コンストラクトの整理3

「AARサイクル」についてのコンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述によると、「AARサイクルのうち『見通し』の局面において鍵となるのは、目の前で起こっていることに対して反応するだけでなく、将来の出来事を予測する力である。そのためには能動的に将来を予見していくことが必要になるし、将来必要になることを前提にして、意欲的に行動していくことが求められる。『見通し』の局面においては、他者視点の獲得も決定的に重要である。というのも、これによって、自分の考えや思いから一歩引いて,他者の考えを考慮することができるからである。また、『見通し』の局面では、自他の意見や推測に対する評価が行われるし、『振り返り』の局面では、それぞれがとった行動を精査して、その帰結がウェルビーイングの実現につながるものだったのかを考えることになるが、こうした場面では批判的思考力が必要になる。また、『行動』の局面においては、省察的思考力があれば、自らの考えと行動を調整したり、改善したりすることが可能になってくる。」とあります。代表的なコンストラクトとしては、「能動性」「他者視点の獲得」「批判的思考力」「省察的思考力」が挙げられています。

既に述べたとおり、これらのコンストラクトは、必ずしも一つのドメインのみに整理されるものではありませんが、コンストラクトを考える際には、他にもいくつかの留意すべき点があると言います。

第一に、これらのコンストラクトについての理解は、文脈に依存する場合があることです。例えば、「レジリエンス」の重要性はしばしば指摘されますが、例えば、プラック企業など劣悪な条件で勤務し続ける場合など、状況に応じて判断することも必要であり、必ずしもレジリエンスが強ければ強いほど良いということではないはずだというのです。あるいは、リーダーシップについても、集団の一人一人がリーダーシップを発揮することは、かえって混乱を招く可能性もあり、むしろ、状況に応じてフォロワーシップを発揮することが重要になってくる場合もあるだろうというのです。社会・情動的スキルに関するOECDの報告書においても、「特定のスキルをより多く有することが必ずしも全ての社会経済的な結果の改善につながるわけではありません。なぜなら個人のふるまいや行動の結果は、特定の社会・情動的スキルだけではなく、直面する環境において、そうしたスキルを発揮する(あるいは発揮しない)能力によるからである」と述べられています。文脈によって、あまり発揮しすぎることが望ましくない場合もあるだろうというのです。

第二に、これらのコンストラクトの発達は、年齢によって異なるということです。そのため、教育という視点からは、例えば、幼児期に伸びるスキル、思春期に伸びるスキルなど発達段階を適切に考慮することも必要です。例えば、言語的スキルやニューメラシ―、社会的スキル、統制の所在、運動能力などは、幼児期における発達が重要ですが、より様々な知識やスキル、態度及び価値観は、学齢期から思春期において顕著になるといいます。それぞれのコンストラクトが重要であるとしても、発達段階に応じた育成を考えていくことが必要になると白井氏は言うのです。

第三に、これらのコンストラクトが、同じものだと理解されているとしても、その場面設定によって意味合いが異なってくるということです。例えば、自己効力感といっても、 PISAでは数学的リテラシーに関する自己効力感を測っていますし、政治面における効力感に関する調査もあります。当然、同じ効力感という言葉を使っていても、これらのテーマや対象範囲は異なったものであるのです。

コンストラクトの整理3” への5件のコメント

  1. 見通し・振り返り・行動というAARサイクルは、個人や社会のウェルビーイングには非常に大切な要素となっているわけで、社会の中であればそのようなサイクルを意図的にしていることがあっても、個人ではなかなか行動に移さない印象があります。そういった行動特性は、やはり幼い頃の習慣・遊びの中にあるような気がしています。積み木を積み上げる過程を見通し、実際に行動してみて、うまく積み上がらない経験を振り返る瞬間があるはずです。それをどのようにすれば積み上げられるかなと再び見通しを持つ。それは、誰かの助言や説明を受ける前の段階からの行動様式であって、子ども自らで習得していく過程であるということ、また、大人はそれを子ども自ら獲得していけるようその環境を妨げないことが必要だと感じています。そして、「『見通し』の局面においては、他者視点の獲得も決定的に重要」「『振り返り』の局面では、…批判的思考力が必要」「『行動』の局面においては、省察的思考力があれば、自らの考えと行動を調整したり、改善したりすることが可能になってくる」ということで、このような行動特性を取るための指標があるのはいいですね。

  2. 他者の視点に立つということがあらゆる分野において重要であるということを知ると、やはり乳幼児期のかの子ども同士の関わりの大切さを改めて感じます。また、子どもたちに見通しを持って生活してもらうためにもこの保育がいかに効果的であるかということを感じます。大人の指示通りに動いていては見通しを持つ機会が失われてしまいますね。先日のことですが、次の日は映画を見にいくからお休み予定の男の子がいました。しかし、前日の帰りの会で次の日のメニューがハロウィンメニューであることを知った彼は「(メニューの内容が)なんか気になる」と言って、明日はお休みをやめて園に来ると言っていました。次の日、本当に当園していて、お昼を食べたら映画を見るために帰っていました笑。帰り会がまさに見通しを持つきっかけにもなっていたことも大切なことかもしれませんね。また「例えば、プラック企業など劣悪な条件で勤務し続ける場合など、状況に応じて判断することも必要であり、必ずしもレジリエンスが強ければ強いほど良いということではないはずだというのです」とありました。これは日本における根性論とは非なるものですね。

  3. あまりにも綺麗に分類されていると、本当かな、と思ってしまいますが、コンストラクトに関してて挙げられた3つの点は、まさに、そうだろうな、と共感できますね。コンテクストによるし、発達段階に応じるし、そして「場面設定によって意味合いが異なってくる」だろうことはすごくうなずけますね。何でもそうなのでしょうが、過ぎたるは猶及ばざるが如し、ですね。なければどうしようもありませんが、あってもほどほどに、というところでしょうか。37のコンストラクトを意識したドメインを考えることは、有用性がありますね。普段、そうした考える練習をしていないので、では実際どうなのか、ということになるとなかなか簡単ではありませんが、「能動性」「他者視点の獲得」「批判的思考力」「省察的思考力」が「行動」局面におけるコンストラクトということを意識するだけで、どう行動すればよいかがわかってきますね。(381)

  4. 「特定のスキルをより多く有することが必ずしも、すべての社会経済的な結果の改善につながるわけではない」というのは、確かにその通りですね。つい保育をする身としてはすべてのスキルを持つことを優先してしまいますが、時と場合によってそれらを使い分けることが必要であり、そのための「見通し」「振り返り」や「行動」といった行動の調整が重要になってくるのですね。自己と他者、それらが協力し、共有することで社会が出来上がるという事を考えると「他者の立場に立つ」ということやそこで適した行動をとるということが求められます。前提として、人はひとりで生きるのではなく、共生していくということが前提になければいけないのでしょう。つまりはバランスよく使い分けるということが重要になってきますね。

  5. レジリエンスやリーダーシップの見解をとても面白く感じました。教育が育むべき力ながら、それが時と場合によっては社会を構成する上で、または、ウェルビーイングのような、その人の良き人生を考える上で、有利に働かない場面もあるということです。それを分別できるための、知恵というか、賢さ、というものも同時に育む必要があるのでしょう。

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