コンストラクトの整理3

「AARサイクル」についてのコンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述によると、「AARサイクルのうち『見通し』の局面において鍵となるのは、目の前で起こっていることに対して反応するだけでなく、将来の出来事を予測する力である。そのためには能動的に将来を予見していくことが必要になるし、将来必要になることを前提にして、意欲的に行動していくことが求められる。『見通し』の局面においては、他者視点の獲得も決定的に重要である。というのも、これによって、自分の考えや思いから一歩引いて,他者の考えを考慮することができるからである。また、『見通し』の局面では、自他の意見や推測に対する評価が行われるし、『振り返り』の局面では、それぞれがとった行動を精査して、その帰結がウェルビーイングの実現につながるものだったのかを考えることになるが、こうした場面では批判的思考力が必要になる。また、『行動』の局面においては、省察的思考力があれば、自らの考えと行動を調整したり、改善したりすることが可能になってくる。」とあります。代表的なコンストラクトとしては、「能動性」「他者視点の獲得」「批判的思考力」「省察的思考力」が挙げられています。

既に述べたとおり、これらのコンストラクトは、必ずしも一つのドメインのみに整理されるものではありませんが、コンストラクトを考える際には、他にもいくつかの留意すべき点があると言います。

第一に、これらのコンストラクトについての理解は、文脈に依存する場合があることです。例えば、「レジリエンス」の重要性はしばしば指摘されますが、例えば、プラック企業など劣悪な条件で勤務し続ける場合など、状況に応じて判断することも必要であり、必ずしもレジリエンスが強ければ強いほど良いということではないはずだというのです。あるいは、リーダーシップについても、集団の一人一人がリーダーシップを発揮することは、かえって混乱を招く可能性もあり、むしろ、状況に応じてフォロワーシップを発揮することが重要になってくる場合もあるだろうというのです。社会・情動的スキルに関するOECDの報告書においても、「特定のスキルをより多く有することが必ずしも全ての社会経済的な結果の改善につながるわけではありません。なぜなら個人のふるまいや行動の結果は、特定の社会・情動的スキルだけではなく、直面する環境において、そうしたスキルを発揮する(あるいは発揮しない)能力によるからである」と述べられています。文脈によって、あまり発揮しすぎることが望ましくない場合もあるだろうというのです。

第二に、これらのコンストラクトの発達は、年齢によって異なるということです。そのため、教育という視点からは、例えば、幼児期に伸びるスキル、思春期に伸びるスキルなど発達段階を適切に考慮することも必要です。例えば、言語的スキルやニューメラシ―、社会的スキル、統制の所在、運動能力などは、幼児期における発達が重要ですが、より様々な知識やスキル、態度及び価値観は、学齢期から思春期において顕著になるといいます。それぞれのコンストラクトが重要であるとしても、発達段階に応じた育成を考えていくことが必要になると白井氏は言うのです。

第三に、これらのコンストラクトが、同じものだと理解されているとしても、その場面設定によって意味合いが異なってくるということです。例えば、自己効力感といっても、 PISAでは数学的リテラシーに関する自己効力感を測っていますし、政治面における効力感に関する調査もあります。当然、同じ効力感という言葉を使っていても、これらのテーマや対象範囲は異なったものであるのです。

コンストラクトの整理2

次に「新たな価値を創造する力」についてコンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述では、「新たな価値を塑像するためには、生徒は新しいアイデンティティや視点、経験に対する目的意識や好奇心、開かれた考え方をもつ必要がある。新たな価値を創造していくためには、問題解決のために様々なアプローチを見つけようとする批判的思考力や創造性が必要であるし、複雑な問題に対する解決策を見つけ出すために他者と協働することが求められる。また、そうした解決策がうまくいくかどうかを判断するために、新しいアイディアに機敏に挑戦してみることや、そうした新しいアイディアに伴って生じるリスクを管理していくことが求められる。さらに、新しい考え方や発見に基づいてアプローチを変えていくことができる適応力も必要になる。」とあります。代表的なコンストラクトとして、「目的意識」「好奇心」「開かれた考え方」「批判的思考力」「創造力」「機敏性」「協働性」「リスク管理」「適応力」とあります。

