白金律

ブレグマンは、「自分がされたくないことを人にしてはいけない」という黄金律では不十分だと考えるに至ったそうです。彼は、以前のブログで紹介したように、共感が悪いガイドになる可能性について触れています。他者が何を望んでいるかを、わたしたちは常に正しく理解しているわけではないと言うのです。自分にはそれがわかっていると考えている経営者、CEO、ジャーナリスト、為政者は、他者の声を奪っているに等しいと言うのです。テレビでインタビューされる難民をほとんど見かけないのも、民主主義とジャーナリズムがたいてい一方通行になっているのも、福祉国家が父権主義に染まっているのも、すべて、他者が何を望んでいるかを自分はわかっていると思いこんでいるせいなのだと彼は言うのです。 それよりも、質問から始める方が、はるかに良いだろうと言います。ポルト・アレグレの市民参加型民主主義のように、市民に発言をさせようと提案します。ジャン・フランソワ・ゾブリストの工場のように、従業員に自分のチームを指揮させようと提案します。シェフ・ドラムメンの学校のように、子どもたちに学習計画を立てさせようと提案します。

黄金律のこのバリエーションは、「白金律」と呼ばれますが、ジョージ・バーナード・ショーが、その本質をうまく言い当てているそうです。「自分がしてもらいたいと思うことを他人にしてはいけない。その人の好みが自分と同じとは限らないからだ」

次の4条は、「共感を抑え、思いやりの心を育てよう」です。

白金律が必要とするのは共感ではなく、思いやりだと言います。その違いを説明するために、チベット仏教の僧侶マチウ・リカールをブレグマンは紹介しています。彼は、自分の思索をコントロールする伝説的な力を持つ人物です。「もしあなたが、そんな力を身につけたいと思うのであれば、彼がそうなるために要した五万時間の瞑想に精を出しなさい、というのがわたしからのアドバイスだ」と言います)

数年前、リカールは、神経学者のタニア・シンガーの研究に協力して、脳をスキャンしたそうです。シンガーが知りたかったのは、共感を感じている人の脳内で、何が起きているかということ、さらに重要なこととして、共感に代わるものがあるかどうか、だったそうです。

その準備として、前の晩、シンガーはリカールに、ルーマニアの孤児についてのドキュメンタリーを見せました。翌朝、シンガーは、これからスキャナーに入ろうとするリカールに、孤児のうつろな目、か細い手足を思い出すことを求めました。リカールは、彼女の言葉に従い、ルーマニアの孤児がどういう気持ちだったかを、できるだけありありと想像しました。脳画像では、前島が活性化していたそうです。耳のすぐ上にある脳領域です。

一時間後、彼は打ちひしがれていました。

これが、共感がわたしたちに与える影響だと言います。それは人を消耗させます。後の実験で、シンガーは一群の被験者に対し、一週間のあいだ毎日、15分間目を閉じて、できるだけ深く他者に共感することを求めました。15分は彼らが耐えられる限界でした。その一週間が終わると、被験者は皆、以前より悲観的になっていたのです。ある女性は、列車に乗り合わせた客を見ても、苦しみしか見えなくなったと言いました。

黄金律

この200年間、哲学者と心理学者は、純粋な利他主義は存在するのか、という問題に頭を悩ませてきました。しかし率直に言って、その議論自体、ブレグマンは、意味がないと言います。誰がそんなに親切にするたびに、気分が悪くなる世界に暮らしていることを想像してみるといいと言います。そんな世界はまるで地獄です。

良いことをすると、気分が良くなる世界に生きているというのは、素晴らしいことです。わたしたちは食べ物を好むのは、それがなければ飢えるからです。セックスを好むのは、それをしなければ絶滅するからです。人助けが好きなのは、他者がいないと自分もいなくなるからです。良いことをすると気分が良くなるのは、それが良いことだからだと彼は言うのです。

