メガ・トレンド

どのような未来が訪れるのかは、様々な要因によって変わってきますが、とりわけ、 AI等の技術の急激な発達により、フレイやオズボーンの試算によれば、アメリカの労働市場における職業の約47%がコンビュータ化のリスクにさらされていると言います。この主張の論文は、「10~20年程度のうちに自動化される可能性が高い(70%以上)仕事は、全体の47%)というもので、私もよく講演の時に使うものですが、実はここでいう10~20年程度のうちにという時期が、今回の新型コロナの影響で早まる可能性があると思っています。白井氏も、日本国内でも、例えば銀行や証券会社がローンの審査などの業務をAIに代替させ、その分の人員削減を行うなど、その影響が見え始めていると言います。金融業界を含め、伝統的に安定的と見なされてきた職種についても、急激な変化が生じる可能性があるというのです。

また、AIと並んで、ヨーロッパやアメリカにおける急速な移民の増加は、様々な政治的・社会的なリスクにつながっているとも言います。そもそも、移民をどの程度受け入れるのか.受け入れるとして社会的にどのように受け入れていくのかといった問題は、それぞれの社会にとって非常に大きな問題です。仮に、積極的に移民を受け入れたとしても、その受け入れ方次第では、社会的な格差や不平等が増し、治安の悪化やテロリズムなどの新たな問題を生み出す可能性もあるというのです。

AIの発達や移民の増加は、2000年代に入っての大きなトレンド(傾向)として考えられますが、他にも、例えば、地球温暖化による環境の変化や女性の社会進出による家族の形態の変化など、様々な変化が生じています。もちろん、未来を完全に予測することには限界はありますが、一方では、これまでのトレンド(傾向)を踏まえることで、「より正確と考えられる」予測につなげることはできるというのです。そこで、Education2030プロジェクトでは、コンピテンシーやカリキュラムについての議論の前提として、社会変化のトレンドのうち主要なものをメガ・トレンドとして、今後の社会変化についての将来予測を行うこととしたのだそうです。

様々な分野や領域のトレンドが考えられますが、ここでは、Education2030プロジェクトにおける議論において実際に用いられたデータを参考にして、( 1 )社会における変化、( 2 )経済面での変化、( 3 )個人における変化、という3つの観点に分けて、具体的にどのようなトレンドが観察されているのかを白井氏は紹介しています。なお、ここで対象としているのは国際的なメガ・トレンドですが、国や地域によって、それぞれのトレンドが大きな影響をもつ場合もあれば、そうでない場合もあることには改めて留意したいと言います。例えば、後述する失業率の悪化や肥満の増大は世界的なトレンドではありますが、日本の場合にはいすれも低い水準にあります。

まず、第一に、社会レベルでの変化についてです。具体的には、移民の増加、 地球環境の変化、政府に対する信頼の低下、テロやサイバー犯罪の増加などを挙げています。それらをひとつずつ検討していきます。

未来学

未来学とは、ウィキペディアによると、「歴史上の状況を踏まえて未来での物事がどう変わっていくかを詳細に調査・推論する学問分野である。」とあります。そして、この言葉は、ドイツ人教授であったオシップ・クルト・フレヒトライム氏の造語であり、1940年代中盤に確率論に基づく新たな学問を提唱したものだそうです。そして、未来学者とは、そのような未来を見通し、何らかの分析を試みようとする人々だそうで、未来研究を実際に行っている人々は自らをフューチャリスト(futurist)と呼んでいるとあります。しかし、欧米や韓国、シンガポールの大学、研究機関で専門的に教えられているのに比べ、日本ではそうした機会が少なく、根付いていないのが実情のようです。1997年6月13日付産経新聞朝刊には、「日本という国は、不思議なことに『未来学』が育たない。アメリカは、ワシントンの国際未来学会に二万五千人のメンバーがおり、年次総会に三千人が集まってくる。日本は、百数十人の会員で、年次総会も会員の参加者が微々たるものだ。」という記事が掲載されていましたが、今はどうでしょうか?

