ベクトルの方向

山浦氏は、チームは、「力の合成と分解」と同じ原理で力を発揮していると言います。一人ひとりが発揮する力のべクトルが合わさることで、より大きなチーム力を生み出すと言うのです。ところが、ベクトルが別々の方向を向いていると、その対角線分の力になりますし、反対向きであれば大きな力が発揮されても引き算されてしまうと言うのです。毎日の仕事に忙殺されると、仕事の方向性が当初の目的や目標からズレてしまうことや、悪気なく忘れ去られてしまうことがしばしば起こってしまいます。そういう毎日だからこそ、節目には時間をとって確認したいものだと言うのです。ちょっと思い出すだけで、ズレかかっていたベクトルを、軌道修正することができると言うのです。ベクトルが合えば、言葉は誤解なくスムーズに流れるようになるというのです。

例えば、大学スポーツチームの多くは、主将や副将などの幹部選手たちが中心になって、スローガンや目標を一生懸命に考えます。残念ながら、一生懸命に練って、かっこいいフレーズができたからと言って、勝てるわけではありません。それがすぐに、チームに入部したばかりの1年生にまで浸透するとも限りません。しかし、強いチームや成長していくチームは、そのようなスローガンを土台にした取り組みを、日々の練習の中で根気強く続けます。そして、もう一段強いチーム、その後も幅広く活躍する選手を輩出するチームでは、その言葉と、込められた思いをいつも好んで使います。その取り組みをした先に何があるのか、「何」のためにスローガンを意識して今この練習をしているのかという意味づけができたとき、人や組織はもう一歩先に進めると言うのです。

企業でも同じだと言います。JALは2010年に経営破綻、会社更生法の適用という事態に陥りました。負債総額は約2.3兆円で、事業会社としては戦後最大の破綻でした。ところが、わずか2年後には「史上最高の純利益」を出すほどの、劇的なV字回復を遂げたのです。

従業員が数万人規模の大組織でありながら、短期間で結果を出せる集団に変貎したのです。実はその際に大きな役割を果たしたのが、「JALフィロソフィ」と呼ばれる、破綻後に新たに明文化された経営理念だと言われています。山浦氏らのプロジェクトチームでは、JALに勤める社員を対象に、経営破綻する前と後の職場の雰囲気を回答してもらったことがあるそうです。

その内容について質的分析をしてみると、経営破綻前に比べて、破綻後は前向きに一体感を持って取り組む職場に変化していることが明らかになりました。さらに別のプロジェクトチームによる社員へのインタビューでは、JALフィロソフィができる前とその後について、次のように語られています。

“フィロソフィができるまでは、マニュアルに基づいた原則論で、ものごとが決まることがほとんどであった。また、新しい取り組みや施策について、上司や周囲が前向きに捉えてもらえないことが往々にしてあった。その結果として、個人個人の考え方や思いがまちまちで、べクトルが合っていないと感じることが多かった。それがフィロソフィの浸透とともに、果敢に挑戦する、常に明るく前向きに、人として何が正しいかで判断するといった指針ができ、企業理念の実現に向け、いろいろなことが進めやすくなり、自ずとべクトルも合うようになったと感じている。”

あいさつの機能

あいさつの、組織を安定させる3つの重要な機能の2つ目に、友好さの証を示す機能もあります。自分に向けられた「お疲れさま」の声かけは、声をかけてくれたその相手とつながっている感覚を与えてくれます。チームに受け入れてもらえていることを、感じとれる瞬間なのです。こうした心理的に安全な状態を、上司が用意してくれるのならば、部下との距離は縮むのではないかというのです。

さらに3つ目として、あいさつは、それぞれの立場と互いが尊敬し合える関係であることを確かめる機能を持っていると言います。私たちは、このことを経験的に知っているので、相手によってあいさつの仕方を変えていると言うのです。

もっと端均に、そして極端なことを言えば、朝のあいさつは、生きる術だと言うのです。それは、山浦氏が外国で生活したときの経験だそうです。情熱の国スペインで、これから7カ月を過ごすぞという矢先、滞在初日からハプニングが勃発。致命的な下調べ不足だったそうですが、英語が思いのほか通じにくく、旧市街にあるレジデンスのスタッフも、どこもみなスペイン語。

