三つの選択肢

2つ目の「避ける」は、妬む人を避ける、あるいはお互いが近接しないで済むように場所や役割を棲み分けるようにするという戦略であると山浦氏は提案します。物理的に近く、またお互いにとって重要な同じ土俵でのみ生活していると、気にするなと言われても気になるものです。ですから、それぞれが異なる強みを持っていると認識し合い、相互依存する環境(とくに心理的な環境)が整備されることは、それぞれの強みを発揮させやすくし、職場全体のパフォーマンス向上につながるのではないかというのです。これは、彼が提案している、一人ひとりに役割を与えるということとも通じる話です。

これは、保育の場面でも通じるところがたくさんありますね。人を評価するとき、相手が職員であろうが子どもであろうが、同じ土俵で、評価しやすい項目だけで評価することは、評価された側にはいい結果が生まれません。次のモチベーションにもつながりませんし、次の具体的行動にもつながりません。それぞれの異なる強みを見つけてあげることだと思っています。

3つ目に挙げる「妬む相手と手を組む」は、自分の強みや長所、役立つ情報などの資源を、妬んでいる相手に提供する、援助などの向社会的な行動をとるなど、協力体制を構築するという行動だと言います。社会心理学の研究者ヴァン・デ・ヴェンたちは、これらの行動のうち、3つ目に注目したそうです。

私は、妬まれることから逃れるためではありませんが、自分の強みや長所をなるべく公開しています。それは、何のためのものなのか、それによって何がしたいのかを見つめることによって、向社会的な行動になるのです。そうすることによって、相手もそれは、妬む対象にはならなくなり、また、妬む意味がなくなるのだと思っています。しかし、この問題は、こちらの問題ではなく、受け取る側の問題で、受け取らずに妬まれることは往々にしてあります。「自分でもやってみればいいのに」とか、「一緒に協力してやってくれたらいいのに」と思うことが多いのは、しかたないのかもしれませんね。

ヴァン・デ・ヴェンたちの行った実験と、その結果は以下の通りです。

はじめに、男女8名の実験参加者は「金銭的なインセンテイブが、パフォーマンスに与える影響についての実験を行う」と説明を受けます。そして、「参加者」と「パートナー(実際には存在しません)」は、別室に分かれて課題に取り組みます。その後、参加者に、自分の得点とパートナーの得点が報告されます。実は、パートナーの得点は、実験者側がコントロールしたもので、参加者と同じ得点が知らされるのです。

ここで、2つの条件操作が行われました。〔統制群〕では、「参加者と同じくパートナーにも謝礼の5ユーロが支払われた」と伝えられます。一方、〔妬まれ群〕では、「両者同じ得点を取ったにもかかわらず、参加者だけに謝礼5ユーロが支払われ、パートナーには支払われなかった」と伝えられます。

その後、パートナーはまた次の課題(全7間)を解き始めたと知らされ、1問ごとに参加者にアドバイスや質問を求められる機会が設けられます。参加者には、次の3種類の対応の選択肢が用意されます。

「1.自分が正解だと思う答えを伝える。」「2.自分は答えを知らないと伝える。」「3.パートナーからのリクエストを無視して、その時点から対応するのをやめる。」です。

その結果、最終7問目までアドバイスを与えた実験参加者の比率を見ると、〔妬まれ群〕では82.5 %だったのに対し、〔統制群〕では60.0 %に留まりました。

三つの選択肢” への5件のコメント

  1. 得意不得意を把握して、適材適所を考える難しさを感じています。器用で忍耐力のある人は、きっと嫌な仕事でもなんとなくこなしてしまいますが、そうでない人は自分の得意なところだけ、または自分ができないことを周囲に主張してしまい、他の人から平等ではないという言葉が挙がってきてしまいかねません。それらは結局バランスであり、人同士の信頼関係が基盤にあることでうまく進行していくのだろうなと感じていますが、人から“自分の強みや長所”を主張してもらえるような職場環境、積極性や当事者意識を抱いてもらう促しが必要だなと感じました。

  2. 「同じ土俵で、評価しやすい項目だけで評価することは、評価された側にはいい結果が生まれません」とありました。評価することの難しさと必要性があるのかないのかということを感じます。評価しやす項目というのは、例えば、言葉であったり、書類となると、文字や言葉でうまく表現できる人が評価されてしまう、そうでない人は評価されなくなってしまいますね。言葉が文字での表現が上手い人は、表現がうまいだけで、本当にそうは思っていないかもしれないということだってあるかもしれません。一つの評価だけで人を判断せずに、総合的にその人を捉える、見るということは意識していきたいです。それは子どもへの見方も同じですね。

  3. 「それぞれが異なる強みを持っていると認識し合い、相互依存する環境(とくに心理的環境)が整備されることはそれぞれの強みを発揮しやすく」とあります。もし自分が誰かのことを妬ましく思い苦しいときに「でもあなたには〇〇があるから。あの人にはそれはできないことだよね」と誰かに言ってもらい、それを自分でも信じることができたら、妬んで人の足を引っ張るという行動を取らなくて済むような気がしました。人からそのように言ってもらえないと人の足を引っ張ってしまいそうというのは、なんだかすごく依存的で弱い人間なような気がしますが、実際にはそんな人の方が多いのかもしれないとも思いました。自分の強みは自分ではなかなか分からないし、分かっているつもりでも他者から見たらそれが全く違っているということもよくありますね。「相互依存する環境(とくに心理的な環境)」はどのようにつくり、整備していけば良いのかについてもっと学びたいと思いました。


  4. 3つ目の「妬む相手と手を組む」のところには「提供」「援助」「協力」というポジティブワードが使用されていますね。もはや「妬む」という概念がもつネガティブな側面が消失してしまいそうです。ただ藤森先生が振り返っておられるように「受け取る側の問題で、受け取らずに妬まれることは往々にしてあります。」ということは確かに存在します。残念なことではありますが、現実にあることですから、こうしたことも念頭に置いておく必要はあるのでしょう。そして、またもや実験。よくもまぁこうした実験を思いつくものだと感心します。が、今回の部分まででは何だかよくわからない実験です。次回のブログをまたまた楽しみにして。実験から得られた結果、結論から学ぶことは大きいでしょう。山浦氏の話はある組織内部での話です。同じ組織の中にいると組織内空気がよくわかりますから、換気して良い空気雰囲気にするには「妬む相手と手を組む」という手法は一見斬新ですが、発想として組織内に取り入れることは大切ですね。

  5. 「評価」の難しさはありますね。人と話をしているときに、自分の見方にバイアスをかけている場合が多く、人の違った目線を知らせてもらうことで、再評価をする機会があります。できるだけフラットに物事を見ていかなければいけないと思ってはいるのですが、なかなかそういったことはうまくいきません。「同じ土俵で、評価しやすい項目だけで評価することは、評価された側にはいい結果が生まれません」というのは人によって評価するところが違うということもあるのだろうと思います。また、それと同時に、人の得意なところをうまくお互い活用するということはとても大事なことであると思うのですが、それを「当たり前に思わない」ということも大切なのだろうと思います。「お互いが持ちつ持たれつ」という感覚を持っていなければ、「他の形で還元する」ということにはつながらず、結果として妬みから他力本願になりかねません。どうお互いの関係性をつかいよりよいものにするのか。そして、それは何のためなのかということが共有されていなければ、うまくお互いを生かすことにもならないように思います。そう考えると、マネジメントというものの重要さを改めて感じます。

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