そんな未来学者によると、2030年は、より”VUCA”な時代となることが予測されると言います。VUCAとはvolatile、 uncertain、 complex、 ambiguousの頭文字をとった言葉であり、より「予測困難で不確実、複雑で曖味」な時代になるということを意味するものとして使われています。もともとは1990年代後半から、アメリカの軍事用語として用いられるようになった言葉ですが、その後、ビジネスや教育の世界も含めて幅広く使われるようになってきています。Education2030プロジェクトが始まった2015年に、 OECD事務局によって示されたプロジェクトの提案書においても、このプロジェクトの目的として、「2030年のより予測困難で不確実、複雑で曖味となる世界に向けて、生徒が準備していくためのコンピテンシーを、より良く理解するための枠組みを構築する」ことが明記されているそうです。なお、ここで言う”VUCA”とは、以下のような意味で用いられています。

・Volatile (変化のしやすさ):技術の発展など、我々を取り巻く変化のスピードや範囲が、常に加速していること。

・Uncertain (不確実さ):物事や状況が恒常的に変化し、将来何が起きるかを予測することも難しくなっていること。

・Complex (複雑さ):移民の増加など、様々な物事が、単一の要因ではなく、相互に絡み合っている多数の要因によって生じるため、より複雑化したり、解決策を見つけるのが難しくなっていること。

・Ambiguous (曖味さ):物事の意味や帰結が曖味になり、明快な意思決定を行うのが難しくなっていること。

もちろんどのような未来が訪れるのかは、様々な要因によって変わってきます。これからの将来を考えるうえでは、例えば、「技術革新(AI、3Dプリンター、バイオテクノロジーなど)、グローバル化や多様性の増大、国際的な不平等の拡大、人口動態の変化、環境変化、資源の枯渇、生態系の不安定化、生物的多様性の喪失、新しいコミュニケーション形態の登場、大規模な価値の変化、規範の揺らぎ、紛争や新しい形の暴力、貧困、人口移動、不均衡な形での経済面・社会面・環境面での開発」など、多様な要因が挙げられると言います。

ドメインの議論

Education2030プロジェクトにおいて、コンピテンシーの構成要素のドメイン(領域)を議論するにあたって、OECDが本部を置くパリ市やその周辺だけでなくフランス南部のニース市やベルギーのブリュッセル市など各地でテロが頻発しました。そこで、どれほど高いレベルの知識やスキルを身につけても、それが他者の生命や身体、財:産を脅かすなど人権を侵害するものであったり、あるいは、平和や民主主義などの普遍的価値観に反するような形で行使されることは、教育が本来目指すべき姿ではないということが、改めて強く意識されるようになったのだそうです。その結果、コンピテンシーの構成要素のドメインの分類としては、知識、スキルに加えて態度及び価値観の3つとするという結論が支持を得ることとなったそうです。そのため、結果的に学習指導要領の「3つの柱」とラーニング・コンパスの「3つのドメイン」が似たものになったようです。

なお、両者は類似していますが、当然様々な違いもあると言います。例えば、学習指導要領上の「技能」という言葉は、これを英語にすると一般的には「スキル」と訳されることになりますが、ラーニング・コンパスにおけるスキルは、はるかに幅広い意味で用いられており、認知的スキルやメタ認知スキルだけでなく、社会・情動的スキル、身体・実用的スキルまでを含むものとなっています。実は、私は、この「技能」について、特に、幼児教育において技能の習得とか、技能の基礎を培うとなると、なんとなく違和感を感じていましたが、その意味が少しわかりました。