地元の人たちとかかわる手段はただ一つ、毎朝“Hola!”とあいさつすることだけだったそうです。また、食いっぱぐれないようにするためにも、彼はここにいて、スペインで最もポピュラーなコーヒー飲料である“カフェ・コン・レチェ”が欲しいのだと伝えるためにも、毎朝挨拶を続けていたそうです。言葉が通じることがどれほどありがたいことかと感心する一方で、正直なところ、言葉を使えるからこそ感じていた束縛から解放される感覚もあったそうです。

この感覚のおかげで、“Hola!”の1語を大切にできたのかもしれないと言います。レジデンスがある旧市街地は、こぢんまりとしたところで、日本人はほぼゼロの街でしたので、後から聞いた話によれば、元気にあいさつする日本人がいると噂になっていたようだと言います。そのおかげで、スペイン語がわからない日本人に、スペイン語を教えてくれる掃除のおばさんや、バルの人たちが現れたそうです。市場で働くご夫婦が、毎回サービスをしてくれたり、バルの店員さんにちょっとした危険から守ってもらったりしたこともあったそうです。何よりも、仕事の仲間たちととる毎朝の食事のときには、覚えたてのスペイン語が潤滑油になったと言うのです。

たった1つの言葉でも、他者とのつながりや仕事の導入を円滑にしてくれたと言います。その言葉をお互いに交わしたときに生まれる空気感によって、人の気持ちは落ち着き、前向きになれるようだと言うのです。宮崎駿監督は、あるドキュメンタリー番組の中で「世の中の大事なことって、大抵めんどくさんだよ」と話しておられたそうです。

面倒で、ちょっとくらいいい加減に扱ってもよさそうなことこそを、丁寧に扱う心のゆとりを生み出せるようになったとき、組織の中で何かが動き出すのだろうと、山浦氏は考えています。

毎朝の声掛け

ある会社には、2つの工場があり、それぞれ100人ほどの社員が働いています。一つの工場では、メンタルの不調を訴える社員が複数人出ているのに対して、もう一つの工場では、そのような社員は1人もいないというのです。この違いは何によるものでしようか。

人事部の担当者によると、メンタルの不調を訴える社員がいない工場では、工場長が、毎朝、社員一人ひとりに声をかけているのだそうです。一方、メンタル不調者が出ている工場では、このような毎朝の声かけは行われておらず、その違いによって、働く際の心理に差が出ているのではないかというのです。

山浦氏は、この話を聞いて、「毎朝100人かぁ……」と少々気の遠くなる話だと感じたようですが、組織が100人規模になったとしても、現場のリーダーを通して、100人分の健康を保つかかわり方が可能だということです。そして、こうした工場長の社員に対する朝の声かけは、コストではなく必要なことなのです。

そして、こうした工場長の社員に対する朝の声かけは、コストではなく必要なことなのだと言うのです。社員一人ひとりの健康を維持し、ひいては事故発生の予防にも一役買っているのですから、決して見逃すわけにはいかないと言うのです。

2010年の厚生労働省の調査によれば、メンタルヘルス不調によってもたらされる経済的損失の推計額は、年間2.7兆円だそうです。自殺やうつ病がなくなった場合、2010年度の国内総生産(GDP)は、約1.7兆円に引き上げられる試算だと言います。これは他人事ではなく、メンタルヘルスは職場の生産性を左右するものですから、投資をすべき課題です。少なくとも、リーダーの朝の投資がある工場では、損失を未然に防ぐことに成功していることになるのです。

自分から社員たちにあいさつをしたいと待ち構え続けているリーダーがいるところで、それに応えようとしない社員はいるでしょうか。地味で地道な取り組みかもしれませんが、組織への貢献は大きいものがあります。また、毎朝の声かけは、おそらくひと言程度のはずです。たとえ短い言葉でも、必要な言葉であればいい作用をもたらすということだと山浦氏は言うのです。それを実行しているこの現場では、毎朝声をかけ続けることで、社員たちの表情や声色、歩く姿勢の特徴を知り、それによって変化に気づきやすくなるので、何かあれば早い段階で対応ができます。これが、社員全員と向かい合うということなのでしょう。

