今やること

私たちは、今何をしたらいいのでしょうか?21世紀の教育の背景には、絶減寸前となった私たちの環境があります。人口の増加、資源の枯渇、気候変動により、私たち全員が持続可能性と将来の世代のニーズについて考えざるを得ません。同時に、テクノロジーとグローバリゼーションの相互作用は、新たな課題と新たな機会を生み出しています。デジタル化は、私たち個人と集団の可能性を大幅に向上させて人々、都市、国そして大陸を結びつけています。しかし、同じ影響力は、世界を不安定で複雑で不確かなものにしているのです。

デジタル化は民主化の力です。すなわち、私たちは誰とでもつながり、協力し合うことができます。しかし、デジタル化は途方もない力をも集中させています。グーグルは、従業員一人当たり百万ドル以上を稼ぎ出しています。これは、アメリカの平均的な企業の10倍であり、デジタル技術がどのようにして多くの人々を介さず規模を生み出すかを示しています。デジタル化は小さな声をどこでも聞こえるようにします。しかし、それは個性と文化の独自性を消し去ることもあります。デジタル化は信じられないほどの力を与えられます。過去10年間に設立された最も影響力のある企業は、全てアイデアから始まっています。彼らは資金や製品を提供するための物理的なインフラを手に入れる前に製品を持っていました。しかし、人々が利便性のために自由を引き渡し、コンピュータの助言や意思決定に依存すれば、デジタル化は人々から力を奪うこともできるのです。

デジタル技術とグローバル化は、私たちの経済構造や社会構造に破壊的な影響をもたらす可能性がありますが、その影響はあらかしめ決まっているわけではありません。トム・べントレイ氏が指摘するように、それらの結果は、破壊的な影響に対する私たちの集団的な反応、すなわち技術的な最先端領域と文化的、社会的、制度的、経済的状況と、それに応じた人々の継続的な相互作用によって決まると言います。

この環境の中で、国際社会が2030年に向けて設定した持続可能な開発目標(SDGs)は、貧困を終わらせ、地球を保護し、全ての人々が繋栄するための行動指針を示しています。これらの目標は、ますます加速していく時代の遠心力に対する接着剤であり、グローパル化のパズルに欠けた部分を提供する人類共通のビジョンであると言います。これらの目標がどの程度達成されるかは、今日の教室で起こることに少なからず依存しています。特続可能な開発目標の基本原理が、市民との真の社会契約になるための鍵を握るのは教育者だと言うのです。

2030年には、現在の小学生は義務教育を修了しています。したがって、私たちは小学生が現在何を学ぶかを形作るために、彼らの将来について考えていなければならないとシュライヒャーは言うのです。

社会経済の世界では、質問は公平性と包摂性をもたらします。私たちは、政治学者のロバート・パットナム氏が「接合型社会関係資本」と呼ぶもの、すなわち経験、文化的規範、共通の目的または職業を共有する家族や他の人々への帰属感を持って生まれると言います。しかし、経験、アイデア、イノベーションを共有し、多様な経験と関心を持つ集団間で共通理解を築き、見知らぬ人や機関に信頼を広げていく「橋渡し型社会関係資本」を作り出すためには、計画的で継続的な努力が必要だと言うのです。

教員組合と共に

カナグのオンタリオ州では、2014年に政府が州内の4つの主要な教員組合と4年間の団体協約を締結してるそうです。この協約の合意に向け、政府は教育戦略と組合の関心を一致させる条項を盛り込むように交渉し、その結果、教育政策を加速させると同時に教育改善に継続的に取り組むための安定した労働環境を整備するための基盤が提供されたそうです。シュライヒャーはこの事例を通して、政府と教員組合との関係が持つ本質には、教育における労働組織が反映されていると考えているようです。政府が指導や正当化に集中し、教員が10年以上前のような働き方と給与で働くことを期待されるような高度に産業化された労働組織では、気づかないうちに組合に対して、報酬や労働環境の改善に取り組むように促してしまうと言います。その結果、ステークホルダー間の関係性がトップダウンや対立関係になってしまうと言うのです。

他方で、政府が教員に対してインセンティブを与え、教職が多様なキャリア、権利や革新的な働き方によって特徴づけられるような高度に専門化した労働組織では、政府と組合間での戦略的かつ原則に基づいた専門的な労働関係の形成につながっていきます。その意味において、全ての教育システムが、それに見合う教員組合を持つことに価値があるのだと言うのです。

