妬む部下

韓国の経営学者リーたちが行った研究は、お互いが友だち(仕事以外でも会う人)であると認め合った間柄のときに、アドバイスを求める傾向が強いことを明らかにしています。まさに、“良きライバル”と呼べる関係性を築き、その中でお互の強みや情報を交換し合えば、妬みも強力な資本になり得るというわけです。

近年のように職場のダイバシティーが進んできたときに、リーダーに求められる力は、多様な価値観ゆえに生まれる、軋轢の処理・対応力だと言います。メンバーの視点に立てば、さまざまな能力の人たちがいるからこそ、他人と比べられるところが増えると言います。結果、妬みが生じやすくなるという危険性を孕んでいます。

ネガティブな感情が喚起された人は、ポジティブな感情が喚起されたときに比べて、細かく局所的な部分で情報を処理し、記憶する傾向にあります。組織には多種多様な人々がいて、それぞれ長所と短所を持ち合わせているのに、妬みというネガティブな感情が、人の視野を狭め、特定の人物や他人の些細な一面を、ひどく気にさせてしまうのかもしれないと山浦氏は言います。

こうして妬みを抱いた人は、「自分の方が同僚よりも価値があることを確認したい」「少しでも優れている自分を維持したい」という欲求を高めることでしょう。ただし、そのような人であっても、認められる領域を持っていたり、ある領域の責任者になっていたりすれば、たとえ他の領域で同僚に劣等感を抱いたとしても、その劣等感を緩和できる可能性があると言います。

2021年7月現在、山浦氏が所属する研究室では、妬みの緩和条件について検討を重ねているそうです。その中で例えば、役割があるときには、役割がないときよりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動傾向を高めることが明らかになりつつあるそうです。1人1役割、10人いたら10の役割を与える、自分たちで役割を作り出してみるという作業は、各人が仕事に責任感を持つためにも、職場内の対人関係を維持するためにも重要です。妬む相手ではなく、自分の役割に目を向けさせるというのです。

多様な人が集まる職場だからこそ、役割という名の自分の居場所・存在価値が見出せる環境づくりは、妬む人のネガティブな感情を低減させて、チームにとってプラスの行動変容を導ける可能性があるというのです。

この提案は、私たちが進めるチーム保育での役割分担に参考になります。私は、そういう意味でも、チーム内が上下関係ではなく、「それぞれの得意分野を生かす」という、役割分担が効果的だと思っているのです。

では、妬まれている人は、日々どのような心理で過ごしているのでしょうか。「周りの誰かを妬むことはないけれど、妬まれることはある」と言う人もいることでしょう。誰かから妬まれるということは、それほど注目に値する存在であり、人より優れていると認められたことを意味していると山浦氏は言います。本来ならばそのことを喜び、誇りに感じてもいいところなのですが、実際にはそれと同等か、それ以上の不安に襲われ、脅威を感じてしまいます。それは、自分を妬んでいる相手からの敵対的な仕打ちが予想されるからです。しかも、それが職場の同僚であると認識した状態で日々の業務を行うことほどストレスフルなことはありません。

妬む部下” への5件のコメント

  1. 「役割があるときには、役割がないときよりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動傾向を高めることが明らかになりつつある」のですね。
役職ではなく「役割」であるというところが、競争や成績ではなく、その人がもともと持っている良さ・持ち味を活かせるという点で重要なのだと理解しました。

    得意なことでチームの誰かに喜んでもらえたり、逆に誰かに助けられたりしながら保育ができるチーム保育は、まさに一人ひとりに自分を発揮できる役割があり「居場所や存在価値を見出せる環境」「チーム内での前向きな行動傾向が高い」ということが当てはまるように思います。

  2. 「役割があるときには、役割がないときよりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動傾向を高める」という、妬みの緩和条件についての記載がありました。個人の妬み減少を生み出すためには、集団や組織の中で自分の役割の有無が関係しているということで、チームでの対応が鍵であるということでした。まさに、「チーム保育」が機能することで集団や個人が前向きな方向へと転換する方法でもあることを改めて感じます。当園でも、妬み傾向が強く、それが明るみで出る時期というのがあるように感じます。そんな時、今一度「チーム保育」というものを振り返りたいと思いました。

  3. 「そのような人であっても、認められる領域を持っていたり、ある領域の責任者になっていたりすれば、たとえ他の領域で同僚に劣等感を抱いたとしても、その劣等感を緩和できる可能性があると言います」とあり、まさしく、「無理はしなくていい、それぞれの得意分野を活かす」という藤森先生の言葉を思い出しました。まさにこれですね。自園の雰囲気で感じるのは、誰しも平等に同じように機会を与えるということではなく、得意な人がどんどんやっちゃえばいいという雰囲気です。得意な人にとって得意なことは苦痛ではありませんね。むしろどんどん積極的にやりたいと思えるほどです。そのことをどんどん保障してくれる園の雰囲気は本当にいいなと思います。根底にはやはり藤森先生の考えこの雰囲気を作っていると感じるばかりです。

  4. 「多様な人が集まる職場だからこそ、役割という名の自分の居場所・存在価値が見いだせる環境作りは、妬む人のネガティブな感情を低減させて、チームにとってプラスの行動変容を導ける可能性がある」とあります。自分の居場所や存在価値を見出すというのは妬むという行為に関しても、マイナス面に捉えられることを低減させられるのですね。つまり、集団の中での個人というものが確立さえれている状態を作る必要があるのですね。なかなか日本の教育においては育ちにくい部分かもしれませんね。教育現場においても、個々人よりも均一性がもとめられ、多様性よりも同調性ばかりが求められる中で、こういった自分の居場所というものを見つけるということが認められにくい環境にあることが多いように思います。また、役割というものも捉え方を間違ってしまうと、「自分の役割だけをこなす」ようになってしまうのも考えものであるように思います。「集団の中に自分がいて、自分という役割が集団をつくる」とバランスをもって役割を行うといった「生かし合い」「認め合う」ようになっていくことをもっと学ばなければいけないように思います。

  5. 確かに役割が明確だとその組織の中にいていいんだ、という気持ちになりますね。まさに、やることが明確だと、そのことに集中できます。悪性の妬み嫉みに自分をもっていくこともなくなるでしょう。「妬む相手ではなく、自分の役割に目を向けさせる。」ということですね。まさに「得意分野をいかす」ですね。「1人1役割、10人いたら10の役割を与える、自分たちで役割を作り出してみる」と組織の空気も明るくなるような気がします。「誰かから妬まれるということは、それほど注目に値する存在であり、人より優れていると認められたことを意味している」これもいいですね。こうした認識をもっているならば「不安に襲われ、脅威を感じて」しまうこともなくなるでしょう。やはり、ポジティブに考えられる術を有していると、余計な不安から解放されます。疑心暗鬼に支配されることもなくなります。妬みの暗黒面が最後の段落で示されました。まさに暗黒面ですね。気をつけなければなりません。

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