実用的スキル

伝統的に、認知的スキルは職業上の成功を決める最も重要な要因であると考えられてきました。しかしながら、社会・情動的スキルは認知的スキルを働かせるための基盤として重要であるというだけでなく、最近の研究によると、特に職業上のステイタスや収人といた要素については、認知的スキル以上に直接的な影響があるといいます。その意味では、将来の職業を決めるうえで、社会・情動的スキルは認知的スキルと同等か、場合によってはそれ以上に重要になり得るだろうと白井氏は言います。こうした新しい研究結果は、最初に述べた、マクレランドによるコンピテンシー概念の提案にも、そしてまた「ソフトスキル」や「非認知スキル」を重視しようとする「21世紀型スキル」の動きにも合致するものとも言えるのではないかというのです。

次に、スキルの第三のカテゴリーが、身体・実用的スキルです。身体・実用的スキルについては、「物理的な道具や一定の手順、機能などを使いこなす力」として定義されています。例えば、新しいICT機器を使ったり、楽器を演奏したり、工作をしたり、スポーツをするなどのマニュアル的なスキルや、自分で服を着たり、食事や飲み物を準備したり、自らを清潔に保つといった生活上のスキル、さらには肉体の強靭さや筋肉の柔秋性、スタミナなどの自分の能力を上手に活用するスキルなどが含まれます。なお、身体的スキルと実用的スキルは、いずれも一定の動作を伴うものであることから、両者は重なりあうものであると考えられています。

コンセプト・ノートにおいては、特に芸術との関係で身体的スキルの重要性が強調されており、これまでの研究においても、音楽や美術に関する活動が、認知的スキルを発達させることにも非常に有効であることがわかっているといいます。すなわち、「芸術分野において身体的な能力を獲得するためには、相当な認知やメタ認知のプロセスが生じる必要がある。芸術が身体的スキルを通じて表現されるものであるとしても、芸術に熟達するためには、認知やメタ認知のプロセスも必要になる」からであるといいます。音楽が得意な子は数学もできると言われることがありますが、実際、芸術的な活動を行うことが認知の改善につながったりするといわれています。

実用的スキルというと、手先の器用さや工作の技能などがイメージされるかもしれませんが、ここでは、幅広いものが想定されています。例えば、服を着る、掃除をする、自らを清潔に保つ、食事の準備をする、書いたものを通じてコミュニケーションを行う、何らかのテクノロジーを使うといった多くの日常的な動作は、いずれも実用的スキルを必要とします。実用的スキルも時代によって変化していくことになるので、現代では、例えば、スマートフォンを使ってテキストでコミュニケーションをとるためには、小さなキーパッドを使ってメッセージを作り、それを送るという形の実用的スキルに熟達することが必要になっています。

実用的スキル” への5件のコメント

  1. 「身体・実用的スキル」というのはイメージがなかなかつきませんでした。自分の好きなことをしている過程の中にある複雑な身体的動きがあると思いますが、それだけでなく「物理的な道具や一定の手順、機能などを使いこなす力」という、ある対象物との効率的な手順といったもののようですね。単に運動スキルとは異なるものであることを理解しました。「機械音痴」という言葉があるように、ものの使い方がイメージしにくい人は、この「身体・実用的スキル」が発揮しにくいのかもしれませんね。幼少期からものに興味関心を抱き、それらをいじくりいたずらする経験が関連しているのかもしれないとも感じました。

  2. 「服を着る、掃除をする、自らを清潔に保つ、食事の準備をする、書いたものを通じてコミュニケーションを行う、何らかのテクノロジーを使うといった多くの日常的な動作は、いずれも実用的スキルを必要とします」とありました。このような動作をしていることを思い浮かべると、まさに日々の生活ですね。こういったことを自ら行うという姿勢が重要になってくるということなのでしょうか。こういうことをやりたいと思った気持ちを大切にする保育を私たちは心がけていますが、そうすることで、子どもの意欲はさらに伸びていくと信じています。そのような姿勢が実用的なスキルにもつながっていくという解釈ができるとするならば、まさに主体的に生きるということがどれほど重要かということを改めて考えさせられます。

  3. 認知能力と非認知能力とは切っても切り離せないものですね。美術や音楽に代表される芸術について知れば知る程、算数・数学的認知機能が十全でなければ大成し得ないことを画家や音楽家たちの作品への取り組みからわかります。「芸術分野において身体的な能力を獲得するためには、相当な認知やメタ認知のプロセスが生じる必要がある。」ということですね。アートが本当にアートになるには、他人を感動に向かわせしめるには、やはり数学的感性がときすまされていないといけないでしょう。数学と感性の一体化。あるいは、技術や工学と感性の統合。認知も非認知も一緒、と言ってしまえば大いなる矛盾なのですが、そうとしか言えない現実があることもまた事実ですね。

  4. 身体的・実用的スキルの説明で「物理的な道具や一定の手順、機能などを使いこなす」とあります。この「使いこなす」というところが重要なところのように思います。「使う」のだけではなく、「使いこなす」これには理解や利用方法などの意味も理解していなければ使いこなすことはできません。そして、使いこなすためにはそこに興味や関心がなければ、使いこなそうと思う前にあきらめてしまいます。よく大人でもワードやエクセルは文書をつくるけれども最低限でしか使わないという人と、調べてでも便利な機能を使おうと考える人がいます。その差には「こんなことはできそう」という見通しと「やってみよう」とする意欲であったり、興味がなければできないことだと思います。そう思えるという事すら「スキル」といえるのかもしれません。確かに考えてみると、目的の無いものに目的を見つけるためにはこういった「できるかも」と思える心情を持つこと自体が重要なことになってくるのでしょうね。

  5. なるほど実用的であることの、その実用的なことそれ自体が時代によって変化することを知ります。やりとりのほとんどが手紙よりもメールになり、メールよりもまた異なる媒体になり、それらに対応できるスキルが磨かれる必要があるわけで、それが教育の中で身につく、という未来教育図なのだということがわかるかのようです。

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