そのため、2009年のPISAの結果が出された当時、アメリカ教育省のアーン・ダンカン大臣、教員組合の国際連盟である「エデュケーショシ・インターナショナル」のフレッド・ヴァン・ルーヴェン氏とシュライヒャーは、教職に関する初の国際サミットを開催しました。ダンカン大臣は、PISAや教育における国際協働の強力なサポーターであり、彼は現場の変革が教員組織の関与に左右されることをよく理解していたそうです。この国際サミットの趣旨としては、世界各国の大臣や組合が一堂に会し、各国内において多くの場合、ステークホルダーの偏った関心に起因して解決が難しい課題を挙げることでした。そこでシュライヒャーらは、政府、教員組合や専門団体によって教員の役割を再定義し、21世紀の生徒のニーズを満たし、教員がキャリアの中で成長するための協働的な労働組織を支援していく時が来たことを強く感じたそうです。それ以降、彼らは最もパフォーマンスが高く、最も急速に教育システムを改善している国や地域の大臣や教員組合の代表を毎年招聘し、教職の社会的な地位向上へ向けた世界規模での独自の活動に取り組んできたそうです。

もちろん、この国際サミットを開催する以前にも大臣や組合の代表はともに多くの国際会議に出席してきましたが、この教職に関する国際サミットの特徴は、参加者が隣どうしに座っていることです。参加者は、各国の大臣や組合の代表と直接会話し、自国で行き詰まっている課題をすでに経験し、乗り越えた経験を持つ参加者と交流できるのです。実際に、この国際サミットへの参加条件は、その国から必ず大臣と組合の代表の両方が参加することです。この国際サミットでは共通理解や合意形成にまでは至りませんが、積極的・情熱的とまでは言わないまでも活発な議論がおこなわれており、参加者全員にとって非常に価値のある国際交流の場となっているようです。

教員組合

2013年に行なった質問紙調査に回答した組合の多くは、教育政策の立案や推進において、少なくとも部分的に政府に関与していると回答しているそうです。しかし、多くの組合が政府との対話の機会を設けられていると回答した一方で、その半数はこの対話に部分的にしか関与していないと感じると回答しているそうです。さらに、組合の多くは自らが関与しているのは政策の実行よりも設計だと感じていることが明らかにされています。

これは、単に形式的な手続きが導人されていたとしても、実際の関与が保証されるわけではないことを示しています。たとえ同一の国でも、各労働セクターを代表する組合と政府との関係性を反映して、組合どうしでも意見が異なる場合があるのです。

また組合の代表は、教育政策のどのような分野について議論しているかを質問されました。多くは教員の専門性開発と回答しており、次いで労働条件や公平性を課題として挙げています。また、カリキュラム、報酬、特別な支援を要する生徒への対応、教員評価、学習評価や機関評価も多くの組合が課題として挙げています。他には3分の1が生徒の態度について生産的な話し合いがおこなわれていると回答した一方で、教育研究、学校開発や教育協議会についてはあまり言及されていません。

また、教育訓練政策についても質問されており、多くの組合が政策推進の議論に完全には関与しておらず、むしろ関与していないと回答しています。訓練が必要な際に関与したと回答した人は少なかったそうです。また、教育訓練政策で生産的な議論がおこなわれている分野としては、多くの組合がカリキュラムを挙げており、次いで専門性開発、公平性、報酬、成人教育や労働条件等を挙げています。一方で、若者への訓練戦略やその訓練への財政支援等についてはあまり言及されていません。

概して、この質問紙調査は、特に教員やスキル等の政策分野において、多くのOECD加盟国で組合の積極的な関与が見られ、大変有意義な内容であったとシュライヒャーは評価しています。しかし、特に組合と政府による全体的な対話には、未だ改善の余地があるといいます。政府は、今後このような取り組みを広く認知し、支援することで、対話を進めるための積極的な役割を果たす必要があると彼は言うのです。

しかし、教員と政策立案者を分断する厄介な課題が多く存在するため、これは容易ではないと言います。エビデンスが示す生徒の学力向上に必要なものよりも自らの生活上の問題を優先して学校改革を阻む存在として、教員組合と対立する努力も存在していると言います。しかし、生徒の学力が高い国や地域には、強い教員組合が存在するものだとシュライヒャーは言います。国内における特に教員組合を含む組合の存在と生徒の学力には、あまり関係がないようだと言います。一方で、教員の実践が専門化される度合と生徒の学力には関係があるかもしれないと言います。PISAで成績上位の国は、教員組合と建設的な関係を構築しており、教員を信頼きる専門的なパートナーとして位置づけている傾向が高い点からもそのように言えるのではないだろうと言います。