「対立やジレンマに対処する力」について、コンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述によると、「対立やジレンマに対処していくためには、まず認知的柔軟性や他者視点の獲得といったスキルを身につける必要なある。これによって、物事を違う視点から見たり、異なる見方がどうして対立やジレンマにつながったのかを理解することができるからである。また、自分たちとは異なる見方をする他者に対して、共感性や敬意を示すことも必要であるし、一見相反する問題を解決するために、新しい解決策や、それまでとは異なる解決策を考え出すために創造性、問題解決能力もひつようになる。そうした場合には、紛争解決力が特に重要になる。対立やジレンマに対処するためには、複雑で、ときには困難な意思決定をする場合も生じ得る。それゆえ、レジリエンスであるとか、複雑さや曖昧さに対する寛容さ、他者に対する責任感などを培っていくことも必要である。」とあります。代表的なコンストラクトは、「認知的柔軟性」「他者視点の獲得」「共感性」「敬意」「創造性」「問題解決能力」「紛争解決能力」「レジリエンス」「寛容さ」「責任感」とあります。

「責任ある行動をとる力」について、コンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述では、「責任ある行動をとっていくためには、強力な道徳的指針、統制の所在、誠実さが必要である。それによって、自らの行動の結果が他者のより広い利益につながるかどうかの判断をすることができるのである。思いやりや他者への敬意も重要な要素である。批判的思考力は自他の行動を振り返るものとして活用することができる、責任ある行動をとるためには、自己意識、自己調整や省察的思考力を身につけることが極めて重要になる。また、責任をとる前に信頼を築くことも重要である。仲間や教師、親から信頼されている生徒は、より自らの行動に対して責任を取ることができるだろう。」とあります。代表的なコンストラクトして、「統制の所在」「誠実さ」「思いやり」「敬意」「批判的思考力」「自己意識」「自己調整、省察的思考力」「信頼」とあります。

コンストラクトの整理

コンストラクトの整理については、 Education2030プロジェクトにおける議論においても、当初は、各ドメインごとにコンストラクトを整理することも考えられていたそうです。すなわち、知識、スキル(認知的スキル、社会・情動的スキル、身体・実用的スキル)、態度及び価値観という3つのドメインに沿って、各コンストラクトが、どのドメインに属するのかについて分類することも検討されたそうなのです。

たしかに、例えば、批判的思考力や間題解決能力といったものであれば、認知的スキルに含まれるものと考えられるなど、コンストラクトの分類が概ね確定していると言えるケースもあると言います。しかしながら、例えば、共感性になると、その定義とか分類方法の違いによって、どのドメインに整理されるか異なってくる場合があると言います。

共感性になると、その定義とか分類方法の違いによって、どのドメインに整理されるか異なってくる場合があります。一例として、欧州評議会の定義によると、「共感性」とは、他者の認識や考え、信念などを理解・想像するという点では認知的スキルですが、一方では、他者の気持ちや感情、ニーズなどを理解・想像するという情動的スキルでもありますし、さらには、他者の状況についての認知的・情動的な理解に基づく同情や懸念なども含むものとされているそうです。」さらに、研究者による文献では、「共感性」を態度の一つとして提えている場合もあるなど、その整理についての考え方も非常に多様です。

この例のように、各コンストラクトが、必ずしも特定のドメインのみに帰属するものではなく、多面的性格をもつものがあることから、それぞれを、特定のドメインのみに属するものとして整理することが必ずしも適当でないという結論に至り、先述の表のように列挙して提示されることとなったのだそうです。

さて、上記のコンストラクトの検討において、その基準の一つとされたのが、2030年の未来との関連性(relevance for 2030 )であり、具体的には、それぞれのコンストラクトがエージェンシーや変革をもたらすコンピテンシーの育成にどのようにつながるのか、といったことが検討のポイントとなります。エージェンシーにしても、変革をもたらすコンピテンシーにしても、具体的なコンストラクトとしては様々なものを含み得ますが、ここでは、これらの概念に関するコンストラクトの代表例を白井氏は紹介しています。なお、ここで挙げているのは、あくまでも代表例であり、それぞれのコンピテンシーの包括的なリストとして示すものではないと断っています。

