価値観

社会的および市民的包摂を実現するには、多様な認知的、社会情動的な要素がかかわるため、グローバル・コンピテンシーの測定は大変な科学的な挑戦だとシュライヒャーは考えています。しかし、より印象的な側面は、この挑戦に対してPISAに参加している国々からの政治的支援を得ることの難しさだと言います。今までのところ、PISAでグローバル・コンピテンシーを実施することに同意しているのはごく少数の国だけのようです。

では、価値観を教育でどうとらえるのでしょうか?現代教育における最も困難な課題は、どのようにして教育に価値観を組み込むかです。価値観はいつも教育の中心ですが、暗黙の願望から明示的な教育目標や実践へと移行し、地域社会が「できる範囲でやります」という限定的なものから、信頼や社会的な結びつきと希望を生み出す持続可能なものへと変わるべきだとシュライヒャーは言うのです。ニューヨークタイムズのコラムニストであるトーマス・フリードマン氏は、「氷山のように強固で恒久であるように見えた観点、伝統、社会通念が、今では一世代のうちに突然溶けてしまう」と指摘しています。さらに彼は「社会が人々の下に土台を築かなければ、どんなに自減的であろうとも、多くの人々が壁を築こうとするだろう」とも指摘しているのです。

シュライヒャーが2011年、数か月前に津波で破壊された日本の東北地方を訪れたとき、一晩にして歴史ある都市が失われ、人々と学校が突然まったく新しい課題に直面する様子を見たのです。しかし、彼はまた、強力な社会基盤と回復力のある地域社会がこのような課題に対処していく姿も見たと言っています。

彼はそれまでに50回以上も日本を訪れているそうですが、当時の岩手県への訪問は印象深かったと言っています。2011年3月11日に発生した津波によって村全体が流された、果てしない地域を海岸線沿いに何時間もドライブしていた時、彼は家の土台を除いて何も残されていないことを目の当たりにしたそうです。幾つかの場所では、次々と続く廃墟には円や赤い十字が印されており、人々が家だけでなく愛する人たちも失ったことを示していたのです。

すでに仮設住宅が建てられ、公共インフラが非常に速いスピードで修復された一方で、市民の生活の立て直しは、はるかに大きな課題でした。陸中・三陸仮設校舎を運営していた船越小学校と大槌小学校の校長たちは、日本の教員がいざという時に発揮するダイナミズムと創造性を示したそうです。シュライヒャーは彼らに会う直前まで、長い暗い廊下と教室、上階には職員室がある世界でも他に類を見ない古い船越小学校の跡地を訪れていました。しかし、陸中・三陸仮設校舎は違っていたそうです。体育館には開放的な学習空間として三つのクラスを設け、職員室は「教室」に面していました。生徒と教員は一緒に、相互の尊重と責任を同時に育みながら、国難な状況に対処するための創造的な解決策をみいだしていたのです。

校長が説明したように、一つのクラスが音楽の授業を受ける際には、他のクラスは体育のために外に出るでしょう。古い学校の図書館の蔵書の多くは失われましたが、地域の人々は本やその他必要なものを寄付するためにお金を出し合いました。段ボールから作れないものは何もないようでした。幾つかの点で、津波は過去の学校を未来の学習環境に変えたのです。

価値観” への5件のコメント

  1. 被害にあわれた岩手の方々の作ってこられた復興への道筋は、日本全土に勇気と希望と力強さだけでなく、日本人としての誇りを感じさせてくれました。震災後、数年経った際に一度被災地を訪れました。もちろん震災前までとは言いませんが、綺麗に整備された道路と建物が立っていました。倒壊を免れた小学校もありましたが、現在は使用されていませんでした。高台へと移ったのでしょう。被災された方々にお話を聞くと、町の様子は変わっても未だ心の傷は癒えず、一生癒えることはない、その気持ちとずっと向き合っていかなくてはならないとおっしゃっていました。そのような中、やはり勇気付けられたのは、同じ被害に遭われた方々との交流であり、協力体制だったそうです。陸中・三陸仮設校舎での事例のように、制限された空間ではあっても、そこを最大限活用できるよう工夫し、より良い空間にとしようとする姿は、「相互の尊重と責任を同時に育みながら、国難な状況に対処するための創造的な解決策」であったのだと感じました。

