アラブ首長国連邦

OECDに属さない高所得の国や地域の全ての生徒が最低限の基本スキルを習得した場合、それらの国や地域の経済的な利益を合わせると、現在のOECDのほぼ5倍に相当するそうです。これは直接的な経済的利益です。基本的な知識とスキルを有していない人口の大部分にどのような社会的影響を及ぼすかを想像してみてほしいとシュライヒャーは言います。

アラブ世界の国や地域の取り組みは、ごく最近に始まりました。アラブ首長国連邦は、PISA型の学力目標を戦略的に設定し、この地域で初めて国際的な学力のべンチマークを公式に開始したのです。2015年8月にアラブ首長国連邦の首都アプダビでラマダン・マジュリスの講義をおこなった際、皇太子と閣僚は、教育制度を迅速かつ根底から改善していくことを表明したのです。アラブ首長国連邦は現在、教育水準を上げようとしている最中です。国のリーダーたちが学んだ教訓は、高所得は教育の欠如を埋め合わすものではないということです。

少なくとも経済的に豊かなOECD加盟国は、極端な学力不振を解消するためのあらゆる手段を有する思ってしまいますが、そうではないようです。例えば、アメリカの15歳の生徒の4人に1人はPISAの最も基本的な問題を解くことができないそうです。

アメリカの全ての生徒が確実に基本的なスキルを習得した場合、これら生徒の生涯所得を加えた経済的な利益は、27兆ドルに達する可能性があるそうです。したがって、経済的に豊かなOECD加盟国であっても、全ての生が最低の基本的な知識とスキルを習得して学校を卒業した場合、かなりの利益が得られるのです。これらOECD加盟国の将来の平均GDPは、改善がなされない場合と比較して3.5 %以上も高くなるそうです。それは、これらの国の学校教育への投資額に近いものです。

言い換えると、経済的に豊かなOECD加盟国で、極端な学力不振を解消するだけで2030年までに得られる経済的な利益は、初等教育と中等教育への投資額よりも多くなるそうです。

生徒の学力向上は現実的な話だと言います。例えば、ポーランドは、10年以内でPISAにおける平均以下の学力の生徒の割合を22 %から14%へと3分の1減らすことに成功しました。上海は、2 0 0 9年から2 012年にかけて平均以下の学力の生徒の割合を4.9 %から3.8 %に減らしたのです。

当然ながら、より大きな改善はより大きな潜在的メリットをもたらす可能性があると言います。全ての生徒が基本的なスキルを習得している前提での試算は過小評価されます。より高い知識とスキルを習得済みの生徒には、改善が影響を及ぼさないためです。しかし、PISAは学力の低い生徒の学力向上につながる学校改革は、学力が高い生徒にも等しく効果があることを示唆しています。

ハヌシェック氏の試算は、基本スキルを習得している生徒の割合の経済的影響は、全ての発達レベルで同様であることを示しています。学力が最も高い生徒による経済的影響は、生産性の最も高い国や地域に追いつこうとさらなる努力をおこなっている国や地域でかなり大きくなります。経済収束のプロセスは、学力の高い生徒の割合がより大きい国や地域で加連するように見受けられるそうです。これは、特に中所得の国や地域が学力向上に投資する要性を示していると言うのです。

アラブ首長国連邦” への7件のコメント

  1. 経済学者が教育への影響を示すことが、その国にとって非常に合理的で経済効果を生み出すジャンルであることを、ジェームズ・ヘックマン氏の存在を知ったことで初めて知ることとなりましたが、「アメリカの全ての生徒が確実に基本的なスキルを習得した場合、これら生徒の生涯所得を加えた経済的な利益は、27兆ドルに達する可能性がある」というように、もはや通説のように学力調査が経済的利益を作り、各国はそれに向けた政策を実行に移していることを感じます。そして、「アラブ首長国連邦は現在、教育水準を上げようとしている最中」「国のリーダーたちが学んだ教訓は、高所得は教育の欠如を埋め合わすものではないということ」など、経済的に豊かな国々も、教育への舵を切っていることが読み取れました。経済的に豊かな国が、教育的にも高水準であるという考えは違うのですね。そのような経済力のある国が、どのように政策を進め、どこにどれくらいの投資をしていくのか非常に気になりますね。

