政府の責任

オランダでは、教育委員会の役割が議論の的となっています。最新のOECDレビューは、教育委員会と学校管理職間の透明性の改善と意思決定権限のバランスを改善し、教育委員会のガバナンスと説明責任を強化するようにオランダ政府に提案しています。

1980年代以来、政府は学校の責任範囲を増やしてきました。私立財団は、地方自治体が運営する学校に対して責任を負い、学校そのものは公立ですが、一括資金手当てが導入され、教育委員会は支出を決定する裁量を与えられてきました。一方、国の学習到達目標の設定や学力調査によって中央集権化への揺り戻しが起こっているようです。教育委員会は大規模になるほど、専門性が高まり財政的にも安定すると考えられることから、教育委員会の合併が進んでいるのです。

地方分権化したオランダの教育制度では、宗教法人や市民団体は、政府が定めた規定に従うかぎり自身が運営する学校に助成金を受けられます。公立および私立学校は、入学者数に基づき、一括配分式で同額の助成金を受けています。1980年代半ば以来、恵まれない子どもたちの教育にかかる費用が高額であることを考慮し、そのような子どもたちには追加の助成金が割り当てられています。助成金の金額は、以前は子どもたちの移民の環境に基づいていましたが、2006年から保護者の学歴に基づいて重みがつけられようになったそうです。

公的資金を受ける私立学校では、授業料を必須化したり、営利目的で運営することは許されませんが、国立の学校は保護者や企業からの自発的な寄付を受けられます。私立学校は、公立学校と比べてかなり高額の寄付金を受け取ります。公的資金を受けた私立学校は、入学試験を課すことはできませんが、入学見込みの生徒の保護者は、学校の特徴や方針に同意することが必要です。

ベルギーのフランドル地方と同様、オランダの教育制度は、保護者に広い選択肢を与え、公的資金で学校を組織する民間団体に助成金を与えます。これは一般的に公正な方法と見られます。この制度の全体的な質の高さは、その多様性、学校間の競争度合、教育委員会、学校管理職および教員が非常に自律的に運営していることに起因します。オランダは、PISAの成績では学校間に大きなばらつきがある一方、制度の公平性の維持という点では、ベルギーのフランドル地方以上に成功しています。説明責任制度は上手く機能しており、教員は専門家とみなされています。教育の質には比較的一貫性があるため、政府による一元的な監査が可能となっているのです。

ベルギー、香港、オランダ等のように選択に基づく学校システムが成功しているのとは対照的に、チリやスウェーデンでは、選択に基づく仕組みの導人によって社会的格差が拡大し、結果的に全体的な改善が見られないようです。2 015年5月、シュライヒャーらはこの点について報告書をまとめ、スウェーデンのグスタフ・フリドーリン教育大臣と当時のアイダ・ハッジアリーク後期中等学校・成人教育訓練大臣に提示したそうです。その5年前、2010年5月に、彼が、ストックホルムで開催されたヨーロッパ市長サミットで基調講演をおこなった際には、スウェーデンが重視する自律性と選択は、強力な規制の枠組みと介人力のバランスに欠けており、長年にわたって成功してきたスウェーデンの教育の質と公正さを脅かすことをデータで示したそうです。その時、スウェーデンの市民たちが、「市民からの要求に応えるために、他の事項よりも選択に重点を置いている」と回答したことに驚いたと言っています。

政府の責任” への7件のコメント

  1. 「1980年代半ば以来、恵まれない子どもたちの教育にかかる費用が高額であることを考慮し、そのような子どもたちには追加の助成金が割り当てられています」とありました。まさに公平な政策であるということを感じます。私立学校のあり方もまた日本とはかなり違う印象を受けます。「私立学校は、公立学校と比べてかなり高額の寄付金を受け取ります。公的資金を受けた私立学校は、入学試験を課すことはできませんが、入学見込みの生徒の保護者は、学校の特徴や方針に同意することが必要です」という部分は日本の私立、公立という位置付けとは少し違ったような印象を受けます。正直、日本の教育委員会のことをよく理解していない自分がいます。何をしている組織なのか、どんな権限があるのか、ん〜詳しいことがよくわからないので、ちょっと知りたいなと思います。

  2. 何かについて決定する裁量が与えられてこそ、それについての説明責任が果たされるのだろうと思いました。
    学校は営利目的での運営はできないが、保護者から寄付を得ることができ、保護者は入学を希望する際に、学校の方針に同意することが必要である、これらから取り組みとして一貫性を感じました。これは保育園運営にも繋がることでありますね。
    保護者は基本的に入りたい園を選択できます。各保育園は、指針に則りながらも、園ならではの保育実践に取り組むことができます。コロナウイルスの影響を受けて、子どもたちの生活と発達は、家庭と園生活で連続していることを強く感じたものです。保護者の共感を得て、連携を深めていくことは、子どもたちにとって重要なことです。
    また保護者からの寄付というのは、必ずしも金銭とは限りません。保護者の持つ知識、専門性を保育に生かしてくださることは、大きな寄付であります。
    さらに保護者からの励ましは、保育士の大きなモチベーションとなります。それは職員関係だけでは生じない質のものでもあります。

