指導者

ドイツへサッカー指導の研修に行った元サッカー選手の山尾光則さんが「育成年代」のドイツの指導状況について書いています。その内容を高松氏は紹介しています。

「指導者は、選手の自主性に任せながらも、選手の将来を考えて、ピッチ内のしつけも、ピッチ外のしつけも大事にしているということである。サッカーというチーム競技の中で、選手に与えられる自由とチームの中での役割を理解させることを、重要視していた。これは、ドイツ人の国民性であるように感じたが、集団の中での個人の責任の所在を明確にすることを常に求めていた。

次に、試合や練習時に選手に過度のプレッシャーを与えていないことである。これは、指導者が目先の勝ちにこだわり過ぎないスタンスを持って指導しているからであろうと感じた。もちろん、試合などで厳しい要求をすることもあるが、勝利至上主義でない考え方を根底に持っているから、選手に対するネガティブなコーチングは皆無であった。

その結果か、選手は自分のイメージを持って伸び伸びとプレーしていた。コーチにサッカーをさせられている感はなく、自分で自主性を持ってサッカーというスポーツをしていた。当然ミスもあり、上手くいかないこともあるが、自分を表現するためにミスを恐れず積極的にサッカーに取り組んでいた。以上の事を、各指導者が強く意識して指導を行っているのではなく、長く続いているクラブの慣習、彼らのサッカー、指導に関する考え方が、自然とこのような指導法にさせていると感じた。」(同報告書110ページ)

指導の方法に「ネガティブなコーチングは皆無」と書かれていますが、体罰や怒鳴りちらすような日本の指導のようなことは皆無という意味ではないかと高松氏は考えています。そして、山尾さんは「勝利至上主義でない考え方を根底に持っているから」、そういうネガティブなコーチングがないのではないかという見解を示しています。もうひとつは、選手たちが「自分のイメージ」を持っていることや、自主性を指摘しています。日本の部活のなかには、「やらされている」という雰囲気があり、試合でミスがあると、指導者からずいぶん叱責を受け、時には殴られることもあります。そのため選手たちが萎縮したり、ミスを恐れたりして「挑戦」をしないという指摘も散見されます。

このようなドイツでの指導のやり方は、私たちの保育にとってもとても参考になります。特に、園のような子ども集団の中では、失敗を恐れたり、そのために委縮したりすることは多くなります。もちろん保育は勝負ではありませんが、「自分のイメージを持つ」ことを認め、「自主性」を持ち、「やらされ感」をなくすことも意識する必要がありそうです。

さらにこの報告からは、「個人」を中心に据え、全体の中で個人の役割と責任そして、自主性をどのように理解・実現するかという主題がくると言います。スポーツのあり方を見ると、その国の状態や価値観が透けてみえるようなところがあります。個人と公共空間のあり方をはじめ、ドイツのスポーツクラブが成り立つ社会背景についても高松氏は説明してきましたが、実際のトレーニングや試合においてもそういうドイツ社会の特性と重なっているのがよくわかると言うのです。

指導者” への4件のコメント

  1. ドイツのスポーツクラブ指導者は「サッカーというチーム競技の中で、選手に与えられる自由とチームの中での役割を理解させることを、重要視していたとあり、日本では「チーム」が優先される傾向が強すぎる点がありますね。「個」を主張しすぎると、すぐに「チームの輪を乱すな」となったり、「連帯責任だ」といって集団で同じことをさせることで、「勝手なことをするなよ」という仲間内からのプレッシャーを生み出してしまいます。また、「試合や練習時に選手に過度のプレッシャーを与えていない」という点でも、日本とは大きく異なりますね。練習では異様なくらいのプレッシャーを与え、本番はのびのびさせるためにそうしているのかもしれませんが、かえって練習の時のトラウマが呼び起こされる瞬間もあるのだと感じます。あのような辛い体験が過去あったから、目の前の困難にも太刀打ちできのだという人もいるかもしれません。確かに、大抵のことにはものおじすることは無くなりましたが、目の前の体験を楽しみ、他者と共有し、協力し、生涯を通してスポーツと向き合っていこうと考える人の割合はきっと少ないでしょうね。

  2. 『「自分のイメージを持つ」ことを認め、「自主性」を持ち、「やらされ感」をなくすことも意識する必要がありそうです』ということ、保育の中で大切にしていきたいことです。これがまさに見守るというスタンスですね。このような子どもの姿をイメージすることで大人のアプローチもかなり変わります。私自身もまだまだ子どもへの関わり方はその都度その都度、これでいいのだろうか、あれでよかったのかと悩みます。自分たちで考えることができるように、子ども自らが能動的に対応できるようなアプローチを意識してはいますが、なかなか難しいですね。しかし、こういうイメージを持ちながら、失敗を繰り返していくことが大切なので、いろいろと挑戦してみないとな思います。子どもの関わり方も同じで、最初からセンスのいい人はいますが、やはり、いろいろと試してみて、失敗を繰り返すことで、子どもの関わり方もなんとなく掴んでくるように思います。そのためには、まずは行動、そして、修正が大切ですね。恐れずいろいろやってみることが自分を作っていく。若いうちに失敗はするものというのはよく言ったものですね。

  3. 何事もそうなのでしょうが、他人からプレッシャーを受けずに「自分のイメージを持って伸び伸びとプレー」できる、これはとても重要なことですね。しかし、団体競技の場合、伸び伸びとが自分勝手になってはいけないでしょう。やはりそこには、プレーする上でのルールや最低条件のしっかりとした把握があり、その把握をベースとした「伸び伸びとしたプレー」ということになるのでしょう。「ネガティブなコーチングは皆無」というのもいいですね。いわゆる、ダメ出しがない、と理解できます。いいところを見つけて、そこを伸ばすやり方、なのでしょう。日本人が不得意とするところですね。いいよ、いいよ、こうすればもっといいよ、というコーチングが想像できます。スポーツに限らず、仕事場でも、もちろん保育現場でも、ポジティブなコーチングが当たり前となれば、人間関係による離職、ということは防ぐことができるでしょう。

  4. 〝上手くいかないこともあるが、自分を表現するためにミスを恐れず積極的にサッカーに取り組んでいた〟というところが自分の中で好きな一文でした。何事もそうだと思いますが、上手くいかなかったことを指摘されすぎてしまうと萎縮して、「次こそは」という気持ちにならないでしょう。そうではなくて、チャレンジしたということを認めていくことが次につながる、積極的に打ち込むことにつながっていくんだと感じます。自分たちがしている保育と同じようなことがスポーツでも言えることが分かりますね。そして、何かの原因で萎縮してしまった時のフォローをするのが指導者なり保育者なり、周りの大人のしなければならないものなんだろうということを思いました。

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