また、「学びに向かう力、人間性等」については、態度及び価値観と重なるものですが、一方では社会・情動的スキルやメタ認知スキルにも重なる部分があると考えられます。「思考力、判断力、表現力等」については、概ね「認知的スキル」に相当すると考えてよいだろうと白井氏はいます。なお、後述するように、OECDにおいても、これらのドメインの境界は必ずしも厳密に区切ることができるものではないと認識されているそうです。例えば、共感性や協働性といった、様々なコンピテンシーの構成要素も、一つのドメインだけでなく複数のドメインに帰属する場合があると考えられているそうです。このことは、日本の学習指導要領においても、例えば、「知識の概念的な理解」と「思考カ、判断力、表現力等」を厳密に切り分けることが困難なことと同様だと白井氏は言うのです。

DeSeCoにおいてキー・コンピテンシーの特定のためには、一定の価値判断が必要とされていましたが、それはEducation2030においても同様だと言います。様々なコンピテンシーのうち、どのようなコンピテンシーが「キー(鍵)」となるかは、社会経済の状況によるところが大きく、将来の「キー・コンピテンシー」を検討するうえでは、社会経済状況の変化を十分に予見しておく必要があります。そのため、Education2030では未来学者(Futurist)を含めた各分野の専門家から寄せられる意見を踏まえながら、将来に対する予測を行ったうえで、キー・コンピテンシーを特定していくこととしたのだそうです。

私は、心理学と進化学を結び付けた進化心理学という学問や、人類学と結びつけたりするように、既知の学問を結び付けて新たな考察をすることに興味を持っています。なぜなら、保育という営みは、ヒトを対象にするために、総合的な観点が必要だからです。その中で、未来学というものを知りました。

日本の参加

Education2030プロジクトが始まった2015年から第一期が完了する2018年までは、 OECDにおいてはラーニング・コンパスを策定するとともに、カリキュラムに関する分析が進められてきました。ちょうどその時期、日本では学習指導要領の改訂に向けた作業が進められていたのです。2014年11月の中央教育審議会への諮問以降、中央教育審議会の関係部会やワーキング・グループにおいて検討が行われ、2016年12月に中央教育審議会による新しい学習指導要領に関する答申が示されました。同答申を踏まえて、翌2017年4月には小・中学校の新しい学習指導要領が、また翌2018年4月には高等学校の学習指導要領が告示されるなど、カリキュラム改革における重要な局面に直面していたのです。この間、日本はOECDのEducation2030プロジェクトへの参加を決め、また、OECDとの間での二国間での政策対話を行いながら、それぞれが「2030年」を目標年(ターゲット・イヤー)として、その頃に社会で活躍し始める現在の生徒を念頭において、必要な資質・能力とはどのようなものか、また、そのために適したカリキュラムはどのようなものか、意見や情報を交換しながら検討を進めてきたと言うのです。後述するように、ラーニング・コンパスと新しい日本の学習指導要領に多くの共通点が見られることは、そうした対話の必然的な帰結とも言えるのだと白井氏は言うのです。

では、具体的に日本の学習指導要領とEducaton2030プロジェクにおいて、どのような共通点があるのでしょうか?それを白井氏は説明しています。

Education2030プロジェクトにおいては、コンピテンシーの構成要素のドメイン(領域)として、知識、スキル、態度及び価値観の3つが挙げられています。一方で、日本の学習指導要領の2017年、2018年改訂においては、資質・能力の3つ柱として、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」、「学びに向かう力、人間性等」か挙げられています。両者の整理は、完全に合致するものではありませんが、大きく重なり合う部分があります。その背景には、Education2030プロジェクトに対する日本の積極的な参加姿勢があるようです。プロジェクトが始まった年である2015年の段階では、日本の学習指導要領改訂の作業のほうが、作業としては先行しており、既に「3つの柱」についての骨格が概ね固まっていたそうです。伝統的に、「知・徳・体」を教育の基本に据えてきた日本では、「学びに向かう力、人間性等」が「3つの柱」の一つとして位置づけられようとしていたそうです。一方、OECDにおける議論においては、当初、一部の国からは、「態度」や「価値観」といった事柄は、本来、学校教育で扱うべきことではなく、家庭や個人の責任に委ねるべき事柄であるとして、コンピテンシーの枠組みに入れることについては否定的な意見も出されていたそうです。

