仲間集団とリーダ-シップ

次に、各ステージでの仲間集団はどんな特徴があるのでしょうか?ステージ0では、「身体を使った関わり合いと分かりやすい行動が重要である。例えば、ゲームをするとき、“大きなチームになって”という」ステージ1では、「この段階の仲間集団は、一方的な関りが集まっただけである。グループ活動は、自分のため、もしくは他人を喜ばせる成果として捉えられる。相互的関係は身体的な活動に限られる」です。ステージ2になると、「双方向の相互協力関係ができる。一組の二者関係から別の組へと二者関係同士がつながっていき、“友情の輪が広がる”」です。ステージ3になると、「特定の関係とは区別された仲間集団の概念ができてくる。グループは、共通の関心と考えで結ばれる。しかし、みんなの意見が一致することを期待するあまり意見の違いを抑える」です。ステージ4になると、「グループの作業プロセスと個人の能力の相違は、相互依存的関係にあることが理解される。共通の目的を持ちつつ、多様性を認める多元的なコミュニティが一体化する」

最後に、各ステージにおけるリーダーシップはどういうものでしょうか?ステージ0では、「なぜそのようなことをするのか、といった原理的なものではなく、“これから何をするのか”を、リーダーの行動から理解する」です。ステージ1では、「権威に対しては、従順なため、リーダーが傷ついて辞めてしまうこともある」です。ステージ2になると、「明確な実利的効果に結びついた意見や行動が相互依存性の基礎となっている」です。ステージ3では、「全員一致、チーム精神が尊ばれる。リーダーシップは、パーソナリティの差として捉えられる。またリーダーの義務は、グループの中で共有された信念に基づいている」です。ステージ4になると、「リーダーの役割について、抽象的な概念を持つ」になります。

この社会的な視点の発達における、親しさの捉え方、仲間関係、そしてリーダーシップがどのように関連しているかを見ることは、いろいろな年齢の子どもたちを、もっともうまく参加させるような組織を作るための道具として使えるとハート氏は言います。確かに、これは、保育の中でもかなり参考になります。しかし、ハート氏はこんな注意をしています。「ただし、大人はただ子どもに参加の機会を与えるだけであり、参加する子どもは必ずしもいつもうまくいく活動をするわけではないということを、意識しておく必要がある」というのです。

また、ここで示したように、自己認識の発達と他人を理解する能力は、仲間集団のなかで、または仲間やそうでない人が混在するグループのなかで、子どもが仲間やグループとどんな相互関係を示すかということと密接な関係があると言います。これまで、このような発達のなかでは、幼い子どもたちには何ができないかを表わすということがあまりにも多かったのです。ここでの目的は、むしろ大人が適切な機会をつくれば、子どもがどんなことが

できるかを考える手助けをすることだというのです。組織したり、調整することは、青年期の初期かそれより後まで期待できないとしても、子どもたちはそれぞれの年齢でグループの活動に力を発揮することができるのです。例えば就学前の子どもは、自分の好きなことを表現したり、他の人と一緒にプロジェクトに参画することを楽しむことができるのです。

仲間集団とリーダ-シップ” への6件のコメント

  1. 「幼い子どもたちには何ができないかを表すということがあまりにも多かった。」「大人が適切な機会を作れば、子どもがどんなことができるかを考える手助けをすることだ」とこの2点を見ていても、どこに主体があるのかということを問われているように思います。「できない」ことがから考えてしまうと、大人が考える以上のものは出てこないでしょうし、「できるか」を考えていくと考える以上のことがおきる「かも」しれません。問題はこの「かも」に大人が期待できるかどうかということなのでしょう。そのため「必ずしもうまくいく活動をするわけではないということを、意識する必要がある」ということは考えておかなければいけませんね。今の時代、はっきりとした成果や成功といった結果がもとめられ、過程にはあまり目を向けられません。しかし、ここでのグループ活動においては組織づくりや調整することの大切さが書かれているように思います。つまりはその過程にこそもっとフォーカスをあてていかなければいけないのだと思います。 

