中心市街地

日本でNPOに関する法律ができたのが1998年です。20世紀の終わりに、ようやく地縁組織ではない都市文化型の市民集団を、比較的簡単に作ることができるようになったと言います。では、ドイツでは「赤の他人の集団」が前提になる都市で、どんなところで社交が行われているのでしょうか?

文化政策の仕事のひとつが「知り合う可能性を高めること」であり、具体的には都市で行われる劇場やギャラリー、文化関係の施設などが社交の場所だそうです。さらに文化関係のフェスティバルも中心市街地もフェスティバルやイベントの会場となり、社交機会を促進する場所になるようです。

中心市街地というのは、たいてい、その市壁に囲まれた都市が最初に作られたところです。重要な歴史的建造物や都市の歴史を象徴するものとして保全しているところもあります。しかし一般に時代を経るにつれ、市壁の外側に町が広がります。そして市壁はなくなっていたり、一部だけ残っていたりするところも多いようです。それにしても、今日でもあとからできた町とは明らかに雰囲気が異なり、「中心地」として機能しているようです。ですからドイツの生活感覚からいえば、たとえば若者が「町へ友だちに会いに行く」というと、たいていはこの旧市街地を指すようです。

ドイツへ旅行すると、旅行者が歩くところもたいていはこの旧市街地です。中世からあるような建物も定期的にリノべーションが行われ、外観はそれこそ「おとぎ話に出てきそう」な雰囲気や「中世の佇まい」が残ります。戦後はこの中心地の自動車通行を制限したところもけっこうあったそうです。そして広場が必ずあり、お店や飲食店もあるので、買い物に来る人も多くいます。ですから人口1万人ぐらいの自治体でも、歴史的な旧市街地のあるところは今も自治体の「へそ」です。平日の昼間でも人で賑わっています。文化関係のフェスティバルなども、こういう旧市街地で開催されることが多いのです。

エアランゲン市も中心地のメインストリートは歩行者ゾーンになっており、広場や貴族が作った広大な庭園があるそうです。自動車も入ってこないので、さしずめメインストリートなどはお店や飲食店もある「長細い公園」といったところのようです。もちろんフェスティバルやイベントのときは普段以上に賑わうそうです。またマラソン大会などの会場に使われることがあります。こうして見てみると、旧市街地には、様々な役割があることが見えてきます。まず町の歴史を語る建物がたくさんあるため、「町を象徴する雰囲気がある」、そして「友達と会ったりするときに気軽に行くところ」であり、「買い物や飲食ができる」という機能がある。そして文化やスポーツのイベントも行われることから「青空公民館」のような場所なのです。

面白いのは選挙運動や社会運動、デモなどが行われるのも旧市街地ということが多いようです。選挙運動などは日本と違い、各政党が広場に自分たちのブースを作り、ビラを配ったりするほか、候補者や政党スタッフが町を歩く人々と対話を行います。ちょうど「政党メッセ」のような雰囲気だと高松氏は言います。10代の若者や、髪の毛をカラフルに染めたパンクルックの若者も気軽に政党のスタッフと話をしたりしているそうです。こういう様子をひとことで言えば、旧市街地が公共の政治言論の空間にもなっているわけだと言うのです。

マイケルジャクソン碑

都市と農村

ドイツの都市は、壁を作ってから中身を作ります。ですから、その中の建物は、様式のようなものがあり、そこに住む人たちにとって、誇りとなるような公共の建築物なども造られます。さらに、独自で都市を運営しようということにもなってきます。そこで裁判権や貨幣の鋳造権などをはじめ、自治権を明らかにしていく必要が出てきます。極めつけは都市法といって、法律もあったそうです。ちょうどひとつの国家のような形だったわけだと言うのです。そういうルーツがあるため、「ただ、人が集まっているだけでは都市ではない」という考え方もできてきたと言います。

それから重要なことは、特に工業化がすすんだ19世紀、都市には工場が作られ、周辺から人が入り込んできました。量的に都市の膨張が起こったわけです。当時はすでに市壁は意味をなさなくなりましたが、そんななかでも、「ただ赤の他人がたくさん集まっているだけでは都市ではない」という考え方は残ったのです。

