意図された

最後に、「達成されたカリキュラム」は、生徒が実際にどのような力を身につけたか、ということです。すなわち「達成されたカリキュラム」は、学習状況の評価と表裏の関係になります。わかりやすい指慓としては、例えば、日本の全国学力・学習状況調査、 OECDが行うPISA、アメリカにおけるSATのような標準化されたテストが挙げられますが、中間・期未試験や各種の小テスト、プレゼンテーションやレポート・論文なども、もちろん評価の方法の一つです。

もっとも、「達成されたカリキュラム」とはいっても、カリキュラムが定める教育目標は、単にテストで一定以上のスコアに達するというだけでなく、一般に複合的・多面的で、抽象的だと言います。日本語で「学力向上」という言葉はしばしば用いられますが、「学力」の定義も多様であり、単純にテストの点数を想定する場合もあれば、批判的思考力や論理的思考力、メタ認知なども含めて考える場合もあり得るだろうち白井氏は言います。OECD教育スキル局長のアンドレアス・シュライヒャーがしばしば指摘しているように、測定しやすい学力は、デジタル化・オートメーション化されやすい学力でもあります。ペーパ–・テストで簡単に測れる学力をつけたところで、それだけでは、必ずしも教育目標を達成したということにはなりません。算数にしても国語にしても、各教科で身に付ける知識だけでなく、論理的思考力や批判的思考力、対人関係スキルや価値観、規範などを幅広く学ぶことが教育の重要な側面とされていることには改めて留意が必要だというのです。

さて、Education2030プロジェクトの議論においては、前述のTIMSSにおけるカリキュラム分析の枠組みも踏まえながら、各国に共通して、今後も妥当するであろうカリキュラムのデザイン原理について議論を行ってきたそうです。2018年2月に公表されたポジション・パーパーにおいても、既にその考えの多くは示されていますが、その後の議論においては、これらの基本的な原理については、( 1 )「意図されたカリキュラム」のテザイン原理、(2)カリキュラム実施の原理、(3)カリキュラムのデザインに際しての留意点、の3つの局面に関するものとして整理されています。それは、順に白井氏は説明しています。

まず、(1)「意図されたカリキュラム」のデザイン原理についてです。「意図されたデザイン」について、5つの基本原理が提案されているそうです。そのうち、①~③までに示された一貫性、焦点化については、TIMSSの研究成果を踏まえて提案されたものであり、その後の各国代表者や専門家等による議論を経て、④転移可能性と⑤真正性加えられているそうです。

①         一貫性:教科で取り上げられる内容は、それぞれの教科の学問的専門性の論理に基づいて、順序だてて配列すること。それによって、学習状況や年齢に応じて、基礎的な概念からより進んだ概念へと進むことが可能になる。

②         厳格性:教科で取り上げられる内容は、生徒の発達段階に応じた、やる気を起こさせる内容になっていて、かつ、深い思考や振り返りを可能にするものとすること。

③         焦点化:各学年において取り上げる内容を、なるべく少ないものとすることによって、生徒の学習の深さや質を上げるべきである。一方で、重要な概念については、繰り返し取り上げることで確実に内容をカバーすること。

意図された” への4件のコメント

  1. 一貫性・厳格性・焦点化・転移可能性・真正性という、意図されたカリキュラムの5つの原理がありました。その中でも「 厳格性」と「焦点化」が印象に残りました。「教科で取り上げられる内容は、生徒の発達段階に応じた、やる気を起こさせる内容になっていて」という厳格性は、教科書というものがいかに流動的な存在でなくてはならないことが示されているかと思います。ひと世代前の価値観の押し付けになっていなか見直しが必要ですね。そして、「焦点化」についても、「取り上げる内容を、なるべく少ないものとすること」というのは、まさに量を教え込む教育とは真逆であり、ここについても大きな見直しが必要ですね。

  2. 何をもって達成とするのかという判断基準を作るのは難しそうですね。判然としないものを明確にすること自体が逆説的でもあるのかもしれませんが、だからといってそのままにしていても広くその重要性が伝わっていかないことにもなります。それを明確にするということは決して諦めてはいけないことですね。厳格性では「教科で取り上げられる内容は、生徒の発達段階に応じた、やる気を起こさせる内容になっていて、かつ、深い思考や振り返りを可能にするものとすること」とありました。生徒のやる気をおこさすためには、発達段階に合ったものでないといけない。これは保育でも同じですね。だからこそ私たちは子どもの発達を理解し、個々の違いを理解することで、適切な関わりへつながっていくということを丁寧にやっていかなければなりませんね。

  3. これは素晴らしい、と思うのです。すなわち「各国に共通して、今後も妥当するであろうカリキュラムのデザイン原理」。「カリキュラムのデザイン」とその「原理」。この部分、各国で揃えられたら、どれだけ共通認識を子どもたちがもつことができるようになるのでしょう。この共通認識こそは、各国の独自性が認められ尊重されることに役立つはずです。「一貫性、厳格性、焦点化」。今回のブログではこの3つが取り上げれています。この3つがクリアされただけでも、子どもたちが自ら見通しをもてる学習方法を自ら確立することができるでしょう。私たちの時より、今の子どもたちは実に学ばなければならないことが多い。ITの登場以来、昭和生まれが予測を着けようとしてもほぼ困難時代の中で今の子どもたちは生きています。そして、確実に不確定な未来に歩み出します。ここに来て思うことは、カリキュラムとは学校内において効力を発揮するもので、外ならどうか、と思われる節があります。学校外がわかる「カリキュラム」の策定こそが今求められているのでしょう。

  4. 意図されたカリキュラムということがなかなか現場に合わされていかないことの大きな問題の一つにどうしても「評価」が出てきます。アンドレアス・シュライヒャーが指摘しているように「測定しやすい学力は、デジタル化・オートメーション化されやすい学力」という言葉は評価における「痛いところ」であると思います。教育目標として達成できているかを測ることにおいて、なかなか論理的思考力や批判的思考力、対人関係スキルというものは測ることが困難です。こういったところがある程度、整備されていく必要もあると思うのですが、それと同時に現場においてもこういったスキルの重要性をもっと現場の中に落とし込める環境や流れ作りも大切であるという事が見えてきます。

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