豊かな国

教育の向上は貧しい国や地域だけでなく、豊かな国にとっても有益なことだということのよい例は石油産出国だと言います。シュライヒャーが2010年3月にエジプトでアラブ諸国の教育大臣たちと話をしたとき、石油産出国や地域が天然資源を購買力へと変えることに成功したにもかかわらず、長期にわたって自国の経済的および社会的ウェルビーイングを得られるだけの高度なスキルを備えた若者世代にその富を継承できなかったことを疑問におもったそうです。

イスラエルのコルダ・マイヤー元首相は、かつてモーゼが中東の石油がない地域にユダヤ人を導くために、40年にわたって砂漠を流浪したことについて皮肉を述べたことがあるそうです。しかし、イスラエル国民は国内で「黒い黄金」が産出されないことを、別の方法で埋め合わせてきたそうです。イスラエルにはイノベーティブな経済があり、国民は石油大国である豊かな近隣諸国や地域のほとんどの住民には手の届かない生活水準を享受しています。一般的に説明すると、天然資源の輸出で通貨が高騰し、輸入が安価になり、産業基盤の発達がより困難になるため、天然資源から収人を得る国や地域は、経済的にも社会的にも開発途上にある傾向をデ一タは示しています。資源の豊かな国や地域の政府は国民に対して課税する必要にさほど迫られていないため、国民に対する責任感もさほどありません。

シュライヒャーらの調査結果は、子どもたちの未開発のスキルの中に埋もれている富は、天然資源から引き出せる富よりもはるかに大きいというメッセージを、資源豊かな国や地域に対して突きつけています。また、天然資源は消粍します。使えば使うほど少なくなります。一方、知識は成長します。使えば使うほど増えていくのです。人類の発達に最大の影響を及ぼした科学的発見は、無知に気づき、知識を高める手段としての学習を発見したことだというのです。

PISAのデータは、国や地域が天然資源から得る富と、学校に就学している生徒の知識とスキルとの負の関係も示していると言います。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストであるトーマス・フリードマン氏が説明するように、PISAと石油は簡単には相容れません。学校での学習成果について、イスラエルは石油資源の豊かな近隣諸国や地域をはるかに上回っているだけではありません。最高の教育システムを持つ国や地域の多くは、天然資源に恵まれていないのです。

豊かな天然資源に恵まれながらもPISAのスコアの高いオーストラリア、カナダ、ノルウェー等の例外的な国と地域は、自国の天然資源をただ消費するだけではなく、そうした資源から得た利益を投資するという周到な政策をとっています。

一つの解釈として、天然資源の乏しい国や地域、フィンランド、日本、シンガポール等がよい例ですが、それらの国民は、自国が国民一人ひとりの才覚、すなわち文字通りの知識とスキルで生き残っていかねばならないこと、そして提供される教育の質が頼みの綱であることを理解していると言います。したがって、国や地域がどれくらい重視するかは、知識とスキルが国の財源を満たす方法にどう適合するのかに関する、その国や地域の見解に少なくとも部分的には左右されているようにシュライヒャーは思っています。ですから、教育を重視することは最高の教育システムと経済的繁栄の両方を築くための前提条件であるかもしれないと言うのです。

豊かな国” への7件のコメント

  1. 「子どもたちの未開発のスキルの中に埋もれている富は、天然資源から引き出せる富よりもはるかに大きい」「天然資源は消粍します。使えば使うほど少なくなります。一方、知識は成長します。使えば使うほど増えていくのです」という言葉は、素敵な言葉だなぁと感じました。国の資源はないのかと探し回っていたけれど、実は目の前に天然資源以上の富があるという気づきは、まさに発想の転換でもあり、天然資源のない国々の経済発展にはなくてはならない考えのようですね。また、天然資源にも恵まれ、学力調査でも好成績をあげた国があるのはすごいですね。天は二物を与えたかのように見えて、しっかりとそれが教育に還元できるような周到な政策があっての、結果であることを忘れてはいけませんね。