しかし日本として態度や価値観といった要素の重要性を主張してきたところだったようです。また、日本以外にはアジアで唯一のOECD加盟国となる韓国も、これに賛同していましたが、必ずしも議論の決め手が見つからない状況でもあったそうです。そうした中で、議論が進むきっかけとなったのが、当時ヨーロッパで頻発したテロです。

日本の関わり

OECD東北スクール・プロジェクトを契機として誕生したEducation2030プロジェクトに、日本が積極的にかかわることは、自然な流れだと言います。その際背景にあった重要な動きが、当時の文部科学省における外交戦略の転換です。必ずしも教育分野だけに限ったことではありませんが、これまでの日本の政策においては、外国の考えを受容、解釈し、それを国内的に発信するといった、やや一方向的なものも見られたと言います。実際、DeSeCoで行われたキー・コンピテンシーの議論においては、日本はそもそも参加していなかったため、基本的に公表された成果物を受け止めるにとどまり、プロジェクトの背景や議論の経過などに関して得られる情報も限られていたのだと言うのです。何よりも、双方向的な議論を通して、日本の考えをOECD側に十分に伝え、その理解を得ることができるような環境にはなかったのです。

Education2030プロジェクトにおいては、日本はいち早くプロジェクトへの参加の意思を表明して必要な資金を拠出するとともに、参加国の中でも一部の国で構成される運営理事国のポストを獲得しました。また、プロジェクトが始動した初年度に行われた第二回非公式会合(IWG)のホスト国として名乗りを挙げ、実際に2015年12月の東京でのIWGの開催にこぎつけたのです。さらにこれらの動きを翌2016年5月に日本がホスト国として行われたG7教育大臣会合(倉敷会合)と連動させるなど、様々なチャンネルを使いながら積極的な教育外交を展開したそうです。

こうした動きと連動する形で、日本・OECD二国間プロジェクトが始められることとなり様々な支援体制の整備が行われました。同プロジェクトは主に3つの取り組みから構成されており、①文部科学省とOECDの間での高官レベルでの直接的な政策対話の開催、②東京学芸大学に特別経費を支出し、同大学を日本側のコンピテンシーやカリキュラムに関する研究の拠点とする形でのOECDとの共同研究の実施、③OECDのEducation2030プロジェクトにも連動する学校や教師、生徒、研究者などを含めたネットワークとしてのInnovative Schools Network(ISN)の創設など、Education2030プロジクトに対して日本として積極的に参加していくことを見据えた準備体制の構築が急ピッチで行われたのです。

こうした取り組みの結果として、後述するラーニング・コンパスの策定にあたって、日本の行政官や様々な研究者、教師、生徒などが、各種会議におけるプレゼンテーションや発言、レポートの執筆等を通じて、積極的に様々なインプットを行ってきたところだと白井氏は言うのです。その意味では、日本にとってのDeSeCoプロジェクトとEducation2030プロジェクトへのかかわり方は対照的であるとも言えるのではないかというのです。すなわち、 DeSeCoの場合には、既に他国や他国の研究者らの参加によってでき上がったものを、日本としてどのように受け止めていくかということが中心になっていたのに対し、Education2030の場合には、日本の行政官や研究者、教師や生徒も含めて、OECD事務局や他の参加国と共同しながら、当事者として作り上げていったものであると言うことができるだろうと言うのです。近年、OECDにおいても出資者である参加国の意向をより重視しようとしており、参加国との対話を通した共同作業によるプロジェクトの実施は、そうした動向にも合致するものとして捉えられていたと白井氏は言うのです。

