上司の本性

「パワー動機」が強い上司は、部下のアイデアに耳を傾けてそれを真剣に受け止めることもなく、せっかく自ら課題に取り組もうとしている部下がいても、その彼、彼女を育てようともしません。山浦氏は、「あなたの上司は、どんなふるまいをしていますか。」と聞いています。さらに、「上司が強いプレッシャーを受けているとき、どんな仕事ぶり、采配ぶりですか。部下に何と言いますか。」それが、あなたの上司の本性だと彼は言うのです。

このような上司という権力を持った人間の心理を踏まえたならば、正論が忌み嫌われることがありそうだと言います。自分は正しく、自分で何もかも把握してコントロールしたがる上司を説き伏せるだけの資料を持って、あなたが話をしに訪れたとします。そのとき、このパワー動機の強いタイプの上司は、あなたが自分のことをコントロールしたがっている(パワー動機の強い部下だ)と錯誤してしまうでしょう。どんなに正論であっても、あるいは正論であるがゆえに、上司から煙たがられたりする可能性があることは、知っておいて損はないと言います。

権力の行使に夢中になってしまうリーダーの習性を、脳科学で検証した研究があるそうです。権力が自分の手中にあると感じているリーダーは、優秀なサブリーダーに対して、頻繁に指示を出し、難しい課題を与え、圧力をかけることで権力を行使し、成果に対する貢献度を低く評価することが明らかになっているそうです。社会心理学者のデービッド・キプニスたちは、この現象に「権力の腐敗」と名づけ、権力者たちが堕落していく姿だとしました。

人の行動は、脳の中にある以下の2つの神経システム(神経系)によって制御されていると考えられています。その一つは、行動抑制システムです。これには、悪ことを避けようとしたり進行中の行動を抑制したりする働きがあります。もう一つは、行動接近システムです。これには、報酬や目標に向かって行動を促進させる働きがあります。通常、2つの神経システムは均衡しているのですが、「権力の腐敗」が起きている際には、バランスが崩れているようだと言います。「権力の腐敗」が起こっているときには、「行動接近システム」が優位になるため、通常よりも報酬や目標に向かって行動すると考えられているそうです。言うまでもなく、ここで言うリーダーの報酬や目標とは、権力を行使し続けることなのです。

権力を手にすると、人はなぜこのように相手をコントロールしようとし、残虐な行為にまで及ふようになるのでしょうか。それは、相手の立場や感情を読むことが十分にできなくなるからだと言います。コロンビア大学ビジネススクールのガリンスキーらは、このことを示すために、ユニークな実験を行っているそうです。

まず大学生を集めて、〔パワー保持高群〕と〔パワー保持低群〕の2つの条件を設定しました。〔パワー保持高群〕の大学生には、「思い通りに他人を動かした経験」や「他人を評価したときの経験」を書き出してもらいました。書き出すことで、自分自身が力を有している感覚を高めてもらったのです。

一方、〔パワー保持低群〕の大学生には、「他人の意思で行動させられた経験」や「他人から評価された経験」を書き出してもらいました。彼らは、自分はさほど力を持っていないと連想させるための誘導でした。ここまでで、条件設定は完了です。

上司の本性” への4件のコメント

  1. 上司たるもの、部下にはこうなってもらいたいという欲求は少なからず持ち合わせるものだと感じます。しかし、その欲求の一方では、部下をコントロールしなくてはという別の目的が浮き出し始めてしまう印象があります。小さなトラブルの中にある「信頼」や「期待」の消失によって、そのような目的が生み出され、「こんなに良くしてやったのに…」といった感情になるのでしょうね。その原因として「相手の立場や感情を読むことが十分にできなくなるから」とありました。また、相手は「あなたが自分のことをコントロールしたがっている」と思っているということがありました。他人をコントロールしようではなく、その人がそう動きたいと思える環境を作る必要があるようです。短期的には結果が出なくとも、長期的な組織運営を見据えてみれば、それは忍耐であり我慢が必要なのかもしれないとも感じます。

  2. この内容を見て、高校時代の部活動を思い出しました。私は部長を務めていたのですが、よく後輩から「こわい」と言われていました。というのも、雰囲気作りが部長の大事な役割だというイメージがあったので、初めは「威厳」のようなものを想像して部長をしていました。その意識がいつの間にか無意識になり、当たり前になっていたのを思い出します。私はまだ1年間という短い期間での務めだったので、まだ「ましな部長」で終わったと思っていますが、これが2年、3年と続いていたら、自分はどうなっていたのだろうと少し恐怖を覚えました。
    子どもへの関わり方も、こうしようという意識がいつのまにか無意識になり、上からものを言ったり、強く指示したりするような保育者になってはいけないと感じました。

  3. 「権力を手にすると、人はなぜこのように相手をコントロールしようとし、残虐な行為にまで及ふようになるのでしょうか。それは、相手の立場や感情を読むことが十分にできなくなるからだと言います」とありました。後輩といわれる存在は、やはり先輩に対しては気を遣うものですね。自分自身もふとした時に、あれ、これって気を遣ってもらってるのかなと感じることがあります。そう考えるとその気遣いに気がつかないで過ごしていることは案外多いように思います。意識していたとしても気が付きにくいとなると、そのあたりを意識しないと気を遣われるが当たり前になり、(気を使うことが悪いわけではないのですが)どんどん力を大きくしてしまうということになりかねませんね。

  4. 今回の内容は特に自分を諫める内容であるように感じます。おそらくどのリーダーもチームや集団をよくしようと思っていると思います。しかし、そのアプローチがリーダー主導になってしまうか、部下に対する援助や貢献であるかといったところで大きく結果が変わってしまっているように思います。「権力を手にすると、人はなぜこのように相手をコントロールしようとするのか」といったことが書かれてありましたが、おそらく貢献するリーダーはコントロールをすることよりも、相手を信頼し待つことや傾聴するということを重視しているのではないかと考えています。つまりは、直接的なコントロールをすることは考えていない。極端に言うと、人は思ったようには動かないとした前提を持っているように思います。「信じるしかない」という考えでもあるように思います。これを器といったりするのでしょうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です