エストニアの教育改革

シンガポールでは、厳しく統制された管理制度により、一定の質が確保されています。一人ひとりの教員が同じ「生産ライン」から生まれ、同じ水準を満たすべく、全ての教員が同じ機関で教育されます。全ての学校に最高の教員が平等に配置されます。教員は自分たちに寄せられている期待について明確に自覚したうえで学校に着任し、その見返りとして高い社会的地位と世間からの尊敬を得るのです。

シンガポールの物語は、より良い未来を求める貧しい小国の話です。教育システムは夢の実現に向けて改善し、段階ごとに修正しなければならなかったのです。この国は、比較的短期間に教育についてどれだけ多くのことを変えられるかを示しました。教育水準の向上により、シンガポールはグローバリゼーションの犠牲者ではなく、受益者となり得たのです。シンガポールの学校システムは、今やワールドクラスです。次なる課題は、その地位を維持することにあると言われています。

ここ数年、このシンガポールで藤森メソッドなる乳幼児教育が実践され始めています。もし、このような教育改革を今後維持するために、乳幼児からの教育が必要であるということに気がつき、その実践を始めたのであれば、大いに応援したいものです。同時に、その責任を感じます。

次に、エストニアを紹介していきます。エストニアは2015年のPISAの数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の成績で上位10位以内にランクインしました。

このパルト海の小国は、特にPISA2015の数学的リテラシーと科学的リテラシーでフィンランドに追いついて以来、その成功を称して「新フィンランド」と呼ばれています。1990年代のエストニアの教育改革の際は、フィンランドの専門家たちが助言しました。確かに両国の教育システムの成功の要因には、ある共通点が見られます。戦略によるものなのか、文化的傾向なのか、両国の教育システムには機会均等の精神が強く根付いているようです。これは、富裕層と貧困層の生徒の成績差が少ないことにはっきりと表れているようです。

エストニアの社会経済的地位の影響は、他のほとんどの国に比べて著しく弱いのです。この点でエストニアは、社会経済的地位と学校での成績に密接な関連が見られるオーストリア、フランス、ドイツ等よりは、カナグ、香港、ノルウェーに似ているようです。

PISA2015でのエストニアの成績において、特に注目に値するのは成績優秀者の多さではなく、主要3教科のいずれも成績下位にエストニアの生徒がほとんど含まれていなかったことです。

就学前教育でも機会均等が確保されており、学校システムと連携しているそうです。義務教育が始まるのは7歳からですが、3~4歳児の大半が公立の就学前教育機関に通っています。これらの就学前教育における教員対児意の割合は平均の半分だそうです。

学齢が進み中等教育においても、エストニアの中等学校卒業率は工業国の中でも上位国の一つとなるほど高いそうです。家庭の状況にかかわらず、全ての子どもたちが良質の教育を受けていることがわかります。

エストニアの教育改革” への7件のコメント

  1. これまでのブログから、シンガポールの教育改革について知ることができました。それはとても理想に近い、うらやましく感じるほどすごいものでした。そんな国の乳幼児教育に藤森メソッドが手本として取り入れられていることは、ものすごい意義のあることだと感じます。
    以前に藤森先生の話で、海外に展開したいというよりも、逆輸入的に日本に知らせたいということを伺ったと記憶しています。
    GT園、藤森メソッド(見守る保育)の実践園として恥じない保育をしていかなければならないと背筋が伸びる思いです。
    先日の臥龍塾で、行事は保護者への説明責任を果たす機会でもあるという内容がありました。これを聞いてから、日々の申し送りをする際や、1日の様子を配信する際、何気ない会話をする際など、日常の保護者との関わり一つ一つにおいても、その意識を持って取り組むようになりました。

    シンガポールもエストニアも、国として明確な教育の目的と、目標が定まっていることを感じます。だからこそ、具体的な実践ができ、数字に結果として現れているのでしょう。その為には、そこに携わる人の共通認識が不可欠だと思います。