必要な時間

教員は、自らの実践を省察するための時間だけではなく、機会があれば専門性開発のために積極的に活動する時間が必要です。そして、教育改革のための教員研修も多くの場合、全てのステークホルダーが自分たちに求められる新たな役割や責任を果たす準備や姿勢を整えられるように必要とされているのです。

政治家にとって1週間は非常に長いですが、教育改革が成功するためには多くの場合、数年単位の時間を要すると言います。まず、前述のように、改革の初期コストと改革後に見込まれるメリットの間には相当なギャップが生じるものだと言います。これまでシュライヒャーは、就学前教育やケアへの投資が特に大きな社会的利益や学校教育への好影響をもたらすという豊富なエビデンスがあるにもかかわらず、なぜ投資不足が生じているのかと自問自答を繰り返してきたそうです。ドイツでは、就学前教育プログラムに子どもを通わせるために、保護者は授業料を支払わなければなりません。一方、わずかな授業料をドイツの大学生に課すことは、それを正当化する理由があったとしても、ほぼ不可能だと言うのですこのように就学前教育に授業料がかかる理由は、子どものためにロビー活動がおこなわれていないからだけではなく、就学前教育が改善されるためには非常に長い時間を要するからであるとシュライヒャーは言うのです。それは、私たちが多くの場合、直ちに自分たちの健康を害する場合には最も高額な医療でも受けようとする一方で、教育サービスの重大な欠点が長い間明らかにされない場合には、それを受け入れてしまったためだと言うのです。

実際に、就学前教育に携わっている身からすれば、そのことに痛感します。つい先日も、私が提案するカリキュラムによって育った子で、有名になった子がいるかとある投資家から聞かれました。戦前から行っているカリキュラムでは、誰々さんのような有名人を輩出しているのだと言うのです。そんなことを言ったら、改革は行われなくなってしまいます。すぐに結果が現れるわけでもありませんし、有名になることがそのカリキュラムの有効性を証明するものでもないからです。それは、教育全体に言えることですね。

さらに、改革は多くの場合、特定の順序で実行されてこそ効果を発揮するとシュライヒャーは付け加えています。例えば、カリキュラム改革が、効果的におこなわれるためには、それ以前に教員養成や現職の教師教育改革が必要なのです。

また、改革の初期段階から時期、導入、目的に関する明確な理解を促進することは必要不可欠です。さらに改革の手段を周知し、理解を促し、信頼関係を構築し、政策開発の次のステージへと進むための能力開発を進めるためにも、十分な時間の確保が必要です。この点については、マイケル・バーバー卿が著書「Deliverology」で、改革の設計や推進のプロセス、改革の各段階における優先順位の定め方、クラスにおける最も良いパフォーマンスのマネジメント原理の活用方法等を検討しています。しかし、そこで雄弁に記されている内容が実際の実践に生かされた事例は少ないそうです。

教職を教育改革の核に据えるためには、政府と教職間の充実した対話が必要不可欠です。OECDのために労働組合諮問委員会が19か国の24の組合を対象に2013年におこなった質問紙調査では、すでに多くの国や地域で成熟した対話がおこなわれていることが明らかにされているそうです。

試行プロジェクト

政策の試験的な導入や試行プロジェクトの実施は、関係者間の合意形成を促し、不安を和らげ、それが本格的に導人される前に改革案を吟味することで抵抗に打ち勝つことができると言います。また、同時に政策を本格的に推進し始めてからも、継続的にその改革プロセスを見直し評価することが重要です。教員や学校管理職は、自分たちの懸念を表明し、政策調整に対して助言ができる環境があれば、その政策を受け入れる可能性が高くなります。

ニュージーランドでは、教育省によって幾つかの独立した評価委員会が設置され、そこで国家政策のモニタリングがおこなわれているそうです。例えば、英語を教授言語とする学校におけるカリキュラムの導入は、政府教育評価局によって監督されています。また、学習指導要領については、教育省及び政府教育評価局からの委託を受けた評価チームによるプロジェクトを通じて、複数の学校サンプルを用いながら監督されています。これらの評価活動から得られた情報は、調査データ、政府教育評価局の報告書からの情報や全国及び国際学力調査の結果等によって補完されているのです。このように、幾つかの国では、外部評価団体が学校やその他のステークホルダーからの評価プロセスへのフィードバックを収集し、導入プロセスを監督しているのです。