農村ですと、最初から人々は知り合いという前提だそうです。特に日本の「田舎」を想像するとわかりやすいと高松氏は言います。「あの娘は、あそこの婆さんの孫」だとか、「彼は、だれだれの嫁さんの弟」といった緻密な人間関係のデータベースが共有されていることが想定されています。そして村を維持していくためには、様々な管理の仕組みや、火事などの災害対策も必要です。日本の田舎の場合、住んでいると自動的に加入が前提になる自治会や消防団などの地縁組織がそれにあたると言います。

一方、都市は「赤の他人」が密集している場所です。赤の他人が密集している都市にコミュニティ的な要素を作るには、意図的に「出会いの可能性」を高めることが重要となり、文化政策の仕事のひとつになっているそうです。実際、ドイツの劇場などを見るとよくわかると言います。演目を観て「はい、おしまい」ではありません。新作の初演などは地元の政治家や企業経営者などのVIPも招待されており、終演後は劇場内の大きな部屋で、シャンバンを片手にパーティが行われます。一義的には初演をお祝いする風景に見えますが、劇場の社交機能が際立って見える瞬間だと言います。

そして、ドイツのNPOなども「出会いの可能性」を高める役割を担っています。この中でスポーツクラブは大きな存在です。別の見方をすると、スポーツクラブも含むNPOそのものは都市文化なのだと言うのです。こういう都市文化がべースになっているせいか、実はドイツには都市にも村にも地縁的な自治会がないそうです。消防団もNPOだそうです。

NPOは自分の意思で加入を決定します。脱会も自由です。それに対して日本における村の自治会などの地縁組織は「住んでいると入らなければならない」という半ば強制性があります。見方を変えると、普段から集団として人間関係を作っておくことで、困ったときなどに助けてもらえるという点はあります。しかし、引っ越さない限りは抜けられません。これが「赤の他人の集まり」を前提にした都市的な組織か、それとも「生まれた時から地縁・血縁でつながっている」と想定されている村的な組織かの違いだと高松氏は言うのです。

こういう分け方で考えると、日本というのは高度経済成長期に、「人口だけ増えた」地方都市はたくさんできましたが、「赤の他人の集まり」という前提で意図的にコミュニティ要素のある都市にしていくという発想はどのくらいあったのかと高松氏は問いかけます。それでいて、住民たちの自治のやり方は村的な地縁組織型でやってきているのです。

ドイツの森

エアランゲン市を見てみると、面積は約77平方キロメートルです。公園など「スポーツ、余暇、レクリエーション」に使われる土地が3.2 %。「緑地」になっているところが1.7 %。それから森がけっこう広く、約21%を占めるそうです。森といっても日本だと「山」のようになってしまうところが多いですが、ドイツの森は平地です。「赤ずきんちゃん」や「ヘンゼルとグレーテル」といったドイツのメルヘンを思い浮かべるとイメージしやすいと高松氏は言います。登場人物たちは「森」へは行きますが、「山」には登っていません。エアランゲン市の場合はこういう森が周囲にある構造なので、住宅地や市街地と連続していて、どこに住んでいても、森にアクセスしやすいのが特徴です。

森のプロジェクト

ドイツの人々は散歩が好きなのですが、日曜日の森などは散歩にうってつけです。親子、あるいはお爺ちゃん、お婆ちゃんも含む3世代で散歩する姿もよく見かけるそうです。そして、ノルディックウォーキングやジョギング、サイクリングなどを楽しむ人も多いのです。「スポーツ、余暇、レクリエーション」「緑地」「森」、これらはスポーツ・健康・生活の質に関わるところですが、合計すると、市内面積の4分の1ぐらいの割合を占めるようです。自治体はこういう市民の自由時間を意識した土地利用のあり方を大切にしているわけだと言うのです。

