知識の概念

ラーニング・コンパスにおいては、「知識」とは、「世の中の特定の側面に関する確立された事実や概念、アイディア、理論などを含むもの」と定義されています。プロジェクトの開始当初は、知識の分類としては、「教科の知識」、「教科横断的な知識」、「手続的知識」の3分類が検討されていたそうですが、その後、「教科固有の知識」については、教科の「内容」に関する知識と教科の「手続」に関する知識に大別したうえで、前者を「教科の知識」として、また、後者を「エピステミックな知識」として整理することとしたそうです。そのため、最終的に①教科の知識、②教科横断的な知識、③エピステミックな知識、④手続的知識の4つに分類することにされました。

「知識」について議論する際に、十分注意しなければならないことは、「知識」の価値を見誤ってはならないということだと言います。特に、批判的思考力や創造的思考力などのスキルの重要性が強調されることの裏返しとして、例えば意見が出されることもあるそうです。確かにすぐに調べることがきる知識もあるでしょうが、そうした知識は同時に、すぐに忘れてしまうような知識であり、必要な場面で取り出して使うことができないタイプの知識でもあろうというのです。

実際、近年の教育改革の中には「21世紀型スキル」を強調するあまり、知識の軽視につながりかねない動きが見られることから、近年では、これに対する反動として知識の重要性を再評価しようとする動きが見られると言います。例えば、イギリスでのヤングらによる各教科の知識を重視する考え方や、アメリカにおけるハーシュによる「中核的知識」の提案もこれに連なる動きであろうと白井氏は言うのです。OECDのラーニング・コンパスにおいても、全ての生徒が未知の状況にも的確に対応していくことができるようなツールとして、基盤となる教科の知識や、様々な学問分野における思考パターンを身につけることの重要性が強調されています。

知識は、しばしばスキルと二項対立で捉えられがちですが、そうした問題設定自体が誤解を招くものだろうと言います。知識とスキルは切り離せるものではなく、両者は相まって発達するものだからです。したがって、スキルさえあれば、知識はつけなくても構わないということにはならないのは当然だと言います。こうした、知識とスキルの相克をめぐる議論は、各国で行われていますが、例えば、ティム・オーツらがまとめた、イギリスのカリキュラムの見直しに関するレポートにおいても、同様の記述が見られるそうです。

そこでは、「教育者の中には教科の知識を強調して、教育のより発達的な意義を軽視する者もいる。一方では、スキルやコンピテンシー、性質を重視して、現代における知識はすぐに変わるのだから、『学び方を学ぶ』ことを優先すべきだと主張する者もたくさんいる。しかしながら、我々は、これらがどちらか一方を選ぶというタイプの問題ではないと確信している。実際、『学び方を学ぶ』といっても、これを何かを学ぶことから独立して考えることは不可能である。我々の立場は、知識と発達の両方の要素が重要であり、その両方が確実に担保されるよう慎重な政策手段が採られなければならないとするものである」と述べられています。同様の問題意識は、全米研究評議会による21世紀型コンピテンシーに関する報告書や、日本の中央教育審議会の答申においても見られるところです。