負の影響

移民の生徒は、その家族の教育水準乎校庭に関わらず、カナダの新規移民を受け入れとその定着ための支援を受け入れることができます。語学習得や、特別な支援が必要な生徒への課外プログラムもあるそうです。教育システムは、異文化の尊重と、カナダ人としての共通のアイデンティティの育成を両立させています。

こうした取り組みの連携こそが成功の鍵のようだと言います。大量の移民が歓迎され、達成するシステムへと注意深く組み入れられます。移民の生徒は速やかに高い水準に適応します。他国に比べ多くの割合の移民を受け入れていますが、このことによる負の影響は見られないそうです。

しかし、統一された国家戦略は持たず、それぞれ異なる各地方の取り組みが緩やかに同じ方向に向かうことによって一定の成功が収められるというカナダの例は確かに興味深いとシュライヒャーは思っているそうです。

カナダの例が、教育水準の向上に万能の方法はないことを示しているとすれば、多くの先進国が現在受け入れている人物よりも、かなり多くの数の移民の生徒を受け入れたとしても、各国から賞賛されるような成績を達成することも不可能ではないだろうと言うのです。

では、世界の教育ランキングで常に上位を維持しており、優れた教育の代名詞ともなっているフィンランドはどうでしょうか?実際、フィンランドの政策や実践を参考にしようと多くの国から専門家が視察に訪れています。

2015年のPISAにおいてフィンランドは読解力で4位、科学的リテラシーで5位、数学的リテラシーで13位でした。フィンランドの数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の成績下位者の割合がカナダ、エストニア、香港、シンガポール、ベトナムなどの上位の国や経済圏より多かったため、3教科すべての平均点が引き下げられ、前年よりもややランクが下がりましたが、それでもフィンランドの成績は安定して高い水準を保っています。

フィンランドは、成功への道筋に多くの選択肢があることを示しました。アジアの多くの成績優秀国に比べて授業時間が少なく、宿題もほとんど出されず、学校視察も廃止されています。

しかし、他の成績上位国と同様、フィンランドのシステムも、恵まれない生徒も学校で良い成績を取り、場所がどこであれ全ての学校が高い質を保つべきという考えに基づいているようです。また、他の北欧やバルトの国々同様、社会経済的地位の成績への影響は平均よりも小さいのです。

成績上位に導くもう一つの大きな要因は、指導力の質の重視にあるようです。フィンランドでは教員は引く手あまたの社会的地位の高い職業で、教職課程の倍率は10倍という厳しさだそうです。学部卒だけでなく、修士取得者も多く、優秀な学部生の間で人気があります。教員は学校に配属されると、その後も能力開発が課され継続的に学ぶことになります。給与は決して高くはなく、ヨーロッパの水準からすると生徒一人当りの予算と教員の給与は中程度ですが、教職は重要で尊敬される職業とみなされており、教員は信頼され、高い社会的地位を得ています。

負の影響” への8件のコメント

  1. 藤森先生も以前から言っておられますが、保育の地位を上げるということが日本においても重要になってくるのではないかと今回のブログを読みながら感じました。社会的な地位が上がれば、優れた人しか資格をとれないということになり、そこを目指す人も増えるでしょうし、質もまた高まっていくのかもしれませんね。日本は現状、多くの優秀な人もいますが、ある意味では誰でもなれてしまうようなところがまだまだ保育士という資格にはあるのかもしれません。「カナダの例が、教育水準の向上に万能の方法はないことを示しているとすれば、多くの先進国が現在受け入れている人物よりも、かなり多くの数の移民の生徒を受け入れたとしても、各国から賞賛されるような成績を達成することも不可能ではないだろうと言うのです」とありました。様々なことを知り、参考にするということはとても大切ですが、目の前の状況を冷静に分析し、それに合わせたやり方に柔軟に対応していくということもまた大切になってくるのかもしれませんね。

  2. 「教職は重要で尊敬される職業とみなされており、教員は信頼され、高い社会的地位を得ています」というフィンランドのように、日本の教職も同じように聖職である印象はありますが、どこか違ってくるのはなんなのでしょうか。「先生」と呼ばれ、教えを乞い、感謝される存在であったはずです。それが、社会とのギャップや不祥事などによって良いイメージがありません。「教員は引く手あまたの社会的地位の高い職業で、教職課程の倍率は10倍」というフィンランドはすごいですね。メディアによる情報の影響もあるのでしょうが、良い教師や良い学校の実践などの発信は、必要不可欠であるように感じました。