    日々の保育の一つ一つに、理念を落とし込み、実践そのものや、自分自身の振る舞い、子どもとの関わりそのものが、説明責任を果たすようになっていきたいです。

  2. 「家庭の状況にかかわらず、全ての子どもたちが良質の教育を受けていることがわかります」とありました。教育の機会は全ての人に保証されるべきですね。SDGsにおいても質の高い教育を多くの人にという目標が掲げられています。まだまだ世界では教育の機会が公平にないからこそであると同時に、教育がいかにこれからの時代を生きていく人々にとって重要なものであるかということを感じます。日本においても教育格差というものが問題にあがりますね。有名大学の合格者と家庭の収入が比例するということもあるようで、まだまだ公平な教育機会ということに課題が残るように思います。それは我が国が教育を国家として取り組む最優先課題にしていないということでもあるのかもしれませんね。

  3. エストニアを訪れた際、在住の日本人の方とお話しました。まず、役所では書面媒体がないということ、また、スタートアップ企業支援が充実しているので新しい挑戦がしやすいと言っていました。なので、若手起業家が頻繁に排出されているようです。お話をうかがった人も、20代前半の起業家でした。「数学的リテラシーと科学的リテラシー」の高得点が、ここにも影響されているように感じました。バルト三国をバスで縦断した際も、国境という垣根は一切なく、三国とも印象が似ていて、文化や背景と同じように取り組みも似てい他のかもしれません。このような知識を携えていれば、もっと違った見方ができたかもしれませんね。

  4.  生産ライン。私が無意識に求めていることはそれなのだと気が付きました。私は見守る保育を最良の保育形態、卓越した保育システムと考えています。その仕組みは常に一定の成果を出すことができるとも考えています。極論すれば生産ラインです。そうであるから再現性があり、複製、転用が可能で誰しもが同じ恩恵を享受することができます。この文脈で言うラインやシステムを汎用的に広く利用してもらえる様に、世の中に広めたいというのが私の願いです。数学的、科学的アプローチが必要です。

  5. 今回のブログでわかりました。最近、藤森先生が「エストニア、エストニア」と言っていました。なぜ、「エストニア」なのか私は分からなかったのですが。今回のブログでわかりました。エストニアは、フィンランドのヘルシンキからハンガリーのブタペストへ空路向かう途中、眼下に確認した国ですね。フィンランドの対岸に位置する国です。私が大好きなNHK交響楽団の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィマエストロの出身国。彼の御父さんのネーヴェ・ヤルヴィ氏も同国の国民的指揮者です。さて、フィンランドのお隣の国という地政学的位置を利用?して「フィンランドの専門家たち」の助言を入れて教育改革に向かったことがわかります。新宿せいがのお隣の区立幼稚園も改革をする気があれば、いつでも応援できるのに。それはさておき。「就学前教育でも機会均等が確保されており、学校システムと連携している」ことは強みですね。「家庭の状況にかかわらず、全ての子どもたちが良質の教育を受けている」これは重要ですね。日本では勉強ができなければすぐに「家庭」のせいにされますからね。

  6. シンガポールもエストニアも、明確に目標が定められている点が重要ではないかということを感じます。ですので、国民は迷うことなく学びに打ち込むことができ、それをいつまでも続けていくことができる。以前ありましたが、一貫性と継続性がより明確であることがやはり重要なんですね。エストニアにおける「機会均等」という考え方がこれから知ることができるのですね。例えるならエストニアには「天才はいないが最高」という感じになるのでしょうか。バスケの漫画でそんなチームがありましたが、主人公がいるチームはそのチームには勝てませんでした。これからが楽しみになりました。

  7. シンガポールの道路についてのルールを伺った時にも、厳格なルールの元、とれている統制があることを感じました。その厳しさに慣れていない部分が多々あるからか、それを聞いただけで多少の抵抗を感じたことを思い出しますが、だからこその街並みであり、国の雰囲気であることを思うと、正しい理念に沿った厳格なルールというのは、人を高めさせるのかもしれませんし、それは厳しさというよりも、むしろ人に優しい取り組みなのではないかとも思えてきます。神や仏が人の倫理観を養ってきたように、見えない何かを信じて、行いを正す、という意味では、畏れるべきものがあることは決して悪いことばかりでないように思えてきます。

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