改革への大きな障害の一つとして能力とリソースの不足が挙げられますが、リソースの影響はその範囲、本質やタイミングを含めて過小評価されがちです。そして、不足するのは財政的なリソースではなく、そのシステム全体における人的能力です。

カナダ西部に位置するアルバータ州における「学校改善のためのアルバータ・イニシアチブ」は、まさにこのような課題に取り組むために1999年に創設された組織です。その主な活動は、教員、保護者や地域コミュニティに対して、地域のニーズを満たすための革新的なプロジェクトを推進するよう協働しながら働きかけることです。このイニシアチプが形成するプラットフォームは、学校や学区が協働的な探究のプロセスを通じてカリキュラムや教育方法における教員の専門的な能力の改善を進める場として活用されています。

このイニシアチブは、アルバータ教職員協会、アルバータ州政府やその他のアルバータ学校理事協会等のような専門パートナーの緊密な連携によって生まれました。また、アルバータ教職員協会は、その予算の半分近くを専門性開発、教育研究やより革新的で力強い教職の構築に向けた公的支援に充てています。

2013年におこなわれたOECD国際教員指導環境調査(TALIS)は、まさにこのアルバータ州における教員の専門性向上への精力的な取り組みの成果を示しています。アルバータ州の教員は、その他のTALIS参加国や地域の教員よりも多く専門的な学習に参加しており、TALIS平均71%のところ、85 %が教育関連の講座やワークショップに参加し、TALIS平均44%のところ、80%近くが教育関連の学会に参加し、TALIS平均では3人に1人強のところ、3人に2人近くの教員が専門的なネットワークに所属し、そして、TALIS平均31%のところ、50%近くが個人または共同研究に従事しいることが明らかになったそうです。一方、アルバータ州において一度も専門的な学習活動に参加したことがないと回答した教員の在り合いは、わずか4 %であり、これはTALIS平均の16%よりも低いのです。

教員の参加

では、どうして教育改革に教員が参加するのでしょうか?政策を開発するプロセスでは、その初期段階から幅広い分野のステークホルダーが関与することで合意形成が容易になります。定期的な情報共有は、ステークホルダー間の信頼関係を築き、課題意識を高め、互いに歩み寄る土壌を形成します。逆に言えば、政治が疑念を払拭することに終始し、良識的な判断よりも自らの地位にすがるようになることで、我々は対話を通じた新たなアイデアの創出と変革する能力を失うことになるのです。

改革のデザインに教員が純粋に関与していないところでは、その改革の推進に彼らは協力しないでしょう。これは、単なるリップサービスで済む話ではありません。実際に、シュライヒャーは政策立案者が見下すような態度で教員の能力不足を嘆き、教員養成プログラムの充実を図る必要性を主張する声を聞くことがあるそうです。しかし、より深刻な問題は、政策立案者の多くが、良い教室からの良い実践を教育制度に取り込むよりも、政府からの指示を教室に下ろすことに徹しているために、教員の中に潜在的にある能力や専門知識への理解が乏しいことなのです。

私たちはこれまで教育評価の実践を再検討し、そこに多くのダイナミクスが含まれていることを学んできました。実際に、評価政策は一つの意見を押しつけるよりも多様な視点からの歩み寄りの方が得られるものが大きいとシュライヒャーは言います。例えば、教員は評価方法をデザインする時点で相談を受ければ、評価を受けることに納得するでしょう。さらに、これは教員の専門性、スキルや経験の重要性や責任の範囲を認め、活用するための良い方法であるといえます。もし、教員を評価する手段が「お上」によってデザインされ、実行された場合は、行政と教員の間には「弱い連携」しか生まれないだろうと言います。その場合、教員の関与は乏しく、評価手段を通じた潜在的なリスクは発見されないだろうと言います。