    選択制については、なぜ選択制なのかをよく考え、よく議論する必要性を改めて感じました。決して目的を見失わないように。その上で、園生活の一つ一つの場面でもっと子どもの選択を大切にできる場面がありそうだなと考えました。学校や保育園を選択できるかどうかも重要なことですが、教育内容の中で、どれだけ子どもたちの選択が保障されているのかが、より重要であると思います。

  3. 今回「寄付」というワードが出てきましたが、他国に比べると日本ではあまり浸透されていない参画システムだと感じています。路上の大道芸人や公共機関へのドネーション文化、飲食店などのサービス業へのチップ文化。ほとんどが価格が決まっていることが多い日本でしたが、その物の価値を交渉によって決定していく過程は、旅をしていても非常に難しいやりとりの1つでした。そのような過程から、ある会社や機関への貢献したいという思いをお金という対価によって示し方を学ぶのでしょうか。昔、「花やしき」前の商店街を歩いている時、結構な人集りの中パントマイムをしている大道芸人が演劇を終え、ドネーションを待っていると私以外寄付する人はいませんでした。その方は「世知辛い世の中だな!!」と商店街に響き渡る声で叫んでいました。寄付とは自ら望むものではないにしても、お金という対価を何に使うのかのよってその人の価値が決まってくることを感じた経験でした。

  4. オランダはスペインから独立して以来、自治の国として知られています。「自治」。日本の行政システムにおいても「自治体」という形で現存していますね。そして各自治体には「教育委員会」という行政とは一線を画して独自で進路を決められるはずの制度があります。首長と教育委員長とは同格のはずですが、実際は「教育長」という、首長が選ぶトップが「教育委員長」より諸々の権限を有し、いわゆる教育行政を実施しています。今回のブログを読んで、流石、オランダ。だてに「自治」を表明していません。実質、個人主義、そしてその結果としての自治体を形成していることがわかります。今回の紹介の中で私が気に入った部分は「公的資金を受けた私立学校は、入学試験を課すことはできませんが、入学見込みの生徒の保護者は、学校の特徴や方針に同意することが必要です。」というところです。私立保育園とか私立こども園と日本で言われます。各施設の「特徴や方針に同意すること」というところが重要です。私が勤める園をこのことにより選択してくれる保護者が以前に比べて多くなってきているような気がします。良い傾向です。おかげで第三者評価の利用者アンケートにおいてかつてとは比べものにならないような園理解に基づく高評価を寄せる保護者が現れてきました。「市民からの要求に応えるために、他の事項よりも選択に重点を置いている」。民主主義を実行するスウェーデンのこの方針を私たちも参考すべきですね。

  5. 今回のオランダの話しを読んでいて、日本の教育委員会やその他もろもろの教育施設はどのような役割を持っているんだろうと…。考えてみれば、よく知らないというのが現状でした。教育というものに少々携わらせていただいている自分がそんなではいけませんね。ということは、ほとんどの日本人はあまりよく知らないということになるのでしょうか。日本はその辺のところから改善していく必要があるのではないかと感じました。

  6. テレビをつければ、最近はどこも世界仰天ニュースのような番組が増えたと感じたり、何てことのないような話題が取り上げられてたり、なるほど視聴率を日々稼ぐ必要のある業界の四苦八苦を感じる所ですが、オランダでは、教育委員会の役割が議論の対象ということを聞くと、テレビの話題や、流れてくるCMなども全然異なるのではないかと思えてきました。そもそもに国民全体の興味の対象が全然違うような気さえしてきてしまいます。

  7. オランダでは「PISAの成績では学校間に大きなばらつきがある一方で、制度の公平性の維持という点では、ベルギーのフランドル地方以上に成功しています」とあります。日本の場合はこの「成績のばらつき」という点において、子どもの教育の制度の公平性を優先するよりも、成績の方に目が行きそうですね。教育委員会においても、日本とはまた違った体制で組まれているのでしょうか。あまり、日本における教育委員会がどういったものなのかはっきりと知っているわけではないので何とも言えないのですが、こういった教育制度が整っているという事を見ると、教育の目的はかなり国と教育委員会などが共有されているように思います。それは「多様性、学校間の競争度合、教育委員会、学校管理職および教員が非常に自律的に運営していることに起因します」とあるように、それぞれがしっかりと理念を通しているからなのでしょうね。

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