというのです。

次に、スキルの第三のカテゴリーが、身体・実用的スキルです。身体・実用的スキルについては、「物理的な道具や一定の手順、機能などを使いこなす力」として定義されています。例えば、新しいICT機器を使ったり、楽器を演奏したり、工作をしたり、スポーツをするなどのマニュアル的なスキルや、自分で服を着たり、食事や飲み物を準備したり、自らを清潔に保つといった生活上のスキル、さらには肉体の強靭さや筋肉の柔秋性、スタミナなどの自分の能力を上手に活用するスキルなどが含まれます。なお、身体的スキルと実用的スキルは、いずれも一定の動作を伴うものであることから、両者は重なりあうものであると考えられています。

コンセプト・ノートにおいては、特に芸術との関係で身体的スキルの重要性が強調されており、これまでの研究においても、音楽や美術に関する活動が、認知的スキルを発達させることにも非常に有効であることがわかっているといいます。すなわち、「芸術分野において身体的な能力を獲得するためには、相当な認知やメタ認知のプロセスが生じる必要がある。芸術が身体的スキルを通じて表現されるものであるとしても、芸術に熟達するためには、認知やメタ認知のプロセスも必要になる」からであるといいます。音楽が得意な子は数学もできると言われることがありますが、実際、芸術的な活動を行うことが認知の改善につながったりするといわれています。

実用的スキルというと、手先の器用さや工作の技能などがイメージされるかもしれませんが、ここでは、幅広いものが想定されています。例えば、服を着る、掃除をする、自らを清潔に保つ、食事の準備をする、書いたものを通じてコミュニケーションを行う、何らかのテクノロジーを使うといった多くの日常的な動作は、いずれも実用的スキルを必要とします。実用的スキルも時代によって変化していくことになるので、現代では、例えば、スマートフォンを使ってテキストでコミュニケーションをとるためには、小さなキーパッドを使ってメッセージを作り、それを送るという形の実用的スキルに熟達することが必要になっています。

社会・情動的スキル

AIに代替されることが困難な仕事として、複雑な社会的関係性が必要となる仕事が挙げられており、とりわけ社会・情動的スキルを身につけることの重要性が強調されています。一例を挙げれば、社会の高齢化が進むことによって、へルスケアに対する需要が増大することが想定されます。当然、それに伴って、へルスケア関連の仕事も増大するでしょうが、それは、単に物理的なお世話をするだけでなく、例えば、気配り(care)や社会性、高齢者に対する敬意(respect)などの社会・情動的スキルを、より一層必要とするようになるだろうといいます。こうしたスキルは、 AIによっては代替が困難なのです。ここであえて付け加えることとして、私は前から言っている「Education & Care」という訳を「教育と養護」としてしまっていましたが、最近はそのままcareを使っているのは、そこには、「世話をする」という意味合いよりも、「気配りする」という意味の方が近いからです。ですから、白井氏は、そう訳しています。

さらに、社会・情動的スキルがより重要になってくる別の理由として、社会の多様性の増大も挙げられると言います。例えば、移民の増加に伴って、学校のクラスや職場など様々な場所において、民族的・文化的・言語的な多様性が増大しています。そうなると、他者への共感性とか、異なる文化に対する敬意とか、自己意識といったスキルがより重要になってくるのです。

その際、社会・情動的スキルを認知的スキルと切り離すのではなく、これらが相互に関係し合っている点に留意することが必要です。例えば、他者視点の獲得という認知的スキルが十分でなければ、他者への共感性といった情動的スキルを育んでいくことは難しくなるだろうと言います。また、例えば、自制心やレジリエンスをもって学習に取り組むほど、より多くの学習成果につながるなど、社会・情動的スキル自体も認知的スキルの発達に密接に関連しています。認知的スキルを育んでいくためにも、例えば、忍耐力、自制心、責任感、好奇心、精神的な安定性などの社会・情動的スキルが重要になってくるというのです。

このことは、社会・情動的スキルのレベルが低い場合には、認知的スキルの発達にも悪影響が生じるということでもあります。実際、「ピッグ・ファイプ」の5要素のうち、特に「誠実性」については、学力など教育面への影響が強く、また、「開放性」については、特に学校への出席状況や選択する教育コースのレベルなどと関係があるといいます。