目標設定、自己評価や個々のポートフォリオの準備等の評価活動に教員や学校管理職を取り込むことは、教員や学校管理職間のエンパワーメントを高め、そのプロセスを円滑に推進することにつながります。教育当局は、経験豊かな教員の助言から多くのことを学べます。これらの教員は、良い教育実践を見極め、同僚を評価するための最善の方法を知っています。つまり、評価システムは、それが専門家によって活用しやすく、客観性と公平性が認められるものでなければ成功しないということだと言うのです。

さらに、教職を取り込むことの必要性は、政治や実用主義の範囲を超えつつあるようです。知識基盤社会がさらに拡大するなかで、政策立案者の大きな課題は、教員の質をどのように維持し、全ての教員が専門的な学びに継続的に取り組むかです。また、効果的な専門性開発の特徴に関する研究によれば、教員は専門職基準を踏まえて自らの実践を分析し、学習基準を踏まえて生徒の学習の進捗状況を分析する必要があるとされている点からも、教員を取り込むことの重要性は高いとシュライヒャーは言うのです。

これを私たち幼児教育の世界に当てはめて考えると、果たして保育者はこのような取り組みをしているでしょうか?そのすることで、初めて保育の質が保障されるのです。現在、保育の質が議論されていますが、結局は、保育の質を考えるためには、研究者だけに任せるのではなく、保育者が保育改革に参加していかなければならないのです。

参加アプローチ

デンマークのような取り組みのほかに、ニュージーランドの取り組みがあります。ニュージーランドの教育制度の中核にあるのは、教員のプロ意識への信頼と、相談と対話の文化です。ニュージーラドにおける評価システムは、上からの指示によるものではなく、協働作業によって開発されたためです。シュライヒャーは、完全に教員に評価を委ねるという、ニュージーランドのいちかばちかの評価システムの開発には正直に言って懷疑的だったと言っています。しかし、彼らが成功したのは、まさに教員養成や研修、同僚間の協働の促進に時間と労力を費やしたためです。また、最終的には、彼らは信頼性の高い生徒の学習成果データを得るにとどまらず、教員も評価の本質、さらに多様な課題に対して生徒がどのように反応するのかへの深い理解ができるようになったのです。おそらく、ここで最も重要な点は、他のクラスや学校で生徒に課された類似の課題について、教員がどのように評価しているかを理解できるようになったことではないかと言うのです。

このような参加アプローチの結果、今では学校はこの評価戦略に対して、多くの支持と深い関与を示しています。当然のことながら多様な意見はありますが、評価の目的については共通理解があり、国家政策の形成に参画することでステークホルダー間でも期待感のようなものが見られるようになってきているようです。

また、ノルウェーにおける政策立案の特徴として、高い水準での地方への権限移譲が挙げられると言います。これは、国家による評価枠組みの開発段階においても明らかだと言います。学校は、その方針、カリキュラム開発や評価において、高い自律性を有しています。また、民主的な意思決定と評価政策に対して懸念を抱く人々を積極的に取り込むことが、その政策の成功には必要不可欠であるという共通理解が存在しているのです。さらに、ノルウェー政府が地方自治体の能力開発と強化、さらに地域間での情報交換を促すあらゆる支援を行っている点も特徴的だと言うのです。

フィンランドでは、教育評価の目的とその優先事項は、教育文化省、教育評価局、高等教育評価局、全国評価理事会やその他の主要組織が協働で策定した「教育評価計画」によって規定されています。教育評価局のメンバーは、教育行政、教員、生徒、雇用者、雇用主や研究者の代表です。

ベルギーのフランス語圏における監視委員会は、教育システム全体を監督する組織です。この委員会は、特に二つのミッションを担っています。一つは教育システムの一貫性をコーディネートし、視察することと、もう一つは教育学的改革の導入をフォローすることです。委員会のメンバーとして、多様な教育関係者が参画しており、学校視察官、学校設置者、研究者、教員組合や保護者の代表が含まれています。新たな政策が推進される際、トップダウンとボトムアップの組み合わせが、共通理解への合意形成を可能にします。教員、その他の教職員や組合等を含む実践家が、研究で得られたエビデンスをもとにした政策開発、解釈、翻訳に参画することで、彼らは強い当事者意識を持ち、改革プロセスに対する信頼性を高めているのです。

合意形成

チリの教育省により取り組みのような全国規模のコンサルテーションや教員の専門性に関する合意が得られた後に、教員のパフォーマンス基準の枠組みが開発され、公的に認定されたのである。この教員のパフォーマンス評価の試行プロジェクトは、その後四つの地域で実施されているそうです。そして、2003年6月には、省庁、地方自治体や教員組合の合意によって新たな評価システムの漸進的な実施が決定したのです。

