非合理的行動

私たちが、実行機能といわれるような目の前の欲望に惑わされるような感情を、山浦氏は、先延ばしの施行や現象として、行動経済学で呼ばれている「双曲割引」として紹介しています。「将来の健康よりも、目の前のビール、スィーツ」「将来の余裕より、今のゆとりある時間」が、より一層魅力的に見えるという感情です。目の前の選択肢のほうが「いいな」「好きだな」「楽しそうだな」というように、快楽に向かわせようとする感情がいきいきと動き出しているというのです。

これには、わけがあると山浦氏は言います。私たちは、窮屈でストレスフルに感じられるネガティブな状態を経験しても、ポジティブな感情が共存してくれているおかげで、心と身体の健康を保つことができているというのです。例えば、ネガティブな感情を伴って、血圧などの自律神経系のバランスが崩れても、ポジティブな感情がフォローして元に戻してくれるというのです。このように、私たちの非合理的な行動には、心身の健康を保とうとする「感情」の存在があるというのです。違う分野から、私たちが知っていることを分析してみると、面白いですね。最終的には、どこかでつながっているのでしょうが、このように幅広く考えることも、子ども理解には必要ですね。

また、こんなあるある行動を山浦氏は例に挙げています。中途採用が大半を占め、成果ベースの人事評価システムを採用する企業があるとします。若くして仕事をバリバリとこなし、成績を上げる社員Xさんが、現れます。こんなこともしばしば経験することです。ある日突然、「Xさんがあなたの役職の次期候補者である」と耳にしたとします。とたんに、自分の今後の仕事やキャリアはどうなるのかと、明日以降の将来が脅かされて不安は一気に高まります。「会社の今後を考えれば、自分よりもXさんが、リーダーシップを発揮していくべき」と頭では理解したとしても、あるいは、理解しようとすればなおさら、Xさんに対する劣等感は膨らみ、そうたやすく現実を受け入れることはできません。

またあるときには、「トップが交代し、組織変革が始まる」と、社内通達がありました。すると、変化への抵抗を示す人が、一定数現れます。「これまでと同等の待遇でい続けられるだろうか」その俯瞰を払しょくしようと社内を動き回り、情報を集めて確認をしたり、今のポジションを守る方法や、仕事を変えなくて済む方法を探したり、日々落ち着かない状態に陥ってしまうことがあります。

このように私たちは、「置かれている環境」「所有しているもの」を手放すことに強い抵抗を示すことがあります。所有しているものに愛着を感じるときや、新しく得るものへの期待よりも、今の自分を失う恐怖の方が、あなたの気持ちを占領してしまうとき、「しがみつきの現象」が起こります。ほかにも、転職しようと考えているのに、なかなか最初の一歩を踏み出せずにいるというのも、このしがみつきの現象の一つだと山浦氏は言うのです。

このような心理は、彼が「妬み」の章で例に挙げているのですが、そこにどうつながるかは後の説明にするにして、個人のこのしがみつきの現象は、何かを変えなければならないとき、新しいものに挑戦するとき、組織全体に見られますね。特に、組織に影響を及ぼすリーダー的存在の立場の人に、よくそのような現象が見られます。しかも、その変化が、即利益に反映しないとか、組織の存続にかかわらない場合では、そのような現象はよく見られます。山浦氏は、「“今”にしがみつき、“変化”を拒む」というタイトルをつけています。