社会・情動的スキル

AIに代替されることが困難な仕事として、複雑な社会的関係性が必要となる仕事が挙げられており、とりわけ社会・情動的スキルを身につけることの重要性が強調されています。一例を挙げれば、社会の高齢化が進むことによって、へルスケアに対する需要が増大することが想定されます。当然、それに伴って、へルスケア関連の仕事も増大するでしょうが、それは、単に物理的なお世話をするだけでなく、例えば、気配り(care)や社会性、高齢者に対する敬意(respect)などの社会・情動的スキルを、より一層必要とするようになるだろうといいます。こうしたスキルは、 AIによっては代替が困難なのです。ここであえて付け加えることとして、私は前から言っている「Education & Care」という訳を「教育と養護」としてしまっていましたが、最近はそのままcareを使っているのは、そこには、「世話をする」という意味合いよりも、「気配りする」という意味の方が近いからです。ですから、白井氏は、そう訳しています。

さらに、社会・情動的スキルがより重要になってくる別の理由として、社会の多様性の増大も挙げられると言います。例えば、移民の増加に伴って、学校のクラスや職場など様々な場所において、民族的・文化的・言語的な多様性が増大しています。そうなると、他者への共感性とか、異なる文化に対する敬意とか、自己意識といったスキルがより重要になってくるのです。

その際、社会・情動的スキルを認知的スキルと切り離すのではなく、これらが相互に関係し合っている点に留意することが必要です。例えば、他者視点の獲得という認知的スキルが十分でなければ、他者への共感性といった情動的スキルを育んでいくことは難しくなるだろうと言います。また、例えば、自制心やレジリエンスをもって学習に取り組むほど、より多くの学習成果につながるなど、社会・情動的スキル自体も認知的スキルの発達に密接に関連しています。認知的スキルを育んでいくためにも、例えば、忍耐力、自制心、責任感、好奇心、精神的な安定性などの社会・情動的スキルが重要になってくるというのです。

このことは、社会・情動的スキルのレベルが低い場合には、認知的スキルの発達にも悪影響が生じるということでもあります。実際、「ピッグ・ファイプ」の5要素のうち、特に「誠実性」については、学力など教育面への影響が強く、また、「開放性」については、特に学校への出席状況や選択する教育コースのレベルなどと関係があるといいます。

また、社会・情動的スキルの重要性を示すものとして、コンセプト・ノートにおいても紹介されている事例が、General Educational Development (GED)に関するヘックマンらの分析です。GEDとは、アメリカやカナダにおいて行われている、高校中退者に対して行う試験であり、ライティング、エッセイ、リーディング、数学、理科、社会について、約8時間にわたって行われる試験です。GEDは、一定の学力試験を通った者に対して高校卒業のディプロマを与えることで、その後の大学教育や労働市場への道筋を広げることを企図したものでした。ところが、分析によると、学力的には通常の高校卒業者と同等と考えられるGED合格者の多くが、例えば、根気強さ、自尊感情、自己効力感などの「非認知」に関する能力が低いというのです。実際、大学のドロップアウト率や離婚率の割合が高く、一方では、飲酒や喫煙などのハイリスクの行動をとる傾向が見られるなど、GEDの結果によって、認知に関する側面だけをハイスクール卒業と同等に扱うことの課題が指摘されているのです。