成績の男女差

中学校からのキャリアカウンセリングでは遅すぎるとシュライヒャーは言います。7歳から11歳までの子どもたちが描いた将来の絵からも明らかなように、子どもたちは日々の経験に基づいた強い思い込み、つまりジェンダー、民族性、社会的階層のステレオタイプを抱いて学校にやってきます。それでも疑問に思うようであれば、「再びバランスを描く」(Redraw the Balance)という2分間の動画を見てほしいと言います。そこには66人の子どもたちが描いた消防上、外科医、戦闘機のパイロットの絵が登場します。このうち61枚は男子が描いたもので、わずか5枚が女子によるものだったそうですで。

これにはまた別の側面があると言います。生徒の成績における男女差は全体的にはそれほど目立ちませんが、PISAが測定する三つのリテラシー、すなわち読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーが低い10人のうち6人が男子であることは特筆に値するとシュライヒャーは言います。このような成績が低い生徒は、「成績が悪い」「あまり勉強しない」「やる気がないという悪循環に陥っているようだと言います。同時に、数学的リテラシーや科学的リテラシーの成績上位者のほとんどは男子だそうです。

最も優秀な女子でも、数学的リテラシーや科学的リテラシーの能力において、優秀な男子よりも自信がかないことがわかっているそうです。PISAのデータは、これらの女子が保護者からそれほど期待を示されてこなかったことを示しています。調査対象となった全ての国と地域において、男子と女子がSTEM分野で同じように成績が良い場合でも、保護者は娘よりも息子の方に期待を寄せがちです。2012年には、チリ、ハンガリー、ポルトガルの50%もの保護者が息子にSTEM分野でキャリアを積むことを期待していましたが、娘への期待は20%以下に留まったそうです。興味深いことに、韓国では保護者の子どもたちへの期待差は、男子と女子でわずか7 %に留まっているそうです。

幸い、このようなジェンダーギャップを解消するために大がかりな改革は必要ではないとシュライヒャーは言うのです。むしろ保護者、教員、雇用主が、意識的または無意識の偏見をもっと認識し、男子にも女子にも学校やその他の場所で活躍できる同等の機会を与えることができるよう、一丸となって努力をすることが必要だというのです。

例えば、PISAによると男子と女子では明らかに読書の好みが異なります。女子は男子よりもずっと多く小説や雑誌を読むことを好んでおり、男子はマンガや新聞を好みます。保護者や教員が、男子に好きなものを読む機会をもっと多く与えたら、読解力における男女格差を減少できるかもしれないのです。

PISAはまた、男子は女子よりもビデオゲームに多くの時間を費やし、宿題にはあまり時間を費やさないことも示しています。ビデオゲームへの過度な熱中は、勉強の妨げとなることが示されていますが、ビデオゲームを適度にプレイすれば、男子は紙の書籍よりも電子書籍を読むことにつながります。それでも、その両方の読解力において、男子は女子に遅れを取っているのですが。十代の子どもを持つ保護者なら誰でも、子どもに自由時間の使い方を助言することの難しさを知っているでしょう。しかし、全ての保護者は、ビデオゲームで遊ぶよりも宿題を先に済ませるように説得することで、子どもたちの人生の機会を著しく向上させることになると認識すべきだというのです。

成績の男女差” への5件のコメント

  1. 総じて学力におけるジェンダー格差はないはずですが、「最も優秀な女子でも、数学的リテラシーや科学的リテラシーの能力において、優秀な男子よりも自信がかない」ということについては留意したいところです。いわゆる、文系は女子、理系は男子、という偏見を生み出す根拠になっているのでは?もっとも最近では「リケ女」が注目を集めているのかもしれません。やはりここで気づくのは、例えば、日本社会は男性優位を信奉している70代80代が政治経済を支配している、ということです。先般報道された元総理大臣の発言がこのことを裏付けていると考えられます。ジェンダーバイアスの解消は急務の要。男性女性、と区別しているうちは、新時代を開けないような気がしております。確かに、男性、女性、で生物学的違いはあります。その違いを適切に理解した上で、ジェンダーフリー社会を築き上げていくことが肝要でしょう。社会の生産性を向上させることに繋がります。30代40代がイニシアティブを結果としてとれる社会づくりが大切ですね。

  2. 娘が祖母からもらった鉛筆書きワーク的なものを楽しそうにやっています。その中に消防士、警察官というように職業を紹介しているようなイラストがあったのですが、警察官のイラストは女性でした。これが少し前まではもしかすると全て男性だったのかもしれません。そして、私たちはそれを特に不思議と思わず、無意識に受け入れていたと思うのですが、そういったものの積み重ねが刷り込みとなって人の意識、思考を作っていくのかもしれませんね。「男子と女子がSTEM分野で同じように成績が良い場合でも、保護者は娘よりも息子の方に期待を寄せがちです」というのもまさにそのような刷り込みが影響していそうです。男女どちらがその分野に就いたとしてもそれぞれに向いている向いていないということはあると思うと、女性だからその分野に進むと苦労するということではないと思います。やはり、それぞれの子どもの個性を見ていくということは、保育においても子育てにおいても忘れたくないなと思いました。

  3. ジェンダーギャップを埋めることによって、知らずのうちに刷り込まれていた職業に対する偏見がなくなり、本当の意味での男女雇用機会が均等になるのかもしれませんね。未だに保育士のほとんどが女性であり、理学療法士や測量士は男性がほとんどである印象です。それをなくすために大人ができることは、「保護者や教員が、男子に好きなものを読む機会をもっと多く与えたら、読解力における男女格差を減少できるかもしれない」という読解力への考察がありました。ここから推測すると、「男の子なんだからこんな本読んでないの!」「女の子なんだからこんなことしないの!」など大人からの言葉の数々がジェンダーの価値観を勝手に植え付けてしまっているということであり、男女というよりも、その子が何が好きなのか、その子は何をしようとしているのかを把握してその環境を整える、まさに「見守る保育」そのものがジェンダーギャップをうめる方法でもあるように感じました。

  4. 保育の中で知らず知らずのうちに、ステレオタイプを刷り込んでしまっていないか、見直したいと思いました。私たち自身も、そういう環境で育ってきており、今も日々様々な情報に触れています。
    情報は誰かが発信したものであり、それはその人の思考が含まれたものであることを分かって、自分の中に取り入れる必要がありますね。
    その際には、性別、宗教、民族性(国籍)など属性を表すものを一括りにした主張には気をつけなければなりません。一人一人の人格や特性は属性によらず様々であります。多様性を考える際にも、障害者やトランスジェンダーといったことを一括りにして保護しようという考えではなく、一人一人の違いを知り、認め合おうという考え方が重要です。

  5. 男子は成績上位と下位に、女子はその間に挟まれるような形というのが、性差で全体をみた場合の成績になるんですね。このような違いがあるのは〝男子と女子がSTEM分野で同じように成績が良い場合でも、保護者は娘よりも息子の方に期待を寄せがち〟というのは保護者の、大人の方の自分でも気が付かない刷り込みというのが影響しているのではないかと思いました。それを少しでも無くしていくには〝意識的または無意識の偏見をもっと認識し、男子にも女子にも学校やその他の場所で活躍できる同等の機会を与えることができるよう、一丸となって努力をすることが必要〟とあり、大人の方の認識が必要であることを感じました。自分も子どもたちに知らず知らずのうちにそのような刷り込みを与えていないか、今一度考えながら保育していこうと思いました。

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