悲しいことに、無数の企業、学校、その他の機関は、誤った通説を土台として組織されていると言います。その通説とは、「人間は本質的に、常に互いと競いあうようにできている」と、いうものです。ドナルド・トランプは、その著書『大富豪トランプのでっかく考えて、でっかく儲けろ』(Think Big and Kick Ass)でこうアドバイスします。「相手ではなく、自分に勝ち目があるうちに、敵を粉砕し、自分のためになるものを奪い取れ」。

実のところ、これは逆だと言うのです。最善のシナリオは、すべての人が勝者になるものです。ノルウェーの刑務所はどうだったでしょうか。そこはより快適で、より人道的で、より経済的でした。オランダのヨス・デ・ブロークが始めた、在宅ケア組織は?低コストで上質なケアを提供し、スタッフの賃金は高く、スタッフと患者の双方が満足しています。これらは誰もが勝者になるシナリオです。

同じように、許しに関する文学も、他者への寛容さが自分のためになることを強調しています。それは、人間の天分であるだけでなく、良い取引でもあると言います。なぜなら、許すことができれば、反感や悪意にエネルギーを浪費しないですむからだと言うのです。事実上、自分を解放することになるのです。「許すことは、囚人を自由にすることだ」と、神学者のルイス・B・スメデスは書いているそうです。「そして、その囚人が自分だったことに気づくことだ」

次に挙げた第3条は、「もっとたくさん質問しよう」です。

世界史上の、ほぼすべての哲学に共通する黄金律は、「自分がされたくないことを人にしてはいけない」というものです。この教えは、2500年前の中国の思想家、孔子がすでに述べています。その後、ギリシアの歴史家へロドトスや、プラトンの哲学にも登場し、数百年後、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典に組み込まれました。

最近では、何十億人もの親が、わが子に、この黄金律を繰り返し教えているそうです。それには二つの形があると言います。「自分がそうされたいと思うように、他の人に接しなさい」という積極的教えと、「自分がされたくないことを他人にしてはいけない」という消極的教えです。神経学者の中には、この教えは数百万年にわたる人類進化の産物であり、わたしたちの脳に、プログラムされている、と考える人さえいます。

考えるシナリオ

ブレグマンは、人間には「ネガティビティ・バイアス」があると述べています。そのために、たった一つの不快な意見が、10の賛辞より強く心に刻まれるのです。また、疑いを持つと、最悪を想定しがちです。

その一方で、わたしたちは「非対称フィードバック」と呼ばれるものの犠牲にもなると言います。それは、誰かを信用しすぎて、後にそれが見込み違いだったとわかることです。たとえば、親友だと思っていた人が、あなたの老後資金を盗んで国外へ逃亡したり、家をずいぶん安く買えたと思っていたら、欠陥住宅だったり、テレビショッピングで買った筋トレマシンを、六週間使っても、宣伝していたようには腹筋が割れなかったり、といったことだと言います。人を信用しすぎると、痛い目にあうと言うのです。

だからといって、誰も信じないことにしたら、その判断が正しいかどうかは決してわからないでしょう。なぜなら、フィードバックを得られないからです。たとえば、あなたがブロンドのオランダ男に騙されて、二度とオランダ出身のブロンドは信じない、と心に誓ったとします。残りの人生、あなたはブロンドのオランダ人すべてに疑いの目を向け、彼らの大半はきわめて正直だという真実を知ることはないだろうというのです。

では、誰かの意図が疑わしく思えたら、どうすればいいでしょうか。

最も現実的なのは、善意を想定することだとブレグマンは言うのです。つまり、「疑わしきは罰せず」です。たいていの場合それでうまくいくと言います。なぜなら、ほとんどの人は善意によって動いているからだと言います。そして、誰かがあなたを欺こうとしている数少ないケースでは、あなたの非相補的行動が相手を変える可能性が高いと言うのです。それは、強盜を企てた少年に夕食をごちそうしたフリオ・ディアのようにです。

