協力する能力

次に、仲間と協力する能力の発達を見ていきます。

世界のどこでも、子どもは、自分たちに対して権力を振るう大人とよりも、仲間同士の間での方がずっと平等な関係をもっているとハート氏は言います。彼は、子どもたちの間で、このように地位がきわめて対等であることが、協調性の発達にとって、とくに大事であると考えています。ここでもまた注意しておきたいのは、この理論はアメリカでつくられたものであり、もっと集団主義的色彩が強い文化のもとでは当てはまらないかもしれないというのです。この理論に従えば、子ども同士が相互にわかりあうようになるためには、お互いの言い分をよく聞き、一致しない点を解決しようと試みることが必要であると考えられると言います。まさに、私たちが設置している「ピーステーブル」の役割ですね。6歳から8歳の子どもは、仲間同士で厳密な直接的相互関係をつくるといわれています。つまり、この年齢の子どもは、他の子どもの行為に「同じやり方で」返します。9歳から11歳になると、この厳密な相互関係から協力の関係に変わると言います。というのも上述のように、この年齢では行為の裏にある、心理的な側面に留意できるようになるからだというのです。ヤニスによると、大人との協力よりもこうした仲間との協力の方がより有益であると言います。9歳未満の子どもたちの間では、本当の協力関係ができないからといって、彼らが環境のプロジェクトへ参加できないわけではないと言います。ただその場合、グループをまとめるためには、大人か10代の若者がかなり責任を担っていく必要があるとハート氏は考えています。

先に書いたように、最近の研究では、その時期はかなり早いと言われています。実際に、現場で子どもを観察していると、幼児のころから仲間同士で直接的相互関係を作っています。また、その関係から、4,5歳になるころには、協力の関係に変わっていきます。確かに、本当の意味からではないかもしれませんが、その萌芽が見られます。ということで、十分に幼児期から環境のプロジェクトに積極的に参加することが可能な気がしています。

この理論をもとにすると、子どもが仲間と相互に利益を得る関係を結ぶ必要に迫られたときに、協力することを学ぶとすれば、ほったらかしにしたり、権力を使って強制するような団体よりも、仲間と一緒に仕事をすることが必要な団体の方が、協力する能力をよく発達させるであろうと考えたくなるとハート氏は言います。残念ながら、この問題については、あまり研究例がないそうです。やはり集団における行動の観察は難しいようです。ただ、クラスに対してグループ単位での報酬を与えたほうが、子ども各人に個人的に報酬を与えるよりも高いレベルの協力関係が見られたことを示した研究はあるそうです。もちろん、この問題に関して深く議論するときには、その文化がどの程度個人主義的、あるいは集団主義的な志向性をもっているかを考慮する必要があります。また、女性は大人でも子どもでも他者との関係性をより重視し、相互依存的あるというように、性に関連してもこのような対照的な形態がみられると指摘する人もいるそうです。また、自律的か依存的かの違いは、人が社会階層のなかで、どういう位置にいるかということにより大きく関係しており、女性も含めて自律的な立場にない人は、生き延びるために、他人とのつながりや社会の共通の目標に向かって、熱心になるとも指摘されているそうです。

ドイツ冒険広場

協力する能力” への5件のコメント

  1. マイケル・トマセロ氏の研究でも、3歳くらいの2人の幼児が協働的な問題に対して、自分1人ではなく、相手にも報酬を与えるよう行動したという研究を以前知りました。これに類似するように、「クラスに対してグループ単位での報酬を与えたほうが、子ども各人に個人的に報酬を与えるよりも高いレベルの協力関係が見られたことを示した研究はある」といった知見から、私たちは日常に「ほったらかしにしたり、権力を使って強制するような団体よりも、仲間と一緒に仕事をすることが必要な」環境を用意することが先決であるということがわかります。そういった集団の方が、「協力する能力をよく発達」する集団になるのですね。