さらにドイツでは、社交機会が意図的にデサインされています。ドイツの都市ではスポーツや散歩などができるように土地利用しているだけではありません。実は意図的に人々が知り合うきっかけづくりも大切にしているのです。たとえば都市計画の範疇でいえば、区域ごとにコミュニケーションセンターが作られたりしているそうです。それから、社交機会は文化政策でも作られます。日本で「文化政策」というと一般的に馴染みが薄いですが、ドイツの町は昔から劇場を持っているようなところもたくさんあります。制度的にいえば「文化高権」といって、文化や学校は州の権限になっている点も大きいと言うのです。

エアランゲン市の場合、文化政策の仕事として次の四つをあげています。①市民に対して町の歴史への興味を喚起し、そのためのアーカイプを設置し、資料類の解釈をすること②芸術を市民に提示できるようにすること③周辺都市との協力関係を文化の面からも進めること④都市性を演出することの四つです。特に高松氏は、④に着目してもらいたいと言います。もっとも「都市性の演出」といってもピンと来ないかもしれませんので、高松氏はドイツの「都市」について、簡単に触れています。

ミュンヘン新市庁舎

「都市」というと、多くの人は「人口が多い」「高層のビルがたくさん建っている」といったイメージを持ちがちです。しかし、厳密に考え出すと、定義づけは案外難しいものだと言います。その点はドイツでも同じだそうです。ただ、歴史的経緯から、日本に比べて、イメージがわりとはっきりしているそうです。というのもドイツの中世都市は外敵から都市を守る市壁で囲まれていました。つまり建物を作ってから市壁を作ったのではなく、壁を作ってから中身を作ったわけだと言うのです。すなわち最初に「この中を都市にします」と宣言しているようなもので、都市には建物も密集しますが、様式のようなものがあるわけだと言います。建物にしても、都市に住む人たちにとって、誇りとなるような公共の建築物なども造られるのです。

城壁

幅広いスポーツ

プライテンシュポルトという「幅広いスポーツ」とは、概念は、簡単にいえば、余暇や楽しみ、気晴らし、健康、体力の維持・向上、コミュニケーションといったようなことを主目的にしたものだそうです。日本でも草野球など、大人が楽しみの範囲で行うスポーツはありますが、ドイツ風にいえばそれも「幅広いスポーツ」のひとつです。ドイツらしいのは、「幅広いスポーツ」も、ある程度概念化されていることです。ただ、使われ方をみていると、やや口語で曖昧に使われることも多いようです。トップレベルの競技以外は「幅広いスポーツ」と呼んでいる印象があると高松氏は言います。

学童クラブに常備されたスキー板

それにしても「幅広いスポーツ」という概念があるため、たとえばクラプ内でコースを作るときなども誰にでもできる「幅広いスポーツとしての体操コース」といったような形で分類できます。日本の大人の草野球などは試合後の居酒屋での「戦勝会」「残念会」が楽しみというようなことがあると思います。「幅広いスポーツ」として行われる試合などは、この感じに近いと言います。勉強で忙しくなった大学生なども、こういう概念があるために続けられるわけです。

試合に出るにしても、「あくまでもホビーだが、自分の限界に挑む」、という意味で、アマチュアアスリートとして、かなり熱心にトレーニングしている人もいるそうです。そうかと思えば、試合が目的でなく、練習そのものや、仲間とトレーニングすることじたいを楽しみとしている人もけっこういるそうです。こういうのも「幅広いスポーツ」にあたります。

また平日の夜7時といった時間からでもトレーニングも普通に行われています。日本の事情と比べたときに、労働時間が短く、職住近接ということがあるので、そういう時間から始めるのも楽なようです。というより、ドイツの社会にあっては、それが普通のことのようです。OECDウエブサイトをもとに2017年に作成した日独の年間労働時間は、日本の1710時間に対して、ドイツは1356時間です、また、連邦統計局の資料によると、2012年の段階でドイツの労働人口の70%以上は、通勤時間は30分足らずで、23%がなんと10分未満です。ただ2000年代半ば以降、全体的に通勤距離が伸びた傾向はあるそうです。それにしても、個人が自由に使える時間、「可処分時間」は日本より多く、ゆったりしているようです。