実は、あいさつの機能については、当たり前すぎて、多くが語られていないようだと山浦氏は言います、そこで、組織を安定させる3つの重要な機能について説明をしています。

現場調査のフィードバックに出かけたときに、ときどき、「そう言えば、あの職場では、みんなあまりあいさつをしていないよなぁ」という話を耳にすることがあります。調子の悪い職場では、あいさつをしないので雰囲気が澱んでくる。雰囲気が澱んでくるのであいさつをしにくくなる、という悪循環に陥っているというのです。まず、あいさつにはコミュニケーション開始の機能があります。「おはよう」のひと言が、今日一日何が待ち構えているんだろう、職場で大きなミスをすることなく、うまく過ごせるだろうかという不安や警戒心を緩和させるのです。

温度差を生まない

研究によると、上司—部下の関係性の質は、パフォーマンス、協力行動、職務や上司に対する満足感、組織への帰属意識、離職など、いずれの変数とも望ましい方向で有意な関連が認められているそうです。しかし、ここで疑問が一つ出てくると山浦氏は言います。その疑問とは、リーダーは、チーム内のフォロワーひとりひとりと等しくかかわり、組織内の温度差を生まないようにすることは可能なのかということだと言うのです。

実は、この問いに対しては、職場の関係性に関心を寄せている研究者の間でも意見が分かれているそうです。すべてのフォロワーと、質の高い関係性を築くことは、可能であるとする立場の研究者もいますし、逆に、不可能だとする立場をとる研究者もいるようです。ちなみに、不可能という立場には、必ずしも関係性の質を均一にする必要はない、もしくは、必要はないかもしれないという立場も含んでいます。

山浦氏は、可能であることを“目指す”という立場だそうです。ただし、実際のところは、仕事ができる人を頼りたくなるのは上司として当然のことであり、短期的には有効なやり方であることも確かだと言います。しかも、ある程度の凸凹があるから、職場がちょうどよく助け合うことを知り、競い合うことを知り、実は調整がとれているということもありそうだと言っています。

そうであるならばなおのこと、その現場の声にも耳を傾け、この凸凹を活かすマネジメントを知っておくべきだと言うのです。職場内の関係性が均質とはいかない状態にあり、個々バラバラな心理状態にある。けれども、チーム全体のパワー発揮を必要以上に阻害せずにすむ、そこで押さえるべきポイントについて考えていきます。個人と組織を活かすための手立ての幅を広げるために、凸凹な関係性を活かすマネジメントについても考えていくことにしています。

職場において、コミュニケーションは基本的にはコストだと言います。「あのとき、もっと確認をしておけばよかった、連絡をしておけばよかった」と私たちはなぜ後悔するのでしょうか。答えは、実にシンプルだと言うのです。面倒だったからだと言うのです。自分や相手の時間、そのお互いの時間を調整すること、話す場所の確保、話すこと自体に使うエネルギー、いずれもコストです。気心が知れず、話が伝わりにくい相手、厄介な内容のクレーム、重要性が認識できないままの指示内容、繁忙期などとなればコストはさらにかさみます。そのため、自分でやってしまった方がいいなどと、つい考えてしまうものだと言うのです。

組織を成り立たせている階層は、ときに非常に大きな障害物になります。地位とそれに伴うパワーが付与されているせいで、話しにくさが生じます。しかし、それならば「フラットな構造にしてしまおう」というわけにもいきません。イ織の運営を効率的にしようと思えば、目線の異なる地位と役割が不可欠なのですから。対等な者どうしであれば、譲り合ってしまうかもしれないところを、階層があるからこそ最終の意思決定がよりスムーズに行われ、かつ責任の所在を示すことができているという側面があると言うのです。

この部分を活かしながら「もう少しだけでいいから、苦なく話せたらいいのに」「まともに話を聞いてくれるだけでもいいのに」という思いをさせないように先手を打つと言うのです。例えば、どの部分に補強の投資ポイントがあるのか、今すでにみなさんが行っているはずのことの中に、山浦氏は見つけていきます。

リーダーとの関係性の質

組織には「意志の強い人」ばかりが集まっているわけではありません。さらに、自分の意思を通しにくい状況もあったり、自分のやりたい仕事や得意な仕事ばかりができるわけではなかったりするため、チームの中にモチベーションの凸凹がいつ生まれても、まったく不思議ではないと山浦氏は言うのです。

