学校選択と公平性

現実的で妥当であり、意味のある学校選択、つまり保護者が教育方法等の重要な側面を選べる場合にのみ、学校選択は期待に即した効果を発揮します。学校が多様な生徒層に対応し、生徒それぞれにあった教育を提供できなければ、選択は無意味となる言うのです。

さらに、私立学校には、政府からの助成金と引き換えに。国の致策目標を達成するための公的な運営管理と説明責任を受け入れる必要があるかもしれないと言います。全ての保護者は、自身の判断によって学校を選ぶ権利を行使できなければならないのです。すなわち、政府と学校は保護者と地域社会の関係の発展を促し、保護者が十分な情報を得たうえで意思決定できるように支援しなければならないのです。学校選択制度の成功事例は、不公平や差別につながるような選択を防ぐための基準と均御を入念に設計しているのです。

学校選択と公平性の両立に関してシュライヒャーは、最後に大切なこととして以下のことを述べています。学校システムが柔軟であればあるほど、公共政策はますます強くなる必要があると言うのです。自律性が高い地方分権化したニーズ主導型の学校システムが意思決定を現場に委ねようとする一方、中央政府は教育のための戦略的なビジョンと明確なガイドラインを示し、地域の学校ネットワークや個々の学校に効果的なフィードバックを与える必要があると言うのです。つまり、学校選択で全ての生徒が思恵を受けるためには、中央と地方の教育機関が一丸となった努力が必要なのだとシュライヒャーは言うのです。

彼の言う学校選択について、公立学校と私立学校の意味を述べていますが、この考え方は乳幼児施設にもずいぶんとあてはなることが多い気がします。彼が言うように、私立園への入園が多くなると保育、教育の民営化と言われ、公共の利益という考え方から逸脱する動きだとみなされることがあるという指摘は、乳幼児世界もありますね。しかし、ここで気をつけなければならないのは、運営が公的機関であっても、民間法人であってもどのような保育、教育を行っているのかを問わなければならないのです。それは、学校においてシュライヒャーは、「学習指導要領の一部または全部に従い、質の良い教育を提供し、教育の公的な役割をはたしている」かどうかだと言うのです。その内容を保障することによって公教育と機能的に統合して助成金を受けることができるのです。そのために公的資金が私立学校に供給される仕組みに細心の注意を払うことが重要になるのです。

さらに私は、保育、教育は常に子どもの最善の利益を優先すべきであり、投資の対象とするべきではないと思っています。また、供給としてきちんと需要に対応できるのであれば、例えば、企業が自分の会社の従業員のために設立するのは、きちんと企業が投資すべきであり、公的資金を投入するのであれば、公私とも公的使命において運営するべきであると思っています。そのために、監査なり、第三者評価なりが行われているのですが、その内容について、きちんと今後どのような幼児教育が必要であるのか、世界ではどのような改革が行われ、これから未来を作っていく子ども達にはどのような力をつけていくべきなのかをきちんと勉強してほしいと思っています。

そして、現場には、実践する上でわかりやすく、保育の見通しがつくような指針が必要になってくると思います。自らの私信によって運営するのであれば、公的資金を投入すべきでないと思っています。