また、社会・情動的スキルの重要性を示すものとして、コンセプト・ノートにおいても紹介されている事例が、General Educational Development (GED)に関するヘックマンらの分析です。GEDとは、アメリカやカナダにおいて行われている、高校中退者に対して行う試験であり、ライティング、エッセイ、リーディング、数学、理科、社会について、約8時間にわたって行われる試験です。GEDは、一定の学力試験を通った者に対して高校卒業のディプロマを与えることで、その後の大学教育や労働市場への道筋を広げることを企図したものでした。ところが、分析によると、学力的には通常の高校卒業者と同等と考えられるGED合格者の多くが、例えば、根気強さ、自尊感情、自己効力感などの「非認知」に関する能力が低いというのです。実際、大学のドロップアウト率や離婚率の割合が高く、一方では、飲酒や喫煙などのハイリスクの行動をとる傾向が見られるなど、GEDの結果によって、認知に関する側面だけをハイスクール卒業と同等に扱うことの課題が指摘されているのです。

スキルの更新

デジタルやICT関連のスキルは、陳腐化が早いとなると、より重要になってくるのが、個別の新しいスキルを獲得するということよりも、新しいスキルを継続的に獲得し、自らのスキルを常に更新していく力ということになります。Berger & Freyは、「融合的スキル」を身につけさせるようにしていくべきであると指摘しています。ここでいう「融合的スキル」とは、「創造性やアントレプレナーシップ(起業家精神) 、技術的なスキルの組み合わせであって、新たに登場してくる新しい職業へのシフトを可能にするスキル」であって、これから注目される職種の例として、テレピゲームのデザイナーなどが挙げられています。例えば、テレビゲームのデザイナーの仕事をこなしていくうえでは、ゲームの中核となる特徴についてデザインすることはもちろん、ゲームのメカニックから物語の作成、登場人物のキャラクター設定、デザインに関する文書の作成や管理、プロダクション・スタッフに指示したり、共同作業しながら、デザインされたとおりにゲームを作成していく、といった様々なタスクが求められるのです。こうしたタスクを実行していくためには、例えば、デザインやメディア・コミュニケーション、心理学などに関する知識、プログラミングや批判的思考力、複雑な問題を解決する能力などのスキル、知的好奇心や遊び心、情熱などの態度及び価値観といった、まさに複雑で融合的な能力が求められることになるというのです。

次に、第二のカテゴリーが社会・情動的スキルです。社会・情動的スキルは、「非認知スキル、ソフトスキル、性格スキルなどとしても知られ、目標の達成、他者との協働、感情のコントロールなどに関するスキル」です。

社会的スキルと情動的スキルは、以前は別個のものとして捉えられていましたが、概ね1980年代から1990年代にかけて、両者を関連づけて捉えられるようになりました。情動と認知の統合の考え方については、既にピアジェが打ち出していましが、ガードナーが、伝統的に重視されてきた言語や論理数学に関する知能だけでなく、音楽や身体運動、対人関係などに関する様々な知能の重要性を指摘する「多重知能」の考え方を提唱してからは、個人内スキルと対人関係スキルの両面がより統合的に捉えられるようになってきました。私は、これを「心内知性」と「対人知性」という説明をしています。さらに、ゴールマンは、1990年代に入ってから注目を集めるようになった「情動的知能」という概念を打ち出していますが、ここでも、自己意識、自己調整、モティべーション、共感性、社会的スキルという5つの要素が挙げられており、情動的スキルと社会的スキルが統合的に扱われています。この「情動的知能」というのは、「Emotional intelligence」という、日本では、EQ力と言われて広まった「心の知能指数」です。白井氏は、ここでは、「情動的知能」と訳しています。こうした動向も踏まえ、 Education2030プロジェクトにおいては、社会的スキルと情動的スキルを統合的に捉えることとしたのだそうです。

さて、この社会・情動的スキルについても、これからの時代において、より重要になってくると白井氏は考えています。前述のBerger&Freyによると、AIに代替されることが困難な仕事として、複雑な社会的関係性が必要となる仕事が挙げられており、とりわけ社会・情動的スキルを身につけることの重要性が強調されています。