しかし、それでも騙された場合は、どう考えればよいのでしょう。心理学者のマリア・コンニコワはプロの詐欺師に関する、魅力的な著書でこの件について語っているそうです。「常に警戒しなさい」というのがコンニコワのアドバイスだと、あなたは思うかもしれないとブレグマンは言います。そうではありません。彼女は詐欺やペテンの研究の第一人者ですが、出した結論はそれとは大違いです。時々は騙されるという事実を受け入れたほうが、はるかに良い、と彼女は言っています。なぜならそれは、他人を信じるという人生の贅沢を味わうための、小さな代償だからです。

わたしたちのほとんどは、信じるべきでない人を信じたことがわかると、恥ずかしいと思います。しかし、もしあなたがホッブズ流の現実主義者なら、人を信じたことを、少し誇らしく思うべきだと言います。さらに言えば、もしあなたが一度も騙されたことがないのなら、基本的に人を信じる気持ちが足りないのではないか、と自問すべきだろうと言うのです。

第2条は、「ウィン・ウィンのシナリオで考えよう」です。

伝えられるところによると、トマス・ホッブズは、ある日、友人とロンドンを散歩していて、突然立ち止まって物乞いにお金を恵みました。友人は驚きました。人間は本来、利己的だというのが彼の持論だったからです。しかし、ホッブズに言わせれば、その行動に矛盾はなかったと言います。「苦しんでいる物乞いを見ると不快な気分になる。だから、それを避けるために、いくばくかのコインを恵んだのだ」と彼は言ったそうです。つまり、彼の行動は利己心によるものだったのです。

権威から民主へ

各国の民主主義の成熟度を数値化する今年の調査報告書によると、全世界で民主主義が後退し、権威主義体制の国が増えているとのことです。そして、国民が権威主義に引き付けられないようにするためには、小中学校の頃から、民主主義の機能など、子どものうちから政治についてのリテラシーを高める工夫が必要だと答えているそうです。しかし、日本の教育基本法に、「平和で民主的な国家の形成者としての資質を備えること」と謳っていながら、学校では、クラス担任による権威主義的なクラス統制が行われたり、幼児教育でも、子どもの参画を認めなかったり、子ども同士のかかわりからの提案を認めずに、一人の担任や、子どもに個人の担当がしっかりとついて子どもを管理するような保育をしているのは、私は権威主義化を進めてしまう気がするのです。もっと、子育てを社会化し、社会ネットワークの中で行うことが、民主主義を機能するようになると思っています。

ブレグマンは、「Humankind」の中で、人間の本性についての見解を変えるだけで訪れる新しい世界を示そうとしました。彼によると、その内容は、表面をなぞったにすぎないと言いますが、実際のところ、わたしたちが大半の人は親切で寛大だと考えるようになれば、全てが変わるはずだと言うのです。そうなれば、学校、刑務所、ビジネス、民主主義の構造を考え直すことができるのだと言うのです。私も、「子どもの存在を丸ごと信じる」ところから始めると、民主的な阻止区が生まれるのだと思っているのです。

それに対して、ブレグマンは、心理学や生物学、考古学や人類学、社会学や歴史学における最新の証拠を見ると、わたしたち人間は数千年にわたって、謝った自己イメージに操られてきたと言わざるを得ないと言うのです。ずいぶん長い間、文明はほんの少し叩いただけでひび割れてしまう、薄っぺらなベニヤ板だとブレグマンは考えていたと言うのです。しかし今、わたしたちは、人類とその歴史に対するこの見方が、全くの間違いだったことを理解したと言います。

ブレグマンは、よりよい世界の構築は、自分一人ではなく、皆で始めるものであり、主な仕事は、今までとは異なる制度を創ることだと言うのです。そのためには、出世したり、裕福になったりするための秘訣を100学んでも、全く無益だと言うのです。彼は、人間の本性についての現実に即した見方は、あなたが他者とどう関わるかに大きく影響すると言うのです。そこで、彼は、ここ数年間で学んだことを基盤とする、彼の人生の指針10か条を紹介しています。