本質的な変化

PISAやPIAAC、 TALIS (国際教員指導環境調査)に象徴されるように、各国から収集したデータの比較分析を得意とするOECDにとって、東北スクール・プロジェクトにおいて、個別の学校レベルでの教育実践に関与することは、ほとんど初めての経験だったそうです。プロジェクトの実施は、 OECDと日本の文部科学省との支援の下で、福島大学が地域の関係者と協働で行ったものです。この東北スクール・プロジェクトについては、「子どもたちと教師が共同で、 2030年の世界における課題に対応していくためにどのような知識やスキル、ふるまい方が必要かということについて考え、自分たちなりの『2030年に向けた新しい学校教育』のモデルを創り出した」とされており、 Education2030の議論のきっかけとして大きな影響を与えていたことが読み取れると言います。なお、同プロジェクトの成果は、 OECDの教育政策委員会(EDPC)においても、生徒や教師、その他関係者が実現した「教育の本質的な変化」を示す事例として紹介されているそうです。

以上のように、東北スクール・プロジェクトの経験を契機として、OECDが2015年から始めたプロジェクトが、“OECD Future 0f Education and Skills 2030”(略称、 Education2030)プロジクトだそうです。なお、東北スクール・プロジェクトが契機になったとはいえ、 OECDとしても、2003年の最終報告から10年以上が経過し、時代の変化に適した形でDeSeCoプロジェクトを見直す必要性を感じていたところでもあったと言います。そのため、東北スクール・プロジェクトについては、直接的には日本・OECD二国間プロジェクトという形で姿を変えて継承するとともに、一方では、多国間プロジェクトとして、 DeSeCoの再定義を目指すEducation2030プロジェクトを別途始めることとしたのだと言うのです。

とはいえ、 OECDは各国の拠出金に基づいて運営される公的な機関であるため、その予算使途についても、定められた手続にしたがって各国の了解を得る必要があります。教育関係のプロジェクトに対して支出する場合、各国の代表者から構成されるEDPCが最終的な決定権を有することとされているそうです。Education2030プロジェクトについては、 2015年のEDPCにおける合意を得て、正式に開始されることとなったそうです。プロジェクトの目的は、次の2つのテーマに対する答えを見つけ、各国の政策に貢献することです。

プロジェクトにおける第一のテーマは、「生徒が未来を生き抜き、世界を形作っていくためには、どのような知識やスキル、態度及び価値観が必要になるのか」、そして、第二のテーマは、「教育システムは、どのようにして、これらの知識やスキル、態度及び価値観を効果的に育成することができるのか」ということです。前者は「何が(What)」に関する問いであり、 2015年から2018年にかけて行われる第一期のミッションとされ、参加国の関心の高いカリキュラムに関する分析と並行して行われることになったそうです。後者は「どうやって(How)」に関する問いであり、より具体的な指導法や評価法、学校のマネジメントなどについて、 2019年以降に行われる第二期のミッションとして整理されたのです。

予測困難

OECDのEducation2030プロジェクトは、そのプロジェクトの名称が示すとおり、 2030年という近未来において必要となるコンピテンシーについて考えるものです。実は、 Education2030プロジェクト誕生のきっかけとなったのは、日本における未曾有の災害である東日本大震災と、それを契機にして行われたOECD東北スクール・プロジェクトだそうです。

この東北スクール・プロジェクトが、OECDにおいて広く国際的にも発信されていったこともあり、東日本大震災に象徴されるような、予測困難な事象が生じ得るこれからの時代を生き抜いていくために必麥となるキー・コンピテンシーを再定義することの必要性が、国際的にも改めて認識されることとなったのです。この本が出版されたのは、2020年12月ですが、今回の新型コロナの影響はあったのでしょうか東日本大震災だけでなく、その後の新型コロナの世界的流行、地球温暖化にともなう洪水、土砂災害、山火事など、次々に予測困難な事象が起きてきています。これからは、それら様々な困難を乗り越えていかなければならないのです。