重要なスキル

OECDが行っているPIAAC (国際成人力調査)では、職業人にとって必要と考えられる様々なスキルについての測定を行っていますが、リテラシーなどの認知的スキルやICTスキル、STEMに関するスキルなどに加えて、「学習に対する構え」についても測定しているそうです。PIAACにおける「学習に対する構え」とは、例えば、「新しいアイディアを実生活とどの程度関連づけているか」、「新しい物事に直面した時に既有知識をどの程度関連づけているか」、「難しい物事について、根本まで立ち返って考えているか」といった質問をまとめてインデックスにしたものですが、この「学習に対する構え」の指標が高い場合、認知的スキルの一つであるリテラシーのレベルにかかわらず、積極的な学習への参加が見られるようです。

伝統的に、教育の世界においては認知的スキルが重視されてきましたし、実際リテラシーやニューメラシーなどの認知的スキルは、労働生産性などとの強い関連性も見られるそうです。一方では、こうした「学習に対する構え」など、メタ認知や学習方略に関することは、認知的スキルと並んで、新しい知識を共有したり、蓄積していくうえで必要であるとして、ビジネスの世界においても重視されようになってきているそうです。例えば、ピジネスの国際化が進む中で、グローバル・バリュー・チェーンの構築に向けた国際的な統合を果たしていくうえでも、「学習に対する構え」が重要な役割を果たしているとして、企業活動においても評価されているそうです。

また、AIの時代を迎える中で、こうしたメタ認知に関するスキルは、より重要になってくると考えられています。というのも、AIは特定の分野や領域については圧倒的な知識を有しているとしても、例えば、文脈や主観に基づいた情報を理解することができませんし、また、不確実性があったり、曖味な状態においては、十分に対応することもできないからです。たしかに、 AIは特定のタスクを効率的に実行することはできますし、ある程度であれば、複雑さや不確実さに対応していくこともできると考えられます。しかしながら、例えば、目標や文脈が明確でないような場合には、アルゴリズムがうまく働かず、機能停止に陥ってしまいかねません。その意味では、たとえひとつひとつの判断が完璧なものではないにしても、VUCAな状況においては、AIよりも人間のほうが、より柔軟に対応していくことができると考えられるのです。

様々なデジタル技術が社会に浸透していく中で、デジタル技術やICTに関するスキルはますます重要になってくるだろうと言います。実際、EC (欧州委員会)によると、専門的なデジタル・スキルを有する人材に対する需要は、毎年4%の割合で増加しているといいます。

もっとも、だからといって、デジタル・スキルを身につければ全てが足りるということでもないのは当然であると言います。すなわち、新しいスキルもまた、急速に時代遅れなものとして、陳腐化してしまう傾向があるからです。例えば、ヨーロッパ・職業訓練開発センターの調査によると、フィンランド、ドイツ、ハンガリー、オランダにおいては、労働者の16 %が過去2年間で自分たちのスキルが陳腐化したと認識しているということであり、特にデジタルやICT関連のスキルは、陳腐化が早いとも指摘されています。

メタ認知スキル

今後もAIの発達が続くとすれば、これから社会に出る生徒にとっては、創造性を身につけていくことが、これまで以上に強く求められます。なお、コンピテンシーの統合的な性格ゆえに、認知的スキルについても、それだけを用いるのではなく、社会・情動的スキルや態度及び価値観と組み合わせて活用していくことが重要なのは当然であると言います。例えば、批判的思考力について考えると、そこには一定のアイディアや解決策に対して疑問を呈したり、評価を行うことが当然に含まれてきます。また、その前提として、自分の考えを客観的に提えることも必要になるし、社会的・文化的なコンテクストに照らして妥当かどうかを判断することも求められるため、社会・情動的スキルや態度及び価値観もかかわってくるのです。

DeSeCoにおいても「省察・振り返り」が重視されていましたが、特に多くの「21世紀型スキル」の提案において取り上げられているのが「メタ認知」に関することです。ここで言うメタ認知とは、「自らの学習について自覚しており、また、コントロールしている状態」とされており、自らの知識やスキル、態度及び価値観を、どれだけ身につけているか、あるいは、それらをどのように活用しているか、といった状況を認識する能力が含まれます。こうした状況を自分で認識することで自らの能力を様々な状況に適用できるようになるのです。前述のフレイやバーガーらによるスキルの分類では、メタ認知スキルは「非ルーティン的な分析的スキル」として整理されています。