まず、「エージェンシー」のコンストラクトに関するコンセプト・ノートの記述ではこう書かれています。「生徒のエージェンシーは、アイデンティティや帰属意識の発達に関わるものである。エージェンシーを発達させるに際して、生徒がウェルビーイングを目指して行動していくうえでは、モティベーションや希望、自己効力感や成長志向の考え方が重要になる。これによって、社会で活躍していくための指針となる目的意識をもって行動することができるようになるのである。」代表的なコンストラクトとして、「アイデンティティ」「帰属意識」「モティベーション」「希望」「自己効力感」「成長志向の考え方」です。

コンストラクトのリスト

知識、スキル、態度及び価値観という3つのドメインに含まれる具体的なコンストラクトの基準として、OECD事務局から6つの提案が示されています。

1,定義(definition):明確で、一般に使われていて、理解されている定義があるか。

2,2030年という未来との関連性(relevance for 2030):2030年の未来のウェルビーイングを作り上げるために、人々を支援するものになっているか。

3,影響力(impactfulness):学業面での成果や社会的な成功など、生徒の将来の結果に影響があるか。

4,相互関連性(interrelatedness):当該コンストラクトの発達が、他のコンストラクトとどのように関連しているか。

5,教育可能性(malleability):教育を通して発達していく可能性はあるか(本人が生まれもった、変わらない性質であるということはないか)。

6,測定可能性(measurability):比較可能な数量的な指標などの方法によって、測定できるか。

この基準に従って、各国の行政官や各分野の専門家による議論を通じて選ばれたのが、37項目で示されたコンストラクトのリストです。なお、ここで示されているコンストラクトについては、あくまでもEducation2030プロジェクトとして、 6つの基準に従って判断したものであり、これらをもって包括的なものとするものではなく、ここに掲載されていないコンストラクトの重要性を否定するものでもないことには留意しておきたいと白井氏は言っています。

では、どのようなものがコンストラクトとして挙げられているのでしょうか?

1.適応力、2.協働性、3.認知的柔軟性、4.思いやり、5.紛争解決、6.創造性、7.批判的思考力、8.好奇心、9.共感性、10.平等・公平、11.グローバルな考え方、12.目標指向(e.g.粘り強さ)、13.感謝、14.成長志向の考え方、15.希望、16.アイデンティティ、17.誠実さ、18.正義、19.手先の器用さ、20.メタ学習スキル(学習方略スキルを含む)、21.マインドフルネス、22.モティベーション、23.開かれた考え方、24.他者視点の獲得、25.積極性、26.問題解決能力、27.目的、28.省察的思考、29.レジリエンス、30.自他(文化的多様性や環境を含む)への敬意、31.責任。32.自己意識、33.自己意識、34.自己効力感、35.自己調整・自己管理、36.あいまいさの許容、37.信頼、となっています。

このコンストラクトのリストは、アルファベット順に掲載されているため、様々な種類のコンストラクトが整理なしに掲載されているように見えるかもしれないと白井氏は言います。実際、一般に認知的スキルとして位置づけられる「批判的思考力」や「間題解決能力」と、社会的スキルとして考えられる「協働性」、情動的スキルとして考えられる「自己意識」や「自己調整・自己管理」「モティベーション」、態度として考えられる「敬意」や「共感性」、「開かれた考え方」、「信頼」、価値観として考えられる「平等・公平」や「正義」、「責任」など、様々なコンストラクトが混在しながら掲載されています。

AIに変わる

高い技能を要しない製造業や、セールス、サーピスなどに関する仕事は、今後オートメーション化される可能性が高いのです。一方で対人的な関係性が必要になる他者への支援、介護などに関する職業については、仕事内容としては比較的シンプルであるにもかかわらず、オートメーション化される可能性は低いといいます。すなわち、今後も必要とされ続けるためには、知識だけでなく、スキルや態度及び価値観を獲得しなければならないし、生涯を通じて新しいコンピテンシーを獲得していくような柔軟さや積極的な態度が必要になってくるだろうと白井氏は言うのです。