  2. 「子どもたちの間で、このように地位がきわめて対等であることが、協調性の発達にとって、とくに大事であると考えています」とありました。「この理論はアメリカでつくられたものであり、もっと集団主義的色彩が強い文化のもとでは当てはまらないかもしれないというのです」ということも考慮しておかなければいけませんが。この地位が対等であるということは、藤森メソッドにおける異年齢保育にも通じるところがあるように思いました。異年齢保育の意味は個々の発達を保障することです。だからこそ、子どもたちは発達が近い者同士で集まり、遊ぶ姿があります。そこでの子どもたちの姿はまさに対等という感じかもしれません。だからこそ、強いものの言う通りにするという構図ではなく、互いに協調する姿にもつながっていくのかもしれませんね。

  3. 「子どもたちが相互に分かり合うようになるためには、お互いの言い分をよく聞き、一致しない点を解決しようと試みることが必要である」とあります。こういった平等感や対等な関係というのはとても重要なことであるように思います。子ども同士の関わりを見ていると子ども同士でもパワーバランスが出来てしまうときがあります。その時にいかにこのパワーバランスを対等なものにし、お互いの言い分をいうことが出来るような環境を作ることはとても重要なことだと思います。「お互いの言い分を聞く」という時間を作ることを考えると、大人の介入は調整していかなければいけません。入りすぎると自分たちでの解決になりませんし、言い分を聞くというよりは第三者に納得させられる感が出てしまいます。そうではなく、「自分の言葉で伝える」ということの重要性は実際の保育の中でも多々ありますし、そういった行動を通すことで自信をつけていく子どもの様子を見ていると、大人の介入の仕方というものは慎重にしていかなければいけないのだろうと思います。お互いがお互いの言い分を言えるようにというのは、お互いが納得して話し合いができるように環境を整えるということでもあるのだろうと思います。そうしていくことは「相手を知る」ということにも繋がりますし、協力するということにおいても重要な関係性の形成につながっていくのだと思います。 

  4. 今回紹介されている内容からして、やはり、子どもたちには、可能な限り、他の子どもたちと関わる体験を保障することが大事なんだと気づきます。関わりの仕方が協力的なのかそうでないのかに関わらず、就学前から子ども同士の関りを重視することが今回のことからもわかるのです。多くの就学前施設においては、先生主導での子ども集団活動が見受けられます。学年別異年齢を問わず、先生という大人が子ども集団を律してしまうのですね。子ども一人一人がもつ個性はそうした環境において封じ込められてしまいます。先生と子ども一人一人の繋がりがあって、子ども同士の有機的繋がりは薄くなってしまうのですね。いつでも「先生、先生、・・・」。小学校以降、イジメやハブ問題が顕著になってくるのは、就学前の子ども同士の関りの希薄さだろうと推測されるのです。大人によってコントロールされてきた子どもたちは、勝ち組負け組を標榜する大人たちを結果としてモデルにし、協力し合うどころか、弱い者を見つけては自己優越感のため、そして大人の影響による「勝ち組」意識をもつため、イジメやハブ行為になるのでしょう。小さい頃から子どもたちは子ども集団の中で育つべきですね、大人による干渉を最小限にしながら。

  5. 今回のブログを読ませていただくなかで昨年の秋に聞かせてもらった環境セミナーの発表を思い出しました。発表されていた園では年長クラスで一つの目標を定め、子どもたちがグループごとにディスカッションをして、出し物を決めるというものでした。文中に「9歳未満の子どもたちの間では、本当の協力関係ができないからといって、彼らが環境のプロジェクトへ参加できないわけではない」とありますが、大人が機会を与えることで幼児期の子どもたちも協力関係や協調性を多少なりとも構築することができる。「ただその場合、グループをまとめるためには、大人か10代の若者がかなり責任を担っていく必要がある」ともあります。今週土曜日の成長展に向けて、わらすではブロックゾーンの共同製作に取り組みます。製作に取りかかる前にどのようなイメージでどんなものを作るか話し合いの場を設けるとのことです。私自身、初の参画ですが、子ども同士の関わりに加え大人の立ち位置など、本ブログとも照らし合わせながら見ていきます。

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