メタ認知スキルが重要視されるようになっているのは、それが学習していく過程に影響するからです。例えば、物事を批判的に考えていくためには、自分がその事柄をどの程度理解しているかとか、批判的に思考していくためのモティベーションをもつことができているのか、といったことを自分で認識することが必要になります。すなわち、メタ認知は、様々なコンピテンシーを発揮していくための前提とも言えるのです。とりわけ、学習内容が高度化する中等教育以降の教育においては、推論に基づいて考えたり、自己調整や振り返りが重要になってくることから、メタ認知のスキルが特に重要になってきます。

なお、 Education2030プロジェクトの初期においては、メタ認知スキルについては認知的スキルとは別のものとして捉える案も検討されたそうです。例えば、Bialik & Fadelによって2015年に示された21世紀型スキルのモデルにおいては、メタ認知はスキルを含めた全てのドメインを通底するものとして位置づけられています。しかしながら、その後の議論においては、メタ認知スキルは、あくまでも認知的スキルの一環であることから、これを別異に扱うべき合理的理山はないとして、メタ認知スキルも認知的スキルに含まれるものとして整理されたのだそうです。

こうしたメタ認知や学習方略は、生涯学習におけるキー・コンピテンシーの1つとして理解されていますし、ヨーロッパの多くの国では教育の目標として位置づけられているそうです。こうしたスキルは、これからの時代の職業人にとって必要なスキルとなってくると考えられています。

認知的スキル

ラーニング・コンパスの整理では、スキルを①(メタ認知を含む)認知的スキル(批判的思考力、創造的思考力、学び方の学習、自己調整などを含む) 、②社会・情動的スキル(共感性、自己効力感、責任感、協働性を含む) 、③身体・実用的スキル(新しいICT機器の活用を含む) 、の3つに分類することとされています。白井氏は、これら、それぞれの分類ごとに順に説明しています。

まず、「認知的スキル」です。このスキルは、スキルの類型の第一です。認知的スキルとは、「言語や数字、推論や、獲得した知識の活用を可能にするような思考の方略の組み合わせ」とされており、認知的スキルの代表的な例としては、批判的思考力や問題解決能力、創造的思考力などが挙げられますが、白井氏は、これは伝統的に、学校教育において最も重視されてきたタイプのスキルだろうと言います。もっとも、言語化されているもの一口に認知的スキルと言ってもその内実は多様であり、言語化されていないものもあるだろうし低次の思考スキルから高次の思考スキルまでの幅もあるだろうと言います。また、ワーキング・メモリー(作業記憶)などの実行機能をどのように効果的に使うかということも、認知的スキルの一環として考えられるというのです。さらに後述するように、自らの知識やスキル、態度及び価値観などを認識する能力であるメタ認知スキルも、認知的スキルに含まれるものとして整理しています。

最初に述べているように、技術の発展は我々の社会に対して大きな影響をもたらしています。計算やタイピングなど、同じ動作を繰り返すようなルーティン的な仕事は、1980年代からオートメーション化により減少を続けています。一方では、非ルーティン的な仕事については、特に対人関係スキルや分析的スキルを要するような仕事は、急激に増加していまあす。その背景にあるのは、ルーティン的な仕事はコンピュータに代替されるようになった一方で、創造性などの非ルーティン的な認知的キルであるとか、社会、情動的スキルを要するような仕事については、コンピュ一タによる代替はできないため、むしろ雇用機会が増えていることにあります。

とりわけ、AIの発達は、社会に対して大きな影響を与えるものです。それによって、そもそも人間の果たすべき役割とか、AIと人間がどのように共存していくかということについても考えなければならなくなっています。2030年に向けてどのような知識やスキルが必要になるのかということもおのずから変わってくると考えられますが、そうした中で、特に重要になってくるのが、認知的スキルの一つである創造性(創造的思考力)だというのです。今後、AIによる仕事の代替はさらに進んでいくと考えられますが、その例外となるのが創造性を必要とする仕事です。現在のAI技術を前提にすれば、「新奇なアイディアや優れたアイディアを考えつくことができるような力」や「創造的な方法で問題を解決する力」を必要とするような職業については、代替される可能性は低いと考えられるというのです。フレイやバーガーらは、具体的な職種の事例として「芸術監督やファッション・デザイナー、微生物学者」などを挙げ、こうした新しいアイディアを生みだしていくような創造的な仕事については、 AIによる代替可能性は低いと指摘しています。逆に言えば、今後もAIの発達が続くとすれば、これから社会に出る生徒にとっては、創造性を身につけていくことが、これまで以上に強く求められるということになるのです。