AIに代表される近年の技術発展のもうーつの影響として、私たちに様々なこうした倫理的な課題を投げかけてきているということがあります。コンセプト・ノートでも挙げられている例として「完全自動化された自動車は、人間が運転する自動車よりも安全で効率的なのか。事故が起きた場合の責任は誰が負うのか」、「3Dプリンターは従来の製造工程を短縮し、より低廉で素早く商品を届けるようになるか。もし3Dプリンターが、家庭での銃器製造や、一人一人に個別化した薬の製造に使われるようになったら、一体どのようなことになるか」「ソーシャル・メディアや商店のディスカウント・カードの利用、ネット・ショッピングなどをする際に、私たちがどれだけの量の情報を企業などに渡しているかということについて、どれくらい考えているか」、といった問題があります。こうした問題は、技術の進歩に伴って新しく生じてきたのですが、その解を、見出していくためには、一定の倫理的な判断が必要になってきます。AI技術の発達により、AIは様々なタスクについて人間を代替することが可能になってきていますが、こうした倫理的な判断をAIには期待することはできません。少なくとも現在のAIには、自らの判断が、倫理や道徳に照らしてどうなのかを判断することはできませんし、また、こうした部分は人間が行わなければならないことでもあります。

これからAIがますます発達し、普及していくにつれて、倫理はより重要になってきます。例えば、AIの使用が適切であるかどうかを評価したり、法的に正しいのかを考えたり、あるいはAIの利用が人間の安全を脅かすとか、倫理上の問題があると考えられるようなケースについて判断したり、AIがもたらす潜在的な危険性について声を上げていくといったことが求められるだろうと白井氏は言うのです。こうした倫理的な判断を行っていくためにも、態度及び価値観は今後より一層重要になると考えられるのです。

以上のように、知識、スキル、態度及び価値観という3つのドメインを見てきましたが、それぞれのドメインを構成する要素が図にあるようにコンストラクトです。例えば、批判的思考力は認知的スキルの重要な構成要素ですし、平等や公平といった概念は価値観の重要な構成要素であると言えます。こうした、それぞれのドメインに含まれる具体的なコンストラクトとしてどのようなものが考えられるかについては、プロジェクト第一期の前半から議論が行われてきたそうですが、その際の基準としては、OECD事務局からの提案に基づいて6つが示されています。

知・徳・体

韓国においても、伝統的に日本と同様に「知・徳・体」が重視されてきましたが、 2015年に改訂されたカリキュラムにおいても、各教科において育成を目指すコンピテンシーに加えて、コミュニケーションや芸術的感性などを含む一般的コンピテンシーが設定されています。また、とりわけ近年では、「徳」と「体」の重要性を強調して、全人的な発達に力を入れようとしています。「徳」については、 2015年に採択された人格教育振興法において、他者と上手にコミュニケーションがとれて、強さ、美徳、知性のバランスがとれた知的な学習者の育成を目指すこととされているそうです。「体」についても、学校でのスポーツや運動を強化することで、心身のバランスのとれた成長を促そうとしているのです。

「知・徳・体」を重視するのは、決してアジアだけに見られるものでもありません。コンセプト・ノートにおいては、ドイツにおける“Bildung”という概念が紹介されています。この言葉は、日本語では一般に「教養」や「陶冶」と訳されています。Bildungについては、「ドイツにおけるBildung概念は、古代ギリシャの伝統に由来するものであるが、知識と個人的な成長を組み合わせるために構築されたものである。Bildungの概念は、学校教育の目的に変化していったが、それもエリートのためだけでなく、全ての生徒を対象にしたものであり、1960年代以降、北欧諸国において復活している」と言っていますが、Bildungの特徴は、知識やスキルの獲得は、その前提条件に過ぎず、それ以上の価値が含まれているということにあります。すなわち、Bildungは、それぞれの文化において熟成されてきた価値観を含むものであり、知識やスキルを身につけるだけでは、Bildungを獲得したとは言えないという意味では、コンピテンシーの統合的な理解に通じるものであると言えます。

このように、東洋と西洋のいずれにおいても、知識、スキル、態度及び価値観に相当する要素を見出すことができるのであるす。これらの要素相互の関係性については、白井氏が既に述べてきたとおり、コンピテンシーを発揮していくうえで不可欠ですが、さらに、今後ますます重要になってくると考えられると言います。なぜならば、これからの社会は、学校や職場、コミュニティを含めて、倫理や文化、言語など様々な面でより多様化が進むと考えられますが、そうした社会に参画し、そこで活躍していくためには、もちろん、異文化に関する知識や外国の言語などの認知的スキルももちろん大切ですが、さらに、相手の視点に立って考えたり、共感したりするといった社会・情動的スキルや態度及び価値観が、これまで以上に重要になってくると考えられるのです。