スポーツをやっていたことがあればわかるでしょうが、合宿のときのあのきついトレーニングを繰り返すのは、考えただけでもうんざりするものだと言います。そういうときにはトレーニングに取りかかることすら、どうしても億劫になってしまいます。ところが、自分の中ではブレーキがかかった状態にもかかわらず、いつしか一生懸命になっていることがあるから人間は不思議だと言います。おそらくそれは、コーチ陣や仲間たちなど周囲からの影響力、他力の部分によるものではないかというのです。チーム全体の雰囲気や規範が、モチベーションに影響を与えると言います。あるいは、チーム外、例えば、家族や地域の人たちなどからの影響も、多分にあるかもしれないと言います。こうして、自家発電型の部分に、他力本願型の部分からの刺激が組み合わさって、メンバーの行動が生まれると言うのです。メンバー一人ひとりの意志の強さに頼らず、チームのパフォーマンスを上げるためには、「メンバー同士が刺激し合う関係性」をいかにつくるかが重要になってくると言うのです。

リーダーとの関係性の質が良ければ、高水準のパフォーマンスを期待することができるという、確固たる研究結果があるそうです。アメリカの心理学者グラーエンたちのフィールド実験をきっかけに、リーダーとメンバーとの人間関係の質に関する実証研究が本格化したと言っていいのではないかというのです。

この研究の対象者は、アメリカ中西部にある、政府軍事施設で働く職員、ほぼ全員が女性で、同じ仕事内容に従事する人たちでした。彼女らに、4つの条件が設定されました。〔条件1〕は、職務デザイン・トレーニングの条件です。セミナー形式でのトレーニングが行われました。講義、職務状況の変更や問題点に関する討議を主軸にして構成された内容で、6週間実施されました。〔条件2〕は、リーダーシップ(リーダーとメンバーとの関係性)のトレーニング条件です。この条件では、積極的傾聴スキルを高めながら、上司と部下がお互いを理解し合うこと、そして支援的な関係性の構築を目指すことに、主眼が置かれた内容でした。

この条件に割り当てられた人たちは、講義や現場事例にもとづく討議、ロールプレイからなる構成のプログラムを、6週間実施しました。〔条件3〕は、これら2つのトレーニングを組み合わせた混合条件です。〔条件4〕は、統制条件、成果の評価、意思決定、コミュニケーションに関する一般的な情報提供です。各条件に割り当てられた対象者たちには、職務態度や満足感、関係性の質を問う項目についてたずねました。

結果は、これらいずれの指標についても、〔条件2〕のリーダーシップ・トレーニング条件では、他の条件よりもポジティブな効果を示しました。これが、組織やチーム運営における、上司—部下の関係性の質が高いことによる有効性を示す最初の知見と言われています。その後の研究でも、上司—部下の関係性の質は、パフォーマンス、協力行動、職務や上司に対する満足感、組織への帰属意識、離職など、いずれの変数とも望ましい方向で有意な関連が認められているそうです。

人間関係の凸凹

上司と良好な、関係性の質が高い、内集団にいる部下は、そうでない、関係性の質が低い、外集団にいる部下に比べて、客観的なパフォーマンスや評価が高く、キャリア発達もスムーズです。また、仕事に対する満足感や、組織へのコミットメントも高い水準にあります。これは、良好な関係にある部下の方が、自分自身が何を任されているのか、仕事上の役割を明確に認識できることによると言います。一方、外集団にいる部下の仕事に対する満足感や組織へのコミットメントは、内集団にいる部下より低い水準になってしまうため、人間関係の凸凹が温度差を生んでしまうというのです。

ハーバード大学の「グラント研究」は、良好な人間関係を築くことが人生においていかに重要な意味を持っているか、極めて力強いエビデンスを提供してくれているそうです。1938年にボストンで始まって以来、700人を超える対象者の人生を観察した、人生にまつわる最長の研究です。

この研究では、2つのグループの人たちの生活の様子を、つぶさに記録しています。一つのグループは、ハーバード大学卒業生です。在籍中からこの研究に協力し、途中、第二次世界大戦、兵役などを経験しています。もう一つのグループは、ボストンで最も貧困な地域に住む少年たちです。困窮し、問題の多い貧困家庭の出身であったことから、調査の協力対象者として選ばれたそうです。

それぞれのグループが経験してきた仕事、結婚や育児などのライフイベント、老後、さらには戦争や災害の経験など、10代の頃から老年までをさまざまな側面から追いかけた貴重な資料の数々だそうです。

例えば、対象者やその家族へのインタビュー、医療記録、血液サンプル、脳スキャン、社会的・経済的な状況、ファミリー・ヒストリーなど、ありとあらゆる内容のデータが蓄積されていると言います。研究者たちは、この膨大なデータから、人の幸福や健康の維持に大切なものが何であるのかを見出そうとしたのです。そして、このデータが示したこと—それは、周囲とのあたたかな人間関係やつながりこそが、私たちの幸福と健康を高めるという結果だったのです。