手続的知識

デザイン思考やシステム思考などの手続的知識は、先述のように、一定の手順を含んでいたり、問題の特定や解決につながるような思考パターンを重視しています。こうした思考パターンについての知識を獲得することで、生徒は、自らが目標に向けて進んでいくことができるのだというのです。

これらの手続的知識は、例えば科学や数学といた特定の教科においても適用することができるのはもちろんですが、特定の教科を越えて、より一般的な思考の枠組みとしても用いることができるものだと言います。すなわち、様々な文脈や状況において、問題解決のための方法を見つけるために活用することができる知識ということであり、ラーニング・コンパスでは、こうした転移可能性の高い手続的知識が重視されているのです。

教育の場面において、デザイン思考やシステム思考などの手続的知識を学ぶ意味は、「物事の仕組みが、目的のためにどのように組織化されているのか、また、もし目的達成につながっていないのであれば、どのように仕組みを維持することが難しいのかを理解する」ことにあると言います。こうした手続的知識を身につけることによって、教科の知識なども活用しながら、例えば、現実の社会において、うまく機能していない仕組みについても認識・理解し、改善に向けて取り組んでいくことができるようになると考えられています。

では、2030年には、どのようなスキルが求められているのでしょうか?これを考えるうえで、まず、スキルの類型を整理しています。スキルというと、日本語では「技能」と訳されることが一般的です。実際2017年・2018年に改訂された学習指導要領においても、「知識及び技能」という形で「技能」の用語が用いられていますが、ラーニング・コンパスにおけるスキルはそれよりも広い内容をもち、伝統的な認知的スキルはもちろんのこと、メタ認知スキル、ソフトスキル、あるいは非認知スキルなどと呼ばれるような様々なスキルも含む概念として検討されてきたそうです。様々なスキルのうち、伝統的に重視されてきたのが認知的スキルであり、知識と合わせて狭義の学力と同義に捉えられることもあります。一方、「21世紀型スキル」の動きが盛んになる中で改めて脚光を浴びたのが、ソフトスキルや非認知スキルと呼ばれる力であり、そうした多様なスキルを、どのように分類・整理していくのかが課題となっていたそうです。

プロジェクトにおける議論を通して整理された定義では、スキルとは「プロセスを実行したり、目標を達成するために自らの知識を責任ある形で活用することができる能力」とされています。キー・コンピテンシーの考え方について触れたように、スキルは、知識や態度・価値観とともに、複雑なニーズに応えていくために“mobilise”(結集)されるものであり、統合的なアプローチに立脚するコンピテンシーの概念の一部として位置づけられると言います。同時に「知識、スキル、態度及び価値観は競合し合うコンピテンシーではなく、むしろ、相互にかかわり合いながら育成されていくもの」でもあると言います。具体的には、例えば、知識を獲得するためには一定の認知的スキルが必要であるのは当然であるし、知識が増えることで認知的スキルも発揮しやすくなるのです。さらに、態度及び価値観も、知識やスキルを獲得したり、使いこなしていくうえで不可欠です。というのも、「態度及び価値観は、知識やスキルを獲得するためのモティベーションとなるし、また、そもそも目指すべきウェルビーイングがどういうものであるかとか、優れた人間性やシチズンシップがどういうものか、といった概念を考えていくうえで不可欠だから」だというのです。

見方・考え方

「見方・考え方」は英語に訳すとしたらどのような訳が適切だろうかと白井氏は言います。シンプルな訳としては、“ways of seeing and viewing”とすることが考えられるというのですが、これでは教科の本質に迫ろうとするニュアンスが十分に伝わらないだろうとも言います。そこで、専門家とも相談しながら考えたのが、“discipline-based epistemological  approach”(「各教科の学問原理〔ディシプリン〕に基づいたエピステミックなアプローチ」)という英語表現であり、文部科学省においては、こちらを「見方・考え方」の英訳として用いることにしているそうです。