  2. 「言い換えると、経済的に豊かなOECD加盟国で、極端な学力不振を解消するだけで2030年までに得られる経済的な利益は、初等教育と中等教育への投資額よりも多くなるそうです」や「PISAは学力の低い生徒の学力向上につながる学校改革は、学力が高い生徒にも等しく効果があることを示唆しています」とあるように、教育に投資するメリットが経済の面からも科学的な根拠のもと、明確になってきているのですね。ここまで明確になっているということをどれくらいの人が理解し、政策に繋げようという流れが起きているのでしょうか。不確実な時代を迎えるにあたり、その時代に対応する有効な対策はやはり教育であるということを感じます。また、経済的に余裕があるということも多くの研究、教育を支えるためには重要になってくるのではないでしょうか。未来を科学的に予測し、その対応を科学的な根拠のもと構築していくということが我が国においても重要なテーマになっていくということを感じます。

  3. 改まって述べられている内容ですが、教育に携わっている者からすると、そりゃそうだろうと思ってしまうものでもありました。教育が行き届くことで、経済的な効果が得られることは明白であります。このように大々的に論じられ、数字で物事を示されなければ、教育への投資がされないということの方が驚きでした。
    また、学力の低い生徒の成績向上が、学力の高い生徒の成績向上にも繋がることも、想像できます。人は環境の中で育っていくものであることは、これまでの学びで分かりました。良い個人が良い集団を作り、良い集団がより良い個人を育むのですね。
    学力の高い子の力を更に引き伸ばすことは、頭打ちになることもありそうです。しかし、学力が低い子の力を平均値以上まで引き上げることは、丁寧に取り組むことで結果が出やすく、子どもにとっても教員にとっても、結果が見えやすいことで動機付けできそうだなーと考えました。

  4. 総中流社会とかジャパンアズナンバーワンとか経済大国とか言われてきた日本。小1プロブレムとか中1トラブルとか、いじめだ、ひきこもりだ、あるいはわかろうがわかるまいがとにかく履修主義だ、という日本の教育界。私が勤める園が認定こども園(保育所型)になり、教育委員会の教育課程のミーティングに参加して「教育時間」が実に見事に決められている事実を知った時はまことに驚かされました。履修主義どころか教育時間が厳密に定められている。一体、これは何のため?今回のコロナ禍で学校が休みになりました。教育委員会及び学校現場が気にしたのはこの「教育時間」なのではないでしょうか。生徒一人一人の教科習得状況が心配の種になっていればいいのですが。さて、さすがOECDですね。教育効果の経済波及をしっかりと数字で示しています。日本はまだまだ大丈夫、という老練な政治家の発言が聞こえてきます。本当でしょうか。日本の経済力はあと何年か後にはインドに抜かれるそうです。あるデータによると、隣国フィリピンより貧しくなるそうです。ほんとかいな?と思うのですが、相対的貧困に悩んでいる日本国民が7人に1人はいる、先進国と言われる国々の中でもアメリカについでその割合が高い、となれば、日本の将来についてもろ手を挙げて喜んでもいられないな、という気になります。

  5. 国や地域が教育に力を入れていくことにシフトして行くことは、後の経済に大きなメリットがあるということが統計的に分かってきているんですね。そして、それは成績の良い生徒を増やすということよりも、成績下位の生徒を平均程度に押し上げるような、すくい上げるようなやり方で進めていくことで、その目標は達成されていくということが理解できました。ということは、何か難しいことや問題を解けるとか、目新しいことをしなければならないのではなく、思いやりや受け入れるといった人間の内なるものを高めていくようなことが必要なのではないかと感じました。

  6.  落ちこぼれがそうでなくなったら世の中はもっと良くなる。話としては分かります。しかし、実際には基本的なスキルや基本的な学力を得ようとしない人々もいます。良く言えば多様性、悪く言えば格差です。基本的な社会通念や資本主義的向上心だけで全員が前向き、上向きとはいきません。乳幼児教育は子どもと共に親を育てる場所でもあります。大袈裟に言えば子育ての価値観を育む場所でもあります。僭越ながら基本的な学習スキルと基本的な幸せスキルを親子共に授けられる園になれたらと思います。

  7. 学力が向上することによってそれだけの経済的効果があるという見方はとても興味深く思います。賢さがそれぞれに発揮されれば、多岐に渡る分野の拡大や増長は目に見えるかのようですし、なるほどとても納得できるものと思えてきます。まるで落ちこぼれのように扱われているかもわからない学生にこそ、限りないのびしろがあるということを、教育が見つけられるようなシステムになることを望みます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です