  2. 今回のブログ内容もおもしろいですね。「PISAと石油は簡単には相容れません」。なるほど、天然資源が豊かで、その天然資源を輸出して多額の外貨を稼ぐ国はある意味では豊かであるが、殊、教育面では必ずしも成功しているとはいえない。言われてみれば確かにその通りであることに気づきます。「資源の豊かな国や地域の政府は国民に対して課税する必要にさほど迫られていない」これは実に羨ましいですが、「そのため、国民に対する責任感もさほどありません。」となると、教育行政に力をいれて国を豊かにする、という発想が生まれて来ないことは容易に想像できますね。天然資源を売っていれば、およそからその国の政府や企業にどんどんお金が入ってきます。その恩恵にあずかれる人は国の一部の人でしょうから、総体的には、発展途上国の域を脱せないことになります。「オーストラリア、カナダ、ノルウェー等の例外的な国と地域は、自国の天然資源をただ消費するだけではなく、そうした資源から得た利益を投資する」すなわち教育に投資するということでしょう。その結果「豊かな天然資源に恵まれながらもPISAのスコアの高い」ということになりますね。今回も良い学びを得ました。

  3. 「知識とスキルで生き残っていかねばならない」ここに尽きると感じました。やはり、人も動物であり、本能を働かせることができた時に大きな力を発揮するのでしょうか。
    資源が少ないことに加えて、日本における敗戦からの復興など、本能を駆り立てられるきっかけが、各国の歴史の中にあったのではないかとも感じます。

    教育に対する理論的な話が述べられてきましたが、人は、本能的に学んでいるのかもしれません。平和の中で、いかにして本能を駆り立てることができるのか、学びへの動機付けができるのかが、これからの教育の鍵と言えるでしょうか。

    それが、興味関心や好奇心だと思います。

  4. 所ジョージさんがかつて、「物がない方が工夫するからいいんだ」というようなことを言われていたのを思い出しました。ないならないなりに工夫すると思うと、確かに、豊かであれば何かしなければという危機感もないですよね。しっかりあるんですから、何もしなくてもいい訳ですよね。天然資源のない国ではやはり常に危機感というものがあり、それを解決するためにはどうするべきかという対策を講じることは国を維持するためには必須なことですね。少し話は違うかもしれませんが、そんなことを思いました。そう思うと、「何かがない」ということに悲観してしまいがちですが、何かがないということは思考を豊かにするチャンスでもあるのかなと思いました。

  5. 何もないから工夫して考えて、何かを得ようとするというのは人間にとって、本能的であるのかもしれませんね。豊富にあれば、何もしなくても得られるので、何かしようすることはないのは当然のことです。
    よくマンガにも強くなるために一人で山籠りしたり、誰も知らない場所に出向いたり、あったものを無くしてみるような描写があったりします。「何もない」というのは悲観することではなくて、そこからどうするのか考えたり、考えたものに冒頭できるチャンスでもあるのかもしれません。

  6.  天然資源の中でも石油はゆくゆく大気汚染にも繋がるものだと思います。電気自動車も増加していますが、バッテリーとして利用されるレアメタルの採掘の為に別の環境が破壊され、厳しい労働環境で働く人も増えていると言います。自動車自体を考えなくてはならないのかも知れませんが、そこまでの制約を受け入れる人は少ないと思います。やはり富や豊かさの価値観を変える必要があります。暴走する資本主義を止める最後のチャンスが、このコロナ禍だと言われていますが、今まで通りを求める気運も根強いものがあります。私たちは何もできないのでしょうか。

  7. 天然資源に恵まれないからこそ引き出される知識、生み出される産業があると思うと、日本人はこれまでとてもクリエイティブに生き抜いてきた民族なのではないかと思えてきます。物質的な豊かさを得て尚、それに甘んじることなくむしろそれを糧にして進んでいく諸国をお手本に、今までの生き方を思い出す必要があるのかもわかりません。

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