ドイツ支社などに赴任してきた日本の会社員の方なども、同じような印象を持つ方が多いようです。就業時間が終わると、さっと帰るので「日本と違って一日が二度あるような感覚がある」と感想を述べる人もいるそうです。また、休暇が取りやすいという事情も加わります。多くの企業は30日の有給休暇を規定しています。しかもこれは病欠とはまた別です。こんな具合ですから、日本社会よりもスポーツを楽しめるような「時間環境」が整っていると高松氏は言うのです。

ドイツの人々の毎日の生活を見ると、大人も子どもも自分が使える可処分時間が日本よりも持ちやすく、のんびりしたり、家族との時間を過)ごしたり、また趣味やスポーツなどにも時間をとれたりします。町の作りかたも、人々の生活の中で、こういう時間を過ごしやすい環境を気にする傾向が強いと高松氏は言います。いわゆる都市計画の話になるのですが、地方都市でも都市の全体像を見て、どこの地区に「世代交流できるところが足りない」とか「余暇のためのスペースが少ない」といったことをチェックし、それで対策を考えていくと言います。これで生活の質の高い都市を作れると言うのです。

学校でのスポーツ

ドイツのスポーツクラブを見てみると、2017年のドイツオリンピックスポーツ連盟の統計によると、スポーツクラブの会員数は約2380万人。年齢別では最も多いのが41~60歳の年齢層で、4分の1以上をしめているそうです。次に多いのが7~14歳までで、17.5 %です。この構成メンバーを見ると、働き盛りの年代がしっかりメンバーとしてスポーツをしている姿が浮かび上がります。

ではドイツの学校でスポーツはまったくされていないのかといえば、そういうわけではないようです。通常の授業の中に「スポーツ授業」もあります。その他にもスポーツフェスティバルや、自主的な活動なども含まれます。学校対抗でサッカーが行われることもありますが、「学校の名にかけて」といった大げさなものでもなく、にわかじたてのチームで学校対抗の試合を楽しむようなイベントだそうです。また政策や学術などの分野でも「学校スポーツ」というテーマが掲げられ、議論や研究もすすんでいるようです。

面白いのは、日本の高校に相当する「ギムナジウム」の「伝統」です。ギムナジウムは大学入学資格「アビトゥア」を取得して、卒業します。この資格の取得はなかなかハードで、そして社会的にも価値が高いのです。そういう事情もあるからでしようか、エアランゲン市の、あるギムナジウムでは「アビトゥア」のテストが終わった後は教諭と一緒にサッカーの試合をすることを伝統にしているそうです。先生たちも奮起して頑張るようで、生徒側が負けることもあります。

しかし、それにしても日本の部活のような制度が基本的にありません。そのため、何か特別にスポーツをしたい場合、スポーツクラブのメンバーになるのが一般的な方法だそうです。それに対して、日本では、驚くことに部活で「引退」という言葉があると高松氏は言います。高校生が受験などに向けて、部活を「引退」するというわけです。トップクラスのアスリートが体力の限界などを理由に、20代後半や30代で「引退」するのはわかりますが、常識的にいえば「引退」とは、もっと高齢の人の口から出てくる言葉だと言うのです。ドイツから見たとき、日本の部活で「引退」という言葉があることに、大きな違和感を覚えたそうです。

では、ドイツではどうでしょうか?たとえば高校生ぐらいの若者が、地元の大学に進学しても、そのまま所属しているスポーツクラブで続けているケースも多いのです。大学進学までは試合に出場するなど、競技として熱心に練習していた人が、大学生になってからは、「ほどほどに」という人もいるようです。そういうふうにトーンダウンするのは、日本の大学に比べて、勉強に忙しいという事情もあります。そうかと思えば、勉強が忙しいにも関わらず、競技のために熱心に練習している人もいるのですが、なかなかすごい人だなと高松氏は思うと言います。日本風にいえば「文武両道」という感じだと言うのです。ともあれ日本の「部活」と比べてみたとき、「引退」という言葉はドイツでは必要ないと言うのです。

では、なぜ大人もスポーツができるのでしょうか?「引退」がないドイツのスポーツですので、就学期間を終え、働きはじめてもスポーツは気軽にできます。そのひとつの理由に「プライテンシュポルト」という概念があるからだと言います。これは「幅広いスポーツ」という意味なのですが、誰もができるスポーツということです。

