現実主義

ブレグマンは、「Humankind」(希望の歴史)という本を書いた目的の一つは、現実主義という言葉の意味を変えることだったそうです。現在、現実主義者という言葉は、冷笑的の同義語になっているようだと言うのです。とりわけ、悲観的な物の見方をする人にとっては、その傾向にあると言います。

しかし、実のところ、冷笑的な人は現実を見誤っていると言うのです。そして、彼は、こんなことを言っています。「わたしたちは、本当は惑星Aに住んでいて、そこにいる人々は、互いに対して善良でありたいと心の底から思っているのです。だから、現実主義になろう。勇気を持とう。自分の本性に忠実になり、他者を信頼しよう。白日のもとで良いことをし、自らの寛大さを恥じないようにしよう。最初のうちあなたは、騙されやすい非常識な人、と見なされるかもしれない。だが、覚えておこう。今日の非常識は明日の常識になり得るのだ。」

そして、この本の最後をこんな言葉で締めくくっています。

「さあ、新しい現実主義を始めよう。今こそ、人間について新しい見方をする時だ。」

この本は、2020年にオランダとアメリカで刊行されました。日本では、昨年の2021年7月に発行され、その二か月後には、2刷されています。翻訳した野中香方子さんは、あとがきで、こんなことを書いています。

本書は、発売直後から「人間の本質に迫る大作」「あらゆる格差と統合しうる一冊」「希望の書」として話題になったそうです。原書のタイトルは、アメリカ版は、「人類:希望に満ちた歴史」とあり、オランダ版は、「ほとんどの人は善良である:新しい人類の歴史」とあるそうです。では、なぜ、ブレグマンは、人間の本質の探究を思い立ったのでしょうか。前作「隷属なき道」で、彼はベーシックインカムで格差を救うというアイデアを提示したそうです。しかし、刊行当時、ブックツアーで彼がそれについて語ると必ず、「お金をばらまいても、人はろくな使い方をしない。なぜなら人間は本来、怠け者で、自分勝手で、不道徳な生き物だからだ。どうせ、酒や麻薬に使ってしまう」と反論されたそうです。

そうした反論に応えようとするうちに、ブレグマンは、冷笑的な人間観が社会に染み込んでいること、それどころか自分自身、人間に対する暗い見方にとらわれていることに気づきます。

ブレグマンはこう問いかけます。「長い間、私の関心を引いてきた問いは、なぜ誰もが人間に対してそのように暗い見方をするのか、というものだ。…何が原因で、私たちは、人間は本来邪悪だと考えるようになったのだろうか」

この疑問を追求することで生まれたのが、この本です。彼は、まずは独自取材によって、心理学の定説を覆します。そして、人類史、思想史、資本主義に至るまで、幅広い領域を網羅・統合する考察を行ったうえで、「人類の本質は善である」との結論を下したのです。そして、どうすればこの新たな人間観に基づく世界を築くことができるか、具体的な事例を挙げながら語っているのです。

そして、歴史と進化論と進化心理学の観点からもその謎を探求していきます。私たち人間は、ネアンデルタール人ほど強くなく、勇敢でなく、おそらく賢くもなかったにもかかわらず、なぜ、私たちだけが生き残ったのか。

彼の考察は、私が長い間、取り組んできた課題に対して、勇気をもらった気がします。