彼が挙げた1条目は、「疑いを抱いた時には、最善を想定しよう」です。彼が自分に課した最初の戒律は、実行が最も難しいものでもありました。彼は、本の中で、人間は互いとつながるように進化したことを述べていますが、そもそも、人とのコミュニケーションは難しいのです。例えば、あなたの発言が誤解されたり誰かにばかにされたり、あるいは人づてにとても不快なコメントを聞いたりします。どんな関係でも、たとえ長年の夫婦であっても、人が自分をどう思っているかはわかりづらいと言うのです。

そういうわけで、わたしたちは推測します。ブレグマンは、こんな例を出しています。「たとえば、同僚に嫌われているのではないかとあなたが思ったとします。すると、それが事実であってもなくても、あなたの行動は変わり同僚との関係はぎくしやくしてくる。」というのです。

民主主義の後退

いずれにせよ、アラスカではPFDは、明らかに大成功をおさめました。政治家はそのシステムを変えることを考えただけで、キャリアを棒に振りかねません。成功したのは、誰もがお互いを見張っているからだ、という人もいるでしょう。しかし、おそらく、PFDの評判がとても良いのは、ポルト・アレグレやトレスの真の民主主義のように、左派と右派、市場と国家、資本主義と共産主義との古い対立を、超越しているからだろうとブレグマンは考えています。これは、誰もが分かち合う新しい社会へと向かう独自の道なのだというのです。

ブレグマンは、ここで「民主主義は、こんなふうに見える」という章を締めくくっています。

4月17日の毎日新聞に、こんな記事が掲載されていました。「世界で民主主義の危機」というもので、世界各国の民主主義の動向を調査してきたV-Dem研究所(スウェーデン)の東アジアセンター所長を務める粕谷祐子・慶応大法学部教授(比較政治学)に取材したものです。彼女は、ここ10年、世界的な民主主義の後退と権威主義化の現象が起きていると言うのです。

彼女が所属している、世界の民主主義の度合いをさまざまな指標で比較するV-Dem研究所(本部・スウェーデン)は3月、2022年の報告書を発表して警告しています。「世界の民主主義は89年レベル」と言うのです。「世界の民主主義のレベルは(米ソ冷戦の象徴で東西ドイツを分断していたベルリンの壁が崩壊した)1989年のレベルにまで後退した」。

V-Demは、世界の約3700人の研究者が参加して各国の民主主義の成熟度を数値化する調査報告書を毎年発表しているそうです。今年の報告書によれば、21年時点で権威主義体制の国は90カ国に増え、世界人口の7割(54億人)がその下に暮らしている計算だといいます。一方、民主主義体制の国は89カ国で、人口の29%しかカバーしていません。民主主義体制の国の中でも、法の支配や個人の権利が守られている自由民主主義(リベラルデモクラシー)の国は、12年には42カ国あったのに、21年には34カ国(世界人口の13%)まで数を減らしたようです。全世界で民主主義が後退した国は33カ国(同36%)で、米国やブラジル、インドといった人口の多い国が含まれ、ポーランドなど欧州連合(EU)加盟の6カ国も入っています。一方で、より民主主義が進んだ国はわずか15カ国だったようです。

新聞へのインタヴューで彼女は、その現象は統一的な原因によって引き起こされているものではないと言います。その要因も起きていることも地域によって異なり、例えば、欧州諸国の場合は、厳しい民主主義の基準を求める超国家機構の欧州連合(EU)へのバックラッシュ(反発)、非白人の難民の流入が強権的な政治家の台頭を招き、彼らが民主主義を壊しているというのです。

さらに、記者の「権威主義化は、民主主義国の間でも起きていますが、民主主義を知っているはずの国民がどうして権威主義に傾くのか?」さらに、「国民が権威主義に引き付けられないようにするための処方箋はないのか?」という質問に、こう答えています。「あるとすれば、主権者教育です。小中学校の頃から、民主主義の機能や投票の意味について教えることが重要です。日本は『政治は汚いものだから触らない』という傾向があるように思いますが、それだと(強権的な政治家への)集団免疫がつきません。子どものうちから政治についてのリテラシーを高める工夫が必要です。」と言っています。