ネーミング

高松氏は他のプンデスリーガのチーム名を紹介しています。これも実はものすごくローカル色が強いと言います。「グロイターフュルト」と同様、出自を見ると町のスポーツクラブにあるようです。ここで、「超訳」と言いながら、いくつかのサッカーチームを挙げてみています。まず、「シャルケ04」は、1904年設立のゲルゼンキルヘン市シャルケ地区のサッカークラブです。「ボルシア・ドルトムント」は、1909年設立のプロイセンのドルトムント市の球技クラブです。「ハノーファー96」は、1896年設立のハノーファーのスポーツクラブです。「1・FSVマインツ05」は、1905年設立のマインツで1番目のサッカーとスポーツのクラブです。「TSG1899ホッフェンハイム」は、1899年設立のホッフェンハイム地区の体操とスポーツのコミュニティです。

このように、スポーツクラブのネーミングには、設立年をつけることが多いのが特徴だそうです。だから名称を見るといつ、どこで設立されたのかがわかります。日本に置き換えるならば、たとえば1906年に大阪の天王寺で設立されたチーム名を「FC Osaka・Tennohji06」とし、普段は「天王寺06」といった具合で書かれたり、呼ばれたりしているようなものだと高松氏は言うのです。

地域密着は経営構造にも表れていると言います。プンデスリーガはプロチームで法人として独立しています。外部からの出資も受け入れていますが、スポーツクラブが母体になっています。「50+1ルール」という決まりがあって、株式の半数以上(51%以上)は、「母体」であるクラブが所有する決まりになっているそうです。この制度に対して、投資家などから批判的な議論もあるそうですが、買収されることが防げます。「クラブみんなのプロチーム」という構造を堅持しているかたちだと言います。プロチームも、もともと地域の体操クラブのひとつである競技部署が独立した歴史を持っているなど、「出自」からいっても、地域の歴史として深く組み込まれているようです。

それに対して、様々な人が指摘していますが、日本の場合、企業チームが出発点だったJリーグはどうしてもドイツのような雰囲気になりにくいのではないかと高松氏は言うのです。

しかし、日本ではまだ馴染みのないスポーツクラブですが、実はドイツのような総合型スポーツクラブを日本でも増やそうという方向で動いているそうです。スポーツ庁の2017年の統計資料によると約3600の総合型スポーツクラブがあります。2002年の段階で540ほどしかありませんでしたから、かなり急激に増えています。

しかしながら一般的にいえば、まだまだ「スポーツクラブ」の認知度はドイツのようには高くはなく、スポーツといえば日本では部活が主流ではないのかと高松氏は言います。部活とスポーツクラブの大きな違いは学校内で完結しているか、それとも、社会に開かれているかということにあると言います。ドイツと比較すると日本の学校じたいがタコツボ型の構造です。スポーツも部活というかたちで、タコツボの中に収まっている形だと言うのです。これは会社で働く大人も同じだと高松氏は思ってます。

地域密着

高松氏は、地域密着ということを掲げて日本で1993年にスタートしたのがJリーグだと言います。この「地域密着」というのはドイツのサッカーが参考にされたそうです。しかし、高松氏の印象で言えば、やはりドイツのほうが地域密着だなと感じることが多いと言います。その理由はいくつかあると言いますが、たとえば、ファンのためのステッカーなどがあります。あまり褒められるものではありませんが、いたずらなのか、「ファンであること」を公言したいのか、町の建物などにべたべた貼ってあることがあります。これが、たいてい地元のチームのステッカーなのです。後に触れるサッカーチーム「グロイターフュルト」のチームのワッペンなども本拠地の自治体ロゴに使われているクローバーがあしらわれています。

