学校選択

スウェーデンが重視する自律性と選択は、強力な規制の枠組みと介人力のバランスに欠けており、長年にわたって成功してきたスウェーデンの教育の質と公正さを脅かすというデータにはもっと検討する価値がありますし、関連する諸問題を政治的経済的に検討することも必要であると言います。保護者が選択できる度合いと学校制度の競争の度合いは国や地域によって様々であり、同じ国の中でも社会集団によって違いがあると言います。2015年のPISAで比較可能なデータがある18か国において、64%の生徒の保護者は「少なくとももう一つの学校を選ぶ選択肢があった」と回答しましたが、この割合は国や地域で大きな違いがあるようです。農村部や恵まれない環境の学校に通う生徒の保護者は、都市部の恵まれた学校に通う生徒の保護者と比べて、選択肢はあまりないと回答しています。

また、PISAでは、生徒が学校を選択する際に特定の基準をどれくらい重視するかについて保護者に意見を求めたそうです。主に学校の質、経済的配慮、学校の教育理念、家庭と学校の距離に関係がみられたそうです。18か国の教育制度において、保護者は生徒の学習到達度よりも、学校環境の安全性、学校の評判、学校が活発で楽しい雰囲気であることが重要だと考えているようです。

注目すべきは、農村部の恵まれない学校や公立学校に通う生徒の保護者は、都市部の恵まれた学校や私立学校に通う生徒の保護者よりも、家庭と学校の距離が重要だと考えている点だと言います。距離が重要だと考える保護者の生徒は、社会経済的環境を考慮してもPISAの科学的リテラシーではかなり低い点数だそうです。同じような傾向は、費用が安いことが重要あるいは非常に重要だと考える保護者の生徒にも見られたそうです。このような生徒は、費用が安いことは少しだけ重要あるいは重要でないと考える保護者の生徒よりも、科学的リテラシーの点数が30点も低いそうです。これはおよそ1学年分に相当します。繰り返しますが、恵まれない公立学校の生徒の保護者は、恵まれた私立学校の生徒の保護者よりも、学校を選ぶ際に学費の安さを重規します。裕福でない家族にとっては、学校に関する情報を得たとしても、子どもの成績に基づいて学校を選ぶのは難しいようだとシュライヒャーは言うのです。様々な学校を訪問する時間がないのかもしれないし、子どもが選びたい学校に通うための交通手段を確保できなのかもしれません。あるいは、子どもを自宅から遠い学校に送り、授業が終わった後に迎えに行く時間がないのかもしれません。

学校ンステムの竸争の度合いと私立学校への入学率は関係していますが、まったく同じではありません。OECD加盟国の平均では、15歳の生徒の約84%は公立学校、約12%は政府助成の私立学校、4 %強が政府から独立した私立学校に通っています。政府助成の私立学校に入学する12%の生徒のうち、38%は教会や他の宗教団体が運営する学校、54%はその他の非営利団体が運営する学校、8 %は営利団体が経営する学校に通っています。アイルランドでは玖府助成の私立学校に通う15歳の生徒全負が、宗教系の学校に通っています。オーストリアでは、政府助成の私立学校の生徒全員が、非営利団体が運営する学校に通っています。そしてスウェーデンでは、政府助成の私立学校の生徒の半数以上が、営利団体が運営する学校に通っているのです。

学校選択” への7件のコメント

  1. 日本の地方において小中を過ごした私にとって、学校を選ぶ、という選択肢は存在しませんでした。高校になって、限定的でしたが、選択肢があり、その限られた選択肢の中で自分にとって最適解である高校への進学を希望し、実現しました。もちろん、入試、という点数評価によって合否が決まるシステムの中で。公立校でしたから「費用が安いこと」は問題にはなりませんでしたが、「家庭と学校の距離」は確かに保護者である私の親たちにとって考慮すべきことではあったでしょう。しかし、幸い、そうした条件より私の志望動機による選択を私の親は重視してくれました。大学を選択するに際しても「費用が安いこと」とか「家庭と学校の距離」ということは私の場合幸い障害にはなりませんでした。私は選択肢が多い都会でわが子を育てました。自分がそうしてもらったように、わが子に対しても同様の対応をしたと思っています。つまり選択権限のすべてをわが子に委ねたということです。それが良かったかどうかはわが子が将来結果を示してくれるでしょう。見守る育児を徹底してきたと自負しています。その意味でもその結果が楽しみです。