共有財産哲学

既存の資本主義モデルに代わるモデルとして、最も期待できるものの一つは、実を言うと、かなり以前から、わたしたちの近くにあったとブレグマンは言います。といっても、進歩的な北欧や、共産主義の中国や、無政府状態の揺りかごになっているラテンアメリカの国々ではないといいます。この選択肢は意外なことに、「進歩的」とか「社会主義者」といった言葉が侮辱的に使われる、米国のある州からもたらされました。それはアラスカ州だというのです。

この考えを唱えたのは、共和党の知事、ジェイ・ハモンド(1922~2005)です。彼は無慈悲な毛皮猟師であり、第二次世界大戦では戦闘機パイロットとして日本と戦いました。1960年代後半に、アラスカで巨大な汕脈が見つかった時、ハモンドは、その石汕は全アラスカ人のものだと判断し、その収益を巨大な公共の貯金箱に入れることを提案したのです。

この貯金箱は、アラスカ永久基金として1976年に設立されました。当然ながら、次に生まれた問題は、その基金をどう使うかということでした。多くの保守的なアラスカ人は、それを州に引き渡すことに反対したのです。そんなことをしたら、金は消えてしまう。しかし、別の選択肢がありました。それは、アラスカ州の全住民の銀行口座に、毎年、配当金を振り込むというもので、1982年から始まり、多い年には一人当たり3000ドルにもなりました。

今日に至るまで、この永久基金配当金——略してPFD——は、無条件で全住民に配られています。PFDは特権ではなく、権利なのです。したがって、このアラスカモデルは、昔ながらの社会保障制度とは正反対だと言えます。旧式の社会保障制度では、自分は病気、あるいは障害者、あるいはひどく困窮していることを証明し、他に何の望みもないことを証言する申請用紙を何十枚も埋めて、ようやくわずかな金額を受け取ることができます。

そのようなシステムは、人々をみじめで無気力で依存的にするだけですが、条件なしの配当金は別のことをします。信頼を生むのです。当然ながら中には、アラスカ人は配当金をアルコールやドラッグに浪費するだろうと、冷笑的な見方をする人もいました。しかし、現実を見る限り、そんなことは起きていないそうです。

ほとんどのアラスカ人は、配当金を教育や子育てに使いました。二人のアメリカ人経済学者が行った綿密な分析により、PFDは雇用に有害な影響を及ぼさず、貧困を大幅に解消したことが明らかになったそうです。ノースカロライナ州で行われた類似の現金給付実験では、予想外の好ましい効果が数多く見られたそうです。医療費は下がり、子どもたちの学校の成績は上がり、初期投資費用を効果的に回収できたのです。

アラスカのこの共有財産哲学を取リ入れ、さらに広範に適用したらどうなるでしょうか?地下水、天然ガス、納税者のお金によって、可能になった特許などのすべてがコミュニティに属していると、わたしたちが宣言したら、どうなるでしょうか。それらのコモンズの一部が私物化されたり、地球が汚染されたり、二酸化炭素が大気中に排出されたりしたら、わたしたちはコミュニティのメンパーとして、補償されるべきではないだろうかとブレグマンは言います。

このような基金は、わたしたち全員に、別のさらに大きな利益をもたらすようです。信頼と帰属意識を前提とする、この無条件の配当金は、個々人に自分で選択する自由を与えてくれます。すなわち、住民のためのべンチャーキャピタルなのだと言います。

利己的は本来?