OECDが各国に示すために作成したEducation2030プロジェクトの提案書においても、 「Education2030のもともとのアイディアは、OECDが行った東北スクール・プロジェクトのフォローアップとしての、OECDのアンヘル・グリア事務総長と日本の安倍晋三首相との対話から生まれたものだそうです。OECD東北スクール・プロジェクトは2011年に日本を襲った地震、津波、原子力災害という3つの災害が起きた直後に、グリア事務総長の主導によって、被災地に対する支援策として行われたものだった」と記されているそうです。

東北スクール・プロジェクトは、東日本大震災で被災した、福島・宮城・岩手の3県の各地域から合計で約100人の中高生が参加し、単に東北を復旧するだけにとどまらず、「『新しい東北・日本の未来』を考え、東北地方の経済活性化に必要な産業やイノベーションを生み出すための人材育成」を目指して行われたものです。プロジェクトは、実生活上の課題を踏まえて考えられたプロジェクト型学習の手法を用いて行われました。これらの活動は、総合的な学習の時間などを利用して教育課程内に位置づけられたケース、放課後に希望者のみを対象にして任意で行うなど教育課程外で行うケースなど、学校の実情によって様々な方法がとられました。具体的な活動内容としては、例えば、販売が落ちこむ福島などの農産物等を流通させていくためにどうしたらよいのか、高校生が地元の農家や企業等と共同して特産品の開発を行うなど、実社会における課題に基づいて検討が進められていったのです。

東北の未来を考える様々なプロジェクトを、生徒たちが教師やOECD、文部科学省の職員などとも一緒になって、各地域単位で、あるいは各地域のグループが集まりながら、定期的に活動が行われました。また、そうした活動を踏まえて、自分たちの学習成果をパリのエッフェル塔の下に広がるシャン・ド・マルス公園を舞台として発表することが目標として設定されたのです。そのための企画・構想や資金調達などを、生徒自身が考えたり、新しい人的ネットワークを構築したりして、パリ市など外国の自治体との交渉なども含めて、自分たちのもてる様々な知識やスキルを発揮しながら、取り組んでいったのです。

何を学ぶのか

教育の世界におけるコンピテンシー概念は、それまでの教育に対する批判を下敷きにして普及してきたとも言えると白井氏は言います。伝統的に、どの国においても、教育の主眼は「何を学ぶのか」というコンテンツを中心として形成されてきました。すなわち「どのような力がついたか」という結果よりも、「どのような内容を扱うのか」というインプットに焦点が当てられていたとも言えます。その意味では、この「コンテンツ・べースからコンピテンシー・べースの教育への転換」というテーマは、一見、非常にわかりやすく、また、それゆえに強い支持を受けてきたとも考えられると言います。

しかしながら、そこには落とし穴もあると白井氏は指摘しています。すなわち、コンピテンシーを重視するといっても、そのことが、各教科等のコンテンツを軽視することと同義ではないし、そもそも相反するものでもないと言うのです。また、力量のある教師であれば、生徒に「どのような力がついたか」に無関心だったということは考えられません。したがって、より正確に言えば、教育におけるコンテンツの比重が大きかったというだけであって、従来型の教育に、コンピテンシーの視点が全く欠落していたということではないはずだと言うのです。

