適切なバランス

幾つかの国は、恵まれない移民の子どもたちに優れた学習スキルを身につけさせるのみならず、そのような子どもたちが完全に社会に溶け込めるよう支援しています。PISA2012によると、フランスでは移民家族出身の15歳の10人のうち4人が「学校に溶け込んでいると感じる」と答えたのに対し、ノルウェーの移民家族出身の15歳ではそのように感じていると答えたのは10人のうち9人だったそうです。移民の子ども達のウェルビーイングは、出身国と移民先の国の文化の違いによってではなく、移民先の学校や地域がどのくらい移民の子どもたちの日々の生活の問題、学習、コミュニケーションを助けてくれるかに左右されるというのです。

それでも、高い学力や社会的スキルを有しても、人々が社会を進歩させるためではなく破壊するためにスキルを使うことを防げるとは思えないとシュライヒャーは言います。では、どのようにして教育は過激すぎと闘うのでしょうか?これは、教育の核心に触れる課題であると言います。つまり教育の価価とは、ますます複雑化し、不安定で変わりやすい社会の中で、自信を持って生き抜いていくための信頼できるコンパスやツールを子どもたちに与えることだと言うのです。

もちろん、これは危険な領域であるとシュライヒャーは言います。彼の同僚であるディック・ヴァン・ダム氏が言っているように、これをやり遂げるためには尊敬や忍耐等の妥協できない社会の共通の価値観を強調しながら、社会の中の多様性が生み出す複数の価値観の受容をうまく両立しなければならないのです。どちらの方向も、極端に傾くと危険だと言います。価値観をむりやり統合しようとすると、多様な視点を受け入れられなくなります。また、多様性を過度に強調すると、中心的価値の正統性を疑問視するような文化的な相対主義につながります。しかし、カリキュラムの議論においてこの問題を避ければ、適切な支援がないまま教員に別の問題を押し付けることになるというのです。

このバランスを適切に保つことは難しいのですが、教育者は生徒が活動し、交流できるような文化的な、多様性があり、デジタルにつながったコミュニティを準備する必要があります。教育制度が、21世紀のより広い概念としてのシチズンシップをどのように普及しうるかを検討することが重要だと言います。2013年に各国政府は、グローバル・コンピテンシーと呼ばれる国際的な評価基準の開発を検討することをPISAに申し出たそうです。グローバル・コンピテンシーとは、異なる観点から世界を見つめ、異なる考え方、視点、価値を評価することができる一連のスキルのことです。

PISAは、グローバル・コンビテンシーを「グローバルな文化間の問題を注意深く、様々な観点で分析し、違いがどのように理解、判断、自己と他者の考えに影響するかを理解し、人間としての共通の尊敬に基づいて、異なる背景を持つ他の人々にオープンで、適切かつ効果的な関係を構築できる能力」と定義しています。PISAの定義では、グローバル・コンピテンシーに含まれる能力を挙げています。