学習指導要領( 2017年・2018年改訂)の整理としては「見方・考え方」は資質・能力としては位置づけられていませんが、Education2030プロジェクトにおいて、「エピステミックな知識」が「知識」として整理されているように、今後のカリキュラムを考えていくうえでは、こうした整理の在り方についても柔軟に見直していくことも考えられると言います。

よりVUCAとなる世界においては、実生活上の課題を特定したり、解決していくための思考パターンを、新しい状況に対してどのように適用していくかということが重要になってくると言います。もちろん、そうした思考パターンは、各教科においても学んでいくことになりますが、ラーニング・コンパスにおいては、それらは「エピステミックな知識」として位置づけられており、ここでいう手続的知識は、各教科に共通するものとして整理されています。

もちろん、思考パターンにも様々なものが考えられるでしょうし、新しいものも次々に開発されています。ラーニング・コンパスの忰組みにおいて、何か特定のものだけを手続的知識として限定的に示そうとするものではありませんし、そうすることに意味もないだろうと白井氏は言います。コンセプト・ノートにおいては、思考パターンの例として、近年注目されているデザイン思考やシステム思考について例示されているそうですが、あくまでも代表的なものであって、これらに限る趣旨でないことには改めて留意したいというのです。

そこで、まず白井氏は、デザイン思考を例にとって考えてみています。デザイン思考はシステム思考に類似する考え方で、特に、具体的な課題解決を重視する思考パターンの一つです。デザイン思考の権威とされるスタンフォード大学教授のゴールドマンによれば、デザイン思考とは「新しい解法によって問題を解決していくことを支援する手続、スキルセット、あるいは心構え」であると言っています。デザイン思考は、もともと商品開発などを行う企業において、商品の企画やデザインなどが、ユーザーから最も遠い位置にある研究所などで行われており、結果的にユーザーの声を直接聞かないまま、商品開発が行われてしまっていることを問題視し、解決策を提供しようとするものだそうです。ゴールドマンは、この間題を解決するためのデザイン思考の手順として、①共感の形成(ユーザーに対す理解を深める)、②問題の特定(課題が何かを定義する)、③プレインストーミング(解決策を考える) 、④プロトタイプの作成 (考えながらプロトタイプを作る) 、⑤テストとフィードバック(ユーザーにプロトタイプを試してもらい、フィードバックを得る) 、という5つの手続を提案しています。その際、利害関係者を巻き込んでいくことで、より適切で持続可能な解決策につながると考えられるというのです。

エピステミックな知識

エピステミックな知識の意義は、生徒が、学習した知識を実生活上の課題と結びつけて考えられるようになることであり、「真正の学び」を作り出すということでもあると言います。学習内容が、実生活や実社会とどのようにつながっているのかを理解することは、それぞれの学問分野における本質的な学びを意識させるとともに、学習に対するモティベーションの向上につながることも期待されるからです。従来の教育は、どちらかと言えば教科のコンテンツを教えることが中心であったかもしれません。もちろん、そのこと自体は否定されるものではありませんが、それぞれの教科が、現実的な課題解決にどのように役立っているかとか、専門家である数学者や歴史学者、エンジニアなどが、物事を考えるために必要な知識がどういうものなのか、といったことを教えることも重要です。

エピステミックな知識を深めていくためには、例えば、「この教科では何を学んでいるのか、また、それはなぜなのか」「この知識を、自分の生活において活用することはできるのか」「科学者だったらどう考えるか」「医師だったら、どのような倫理に従っているのか」といった問いに答えていくことが考えられると言います。そうすることで、獲得した知識が現実的な課題解決に必要かを理解することができるし、未来に向けて世界をより良くしていくためにはどうしたらよいかについても、より良く考えることができるようになるだろうと白井氏は言うのです。

日本の学習指導要領(2017年2018年改訂)では、「見方・考え方」を全ての教科・科目に設定しています。「見方・考え方」は各教科等に固有の視点や考え方であるとされています。この「見方・考え方」については、学習指導要領の整理では、資質・能力を獲得する上で「働かせる」ものであって、「見方・考え方」それ自体は資質・能力ではなく、したがって、学習評価の直接的な対象ともしないとされています。