  2. 3/4/5歳児クラスには「はてなふしぎシート」という、自分たちがふしぎに思っていることを書き出していく環境があります。先日、そこに「ドーナツは何からできているの」と書かれてありました。その疑問を抱いた子を中心に【ドーナツプロジェクト】が始まりました。当然、その質問を考えた子がリーダーとなっていましたが、他の仲良しメンバーも「ランチの先生に聞いてみる?」などと意見していました。そのような様子を見ているとステージ3の「特定の関係とは区別された仲間集団の概念ができてくる。グループは、共通の関心と考えで結ばれる。しかし、みんなの意見が一致することを期待するあまり意見の違いを抑える」という印象があります。その次のステージに行くためには、「多様性を認める多元的なコミュニティ」が必要になるのですね。各々が主体的に行動しながらも、一体的な集団となる姿はやはりなかなか難しいのでしょうが、スーパーに買い物にいった際に、棚の上の方に陳列されていた粉砂糖が取れなくてリーダーが困っていた時、メンバー内の一番大きな子が挑戦してギリギリ取れ、リーダーの子も「ありがとう」と自然に言っていたので、そのような基礎は培われているのかもしれないと感じました。

  3. 「自己認識の発達と他人を理解する能力は、仲間集団のなかで、または仲間やそうでない人が混在するグループのなかで、子どもが仲間やグループとどんな相互関係を示すかということと密接な関係があると言います」とありました。自らを認識することと、他者を理解すること、これができるのが子ども集団の効果なんだろうと思いました。特に自己を認識するためには自分を見つけるということより、他者の中に入る、複数の人がいる集団の中に入る、社会の中で過ごすことで、自分というものがだんだんとはっきりしていくということがあるように思います。つまりは集団によって自分も変化するということなんだろうと思います。私たち人類は他者がいる社会の中で生きるということが当たり前でした。それがここ数十年で急速な社会の変化が起こり、その当たり前が当たり前ではなくなってきていることに、もっと危機感を持たなければいけませんね。

  4. 子どもたちの仲間集団ステージと各ステージにおけるリーダーシップ論、確かに参考になりますね。おそらくは、各ステージで示されたことがそのまま表れるのではなく、前後のステージが重なって、子どもたちの集団の形成の仕方を表したり、当然、リーダーシップも複層的に示されたりすることにはなるのでしょう。大人の介入に関する警告がありました。確かに、大人の介入については、大人たちがよほど慎重にならなければならないでしょう。しかし、子どもたちだけに任せておくと、イジメやハブ等が生じることも確かにあります。意識してかそうではないかは別として、就学前の子どもたちの間でもプレイジメ、プレハブ、といった現象が見られます。だからといって、じゃあ、大人たちは子どもたちの集団を常に見張っているのか、結局、大人主導にしておくのか、というとそれは違いますね。なかなか難しいところではあります。

  5. 子どもたちの社会的な視点の発達を、この様にステージごとに可視化して保育士が認識しておくことは、保育における集団生活を見守るなかで大きなヒントになるように思いました。子どもたちが持つ”自己認識の発達と他人を理解する能力”。特にわいわい組の子たちを保育している際に感じることがあります。進級したばかりの頃はグループ意識がまだ少なかったですが、今は特定のグループに所属することが心地よいと感じている子が目立つようになったと思います。わらすでの各色に加え、ぞう・はな・ことりのグループという横のつながりが設けられているため、年長児の関わりや行動を間近に見られる機会・環境が整っている。学年を超えてこの子と一緒に遊びたい・食べたいが叶う。「大人はただ子どもに参加の機会を与えるだけであり、参加する子どもは必ずしもいつもうまくいく活動をするわけではないということを、意識しておく必要がある」とあるように、保育士の立ち位置が少なくとも活動や欲求の妨げにならないよう意識していきたいです。

  6. 今回の内容で「ただし、大人はただ子どもに参加の機会を与えるだけであり、参加する子どもは必ずしもいつもうまくいく活動をするわけではないということを、意識しておく必要がある」というワードが印象的でした。よくよく考えれば、理解できるはずですが、勘違いしがちですね。少し違うかもしれませんが、大人向けのお知らせ文書などでも、文書化しているから大丈夫だろうと思っていると、よく読まずに間違えてしまう方などがいますね。そう考えると、うまくいっているかどうかしっかりと見極めて機会を用意していく大切さを感じます。

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