自ら愛す

愛は小さな愛から始まると言います。自己嫌悪に悩まされている人が、他の誰かを愛せるでしょうか。家族や友人を大切にしない人が、世界の重荷を担うことができるでしょうか。小さなことをうまく扱えるようになって、ようやく大きなことを引き受けることができるのです。あの193名のオランダ人乗客の中には、研究者から人権擁護家まで、この世界をより良くしようとしていた人々が数多く含まれていました。それでも彼らの死を最も嘆いたのは、彼らに最も近しい人々だったはずです。

わたしたちは人を区別します。えこひいきしますし、身内や自分に似た人々のことをより気にかけます。それは恥ずかしいことではありません。それがわたしたちを人間にしているのだとブレグマンは言うのです。それでも理解しなければならないのは、他の人々、遠くの見知らぬ人々にも、愛する家族がいることです。そして彼らもまた、あらゆる点でわたしたちと同じ人間であることだということです。

7条は、「ニュースを避けよう」を挙げています。

今日、遠い地域についての最大の情報源になっているのは、ニュースです。夜のニュース番組を見ると、現実をよく知っている気分になるかもしれませんが、実のところニュースは、あなたの世界観を歪めているとブレグマンは言います。ニュースは人々を、政治家、エリート、人種差別主義者、難民といったグループにくくりがちです。なお悪いことに、ニュースは往々にして、「腐ったリンゴ」に焦点を絞ります。

ソーシャルメディアについても同じことがいえるといいます。少数の不良が遠くで叫んだヘイトスピーチが、アルゴリスムによってフェイスブックやツィッターのフィードの上部にプッシュされます。これらのデジタル・プラットフォームは、わたしたちのネガティビティ・バイアスを利用して儲けていて、人々の行動が悪くなればなるほど、利益が増えるのです。なぜなら、悪い行動は人々の注目を集めて、クリック数を増やし、クリック数が多ければ多いほど、広告費は上がるからです。このことがソーシャルメディアを、人間の最悪の性質を増幅するシステムに変えたのです。

神経学者は、わたしたちのニュースとプッシュ通知に対する渇望は、一種の中毒だと指摘するか、シリコンバレーはずっと前からそれに気づいていました。フェイスブックやグーグルのような企業の経営者は、自分の子どもに対しては、インターネットと「ソーシャル」メディアに費やす時間を、厳しく制限しているそうです。教育の専門家が、学校でのipadの活用やデジタルスキルの教育を褒めそやしている裏で、ハイテク企業のエリートは、麻薬王さながらに、自分の子どもたちがその有害な事業に取り込まれないようにしているのです。

では、わたしのルールは何でしょう。それをブレグマンは、紹介しています。テレビとプッシュ通知を遠ざけ、オンラインでもオフラインでも、もっと繊細な新聞の日曜版や、もっと掘り下げた著述を読みます。スクリーンから離れて、人々と直に会うのです。自分の体に与える食べ物と同じくらい、心に与える情報についても慎重になるのです。

では、彼のあげる8条は、何でしょうか?それは、「ナチスを叩かない」です。