各国の改革

PISAや、その理論的根拠であるキー・コンピテンシーが、各国のカリキュラム改革に対して大きな影響を与えています。例えば、ニュージーランドにおいては、 OECDが策定したキー・コンピテンシーを参考にしながら国民的な議論を行い、 2007年に新しいカリキュラムを策定しています。このカリキュラムでは、5つのキー・コンピテンシーとして、思考すること、言語やシンボル、テキストを用いること、自分を管理すること、他者とかかわり合うこと、参加し、貢献することが特定されています。また、教科に相当する8つの学習領域として、国語(英語) 、芸術、保健体育、数学・統計、理科、社会科学、技術、公用語を設定しており、また、価値観として、多様性、公平、環境的持続可能性、誠実さ、イノベーション、敬意などが例示されています。ニュージーランドのカリキュラムにおいては、価値観や学習領域との関係について、キー・コンピテンシーが「全人格の形成を教育するように、従来の基本教科を網羅した『主要な学習領域』の教育と『価値観』の教育を明確に結びつけている」のです。

また、オーストラリアにおいても、2010年に汎用的能力と呼ばれるコンピテンシーの育成を目指すカリキュラム改革が行われています。汎用的能力について、具体的には、「リテラシー」「ニューメラシー」「ICT能力」「批判的・創造的思考力」「個人的・社会的能力」「倫理的理解」「文化間理解」の7つが挙げられており、各教科を通じてこれらの汎用的能力を伸ばしていくものとされています。オーストラリアのカリキュラム策定機関であるACARA (オーストラリア・カリキュラム・評価・報告機構)が示している理科の説明を見てみると、例えば、 7つの汎用的能力のうち、「個人的・社会的能力」については、理科の学習を通じて、疑問をもったり、問題解決や探究、好奇心を示すといった能力が育成され、それによって、例えば健康や環境などの生活に影響があるような事柄について、科学的な知識を活用して、理解したうえでの選択ができるようになることが期待されています。また、同じく汎用的能力の一つである「文化間理解」という点では、理科の学習を通じて、科学の発展において、文化的に多様な視点をもっていることが大きく貢献してきたことや、国際的な重要課題に対応していくには、科学者にとっても文化的に多様なチームで協働したり、多様なコミュニティとかかわっていくことが重要であることを理解することなどが期待されているといいます。

シンガポールにおいても、コンピテンシーを重視したカリキュラム改革が行われており、新しい枠組みが示されています。シンガポール教育省の説明によると、外周にあるものとして、新しい21世紀型コンピテンシーがあり、具体的に、以下の3つが挙げられています。

・市民的リテラシー、国際感覚及び異文化に対応するスキル

・批判的・創造的思考力

・コミュニケーション、協働性及び情報に関するスキル

シンガポールでは、さらにその中にあるものとして、「社会・情動的コンピテンシー」として、自らの感情を認識してコントロールしたり、他者に対して気配りや心配をしたり、責任ある意思決定をしたり、良い関係性を構築したり、難しい状況に上手に対応していくといったスキルが挙げられています。

各国の改革” への6件のコメント

  1. 淡路島くらいしかない国土の中、水も十分に出ず、農業生産もできず、食料も供給できないという、大変不利な条件下のシンガポールが、国民の一人当たりの所得が日本の3倍にも相当する経済発展を遂げていることを知りました。そのような国が、これからどのような教育方針を示していくのかは、全世界が注目するところですね。シンガポールの新しい21世紀型コンピテンシーとして「市民的リテラシー、国際感覚及び異文化に対応するスキル」「批判的・創造的思考力、コミュニケーション」「協働性及び情報に関するスキル」があげられていました。オーストラリアでも「リテラシー」「ニューメラシー」「ICT能力」「批判的・創造的思考力」「個人的・社会的能力」「倫理的理解」「文化間理解」という、やはり似たものを感じますし、共通する「国際性」「社会性・コミュニケーション」「批判的・創造的思考」はこれからの必須スキルということになりそうですね。そして、世界が何を求めているのかということも明確になっていることを感じます。