  2. 「農村部の恵まれない学校や公立学校に通う生徒の保護者は、都市部の恵まれた学校や私立学校に通う生徒の保護者よりも、家庭と学校の距離が重要だと考えている点だと言います」とありました。このあたりからも教育の中身で学校を選択しているというより、背景に金銭的な事情があるのではと思うような傾向ですね。そのような理由で学校の選択の幅が狭まってしまうということはとても残念なことです。学びの機会はやはり全ての人に等しくあるべきだと思います。「このような生徒は、費用が安いことは少しだけ重要あるいは重要でないと考える保護者の生徒よりも、科学的リテラシーの点数が30点も低いそうです」ともありました。様々な複合的な問題もあるとは思うのですが、やはり、子ども学びに費やす余裕やその余裕から生まれる選択肢を得ることができないのが実情なのかもしれません。格差というのは資本主義の社会において避けては通れない部分なのかもしれません。資本の多い少ないでできることに差が出ることもたくさんあります。しかし、教育がその対象になってしまってはいけませんね。全ての人に学ぶ権利があるはずです。これは政府が、行政が、仕組みとして改善しなければいけませんし、できることだと思います。

  3. 「恵まれない公立学校の生徒の保護者は、恵まれた私立学校の生徒の保護者よりも、学校を選ぶ際に学費の安さを重規」と聞いて、一瞬当たり前のような感覚に陥ってしまいますが、お金を教育にかけられないという負のループが経済的自由度へのハードルを低くしている要因の1つであることは以前学んだ気がします。学費の高さが直接的に教育の質と比例しているのかはわかりませんが、保護者として、やはり安いに越したことはないと考えてしまう心境は理解できます。そういった各国の事例を耳にすると、国としての「教育費の無償化」は魅力がありますね。税金などによって国民にそれを負担してもらう政策をすると批判は逃れられないでしょうし、長期的スパンで日本のことを思える政治家の方々がいったいどのくらいいるのかはわかりません。成績優秀者が「推薦」として入学するのはよく聞きますが、学費を免除するような仕組みは、日本にどのくらいあるのでしょうかね。

  4. 費用と距離、社会経済的に恵まれない家庭がそこを学校選択の判断基準にすることは容易に考えがつきますが、それが学習到達面でこれほどまでに大きな結果を招いているとは思っていませんでした。これは経済的な面だけでなく、保護者の教育に関する意識や、身近にあるコミュニティの質など、様々なことが関係しているのでしょう。
    保育をしていると、地方の園が自然環境に恵まれ、豊かな保育実践をしているということを目にすることがあります。そこで育った子どもたちは、乳幼児期を経て、その後はどんな環境で育っていくのだろうと想像しました。そこに豊かな教育環境はあるのでしょうか…。
    先日は、地方にある、私立の小中一貫校における素敵な教育実践の話を聞く機会がありました。小学生から寮に入り、子どもたちが生活も学びも、主体的に参画してすごしているようです。その学校の学費はとても高いものでした…。
    学校選択と教育の機会均等、教育効果と説明責任…少子高齢化、過疎化が進む日本で、これからどのように教育改革がされていくのか気になります。

  5. 家庭的に恵まれていないというのは子どもの学校選択の幅を狭めることになるということなんですね。経済的な理由で子どもが行く学校が限られてしまうというのは親としては申し訳なくなりますね。ある意味では格差は仕方のないことだと思いますが、その影響が子どもにまで及んでしまうというのは、これから先も同じような格差が続いてしまう可能性が高まるということにつながることになるはずです。そのように考えていくと、教育の無償化というのは魅力的にうつります。
    成績以外にも何かに秀でていると推薦枠で学費などが免除の状態で入学する人たちがいますが、一握りほどではないかと思います。いずれにしても、教育はなるべくなら誰にでも平等にあるべきなものだと感じます。

  6. 家族の収入が子どもの教育に影響を与えていることを改めて感じさせます。なるほど学校と家との距離、身近な話題で言えば学校に近い物件、駅に近い物件は値段が高く、それに経済状況というものが関係ないわけではないのかもわからないと思えてきます。子どもたちに平等の教育を、としながらも教育格差というものが存在するというこの矛盾はどのように解消されていくのでしょうか。

  7. 学校選択ということが迫られたのは高校入試からでした。それまでは当たり前のように地元の公立の小学校や中学校に行っていましたので、それまで「私立」ということを知りませんでした。しかしやはり私学に行かせるというと「学費」というのは大きな障害になり、家庭の所得によって選択の余地がない場合も多いでしょうね。幸い私は高校も私立を選択させてもらえ、学校を選択させてもらうことが出来ましたが、「学費」が一つの選択肢を無くす要因であるということが家庭によって多くあるでしょうね。どうしても、そういった格差が起きてしまうのは仕方ないことなのでしょうか。すべての学校が政府によって保障されない限り難しいのだろうとは思うのですが、必要な人に必要な教育が受けることが出来る環境を用意するということは今後の社会の展開によっては大切なことであると思います。しかし、それが難しいのでしょうが・・。

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