幾つかの国や地域では、すでに教員やその他のステークホルダーに対して政策検討のための公開討論を目的とする教職員協議会を設置しているそうです。例えば、2006年に設置されたアイルランド教職員協議会は、教員の専門性や教師教育における優れた実践を推進、維持することを目的として設置されています。法定組織とて、同協議会では教員の専門的な実践を監督し、教員養成プログラムを開発し、教員の専門性開発の向上を担っています。これらの活動を通じて、協議会は教員に対して専門職としての自律性を十分に与え、その結果教員全体の専門的地位やモラルの向上をおこなっているのです。そして、この教職員協議会の主な機能は、特に教員の登録の維持・管理、教員の登録に必要な教育要件の決定、教員に対する継続的な研修や専門性開発の奨励、教員の適性に関する調査の実施や必要に応じて不適切教員に対して制裁を科すこと等を含む専門職行動基準を確立、公表、維持することです。

協議会は、登録された教員や教員養成機関、学校マネジメント組織、全国保護者協会、産業界、ビジネス界や閣僚候補者等、教育分野にかかわる多様な団体の代表によって構成されているそうです。

批判的に見れば、このような協議会は教員養成、教員の任命、教員のパフォーマンスやキャリア開発に関する専門家主導のスタンダードの設定や質保証を機能させるものだといえます。このような組織の目的は、医薬、工学や法律等の分野で専門性を長い間特徴づけてきた自律性や社会的な説明責任を教職においても確立することなのだとシュライヒャーは言うのです。

彼らがおこなったアセスメントと評価枠組みの再検討は、共通の合意形成が改革推進に効果的であることを例証する幾つかの事例を示していると言います。

デンマークでは、2004年にOECDから評価文化の確立の必要性を示す勧告を受け、全ての主要なステークホルダーがその導人に向けて取り組むことの重要性を認めているそうです。実際に、デンマークでは、初等及び前期中等教育(フォルケスコーレ)に係る政策開発に関係者グループを巻き込んでそれを推進するという伝統が存在しています。その関係者グループには、教育省(国家)、市町村(地方自治体)、教員(デンマーク教員組合)、学校管理職(デンマーク校長組合)、保護者(全国保護者協会)、生徒、各学区の管轄組織、デンマークにおける独立小学校(私立)の代表組織や研究者等が含まれています。

今日のデンマークにおいて、初等・前期中等教育の評価及び質開発協議会は、評価政策を議論する際に最も広く知られた共通のプラットフォームです。しかし、近年その他団体が主導する対話が活発におこなわれているそうです。その一つはナショナル・テストを開発し、優秀な成績を収めた学校を毎月選出・表彰したり、地方自治体が協働でフォルケスコーレの改善に取り組むよう推奨したりしているそうです。

改革への抵抗

テストの標準化を進める改革の必要性を教員が納得するためには、教員が評価の広い目標やその評価に内在する基準や枠組みを理解し、支持をしていることが重要な意味を持ちます。明確な目標やスタンダードを設定し、それを教員に伝達することは、達成すべき生徒の学習成果を教員が明確に理解し、いわゆる「テストのための教育」への行動を抑制することにつながるとシュライヒャーは考えます。

改革への抵抗は、大抵の場合、提案された政策に伴う変化の本質、そのインパクトや一般市民を含むステークホルダーにとってメリットの有無等に関する情報が不十分な時に生じます。改革の反対派は、市民に対する十分な説明や改革に向けた準備を与えられていないと主張するでしょうし、また政策イノベーションの社会的受容を十分に得られていないと主張するだろうとシュライヒャーは言います。これらの点は、教育者や社会全体が納得するためには、基礎的なエビデンスを示すことが重要であることを示唆していると言います。そこには、政策決定が非常に困難なことについての認識や国民的な議論を深め、異なる代替政策案のインパクトに関するエビデンスを広く共有すること等が含まれています。これこそが、確実に合意を形成していくための方法なのだと言うのです。

政策を改革するために合意形成が重要であることは、すでに十分な根拠がそれを示していると言います。同時に、多様なステークホルダーを前提とする教育分野において、合意は集団内における最低限の共通項の合意形成を意味するかもしれませんが、それでは真の改善には不十分かもしれないとシュライヒャーは考えています。そのため、戦略的なリーダーシップが教育改革を成功させるための核となるのだと言うのです。