  2. 「理科の学習を通じて、疑問をもったり、問題解決や探究、好奇心を示すといった能力が育成され、それによって、例えば健康や環境などの生活に影響があるような事柄について、科学的な知識を活用して、理解したうえでの選択ができるようになることが期待されています」とありました。まさにこれが科学的な取り組みの目指す方向のひとつでもあります。日本の科学のイメージはまだまだこのような具体的な力に多くの人が結び付けられていないように思います。発信していく側の問題でもあるのかもしれませんね。そして「科学者にとっても文化的に多様なチームで協働したり、多様なコミュニティとかかわっていくことが重要であることを理解することなどが期待されているといいます」ともあるように、決してひとりで黙々やるというものが科学ではありませんね。このあたりもイメージの問題はかなりあるのかもしれません。アイデアはひとりでは生まれませんし、研究もまた誰かの研究がつながって新たな発見がありますね。

  3. 今回のブログでは、ニュージーランド、オーストラリア、そしてシンガポールの「カリキュラム改革」においてキーとなる概念群が紹介されています。読んでいても、ピンときません。それもそのはずです。これら3か国とも英語を用いて表現しているからです。とりあえず、日本語訳語は与えられます。それで手いっぱい。何を言っているのか、はその分野の専門家の解説を待たなければ俄かには理解できない内容です。まぁ、そうしたことはともかく、紹介された3か国の教育改革はとても参考になると思うのですが、では、私たちの国日本の教育改革は?果たして、紹介された3か国の教育改革という同じ土俵で議論できる中身があるのでしょうか。残念ながら、私はよくわかりません。ところで、GTは、今度サミットにおいて鈴木寛先生をお招きしてお話を伺うようです。そこに、理解の糸口があるかもしれません。楽しみです。

  4. 読んでいると、教科に分かれている日本の学校教育の意味はなんだろう、という疑問が湧いてきます。〝汎用的能力と呼ばれるコンピテンシーの育成〟とあり、汎用的とあるので何にでも使えるものを分けてられている「教科」から伝えるのは難しいのではないかと思います。もっと原点回帰と言いますか、基礎の部分に戻って考えていくと、汎用的なものがいくつも見えてくる、そんな気がします。
    これからの時代に必要なコンピテンシーは今まで必要なかったわけではなくて、スポットライトを浴びないくらいに当たり前なことだったんだろうと予想がつきますので、昔のことから見直すあたりも面白そうなものだと思います。

  5. オーストラリアやシンガポールの内容を見ていて、決して日本の目指す教育観念においてもそれほど、遠い理念がないわけではないように思うのですが、なぜ、これほどまで海外に比べ改革が遅れているように感じるのだろうかと思います。日本における10の姿や3つの柱に関して言うと、キーコンピテンシーの内容とはかけ離れていたものではないのですが、その大きな要因は以前ドイツと日本のスポーツクラブと部活との比較の勝利至上主義のように形で見えるものにばかり目が行くような現状があるからなのかもしれません。キー・コンピテンシーのように目に見えず評価しずらいものに対しての価値というものに目が向いたとしても、それを体系的に行うにはもっと教育学や教育哲学のような原理原則を理解し、実践に結びつけることが重要なことでもあるように思います。あまりそこが論ぜられず形態ばかりに目が行きがちなところはもう少し考えることも大事でしょうね。社会全体的な教育への見方が変わる必要にどのようにアプローチが行われ、実践につながるのか、こういった大きな流れは現場と行政がしっかりと連携して行う重要性があるように思います。

  6. 国によって、国独自の意図が入りつつも、概ね同じような内容に思えてきます。もしかすると、その国に浸透している雰囲気から言葉が紡ぎ出されているかもわからず、日本は、日本の言葉で、日本人の為に、理念をもつ必要があるかもわかりませんが、日本の場合はそれをやると封鎖的な、閉鎖的な方向へ進みかねず、やはり各国の内容を理解した上で進んでいくことが大切だと改めて思えてきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です