ブレグマンは、高校の経済学の授業で、こう教わったそうです。——人間の本性は利己的だ。資本主義は、この本性に根差しており、買う時も、売る時も、取引する時も、人は常に自分の利益を最大にしようとする。この生まれながらの性質に、国家は少々の連帯感を付加することができるが、それは高所からのトップダウンによってのみ可能であり、監視と官僚制なしには起こり得ない——。

しかし今では、この見方は完全に逆だということがわかるとブレグマンは言います。わたしたちの自然な傾向は、連帯を好み、一方、市場は上から押しつけられます。この数十年間に、ヘルスケアを市場に変えるために注ぎ込まれた、数十億ドルについて考えてみようと提案しています。なぜそうする必要があったのでしょうか?それは、人間は本来、利己的でないからだとブレグマンは言うのです。

だからと言って、健全で効果的な市場が少ないというわけではないというのです。そして、もちろん、過去200年間の資本主義の台頭が、大いに繁栄をもたらしたことを忘れてはならないと言います。そういうわけで、デ・モーアは、自らが「制度的多様性」と呼ぶものを提唱しています。それは、市場という形式や、国家による管理が最善となる場合もありますが、それらすべてを支えるのは、協力的な市民による、共同体的な強い基盤だ、という考えです。

現段階では、コモンズの未来はまだ不確かだとブレグマンは言います。コモンズへの関心が復活しているとはいえ、それらは包囲されているというのです。たとえば、水源を買い占めたり、遺伝子の特許をとったりする多国籍企業や、大金と引き換えに何でも民営化している政府や、知識を最高値の入札者に売り飛ばす大学によって。そしてまた、エアビーアンドビーやフェイスブックなどにホモ・コーペランスの善意をすくいとらせているプラットフォーム資本主義、すなわち、シェアリング・エコノミーによって。多くの場合、シェアリング・エコノミーはシアリング・エコノミー(刈り込む経済)になり、わたしたちは皆、羊のように刈りとられるとブレグマンは言うのです。

今のところわたしたちは、激しい対立に囚われています。一方には、世界は一つの大きな共同生活体になるべく運命づけられている、と考える人々がいます。彼らは楽観主義者で、ポスト資木主義者とも呼ばれています。共産主莪と呼ばないのは、おそらくその名称が禁句だからだろうとブレグマンは考えています。もう一方には、悲観主義者がいて、彼らは、シリコン・バレーやウォール街によるコモンズへの、継続的な襲撃と、不平等の拡大を予測します。

最終的に、どちらが正しいのだろうかという疑問をブレグマンは持ちます。本当のところは誰にもわからないと言います。しかし、彼は、エリノア・オストロムが正しいと思っていると言います。彼女は、楽観主義者でも悲観主義者でもなく、可能主義者だと言います。彼女は別の道があると説いています。そう考えるのは、なんらかの抽象的な理論を支持するからではなく、自分の目で現実を見てきたからです。

コモンズの復活

徐々に、オストロムが所属する学部までもが、コモンズのようになってきました。1973年、オストロムと彼女の夫は、インディアナ大学に「政治理論と政策分析に関するワークショップ」を開設し、世界中の学者を招いて、コモンズについて研究しました。ワークショップという形式を選んだのは、同大学にそれを東縛するルールがなかったたからでした。このワークショップは、討論と発見の中心になり、やがてはアカデミックなヒッピー・コミューンのようになりました。フォークソングを歌い、パーティを主催するのはオストロムです。

そして、何年も後のある日、ストックホルムから電話がかかってきました。2009年、エリノア・オストロムは、女性として初めてノーベル経済学賞を受賞したのでした。この受賞は、強力なメッセージを送りました。1989年のベルリンの壁崩壊と、2008年の資本主義の危機であった、リーマンショックの後、ついにコモンズ——国家でもなく、市場でもない、もう一つの道——に、ふさわしいスポットライトがあたったのでした。

ニュース速報になるようなことではありませんでしたが、以来、コモンズはめざましい復活を遂げたのです。

既視感があるのは、そうなったのが初めてではないからです。中世後期のヨーロッパでは、共有の精神が高まりました。歴史学者のティーネ・デ・モーアは、それを「静かな革命」と呼んでいます。11世紀から13世紀までのこの時期、集団が管理する牧草地が増え、水道委員会やギルドやグループホームも次々に現れました。これらのコモンズは、数百年にわたってうまく機能していましたが、18世紀になると、圧力がかかり始めたのです。