懸念事項の検討を可能にするコンサルテーションとフィードバックによって合意形成を図ることができます。また、その結果他のステークホルダーが強い抵抗を示す可能性を減らすことができます。また、政策設計にステークホルダーの参画を促すことは、長期的な能力開発やアイデアの共有を可能にします。そして、教育政策の設計にステークホルダーを巻き込むことは、改革の本質、ニーズや妥当性への共有意識を持たせることができると言います。

OECD加盟国の経験から、合意に基づく政策立案に元来備わっている恒常的かつ組織的なコンサルテーションは、多様なステークホルダーや政策立案者間の信頼関係を構築し、合意形成を促すことをすでに証明しています。

例えば、チリでは、初等・中等学校における教員評価システムを導入することを目的に立案された1991年教員法により、雇用主は2年間続けて評価の低い教員を解雇することができました。しかし、この評価システムは、評価委員会の構成員に関する教員組合からの反対、およびこの制度が改善よりもむしろ処罰に焦点を当てていることから実施されませんでした。

それにもかかわらず、教員評価は1990年代を通じて社会的・政治的な関心として注目されていました。それに対応して、チリの教育省は、省庁、地方自治体や教員組合の代表によって構成された専門委員会を設置しました。そして、数か月後にこの専門委員会は、教員評価制度の合意に達したのです。また、同委員会では専門的なパフォーマンス基準のためのガイドラインを作成し、その手順や教材を評価・調整するために、国内の各地で試行プロジェクトを実施することでも合意したのです。

重要な要素

シュライヒャーが挙げている改革を進める際に特に重要な幾つかの要素の中で最後のものは次のものです。

・改革にかかわる全ての階層でのフィードバック体制、対応のためのインセンティブやより良い成果をもたらすための能力開発の手段等、目己調整システムの構築に向けた改革イニシアティブの初期段階からの進歩が見られる必要がある。また、チェンジマネジメントのスキルへの投資も不可欠である。また、教員に対しては、変革への手段が与えられていることに対する再保証も必要である。そして、子どもの学習成果の改善に向けた教員のモチベーションについても評価されるべきである。

・「政府全体」による取り組みは、教育改革をより総合的な改革にする。

以上のような要素ですが、今後、各側面をより詳細に検討していく必要があるとシュライヒャーは言うのです。

教育改革に対する多様な視点は、特に各政策立案者がそれぞれのステークホルダー,グループ(政府当局)を代表している場合が多いため、政策立案を困難にします。例えば、教員評価の方法を選ぶ際にも、常に累積的評価であるパフォーマンス評価や形成的評価と言われる改善へ向けた継続的なフィードバックに関するそれぞれのメリットを巡る議論が繰り返されているそうです。他方で政策立案者や保護者は、質保証や説明責任に価値を置く傾向にあるようです。彼らの主張では、学校は納税者に支えられた公的機関であり、国民は教育の質により価値を求めるのです。累積的な教員評価は、校長の優れた教育実践や教員の貢献に対する褒賞を与えるための指標となり、国民、議員、地方教育行政当局に対して、教育の質の監督と保証の手段として用いられます。しかし、教員や所属する組織は、累積的な評価を管理的なツールであるとして嫌い、それよりも形成的なアプローチを好む傾向にあるようです。

一方で、異なる考えを見事に一致させた事例も多く見られるようです。例えば、チェコでは、学校教育修了試験の標準化を1997年に開始し、14年後の2011年に実際にそれを導入したそうです。その間、幾つかのモデルが開発され、パイロット版が導人され、根本的な部分は複数回にわたって修正されました。この改革は、特にチェコ国内の政党間で熱い議論を巻き起こしたものの、最終的には試験の方法に対する合意を得られなかったそうです。

その他の優先事項としては、生徒の学習のために達成すべき事項に関する長期的なビジョンの共有が挙げられます。個人や集団は、社会全体が改革の必要性を理解し、広い戦略の中で自らの役割が見えている場合は、決して自分の関心と近くなかったとしても改革を受け入れる可能性が高いようです。これを達成するためには、エビデンスに基づいた政策分析、代替政策オプションやそのインパクトに関する研究成果や改革をおこなった場合とおこなわなかった場合のコストに関する情報等が全ての人々にわかるような言葉で広められる必要があるのです。