AIが発達し、より広く普及していく時代においては。態度及び価値観の重要性がこれまで以上にクローズアップされることになります。すなわら、態度や価値観に関する側面は、今のAIでは十分対応ができない人間固有の知性であり、その分、人間が力を発揮していかなければならない領域ということになると言います。

最初に触れたフレイらの分析にあるように、AIによって代替される可能性が低い職種の特徴が、他者との関係性が求められるということです。具体的には、説得や交渉など、複雑な関係性を読み解いたうえで、柔軟に対応していくことが求められる職であるというのです。こうしたしごとをしていくためには、単に知識やスキルがあるだけでなく態度及び価観を必要とします。

切り離せない知識やスキル

様々な場面や文脈において、倫理的な判断を伴うのであり、そうした判断をする際の「指針」が必要になります。例えば、前述のデザイン思考を働かせていくうえでも、態度及び価値観は重要になってきます。デザイン思考のアプローチで問題を考えていくためには、例えば、その解決策が実際にうまくいくのか、ユーザーは何を必要としているか、今考えている解決策が社会的・文化的に適切なものと言えるか、解決策が審美的な観点から訴求力があるものなのか、といった様々な観点から考慮することが求められます。そのためには、ユーザーの視点で考えたり、相手の立場に立って考えるという態度が必要となりますし、社会的・文化的なコンテクストに沿った倫理的な判断が求められる場合もあると考えられます。

以上のように、コンピテンシーを発揮していくうえで、知識やスキルと態度及び価値観とは切り離せないのです。なお、こうした倫理的な判断については特にAIの普及との関係でより重要になってきますが、この点については後で白井氏は説明しています。

いわゆる「21世紀型スキル」においては、伝統的に重視されてきた知識や認知的スキルに加えて、社会・情動的スキルや態度及び価値観の重要性が改めて強調されています。しかしながら、歴史を振り返れば、知識とスキル、態度及び価値観を組み合わせようとする考え方は、決して新しいことではなく、様々な時代や文化においても、そのように考えられています。

日本人にとって最も身近なのが、「知・徳・体」という言葉であり、「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」とも表現されています。文部科学省が作成している学習指導要領の解説によると、「こうした力は、学校教育が長年その育成を目指してきた『生きる力』そのものであり、加速度的に変化する社会にあって『生きる力』の意義を改めて捉え直し、しっかりと発揮できるようにしていくことが重要となる。このため、本項において『生きる力』の育成を掲げ、各学校の創意工夫を生かした特色ある教育活動を通して、児童に確かな学力、豊かな心、健やかな体を育むことを目指すことを示している。なお、本項では(1)から(3)までにわたって、それぞれが確かな学力、豊かな心、健やかな体に対応する中心的な事項を示す項目となっているが、これらは学校教育を通じて、相互に関連し合いながら一体的に実現されるものであることに留意が必要である」としており、「生きる力」の具体的な内実が「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」であり、また、これらが「相互に関連し合いながら一体的に実現される」としています。

「知・徳・体」の一体的育成のような考え方は、「コンピテンシーの育成に向けた包括的なアプローチ」とも重なることになりますが、「徳、智(知)、体」を中核とする「三位一体」型モデルは、日本だけでなく中国や韓国においても共有されています。中国においては、「五育」として、「徳・智・体・群・美」という概念があるそうですが、中国の伝統文化によれば、「徳」が個人の最も重要な美徳と考えられており、それに「智(知識、知性)」と「体(身体的健康、体躯)」が続くものとされているといいます。こうした個々人に関することに加えて、「群(社会・集団における相互作用のスキル)」は集団の一員であることの重要性を示すものであり、また、「美(美学)」は、生徒が美術や音楽をはじめ、様々な文化の鑑賞を奨励するものです。

なぜ重要か

コンピテンシーの概念については、それが単に知識やスキルを獲得するということを超えて、複雑な需要を満たすために知識、スキル、態度及び価値観を統合的に動員していくことです。しかしながら、このことが強調されているということは、裏を返せば、今なお、教育の主目的が知識やスキルの獲得に置かれていて、態度や価値観が二の次とされてきたということでもあろうと白井氏は言います。ここでは、いったん立ち止まって、知識やスキルとの関係で、態度及び価値観がなぜ重要なのかを考えてみようと彼は提案しています。その理由としては、次に述べる2点を指摘しています。