啓蒙時代の経済学者たちは、集団が管理する農地は、生産能力を十分に発揮できていないと考え、政府に囲いを作るよう助言したのです。つまり、共有農地を、裕福な地主たちが分割して所有し、その管理下で生産力を向上させようとしたのでした。

18世紀における資本主義の発展は自然な成り行きだと、あなたは考えているだろうか?とブレグマンは問います。彼は、「とんでもない!」と言います。農場にいた農民を工場へと導いたのは、市場の見えざる手ではなく、国家の無慈悲な手だったのです。世界のあらゆる場所で、「自由市場」が計画され、政府によってトップダウンの形で強制されたのです。19世紀末になってようやく、市民や労働者の組合が、ボトムアップの形で自発的に生まれ、20世紀の社会的セーフティーネットシステムの基盤が築かれたのでした。

今、再び、同じことが起きているとブレグマンは言います。囲いと(国家が計画したトップダウンの)市場原理に続いて、ボトムアップの形で静かな革命が起きようとしているのだというのです。近年、特に2008年の金融危機以来、介護の協同組合、病欠のための基金、エネルギー協同組合といったイニシアチブが急増しています。

「歴史が語るのは、人間は基本的に助け合う生き物、つまりホモ・コーベランスだということです」と、デ・モーアは指摘しています。「市場開発と民営化が加速した時期の後、わたしたちは、長期的な協力を前提とする制度を構築してきました」

では、わたしたちは共産主義を減らしたいのでしょうか、増やしたいのでしょうか。

市場と国家

ハーディンの論文の影響は、きわめて大きかったのです。この論文は、これまでに科学雑誌に掲載された論文の中で、最も広範に転載され、世界中の数百万人が読んだのです。あるアメリカの生物学者は、1980年代にこう断言したそうです。「(「コモンズの悲劇」は)すべての学生に読まれるべきだ。それどころか、もしわたしの思い通りになるなら、すべての人間に読ませたい」

最終的に「コモンズの悲劇」は、市場と国家の成長を後押しする、最も強力な宣伝になったのでした。コモンズは、痛ましくも破滅する運命にあるため、わたしたちが生き延びるには、国家見えざる手か、市場のどちらかが必要だとブレグマンは言います。この二つのもの―クレムリンかウォール街―だけが、利用できる選択肢だと思えたというのです。そして、1989年にベルリンの壁が崩壊すると、残るのは一つだけになったと言います。市場、すなわち資本主義が勝利し、わたしたちはホモ・エコノミクスになったのです。

公平を期して言えば、ハーディンの主張に影響されなかった人が少なくとも一人いたと言います。

エリノア・オストロムは、大学が女性を歓迎しなかった時代の、意欲的な政治経済学者であり、研究者でした。そして、ハーディンと違って、理論モデルにほとんど興味を持っていませんでした。オストロムが知りたかったのは、現実の人間が現実の世界で、どのように行動するかということでした。

ハーディンの論文が重大な要素を見落としていたことにオストロムが気づくまでに、長くはかかりませんでした。人間は話すことができます。農民や漁師や隣人は、草原が不毛の地に変わったり、湖が乱獲されたり、井戸が干上がったりするのを防ぐために、話し合って意見を統一することができます。イースター島の住民が協力し続けたり、市民参加型の予算を組む人々が、建設的な対話を通じて決定を下したりするように、普通の人々はあらゆる種類のコモンズをうまく管理できると言うのです。

オストロムは世界中のコモンズの例を記録するためのデータベースを立ち上げ、スイスの共有放牧地や日本の耕作地からフィリピンの共同灌漑やネパールの貯水池までを記録していきました。そのいずれを見ても、ハーディンが主張したような悲劇は起きていなかったのです。

