別の道

ブレグマンの挙げる8条は、「ナチスを叩かない」です。

もし、あなたがニュースの熱心な崇拝者なら、絶望感にとらわれるのは簡単だと彼は言います。知らん顔をしている人々がいるのに、リサイクルや、税金を払うことや、チャリテイへの寄付に、何の意味があるだろうというのです。

もし、そんな考えか浮かんだら、冷笑主義は「怠惰」の言い換えにすぎないことを思い出そうと彼は問いかけます。それは責任をとらないための言い訳だというのです。もしあなたが、ほとんどの人は腐ったリンゴだと思っているのなら、不正に立ち向かう必要はないといいます。いずれにしても、世界は崩壊するからです。

また、シニシズムに怪しいほど似た、積極行動主義も存在します。彼らは慈善家ですが、その主な関心は、自己イメージにあるといいます。自分はすべてを知っていると思い込み、他者を思いやることなく、偉そうにアドバイスします。悪いニュースは、彼らにとっては良いニュースです。なぜなら、「地球温暖化が加速している!」とか、「不平等は思っていたより悪い状況だ!」といったニュースは、自分たちが正しいという証拠になるからです。

しかし、ドイツのヴンジーデルという小さな町が示したように、別の道もあるといいます。1987年、ヒトラーの腹心だったルドルフ・ヘスが獄中で自殺し、ヴンジーデルの墓地に埋葬されると、その町はネオナチの聖地になりました。現在でも、毎年へスの命日である8月17日には、スキンヘッドのネオナチが暴動や暴力が起きるのを期待しつつ、町中を行進するのです。

そして毎年、まさにそのタイミングで、反ファシズム主義者がこの町にやってきて、ネオナチの望みどおりの状況をもたらすのです。当然ながらマスコミのカメラは、誰かがナチを殴るさまを映し出します。しかし後に、それは逆効果であることがわかるのです。中東への爆撃が、テロリストにとってマナという、神がイスラエルの民に与えたとされる食べ物であるように、ナチを殴っても、彼らを力づけるだけです。彼らはそれを自分たちの正当性の裏づけと見なし、新兵の勧誘がしやすくなります。

そこでヴンジーデルは、異なる戦略を試すことにしたそうです。2014年、反ナチ組織EXIT-Deutschlandを率いる冗談好きのドイツ人、ファビアン・ウィッヒマンが、絶妙なアイデアを思いつきました。ルドルフ・ヘスのための行進を、チャリテイウォークにしたらどうだろう?ヴンジーデルの住民は、そのアイデアを気に入りました。ネオナチが歩いた1メートル毎に、町の人々は10ユーロをEXIT-Deutschlandに寄付するのです。そのお金は、極右グループからの脱退の支援に使われます。

イベントに先立って、町の人々は街路にスタートとゴールのラインを引きました。そして、行進に感謝する垂れ幕をつくったのです。一方、ネオナチは何が起きようとしているのかを知りませんでした。当日、ヴンジーデルは大歓声で彼らを迎え、ゴールラインに到着すると、紙ふぶきを浴びせたのです。このイベントは、正しい目的のために2万ユーロ以上を生み出したのです。