  2. 当事者の方たちにとっては、私なんかが想像できないほどの感情を抱えておられると思います。しかし、その中でもなんとか前を向いて進んでおられる人を見ると、なんだかこちらが励まされますし、人の強さを感じたりもします。今回のコロナにおける現状もそうですが、生きているということは明日どうなるか分からないということでもあるのかもしれません。私たち人間は意識を持っていることで、明日も変わらない、来週も変わらないと思い込んでいるのかもしれません。そういった思考が、物事を変えていくことにも影響しているのでしょうか。変化するということは確かに大変なことも多いです。しかし、同時に得られるものもあるのかもしれませんね。

  3. 今回のブログは鳥肌を立てながら読み進めました。アンドレアス・シュライヒャー氏は東日本大震災以前に「50回以上も日本を訪れている」とのことです。この回数は驚きです。日本通、と言って良いかもしれません。そして、大津波の被害を被った岩手の沿岸地域を視察しています。「家の土台を除いて何も残されていないことを目の当たりにしたそうです。幾つかの場所では、次々と続く廃墟には円や赤い十字が印されており」・・・この光景を私も目の当たりにしました。震災から半月後、やっと故郷を訪れる機会を得ました。ウニ漁に携わる従兄の運転する軽トラックで沿岸50キロを窓外から見ることができました。シュライヒャー氏の「円や赤い十字」は自衛隊の皆さんに、この建物を取り壊してくれ、というサインでした。そして何と、私が「えっ」と心内で叫んだのは「陸中・三陸仮設校舎を運営していた船越小学校と大槌小学校の校長たちは、」そして「長い暗い廊下と教室、上階には職員室がある世界でも他に類を見ない古い船越小学校」。この小学校は私の母校です。私も津波後の母校の小学校を見ました。姪が通い、私の同級生の子どもたちが通っていました。シュライヒャー氏もあの被災校舎を見たんだ!そして「陸中・三陸仮設校舎」では姪たちが学んでいました。その姪は今、保育士として保育園で働いています。

  4. グローバルコンピテンシーへ向けた取り組みに対して、政治的な支援を受けることが難しいということは、現場がどれほど良いと思っていても改善することの困難さを物語っていますね。そして、津波からの復興の話にあった変化は、今回のコロナウィルスの影響でもあったことかもしれません。他国の教育改革の歴史については詳しくありませんが、戦争、戦後の復興、民族や宗教の思想の対立など、人の本能を刺激する何かしらのきっかけがあったのではないでしょうか。
    そして、今の日本。実は長年のデフレによる影響を受けていることを私たちは意外と知らないという話を耳にしました。ある種、危機的状況にあるそうです。それから、地球全体の危機も迫っています。不安を煽ることは好みませんが、教育改革を進めるために、人の本能にスイッチを入れるきっかけは必要なのかもしれません。教育は社会課題を解決する、最も重要なことの一つであると考えるからです。

  5. 災害というのは本当に一瞬で、ある意味いろんなものを破壊してしまいます。その恐怖を味わったすぐ後にやってくるのが「その後どうする?」問題。大きなものから小さなものまで手当たり次第解決していくことが復興するというのでしょう。絶望的な状況でも前を向いて少しずつその問題を解決していった人々には人間の団結することの凄さを感じました。困難なことが多々ある中で、その制限の中でも〝国難な状況に対処するための創造的な解決策をみいだしていた〟という生徒と先生たちのしたことというのは災害からの復興ということだけでなく、これからの社会がお手本とするべきものであるのではないかと思います。前へ進むという時に必要なことを教えてもらったような気がします。

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