一方、「エピステミックな知識」は、ラーニング・コンパスにおいては「知識」の一類型とされていますが、「見方・考え方」と、内容的にほぼ重なるものであると言ってよいだろうと白井氏は言います。本文で述べたように、各教科が実社会・実生活にどのように役立っているのか、各学問分野の専門家だったらどのように考えるのか、ということは、「見方・考え方」と「エピステミックな知識」の、いずれもが目指すところです。

例えば、高等学校学習指導要領解説(地理歴史編)では、歴史分野の見方・考え方について「社会的事象を、時期、推移などに着目して提え、類似や差異などを明確にし、事象同士を因果関係などで関連付け」て働かせる際の「視点や方法(考え方)」であると整理しています。すなわち、「時期、年代など時系列に関わる視点、展開、変化、継続など諸事象の推移に関わる視点、類似、差異など諸事象の比較に関わる視点、背景、原因、結果、影響、関係性、相互作用など事象相互のつながりに関わる視点、現在とのつながりなどに着目して、比較したり、関連させたりして社会的事象を捉えることとして整理したものである」(としています。これは、歴史の専門家が、社会的事象をどのような視点や考え方で捉え、考察しているのかということを明らかにすることで、生徒が、歴史の問題に対してどのように取り組んだらよいのかということを示そうとするものです。

エピステミック

「エピステミック」とは、辞書による一般的な定義によれば「認識論的な」と訳される哲学用語です。Education2030で用いられている「エピステミック」は、哲学的な意味ではなく、各教科の学問原理をどう捉えるのかという視点や考え方、手続に関する知識であるとされています。コンセプト・ノートにおいては、「各学問分野の専門的知見を有する実践家が、どのように仕事をしたり、思考したりするのかということについての理解」とされており、エピステミックな知識を獲得することで、生徒は学習の目的を見つけることができるようになったり、学習したことを適用することについて理解したり、教科の知識を深めることができるとされています。

各教科には、それぞれの学問分野に固有の考え方や原理・原則(ディシプリン)があります。例えば、地球温暖化問題ひとつをとっても、生物学や歴史学、数学では、問題に対するアプローチの仕方が全く異なるというのです。コンセプト・ノートにおける説明では、このエピステミックな知識を、“Think like a historian”(歴史学者的に考える)とか、”Think like a mathematician” (数学者的に考える)といった表現で簡潔に説明しています。

なお、Education2030の議論よりも少し前の段階になりますが、OECDが行っているPISA2015の科学的リテラシーに関して、エピステミックな知識が、知識の一類型として定義されています。PlSA2015における「手続的知識」や「エピステミックな知識」などの定義は、ラーニング・コンパスにおける知識の類型の整理と重なる部分があることから、白井氏は、参考までに紹介しています。

PISA2015の科学分野における知識は、①コンテンツの知識、②手続的知識、③エピステミックな知識、の3つに分類されています。「①コンテンツの知識」は、科学に関する事実や概念、アイディアや理論といった伝統的な知識の類型です。「②手続的知識」は、科学において用いられてきた科学的探究の基盤となる実践や概念に関する知識とされており、例えば、誤差や不確定性を縮減するための測定の繰り返しとか、変数のコントロール、データの表現や伝え方に関する標準的な手続などが例として挙げられています。そして、「③エビステミックな知識」は、特定の構成概念の役割や科学の知識構築のプロセスに必要な決定的な特徴であるとされています。具体的には、質問や観察、理論や仮説、モデルや議論などの科学における機能についての理解であるとか、様々な科学的探究の方法についての認識とか、信頼できる知識を構築するうえでのピア・レビューの役割などであって、「科学的な知識がどのように形成されたのかとか、その性質や妥当性、信頼性に関する理解を含むもの」であるとされています。

ラーニング・コンパスの場合には、「手続的知識」を教科横断的なものとして整理しています。一方、 PISA2015で挙げられている「②手続的知識」は、科学に関する手続的な知識であることから、前者の定義には含まれないこととなります。すなわち、ラーニング・コンパスにおいては、教科に関する手続的知識は、「エピステミックな知識」として整理されているため、PISA2015で挙げられている科学分野における「②手続的知識」と「③エピステミックな知識」の両方が、ラーニング・コンパスにおける「エピステミックな知識」に相当するものになると考えられると言います。