今やること

私たちは、今何をしたらいいのでしょうか?21世紀の教育の背景には、絶減寸前となった私たちの環境があります。人口の増加、資源の枯渇、気候変動により、私たち全員が持続可能性と将来の世代のニーズについて考えざるを得ません。同時に、テクノロジーとグローバリゼーションの相互作用は、新たな課題と新たな機会を生み出しています。デジタル化は、私たち個人と集団の可能性を大幅に向上させて人々、都市、国そして大陸を結びつけています。しかし、同じ影響力は、世界を不安定で複雑で不確かなものにしているのです。

デジタル化は民主化の力です。すなわち、私たちは誰とでもつながり、協力し合うことができます。しかし、デジタル化は途方もない力をも集中させています。グーグルは、従業員一人当たり百万ドル以上を稼ぎ出しています。これは、アメリカの平均的な企業の10倍であり、デジタル技術がどのようにして多くの人々を介さず規模を生み出すかを示しています。デジタル化は小さな声をどこでも聞こえるようにします。しかし、それは個性と文化の独自性を消し去ることもあります。デジタル化は信じられないほどの力を与えられます。過去10年間に設立された最も影響力のある企業は、全てアイデアから始まっています。彼らは資金や製品を提供するための物理的なインフラを手に入れる前に製品を持っていました。しかし、人々が利便性のために自由を引き渡し、コンピュータの助言や意思決定に依存すれば、デジタル化は人々から力を奪うこともできるのです。

デジタル技術とグローバル化は、私たちの経済構造や社会構造に破壊的な影響をもたらす可能性がありますが、その影響はあらかしめ決まっているわけではありません。トム・べントレイ氏が指摘するように、それらの結果は、破壊的な影響に対する私たちの集団的な反応、すなわち技術的な最先端領域と文化的、社会的、制度的、経済的状況と、それに応じた人々の継続的な相互作用によって決まると言います。

この環境の中で、国際社会が2030年に向けて設定した持続可能な開発目標(SDGs)は、貧困を終わらせ、地球を保護し、全ての人々が繋栄するための行動指針を示しています。これらの目標は、ますます加速していく時代の遠心力に対する接着剤であり、グローパル化のパズルに欠けた部分を提供する人類共通のビジョンであると言います。これらの目標がどの程度達成されるかは、今日の教室で起こることに少なからず依存しています。特続可能な開発目標の基本原理が、市民との真の社会契約になるための鍵を握るのは教育者だと言うのです。

2030年には、現在の小学生は義務教育を修了しています。したがって、私たちは小学生が現在何を学ぶかを形作るために、彼らの将来について考えていなければならないとシュライヒャーは言うのです。

社会経済の世界では、質問は公平性と包摂性をもたらします。私たちは、政治学者のロバート・パットナム氏が「接合型社会関係資本」と呼ぶもの、すなわち経験、文化的規範、共通の目的または職業を共有する家族や他の人々への帰属感を持って生まれると言います。しかし、経験、アイデア、イノベーションを共有し、多様な経験と関心を持つ集団間で共通理解を築き、見知らぬ人や機関に信頼を広げていく「橋渡し型社会関係資本」を作り出すためには、計画的で継続的な努力が必要だと言うのです。

今やること” への5件のコメント

  1. 『経験、アイデア、イノベーションを共有し、多様な経験と関心を持つ集団間で共通理解を築き、見知らぬ人や機関に信頼を広げていく「橋渡し型社会関係資本」を作り出すためには、計画的で継続的な努力が必要だと言うのです』とありました。これはまさにこれからの時代に対してどのように対応していけばいいのかということを示した言葉ですね。あらゆる分野の集団と情報を共有し、共通の目的に向かってアイデアを出していくということが大切になってくるのですね。まさにSDGsなどのような目標を示すことで、それが実現できるために何をすればいいのかということを世界全体、様々な分野の組織がアイデアを出し、行動し、そしてそれをシャアしていくことで、さらにいいアイデアを生み出していけるのかもしれませんね。今回のコロナ対策にしても藤森先生は、各国が情報を共有していけばいいのにねというようなことを言われていましたが、まさにそういった姿勢がこれからの時代では重要になると思うと、今回の騒動でいい点も悪い点も見えてくるような気がします。

  2. あらゆることは、ポジとネガの双方を持っています。グローバリゼーション一つをとってみてもそのことはわかります。現在、ビルマにおいて軍人によるクーデターの末、国が内乱状態になっています。かつて、そのことはビルマの内政問題でした。ところが、グローバリゼーションの今日、内政問題では片づけられない側面を帯びています。政治経済を論じるよりも、まず、人権、ということを考えるとそのことがわかるでしょう。どんな問題があって、クーデターが起きたかわかりませんが、市民が死んだり、政府軍と少数民族武装軍とが衝突したりするという20年前の出来事が再発しています。犠牲になるのは、弱者。世界はこのことを看過しないはずです。ITの世界であるからこそ看過できないはずです。21世紀における教育は、ビルマ問題が何故起きるのか、このことについて、生徒一人一人が考えなければならない方向性を目指して欲しいと思うのです。残念ながら、その方向性を目指すことの難しさを日本は抱えています。こうした問題意識を持ちながら、選挙で1票を投じる力しか持ち得ていな自分の非力に気づいてうなだれるのですが。

  3. デジタル化は、「民主化の力」でもあり「人々から力を奪うこともできる」という言葉から、使い方によって天と地にもなり、その正しい使い方は自分で構築する他ないようにも感じました。今この瞬間もまた新たなデジタル革新が行われていると考えると、既存の知識やアイディアは自ずと廃れ、社会やコミュニティからの疎遠をもたらすほど、デジタルと生活は切り離すことができない世の中になりました。そして、「私たちは小学生が現在何を学ぶかを形作るために、彼らの将来について考えていなければならない」という言葉があり、変化や技術革新に勝手に対応してしまう「好奇心」の保持は、最重要課題でもあるように感じました。

  4. 小さな声がどこまでも届くようになり、知らない誰かと出会い、会話できるようになりました。個人的な感覚においては。科学技術は、勝手にどこまでも発展いくものと感じます。
    そんな時代、社会の中で、私は、手の届く範囲の人を、日々顔を合わせる人のことを大切にできているだろうか、その人たちへ伝えるべきことを、伝えられているだろうかと考えました。

    子どもたちの見る世界もどんどん拡大していってるのかもしれません。だからこそ、日々の、身近な感動を大切にしていきたいと思います。その一つ一つは、必ず、世界と繋がっているから。

  5. デジタル化の影響は確実に子どもにも作用しています。そして、これからも技術革新は止まらずに進み続けていき、子どもたちへの影響も与え続けていくことでしょう。小学3年の息子も友だちとオンラインで会話しながらゲームしています。もう会わなくても会話できて、コロナ禍の今、それが主流となっているのではないかと思うほどです。〝私たちは小学生が現在何を学ぶかを形作るために、彼らの将来について考えていなければならない〟とシュライヒャー氏の言葉がありましたが、彼らがどんどん進んでいく技術革新に対応していくチカラの源である好奇心を、絶やすことなく持ち続けていくことができるようしていかなければならないことを感じました。

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