妬みを買ったら

山浦氏は、妬まれる人の心とふるまいが、実は、妬む人との関係性や職場のパフォーマンスを決定づけていることを説明しています。

人は、自分が妬まれているかどうかに敏感に反応します。このことは、自分自身の心理的、身体的な健康を脅かすことになるため、自己防衛的な反応として先天的に備わっている能力だと考えられているようです。「社内表彰を受けて以降、同僚さんは何かと私に敵対心をむき出しにしてきていた。それなのに、あるプロジェクトメンバーにYさんが選ばれてから、急に私に愛想がよくなった。どうやら今度は、私を利用して自分の手柄にし、上司に認められようとしているらしい」

このようなとき、人は、自己防衛的になり、Yさんを避けようとします。ただその一方で、人間はどこまでも社会的な動物らしく、自分を妬ましく思っているYさんとですら関係を崩さないようにしたいという動機も共存させているというのです。そのため、妬まれた人の心は、密やかに裏切るかもしれないYさんを避けたい気持ちと、Yさんと関係を維持しておきたい気持ちの狭間で激しく揺れ動き始めます。自分を傷つけようとしている相手に、自分の貴重な時間を捧げることに意味があるのだろうか、自分が時間をかけて蓄積してきた知識や情報を流してしまって本当にいいのだろうか…と。

山浦氏は、妬まれる脅威から逃れる3つの選択肢を提案しています。妬まれる人は、基本的にとばっちりを食っているのですから、災難なことです。このような面倒な感情の標的にもなりたくないし、もしも標的になったとしても早く回避、解決したいところです。妬まれる人も戦略的に行動しています。妬まれることの脅威から逃れようとして、3種類の行動をとると言います。それは、「隠す」「避ける」「妬む相手と手を組む」だと山浦氏は言うのです。

1つ目の「隠す」は、自分の長所や能力を隠したり、控えめに見せたりすることです。出る杭を打とうとしている人に、「あなたが思っているほど自分には秀でたところはない」と自己呈示する行動だと言います。この行動は、自分が他者からどのように見られているか、その自己イメージや印象を戦略的にコントロールする行動です。

例えば、地位を得た人は自分が妬まれていると感じやすくなり、その結果、知識や情報を隠すようになる傾向があることがわかっているそうです。ただし、この「隠す」という行動には注意が必要だと言います。妬みを買った張本人にとっては、有効な行動に思えるかもしれませんが、組織全体で見れば、パフォーマンス低下につながる可能性が高いからです。仕事に必要な知識・情報隠しは、対人コミュニケーションの不足だけでなく、地位(職位)間の分断を引き起こしかねません。地位間の分断を防ぎ、また改善するには、管理職などの地位を得た人には、知識や情報を共有することが期待されていると認識してもらうことです。そうすれば、周囲からの期待とそれに伴って高まる義務感が、知識隠しを抑制してくれるというのです。

妬みを買ったら” への5件のコメント

  1. 「ただその一方で、人間はどこまでも社会的な動物らしく、自分を妬ましく思っているYさんとですら関係を崩さないようにしたいという動機も共存させているというのです」とありました。人間はこんな複雑なことをやっていると知ると驚いてしまいます。そして、改めて、人間は社会脳であるということを感じます。私たちは人との関係性の中で生きているということを感じます。人との関係を遮断しては生きていけませんね。そう思うと、もう少し自らのあり方を見直さなければいけないなというか、そんなことを感じます。現代は人と関わらないでもなんとかやっていけてしまうような部分があります。そう思うと、その辺りを意識しないとどこかで問題が起きてしまうんだろうなと、そんなことを考えます。

  2. 山浦氏の「隠す」「避ける」「妬む相手と手を組む」という、妬まれる脅威から逃れる3つの選択肢から、人間の心理戦がうかがえます。我々も、無意識にそのような思考で社会生活を送っていると考えると面白いですね。その3つの中で、どの方法が最も合理的なのでしょうかね。最初の「隠す」は、「あなたが思っているほど自分には秀でたところはない」と自己呈示する行動ということで、その場は丸く収められたとしても自分の長所や能力を隠すということは、長期的なキャリアアップを考えた時には、なんとなく非合理的な行動かなと感じます。なので、「隠す」よりも、「避ける」や「妬む相手と手を組む」方法の方が合理性はあるのかなと考えました。

  3. 「人間はどこまでも社会的な動物らしく、自分を妬ましく思っているYさんとですら関係を崩さないようにしたいという動機も共存させている」とあります。考えてみると「あ~、確かにあるなぁ」と感じます。結局のところ、共に働かなければいけませんし、集団の中でうまくやっていくしかないのは変わりないので、関係は継続していかなければいけません。そのため、三つの選択肢を取るということが起きるのでしょうし、心理的に自分での行動よりも、妬む相手に対する行動に変わっていくのでしょう。しかし、これは集団にとってはあまり健康的ではありませんし、全体的なパフォーマンスにおいても気を使いながら進めていくというのは良いことではありません。できればこういった関係性は避けていきたいものです。「風通しが良い集団」という事をよく言われますが、それはこういった気を使うような関係性を改善しなければいけないのですね。「管理職などの地位を得た人には、知識や情報を共有することが期待されていると認識してもらうことです。そうすれば、周囲からの期待とそれに伴って高まる義務感が、知識隠しを抑制してくれる」というこの文章が自分に突き刺さります。

  4. 妬まれることを避けるための3つの選択肢の一つ「隠す」というのは、単に謙遜するというだけでなく、実際に知識や情報も隠してしまうのですね。その行動が組織全体のパオーマンスを下げることにも繋がるということを考えると、改めて「妬み」は厄介なものだと思わされます。
    
妬む側にこそ問題があると思っていたので、「妬まれる側の心とふるまいが、実は妬む人との関係性や職場のパフォーマンスを決定づけている」というのは意外でした。(極端かもしれませんが)喧嘩を売られたときに、感情的になって買ってしまうか、逃げるか、相手の主張に耳を傾けるかなど。どう対応するのかで、その結果は変わっていくだろうな、ということを連想しました。
問題を発生させる側に焦点を当てるだけでなく、被った側がどう対応するのかということを学ぶことも、重要なことなのだと気付かされました。


  5. いやぁ、私はそれほどでも ・・・謙遜しているつもりもないのですが、人から見ると、自己卑下、と捉えられてしまうことがあります。自己評価が「それほどでもない」のだからそれでいいと思うのですが、そうは問屋がおろさない人間関係がそこに存在します。妬まれる。できれば逃れたいですね。まぁ、妬むことは私自身が相手を妬まないようにコントロールすればいいでしょう。妬む相手は変えられないですからね。厄介ですね。逃れる方法。「隠す」「避ける」。これらは確かに思いつきますが、3つ目の「妬む相手と手を組む」。なかなか思い当たりませんね。どんなふうに「手を組む」のでしょうか。次回以降のブログが楽しみですね。手を組むのですからいい関係になると言うことで、組織環境も改善されることでしょう。敵対関係になるよりいいですね。おそらく周りがホッとするでしょうね。妬み妬まれる関係が醸し出す空気を周囲は敏感に嗅ぎ取るでしょうから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です