確かに、共有財産が利害の対立や、貪欲さの犠牲になることはありますが、それは避けられないことではありません。オストロムと彼女のチームは、機能しているコモンズの事例を5000件以上集めたのです。漁業権をくじ引きで決めるトルコのアランヤの漁師や、乏しい薪の使い道を話し合って決める、スイスのテルベル村の農民のように、その多くは何世紀もの歴史がありました。

オストロムは革新的な著書「共有財産の管理」(1990年)の中で、コモンズの管理を成功させるための、一連の「設計原理」を述べています。例えば、コミュニティには、最低限の自治権と効果的な監視システムが必要とされます。しかし、コモンズの特徴は、その土地の状況によって決まるので、成功のための青写真はないことを、オストロムは強調しています。

恵みの場所

わたしたちが共有するものは共有財産(コモンズ)と呼ばれます。コモンズには、コミュニティが共有し、民主的に管理しているほぼすべてのもの―コミュニティの公園からウェブサイト、言語、湖まで—が含まれます。コモンズには、飲料水などの自然の恵みもあれば、ウィキペディアなどのウェブサイトのような人間の発明もあります。

数千年にわたって、地球上のほぼすべての物はコモンズでした。移動民だった祖先たちは、私有財産という概念をほとんど持たず、国という概念はまったく持っていませんでした。狩猟採集民は自然を、全ての人々に必要なものを与えてくれる「恵みの場所」と見ていて、発明品や楽曲の特許を取るなどということは、想像もしませんでした。ホモ・パピーが成功できたのは、人の真似がうまかったからだとブレグマンは言うのです。

しかし、一万年前から、コモンズの大部分が、市場や国家に奪い取られるようになりました。それを始めたのは、最初の首長や王で、それまですべての人が共有していた土地の所有権を主張したのでした。

そして今日では主に多国籍企業が、水源から救命薬、新しい科学知識から誰もが歌う楽曲まで、あらゆる種類のコモンズを独占しています。たとえば、19世紀のヒット曲『ハッピー・バースデイ』は、2015年までワーナー・ミュージック・グループが、著作権を所有し、使用料として数千万ドルを得ていたのです。

あるいは、世界中の都市のいたるところを、見苦しい看板で覆っている広告業界についてブレグマンは考えています。もし、誰かがあなたの家にスプレーで落書きしたら、破壊行為と見なされます。しかし、広告のためなら、公共の場を汚すことが許され、経済学者はそれを「成長」と呼ぶのです。

コモンズという概念は、アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンがサイエンス誌に発表した論文によって、広く認知されました。1968年のことでした。その年、世界各地で暴動や大規模デモが多発し、何百万人もが街頭で「現実的になれ。不可能を可能にしろ」と叫んだのです。

しかし、保守的なハーディンはそうではありませんでした。彼のわずか6ページの論文は、ヒッピーの理想主義をつぶしたのです。そのタイトルは?「共有地の悲劇」です。

「すべての人に開放された放牧地を想像しよう」とハーディンは書きました。「一人ひとりの牧夫は、そこでできるだけ多くの牛を飼おうとするだろう」しかし、過放牧は、不毛の荒地しか残しません。個人レベルでは理にかなっていることが、集団レベルでは惨事をもたらすのです。ハーディンは「悲劇」という言葉を、残念だが避けられない運命というギリシア的感覚で用い、「共有地での自由は、すべての人に破滅をもたらす」と述べたのです。

ハーディンは残酷な結論に至ることを恐れませんでした。国々はエチオピアを食糧援助すべきかという問いに対して、彼はこう答えたのです。「すべきでない。食糧が増えると、子どもが増える。そうなると、食糧はさらに不足する」。イースター島の運命を悲観的に語った人々と同じように、彼は人口過多を最大の悲劇と考え、生殖の権利を制限することを解決策と見なしたのです。しかし、自分は例外だったようです。彼は4人の子どもの父親だったそうです。