人生の貴重な時間の多くを費やす職場において、単なる仕事上の関係であっても、その質は、部下にとっても、そして上司にとっても、自身の健康や幸福感を決める大切なものだと言っているのです。

モチベーションは、行動に向かわせるプロセスのことです。行動は、組織のパフォーマンスを直接的に左右するので、その源であるモチベーションに、私たちの関心は常に寄せられています。同時に、部下たちの間に生じるモチベーションの差は、いつでも拡大する状態にあることを、私たちは念頭に置いておかなければならないと言います。なぜなら、モチベーションは、それぞれの部下個人の中で変動していますし、組織内・組織外からの刺激によっても大きく変動するからだというのです。

モチベーションには、内発的動機づけといわれる自家発電型の部分と、外発的動機づけといわれる他力本願型の部分があると言います。前者は、取り組む課題に興味があったり、得意だったりする場合や、向上心が高いタイプのパーソナリティを持っている場合などにあてはまり、周囲の力がなくても自分を動かしていくことができます。

出会ってすぐ

大学生を対象にした実験的な調査では、関係性が時間経過とともに発展していく様子が興味深く捉えられているそうです。この実験では、1チーム当たり学部学生5人前後で構成されています。大学院生たちが、各チームのリーダーとなり、学部学生のメンバーそれぞれに評価をフィードバックするという役割を担います。取り組んだ課題は、分散動的意思決定と呼ばれる、チームで取り組むコンピューターシミュレーションです。刻々と変化する局面の中で、規制地域を守るために協働するという課題です。

その結果、出会って間もなく、リーダーと各メンバーの間には、それぞれ固有の関係性が形成されていくこと、それは8週間が経過するまでの間にほぼ安定し、リーダーもメンバーも類似の認識・評価になったことが報告されたそうです。

これら3つの実験のいずれの結果を見ても、関係性の形成にかかる時間は、勤続(予定)年数や同じ上司との共働年数からすれば、非常に短い時間だと言えます。だからこそ、このあっという間に過ぎてしまう出会いの段階での、職場づくりと関係づくりのための初期投資が重要になると山浦氏は言うのです。最初に提案したとおり、上司と部下は、出会った瞬間から資源の交換を始め、関係性は比較的早いうちに形成され、その後安定していくようです。

先の大学生たちへの調査の結果にある通り、上司と部下は出会ってすぐに資源交換を始め。もしかすると、その他の見えない情報もどこかで感じとりながら、職場には多様な関係性の質ができ上がっていきます。つまり、この資源が一人として同じではないので、10人いれば10通りの影響のカタチがあり、100人いれば100通りの関係生が存在することになります。このカタチをつくっていくプロセスも、一定の時期になると安定すると言われているのです。大半は、「あの上司、この部下のことはおおよそ知っている」という、能力や人柄に関する情報に基づいた関係性で落ち着くようです。

ときには、自分の分身であるかのように熟知して、共感し、情緒的に結びつく関係性も少数でありながら形成されると言います。この形成に手間がかかったとしても、こういった関係性が一定レベルで形成されたならば、相手の行動や考えていることの予測が立ちやすくなると言います。つまりその予測が立てられるようになるまでの初期投資をしておけば、その後は、より

少ない負担で適切に対応することが可能になります。

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いうことです。少ない負担で適切に対応することが尾安納になるというのです。

ただし、注意しなければいけないのは、こうして形成された人間関係の質のグラデーションが、一つの職場を分断し、私たち一人ひとりの仕事人生を決めるものになってしまうということだと言います。リーダーと良好な関係にある部下は、身内(内集団)として存在し、それ以外の部下は同じチ―ムのメンバーでありながら、よそ者(外集団)として存在する、という棲み分けがなされるのです。

資源交換

山浦氏は、組織心理学の観点から、チームの温度差が生まれてしまう原因と、温度差を埋めてチーム全体のモチベーションを高めていく方法について考察していきます。そこでは、上司と部下の関係を「資源の交換」という視点から、ひもといていくようです。ここで言う「資源」とは、物質的な資源と、心理・社会的な資源をともに含みます。