  3. 教育システムは、異文化の尊重と、カナダ人としての共通のアイデンティティの育成を両立させています。

    冒頭にあったこの面が、1番印象的でした。異文化を尊重することは、受け入れた側のアイデンティティを侵すものではなく、育てるものであるのでしょう。

    日本人としてのアイデンティティを感じることはあまりありません。日本の文化、年中行事へ、保育士になるまで無頓着でもありました。料理人の和食離れも課題だそうです。海外のものがもてはやされる雰囲気は強く感じます。

    島国であり、住んでいるほとんどが日本人であり、情報がドンドンと入ってきます。多様性はおろか、自分たちのことすら分からなくなる、知らないということになりかねないなと感じます。

    先日、1年間に及んだ感覚統合の研修が終わりました、締めの言葉の中には、「自己認知」の話がありました。どんな教育方法で改善していくのか、それはたった一つ答えがあるものではないのでしょう。自己認知から始まる気がします。

  4. カナダの移民受け入れ体制は、素晴らしいですね。「語学習得や、特別な支援が必要な生徒への課外プログラムもある」とか。移民を受け入れながら「異文化の尊重と、カナダ人としての共通のアイデンティティの育成を両立」というところもいいですね。日本はどうなっているのでしょうか?東南アジアからたくさんの「技能実習生」を受け入れています。まぁ、「移民」ではありませんから、そこまでのことは考えていないのかも。しかし、名称はともかく、今後ますます日本以外の人たちが大勢やってきて生活するようになるのではないでしょうか。「移民の生徒は速やかに高い水準に適応します。」という国にしたいものです。さて、フィンランド。PISAによってこの国の教育が世界中から注目されるようになりました。日本からも多くの視察者が同国を訪れています。保育関係者もその中に含まれます。関係図書も出版されています。「授業時間が少なく、宿題もほとんど出されず、学校視察も廃止されています。」だからと言って、学校が終ったら学習塾へ通う、などということは聞いたことがありません。一人も落ちこぼれを出さない実践を本気でやっている国なのでしょう。

  5. 「地位を上げる」ということが保育の世界においても、これから必要になってくるものであることを感じます。サッカーを例にあげると、自分が小学5年の時にJリーグがはじまり、TVでもサッカーが流れるようになり、いい選手はどんどん海外でプレーするようになりました。サッカーの地位は以前より確実に上がっているでしょう。いいプレーをすればTVでそれが発信されていて、またファンが増えていく。教育の世界ではあまりいい部分は発信されずに、相次ぐ不祥事ばかりが発信され、信頼を失うばかりであるように思います。地位を上げるために現役の自分たちができることはこの部分であるように思いました。

  6.  PISA調査(数学的リテラシー)の公開問題例を見てみました。簡単な問題ではないですね。当然ですが算数と数学ど真ん中です。算数や数学は積み重ねが大切な教科だと思っています。付け焼き刃ではいずれ解けなくなる段階が来てしまいます。STEM保育で数覚を得た上で、継続的な学習を続けていく必要があります。数学的リテラシーは本人任せ、成り行き任せではなく、指導力や学習環境の影響も大きいと思います。誤魔化しが効かない分、計画的に進めないと成績を上げるのは難しいと思います。実際のPISAの問題を見て一気に現実に引き戻されました。

  7. 社会的地位というのは、意外と盲点になりがちですが、重要なことなんじゃないかな、と思っています。保護者が、地域が、世論が教育者というものに対してリスペクトの念を抱いているのかどうかというのは、教育に従事するものにとってのやる気に繋がるでしょうし、様々なことに敏感な子ども達が、自らの親がとる態度を見て判断することも多いでしょうから、教育者の言葉の伝わりかたなどにも大きく影響するはずです。

  8. 競争率10倍には驚かされます。それだけ国全体で教育者を尊敬の対象とできるのであれば、教育の変化というのは至極当然に行われていくものなのかもわかりません。
    卒園式で子どもたちが将来の夢を言いますが、今年も保育園の先生になりたいと答えた子がいました。それとはまた別で、看護師の先生になりたいと答えた子が数名いて、当園の看護師の先生も初めてのことだったようで、とても喜ばれていました。子どもたちの身近な存在であり、憧れの対象たれる存在になれることはとても素晴らしいことだと改めて思います。

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