また、コンピテンシーを育成していくためには、具体的な学習の対象や材料が、当然必要になります。いくら「論理的思考力を身につけよう」、「創造性が大切だ」と教師が生徒に呼び掛けても、適切なコンテンツの提供なしには、そのような成果が期待されるものではありません。コンテンツを探すだけで時間が経過してしまうか、あるいは、コンテンツを見つけたとしても、良質な学びにはつながらないかもしれないと言うのです。その意味では、もちろんコンテンツの恒常的な見直しは必要であるとしても、例えば、数学の「図形」や「微分積分」といった具体的なコンテンツを用いた学習を通して、物事を順序立てて考える論理的思考力を磨いたり、問題に対する新しい解法を考えていく中で、創造的思考力が養われていくことには改めて留意すべきであろうと白井氏は言うのです。例えば、アメリカのナショナルアカデミーの下に置かれた全米研究評議会が公表している21世紀型コンピテンシーに関する報告書でも、「コンテンツの知識をつけることは、スキルを獲得するための基盤を作るものである。同時に一方ではコンテンツを真に学び、使いこなすためにはスキルが必要である。別の言い方をすれば、スキルとコンテンツの知識は、絡み合っているだけでなく相互に補強し合う関係にあるのである」と述べられています。

コンテンツとコンピテンシーは、しばしば二項対立的に提えられることがありますが、本来、良質なコンテンツを通してコンピテンシーを育成し。さらに多様なコンテンツをより深く学んでいくという好循環が働くことになるのであり、両者は相互に高め合う関係に立つものだと言うのです。コンピンテンシーを重視するとしても、コンテンツとコンピテンシーが二項対立で捉えられてはならないことについては、改めて留意が必要だと言うのです。大切なのは、コンテンツを通して、どのようなコンピテンシーが身についたかという学習の成果を意識し、また、それを的確に評価していくことであると言います。実際、近年では、コンピテンシーを過度に重視し、その一方でコンテンツを軽視したことに伴う失敗や、また、それに対する反動もあり、コンピテンシーとコンテンツのバランスのとれたアプローチを重視するトレンドに変わりつつあることも意識しておくべきだろうと白井氏は言っています。

キー・コンピテンシーの影響

シンガポールで最も重視されているのが中心部にある「中核的価値観」で、知識やスキルも価値観によって下支えされるものであり、価値観によって信念や態度、行動も決まってくることから、 21世紀型コンピテンシー枠組みの中心にあるものとして位置づけています。

なお、シンガポールにおいても、中核的価値観を含めて、ここに挙げられているコンピテンシーが、カリキュラム改革前の教育で教えられていなかったわけではないのは当然です。しかしながら、こうした枠組みを示すことによって、コンテンツの知識を教えることと、 21世紀の時代に必要なコンピテンシーや価値観を獲得させることのバランスをとることが目指されているのです。

このようなコンピテンシーを重視する動きは、韓国においても見られるようです。韓国では2015年に直近のカリキュラム改革が行われていますが、「21世紀を生き抜かなければならない韓国の生徒のために、キー・コンピテンシーを描き出しそれらを学校のカリキュラムに反映させた」ものであると言います。そのうえで、例えば数学では問題解決能力や推論する力、理科では科学的思考力や科学的探究力、国語(韓国語)では批判的・創造的思考力やコミュニケーション、振り返りなど、教科において育成を目指すコンピテンシーに加えて、一般的コンピテンシーを設定しています。一般的コンピテンシーとしては、自己マネジメント、知識及び情報処理、創造的及び収束的思考、芸術的感性、コミュニケーション、コミュニティ精神の6つが設定されています。韓国のカリキュラムにおいて、こうした一般的コンピテンシーが明示されるようになったのは、2015年のカリキュラム改訂からのことであり、 DeSeCoプロジェクトで示されたキー・コンピテンシーの影響が見られるそうです。

では、日本のカリキュラム改革はどのように行なわれているのでしょうか。2017年から2018年にかけて行われた日本の学習指導要領改訂も、コンピテンシー重視の動きに連なるものです。この改訂に際しては、DeSeCoプロジクトの成果も踏まえて検討が進められてきたそうですが、2015年からはOECDとの間での二国間プロジェクトが始まり、新たに開始されたEducation2030プロジクトにおける議論の状況なども参考にしながら、検討が行われてきたそうです。学習指導要領において、コンピテンシーに相当する「資質、能力」という言葉を初めて正式に用いたうえで、各教科において育成すべき「資質・能力」を、「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」という3つの柱から再構成しています。また、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を行うとともに、指導と評価の一体化を進めることで、これらの資質・能力の3つの柱がバランスよく育成されることを目指しています。