上司から部下に与えられる資源には、例えば、昇進・昇給や情報、あるいはプロジェクトや教育プログラムへの参加のチャンス、信頼などがあります。逆に、部下から上司に提供される資源もあると言います。例えば、成果や営業成績、仕事に費やす時間のほか、労力、やる気、尊敬の念や行為などがそれだと言います。

上司と部下は、出会った瞬間から資源の交換を始め、関係性(資源交換にもとづく関係性)は比較的早いうちに形成され、その後安定し維持されていくと言われているそうです。このことを、山浦氏は、実証した3つの興味深い心理学の研究を紹介しています。最初は、彼が所属していた研究チームで行った実験です。

職場をシミュレーションして、初対面の上司と部下とで仕事をしてもらいます。上司役(社会人のサクラ)は、部下の監督・指導をします。部下役の学生たちは、「目の前にいる初対面の上司と、これから一緒に仕事をすることになる」と事前の説明を受けます。一つの条件では、上司と部下は時々言葉を交わします。その内容は、「最近、寒いね」「調子はどう?」などのいたって普通の日常会話です。

もう一つの条件では、上司は忙しそうにパソコンに向かっており、仮に部下から話しかけられたとしてもそっけない返答しかしません。その後、部下役の学生たちに、上司に対する関係構築の程度(例えば、「仕事をするのによい関係が作られていると思うか」「仕事を一緒に楽しくやっていけそうか」、「気が合いそうか」)を測定する質問項目に回答してもらいます。

その結果、日常会話をした上司のほうが、そっけない上司に比べて、統計的に見ても有意に高く評価されたそうです。さらに驚くべきことは、この上司に対する評価の差を生むまでの時間は、たったの10分間だったということでした。

これにかかわる初期の研究で、経済学者ライデンたちのグループは、企業で働く人たちにアンケート調査をしたそうです。この調査では、上司が新入社員に対して期待し、行為を抱き、自分と類似点があると認識すると、2週間後により良い関係性に発展することが明らかになったそうです。最初の実験と同じように、上司がとっても、部下の最初の印象が、その後の関係に大きな影響を与えるという結論が出たそうです。

部下にとっては、上司による10分間の雑談がとても重要であるようです。また、上司にとっては、新入社員の第一印象がその後の関係に大きな影響を与えるようです。ともに、出会って間もなく、その後の関係性が決まるという実験結果があるようです。その実験が、3つ目の実験的な調査です。

やさしく、寛容で

「自分は妬まれている(のではないか)」と感じとることには、相手への援助行動を促す機能があることが示されました。さらに実験は何度も行われ、相手が悪性の妬みを抱いていると感じたときのみ、援助行動が促されることがわかりました。相手が敵意を自分に向けていると思うとその相手を助けようとし、自分に憧れている(良性の妬みを抱いている)相手には、問題が進むごとに援助がなされなくなっていきました。

この結果を受けて、ヴァン・デ・ヴェンたちは、妬まれることに対する恐れを抱くことは、集団に役立つ機能であると結論づけたのです。一見、悪にまみれたように見える妬みの感情ですが、この感情のおかげで、私たちは人間関係を維持する必要性に、改めて気づくことができ、自分の心の安寧と相手との関係維持を、両立しうる手段を考え出す知恵を授かっているのかもしれないと山浦氏は考えています。

もしそうであるならば、自然災害や経済変動が未曽有のレベルで襲いかかってくる時代でこそ、活かされるべきものだというのです。なぜなら、自然環境や社会の変化に伴って、人間同士の間にさまざまな格差が生じ、誰かが誰かを排斥する心を生んでいるからだというのです。

妬みは人間の心の一側面にすぎませんが、そこにかかわる当事者それぞれの立場を理解することは、不必要な諍い・軋轢を未然に防ぐことに役立つはずだというのです。こうした人間の姿を知ることは、身近な職場に即した具体的で、有効な対策やアイデアを生み出す可能性を高めることでしよう。個人だけでなく、他人とのかかわり、社会や組織にあるネガティブな状態をポジティブな状態につくり変えていく…それを実現するために、どんなときでも自分だけはやさしく、寛容であろうとする強さを大切にしたいものだと山浦氏は言うのです。この「妬み」に関しての締めくくりは、どこかブレグマンと同じような考え方ですね。山浦氏は、このようなポイントでまとめています。