バイエルン州内で放送しているラジオ局が、州の故郷をたたえるようなポップソングをヘビーローテションで流していたことがあったそうです。ラップを交えたポップス仕立てです。ドイツ語がわからない人が聞けば、流行のヒットソングかと思わせる現代的な楽曲です。歌詞の内容は、観光地や州内に本社をおくBMWなどの企業、そしてFCミュンヘン、FCニュールンベルクなどのサッカーチーム、こういった州内の自慢を並べたような歌詞だそうです。伝統的にドイツには郷土ソングがたくさんあるそうですが、その現代版という感じだと言います。もし、そんな歌を京都のラジオ局が作るとすれば、こんな感じだと高松氏は例に出しています。「清水寺の舞台は素敵、鴨川デートにうってつけ、町を歩くは舞妓はん、祇園祭はみんなが夢中。無論オムロン、世界が愛する任天堂、御所の散歩はまったりしてる、京都サンガはクールなチーム」

このように、サッカーチームの地域性を感じさせる表面的な例はいろいろあるようです。さらに見るべきは、後ほど触れるように、経営の構造だと言います。クラブがプロチーグ(プンデスリーガ)を支えているような構造です。日本のJリーグの場合、どうしても企業が出発点になっているので、サッカーチームのDNAじたいがどうも違うようだと言うのです。

バイエルン・ミュンヘンが試合をしているときは、赤くライトアップ

それがよく現れたのが、地域の文化政策だと言います。たとえば人口11万人のフュルト市の市営ミュージアムで市内のスポーツクラブに関する展覧会があったときのことです。この町でも100年以上前のクラブもたくさんあり、各クラブが保管している文書や証明書、スポーツ器具、写真などを一時的にミュージアムに集めて展示しました。その中に同市のサッカーチーム「グロイターフュルト」のコーナーもありました。

このグロイターフュルトはブンデスリーガ第二部のプロチームです。2012~2013年のシーズンではブンデスリーガ一部のチームとして活躍したことがあったそうです。このチームの歴史は1903年からで、もともとは「フュルト体操クラブ1860」というクラブの中のひとつの部署でした。その名の通り、19世紀に端を発するクラブですが、20世紀にはいって、そこから独立したのです。

このようにサッカーチーム「グロイターフュルト」の歴史をさかのぼって「出自」を見ても地域のスポーツクラブから出発しているわけです。ちなみに、この体操クラプは現存しており、子どもから大人まで、5000人以上のメンバーを数えるそうです。また体操以外にもハンドボール、テニス、柔道など25種類の競技を扱っているそうです。いわゆる「総合型スポーツクラブ」のような形になっているのです。

様々な競技

次に、5万、10万という人口規模の町を見てみると、雇用吸収力のあるところも、けっこうあるようです。たとえば、高松氏が住むエアランゲンは、人口11万人の町ですが、昼間の人口が多いそうです。ドイツ全体を見ると、アディダス、プーマをはじめ、総合電機メーカーのシーメンス、製薬のバイエル、それからフォルクスワーゲンやBMWなどの自動車メーカーなど、世界的企業の本社もドイツ全国にちらばっています。これが日本から見ると小規模な都市でも雇用吸収力がある背景だと考えられます。こういう都市からよその町へ働きに行く人もたくさんいますが、周辺から働きに来る人も多いようです。地方にも経済力があるから地方分権型の国が成り立っということだと言うのです。

BMW本社

高松氏は、面白いのはこういう5万、10万人規模の町が、戦後になって経済発展を遂げたケースだと言います。周辺の村が「新興住宅地」のようになり住人が増えます。そういう村のスポーツクラブなどは設立年も戦後です。すなわち住人増加を受けて作られたのだと言います。スポーツクラブはドイツの人々にとって「リビングスタンダード」であるということが透けて見えてくると言うのです。

では、スポーツクラブがリビングスタンダードだということですが、ではどのような種目のスポーツをどんなふうに行っているのでしようか。

ドイツにも各競技によって全国組織にあたる連盟がありますが、ドイツオリンピックスポーツ連盟の2017年の統計によると、80あまりの競技連盟があるそうです。各連盟のメンバー登録数からいえばサッカーがもっとも多く、約700万人を数えるそうです。その次に多いのが、「トゥルネン」で、約500万人です。トゥルネンは「体操」と翻訳されることが多いのですが、ドイツ独自のもので、スポーツクラブを見るときにかなり重要な種目です。続いて、テニスが約140万人、射撃が約135万人)、山岳登山が約115万と続きます。また、空手は約15万6000人で20位、柔道は、約15万人で21位と日本発祥の競技人口もけっこう上位にあります。