第一に、態度及び価値観を獲得することが、知識やスキルの獲得に影響を与えることです。例えば、学習に対するモティベーションがなければ、知識やスキルの獲得が進まないことは明らかです。また、多様な考え方に対する開かれた考え方を身につけていたり、あるいは自己意識や自己コントロールなどを身につけていれば、その後の知識やスキルの獲得がより順調に進んでいくと考えられます。知識やスキルを効率的に身につけていくためには、これらの態度を早い段階で身につけることが重要となります。

また、態度の獲得は、知識やスキルの「転移」に対しても影響を与えると考えられます。例えば、プラジルのストリート・チルドレンを対象とした研究があります。ストリート・チルドレンたちの多くは、路上で商品を売っている際には基礎的な計算ができているのですが、学校において行われるような数学の間題となるとできなくなるといいます。とりわけ、数学の問題において文脈が与えられていない抽象的な間題の場合には、正答率が極端に低下するといいます。こうした結果からは、同じ計算というスキルにかかわることであるのにもかかわらず、それが用いられる文脈についての認識が異なることで、スキルがうまく発揮されないということになるのです。すなわち、スキルを発揮するための文脈や状況に関する認識の在り方が、耘移に大きな影響を与えるのではないかということが示唆されています。また、態度やふるまい、方略などが、どのような影響をもたらしているかについての文献調査によると、生徒が自分自身の能力についての認識や、将来の成功への期待、活動にどの程度の価値を見出しているかといったことが、モティべーンヨンや粘り強さなどに影響を与え、特に低学力層において学力の向上につながるといいます。

第二に、態度及び価値観は、コンピテンシーを発揮していく際の「指導原理」として機能します。このことは、とりわけAI技術が発達していく中で、特に人間に期待される力でもあるとされています。例えば、批判的思考力を発揮するということは、複数の選択肢について妥当性を評価したり、その中から最適と考えられる選択をするといった認知的プロセスですが、そうした判断は、何らかの基準にしたがって行われることになります。すなわち、様々な場面や文脈において、「何が正しいのか、正しくないのか」、「何が良いことなのか、悪いことなのか」といった倫理的な判断を伴うのであり、そうした判断をする際の「指針」が必要になるのです。

態度とは

ラーニング・コンパスにおいては、態度及び価値観を、「個人や社会、環境に関するウェルビーイングの実現に向けて行う、個人の選択や判断ふるまいや行動に影響を与える主義や信条である」と位置づけています。コンセプト・ノートにおいて示されている定義によると、「価値観」とは、「公私を問わず、人生のあらゆる場面において、意思決定を行うに際して人々が重要だと考えることを下支えする指導原理」のことであり、「一定の判断を行うに際して、何を優先するかとか、改善のためにどうしたらよいのかといったことを決定するもの」です。また、「態度」とは、「価値観や信条によって下支えさえ得るものであり、その人がどのようにふるまうかに影響を与えるもの」であり、「特定の物事や人物に対して積極的または消極的に反応する性向を表すものであり、態度は特定のコンテクストや状況によって変わってくるもの」とされています。

「態度及び価値観」については、似たような意味を表すものとして、各国や国際機関、シンクタンク等が示している学習枠組みであるとか、研究者による研究上での使用に際して様々な用語が用いられています。例えば、affective outcomes(情意的帰結)、aptitude(適性)、attributes(属性)、beliefs(信念)、dispositions(性向)、ethics(倫理)、morality(道徳性)、mindset(考え方)、social and emotional skills(社会・情動的スキル)、soft skills(ソフトスキル)、virtues(美徳)またはcharacter qualities(キャラクターの質)といったものです。ラーニング・コンパスでは「態度及び価値観」という言葉を採用していますが、そもそものプロジェクトの目的が、他の提案を排除して概念や用語の統一を図ることではなく、様々なコンピテンシーの枠組みに対して共通言語と共通理解という大枠を提供するということであるので、これらの表現を必ずしも排除するものでないことには留意することが必要であろうと白井氏は言うのです。

また、価値観についてはそれが問題になる場面や文脈によって捉え方も変わってくるだろうと言います。コンセプト・ノートでは、以下の4つに分類しています。

・個人としての価値観:一人一人が、どのような人間なのか、また、充実した人生を切り拓き、目標を達成していくために、どのようなことを期待するのか、といったことに関するもの。