・人間は感情に振り回されて、非合理的な行動をとってしまう。なかでも「妬みの感情」は人に破壊的な行動をとらせる力を持っている。

・妬みを抱えやすいタイプの人は、自分の目標を高く設定し、目標に向かって突き進むことかできるタイプの人でもある。

・リーダーの立場から見ると、条件さえ整えれば、妬みを抱えるメンバーはチームの起爆剤になり得る。

・特に「妬む人」と「妬まれる人」が手を組んだときに、「妬む人」のパフォーマンスが大きく向上し、より良い関係性構築のチャンスが生まれる。

次に、組織に蔓延するネガティブな関係の中で「温度差」について取り上げていきます。山浦氏は、「組織をまとめるのが難しい」というときには、その多くは、メンバーのモチベーションに関することではないかと言います。もっと正確に言うと、組織内の全員のモチベーションが低いというわけではなく、モチベーションがある人たちとない人たちとの「温度差」を感じ取っているのではないかと思っていると言います。温度差のある集団が、一つの目標に向かって物事を進めるのは、非常に難しいことだと言います。この温度差を生み出すのは、どんな要因なのでしょうか?

三つの選択肢

2つ目の「避ける」は、妬む人を避ける、あるいはお互いが近接しないで済むように場所や役割を棲み分けるようにするという戦略であると山浦氏は提案します。物理的に近く、またお互いにとって重要な同じ土俵でのみ生活していると、気にするなと言われても気になるものです。ですから、それぞれが異なる強みを持っていると認識し合い、相互依存する環境(とくに心理的な環境)が整備されることは、それぞれの強みを発揮させやすくし、職場全体のパフォーマンス向上につながるのではないかというのです。これは、彼が提案している、一人ひとりに役割を与えるということとも通じる話です。

これは、保育の場面でも通じるところがたくさんありますね。人を評価するとき、相手が職員であろうが子どもであろうが、同じ土俵で、評価しやすい項目だけで評価することは、評価された側にはいい結果が生まれません。次のモチベーションにもつながりませんし、次の具体的行動にもつながりません。それぞれの異なる強みを見つけてあげることだと思っています。

3つ目に挙げる「妬む相手と手を組む」は、自分の強みや長所、役立つ情報などの資源を、妬んでいる相手に提供する、援助などの向社会的な行動をとるなど、協力体制を構築するという行動だと言います。社会心理学の研究者ヴァン・デ・ヴェンたちは、これらの行動のうち、3つ目に注目したそうです。

私は、妬まれることから逃れるためではありませんが、自分の強みや長所をなるべく公開しています。それは、何のためのものなのか、それによって何がしたいのかを見つめることによって、向社会的な行動になるのです。そうすることによって、相手もそれは、妬む対象にはならなくなり、また、妬む意味がなくなるのだと思っています。しかし、この問題は、こちらの問題ではなく、受け取る側の問題で、受け取らずに妬まれることは往々にしてあります。「自分でもやってみればいいのに」とか、「一緒に協力してやってくれたらいいのに」と思うことが多いのは、しかたないのかもしれませんね。

ヴァン・デ・ヴェンたちの行った実験と、その結果は以下の通りです。

はじめに、男女8名の実験参加者は「金銭的なインセンテイブが、パフォーマンスに与える影響についての実験を行う」と説明を受けます。そして、「参加者」と「パートナー(実際には存在しません)」は、別室に分かれて課題に取り組みます。その後、参加者に、自分の得点とパートナーの得点が報告されます。実は、パートナーの得点は、実験者側がコントロールしたもので、参加者と同じ得点が知らされるのです。

ここで、2つの条件操作が行われました。〔統制群〕では、「参加者と同じくパートナーにも謝礼の5ユーロが支払われた」と伝えられます。一方、〔妬まれ群〕では、「両者同じ得点を取ったにもかかわらず、参加者だけに謝礼5ユーロが支払われ、パートナーには支払われなかった」と伝えられます。

その後、パートナーはまた次の課題(全7間)を解き始めたと知らされ、1問ごとに参加者にアドバイスや質問を求められる機会が設けられます。参加者には、次の3種類の対応の選択肢が用意されます。

「1.自分が正解だと思う答えを伝える。」「2.自分は答えを知らないと伝える。」「3.パートナーからのリクエストを無視して、その時点から対応するのをやめる。」です。

その結果、最終7問目までアドバイスを与えた実験参加者の比率を見ると、〔妬まれ群〕では82.5 %だったのに対し、〔統制群〕では60.0 %に留まりました。