以上見てきたように、コンピテンシーの概念は、各国のカリキュラム改革に対しても影響を与えるようになっています。その背景には、前述のマクレランドの問題提起が、「試験での成績が、必ずしも職業上の能力に直結していないのではないか」という、素朴ですが学校教育の在り方に対する本質的な疑問を突きつけたことがあるだろうと白井氏は言うのです。別の言い方をすれば、コンピテンシー概念の注目は、これまでの教育が、「どのような力をつけたか」ということに十分な関心を払ってこなかったのではないか、という問題提起にもつながったと言うのです。

各国の改革

PISAや、その理論的根拠であるキー・コンピテンシーが、各国のカリキュラム改革に対して大きな影響を与えています。例えば、ニュージーランドにおいては、 OECDが策定したキー・コンピテンシーを参考にしながら国民的な議論を行い、 2007年に新しいカリキュラムを策定しています。このカリキュラムでは、5つのキー・コンピテンシーとして、思考すること、言語やシンボル、テキストを用いること、自分を管理すること、他者とかかわり合うこと、参加し、貢献することが特定されています。また、教科に相当する8つの学習領域として、国語(英語) 、芸術、保健体育、数学・統計、理科、社会科学、技術、公用語を設定しており、また、価値観として、多様性、公平、環境的持続可能性、誠実さ、イノベーション、敬意などが例示されています。ニュージーランドのカリキュラムにおいては、価値観や学習領域との関係について、キー・コンピテンシーが「全人格の形成を教育するように、従来の基本教科を網羅した『主要な学習領域』の教育と『価値観』の教育を明確に結びつけている」のです。

また、オーストラリアにおいても、2010年に汎用的能力と呼ばれるコンピテンシーの育成を目指すカリキュラム改革が行われています。汎用的能力について、具体的には、「リテラシー」「ニューメラシー」「ICT能力」「批判的・創造的思考力」「個人的・社会的能力」「倫理的理解」「文化間理解」の7つが挙げられており、各教科を通じてこれらの汎用的能力を伸ばしていくものとされています。オーストラリアのカリキュラム策定機関であるACARA (オーストラリア・カリキュラム・評価・報告機構)が示している理科の説明を見てみると、例えば、 7つの汎用的能力のうち、「個人的・社会的能力」については、理科の学習を通じて、疑問をもったり、問題解決や探究、好奇心を示すといった能力が育成され、それによって、例えば健康や環境などの生活に影響があるような事柄について、科学的な知識を活用して、理解したうえでの選択ができるようになることが期待されています。また、同じく汎用的能力の一つである「文化間理解」という点では、理科の学習を通じて、科学の発展において、文化的に多様な視点をもっていることが大きく貢献してきたことや、国際的な重要課題に対応していくには、科学者にとっても文化的に多様なチームで協働したり、多様なコミュニティとかかわっていくことが重要であることを理解することなどが期待されているといいます。

シンガポールにおいても、コンピテンシーを重視したカリキュラム改革が行われており、新しい枠組みが示されています。シンガポール教育省の説明によると、外周にあるものとして、新しい21世紀型コンピテンシーがあり、具体的に、以下の3つが挙げられています。

・市民的リテラシー、国際感覚及び異文化に対応するスキル

・批判的・創造的思考力

・コミュニケーション、協働性及び情報に関するスキル

シンガポールでは、さらにその中にあるものとして、「社会・情動的コンピテンシー」として、自らの感情を認識してコントロールしたり、他者に対して気配りや心配をしたり、責任ある意思決定をしたり、良い関係性を構築したり、難しい状況に上手に対応していくといったスキルが挙げられています。