それから、クラブで扱う競技はサッカーだけ、BMXだけ、空手だけ、といったふうに一種目のみを扱うクラブも多いですが、複数の競技を扱っているクラブもけっこうあるようです。これらは日本で「総合型スポーツクラブ」として紹介されています。もっとも、高松氏はドイツで「総合型スポーツクラブ」と直訳できるような言い方は聞いたことがないそうです。スポーツクラブの歴史をたどると、20世紀初頭に複数種目を扱う「混合型体操クラブ」といったようなものが出てきます。これを日本に紹介するときに「総合型スポーツクラブ」とされたのかもしれないと言います。確かにドイツのスポーツクラブには名称に「混合型」という言葉を残しているところもありますが、今日、ドイツの日常でわざわざ区別して使うことはないようです。高松氏が住むエアランゲン市を見ると、約100件あるスポーツクラブのうち4割ぐらいが単一競技のクラブだそうです。残りの6割程度が複数の競技を扱っている「総合型スポーツクラブ」だそうです。

地方都市や村での様子をまとめると、「NPOの数が日本と桁違い」「ドイツのスポーツクラブは約9万1000件」「人口11万人の町に100件のスポーツクラブ」「複数種目を扱う“総合型スポーツクラブ”がある」「小さな村でも必ずといってよいほどクラブがある」です。

村のスポーツクラブ

スポーツクラブについて面白いのは、1000人とか2000人の村だと高松氏は言いますそれは、こういうところでも芝生のサッカー場があるのです。しかも2面、3面持っているところもあり、その周辺にテニスコートやバスケットボール、あるいはスケートボードなどができるようになっているそうです。5000人ぐらいの村になると、クラブは確かにひとつしかありませんが、複数の競技を扱う「総合型スポーツクラブ」というところがけっこうあるそうです。そういう村でも16世紀とか17世紀ぐらいから、場合によっては1000年以上の歴史を持つところもあります。そしてしっかりしたコミュニティが確立されているのが見えてくると言います。こぢんまりとしているけど、立派な教会がたち、役場にはコミュニティホールがあります。役場に掲げられた「村の行事のお知らせ」という案内ボードを見ると、高齢者向けの昼食会、フリーマーケット、サイクリング、音楽会、サマーフェスティバル、保育園を解放して誰でも施設内を見たり、説明を聞いたりできる「オープン ドア イベント」、クリスマス市場、合唱協会の練習などが並び、村の生活が見えてきます。消防団の格納庫の壁などには火事になった教会の火を消す守護聖人の力強くも美しい絵が描かれていたりします。余談ながら、こういう消防団もドイツの場合はNPOだそうです。このように村の中にスポーツクラブは19世紀ごろに作られたところもけっこうあり、クラブがぼつんとひとつだけあるのではなく、村のコミュニティに必要な様々な「要素」とともにあるのがよくわかると言います。

さらに村のクラブを見てみると、隣村のクラブとダンスパーティなどの行き来があるところもあります。またサッカーのプロリーグ(プンデスリーガチーム)のファンクラブがある村もあります。これもNPOですが、大きな試合があると、スポーツクラプ内のレストランに集まり、皆で試合を観て盛り上がるようです。ちなみにクラブハウス内には必ずレストランがあります。これはメンバー間の交流にとって必要だからです。スポーツ交流で日本から若者たちがやってきても、こういうところで歓迎パーティなどが行われるようです。高松氏自身も、取材でクラブを訪ねてもレストランに案内され、そこで話を聞くこともあるそうです。私も、ドイツを訪問した時に、2度ばかりフェアウェルパーティーをこのようなレストランで行ったことがあります。それは、この小さな村には、大勢が集まれるようなレストランは、ここ以外にはなかったからです。