・対人関係における価値観:人間関係の在り方に影響を与える原則や信条であり、他者に対してどのようにふるまうかとか、対立が生じる場合も含めて、他者との関係にどう対処するのかといったことに関するもの。それぞれの文化を反映するものでもあります。

・社会としての価値観:その文化や社会における優先事項や共通する原理・原則、社会の秩序や組織における生活を形作るような指針を規定するもの。こうした価値観社会や組織における構造や文書、民主的な実践において大切なものとされていたり、あるいは世論において認められているような場合に残り続けるものです。

・人間としての価値観:対人関係における価値観と重なる部分が多い。国連人権宣言やSDGsなどの国際的に合意された文書に示されることが多い。

価値観とは

アジア以外の国においても、例えばバルト三国の一つで、近年、 PISAの結果を伸ばしていることで注目されるエストニアにおいても価値観は重視されており、正直さや思いやり、生命の尊重、正義、人間の尊厳、自他の尊重などの「一般的人間的価値観」と、自由、民主主義、母語や母文化の尊重、文化的多様性、寛容さなどの「社会的価値観」が、カリキュラム上の目標とすべき価値観として位置づけられているそうです。

これらの態度や価値観は、各国のカリキュラム上で取り上げられるだけでなく、国際機関等が策定する公的な文書においても重視されるようになってきているそうです。例えば、国連が定めている国連憲章や世界人権宣言、国連ミレニアム宣言などにおいては、「平等、自由、正義、尊厳、団結、寛容、平和と安全、持続可能な開発」といった価値観が盛り込まれていますし、欧州評議会が策定した「民主的文化のためのコンピテンシー枠組み」においては、「人間の尊厳や人権、文化的多様性、民主主義、正義、公平、平等、法の支配」などの価値観と、「文化的他者や他の信条に対する寛容さ、敬意、市民意識、責任感、自己効力感、曖昧さに対する寛容さ」といった態度が含まれています。

こうした各国のカリキュラムや国際機関が策定する憲章や宣言など各種の公的な文書においては、表現こそ違うとしても、概ね共通して重視されている価値観が見えてくるようです。すなわち、コンセプト・ノートの表現によれば、「人間としての尊厳、敬意、平等、正義、責任感、グローパル意識、文化的多様性、自由、寛容、民主主義」といった価値観です。

これらの態度や価値観は、ウェルビーイングを実現していくうえで重要な役割を果たすことになると言います。例えは、敬意とは、単に他者に対するものに限らず、自分自身を大切に思うことでもあり、文化的多様性を重視したり、環境を守ることにもつながる広い概念ですが、他者の存在や考えを大事にすることは、緊密な人間関係を構築するうえでの前提となります。あるいは、平等や社会的公平にしても、所得の平等は、生徒のウェルビーイングや社会的な信頼、薬物乱用や自殺の減少、より長い寿命、より優れた学習成果などと関連性が見られるようです。

もっとも、様々な「21世紀型スキル」の提案において態度や価値観の側面が重視されていたとはいえ、Education20プロジェクトにおける議論において、当初から態度及び価値観が位置づけられることが決まっていたわけではないそうです。むしろ、当初の段階では、 OECDが策定しようとしていた学習枠組み(後ラーニング・コンパスと呼ばれるもの)の位置づけが定まっていなかったこともあり、一部の国からは、態度や価値観などの要素をコンピテンシーの枠組みに入れることに対する反対論や慎重論も出されていたそうです。その背景にあったのは、態度や価値観は、学校教育ではなく家庭教育の役割であるという認識でした。これに対して伝統的に「知・徳・体」の調和を重視してきた日本や韓国などからは、態度や価値観も教育の重要な要素であるとの意見が主張されたのです。また、折しもフランスにおいてテロが続発していたことなどもあり、仮に幅広い知識や高度なスキルを有しているとしても、それが社会に対して有害な形で行使されることに対する懸念の高まりもありました。また、そもそもラーニング・コンパス自体が、必ずしも学校教育のみを対象とした枠組みではなく家庭教育や生涯学習をも視野に入れた学習枠組みであるとの性格が示されたことから、態度及び価値観をコンピテンシーの要素の一つとすることで合意が得られたのだそうです。