ドイツらしいと思わせるのが、「ウィークエンド・スポーツビール祭り」ということをやっている村のクラブもあるそうです。子どもや青少年のトーナメント制サッカーの試合を見ながら、村の人たちがビールを楽しんでいるのです。「子どもたちが頑張っているそばでアルコールなんて」と考える人が日本人にはいるかもしれませんが、そこは「ビールの国、ドイツ」です。いや、それ以上に、スポーツクラブが共同体の中でフルに使われているところに着目すべきだと高松氏は言うのです。

このように村でのクラブ施設の使われかたを見れば見るほど、スポーツクラブが共同体には欠かせないリビングスタンダードであるということが見えてくると言います。

伝統的なNPO

NPOについての法律ができたのは日本の法律成立を遡ること150年。国民議会が1848年にNPO設立の基本的な権利として認めました。日本の場合、法律は阪神淡路大震災などを経て、市民活動が活発化、より促進させようという狙いがありましたが、ドイツは事情がちょっと違うようです。

法律ができる以前、NPOは政治的なものもあったため、国家によって批判的に監視・統制、あるいは禁止されていました。しかし、設立を許可したほうが、かえってどういうNPOがあるのかがわかり、管理できるという判断があったようです。日本の法律成立とはずいぶん背景が異なります。ドイツにあっては19世紀の半ばのNPOの設立プームを迎えました。赤十字などの慈善団体のほかに、スポーツクラブが増えてきたのもこの頃だそうです。

伝統的なNPOといえば、合唱クラブ、射撃クラブ、郷土協会、歴史協会などが挙げられます。これらも各地にあり、中には後継者不足で苦労しているところもありますが、現在も活動しています。人口2万人、5万人、10万人といった都市でも、日本の同規模の都市とは質的に異なると高松氏は言います。大きな理由のひとつに「文化」が挙げられます。自覚的に都市の文化についてプロジェクトや政策で扱う傾向が強く、それが都市づくりにも反映されています。さらにはこれらの活動を支えるNPOがたくさんあるそうです。

たとえば郷土協会や歴史協会などは、都市の歴史などをきちんと整理し、定期的に町の歴史についての本を出版するところもけっこうあるようです。こういう市民による社会的組織が、自分たちの歴史を常に意識しているわけですが、歴史をたどっていくと、当然町の特徴も明らかになってきます。それを出版や展覧会の形で提示していきます。

1970年代ころからは男女平等、環境問題、平和、文化、反原発、同性愛者のための自助グループなどのNPOができてきました。こういう様々なイシューに取り組むNPOが地方都市にもあり、また、ボランティア活動のほとんどが、NPOを通じて行われているようです。小さな自治体でも社会的なアクティビティがたくさんあるようです。これもまた、日本とは異なる「都市の質」につながっているようだと高松氏は考えています。

ドイツのNPOについては以上のような状況のようですが、ではスポーツ分野はどうでしよう。ドイツオリンビックスポーツ連盟の統計によるとスポーツクラブは約9万あり、日本の全NPOの数、5万2000よりも多いそうです。スポーツクラブは日本の学校で展開されている「部活」とも違うようです。もっとも大きく異なる点は、部活はあくまでも「学校内」での組織です。ですから、ここに所属するのは、学校の生徒や学生です。それに対してドイツのスポーツクラブは社会全体の中にある組織です。そのため、子どもから年金生活者まで老若男女、誰でもメンバーになることができるのです。これは双方のスポーツ文化が異なる決定的な要因になるものだと高松氏は言います。彼が住んでいるエアランゲン市は人口11万人の町ですが、NPOが約740あり、そのうち100程度がスポーツクラブだそうです。そのスポーツクラブの会員の数を合わせると約3万8000人を数えるそうです。会員は必ずしもエアランゲンに住んでいる人とは限らず、同市に隣接する町の人が会員になっているケースもあるそうです。それにしても単純に計算すると、同市人口の35%ぐらいの人がなんらかのスポーツクラブの会員になっている計算です。日本でいうと、京都市の中京区とか、大阪市の阿倍野区程度の人口規模の中に100のスポーツクラブがあることになります。人口2万人ちょっとの小都市でも50ぐらいのクラブがある町も見られるそうです。

アリアンツアレーナ・ミュンヘン