大きな反響

PISAのシステムでは、各国は、結果の公表に同意する前に自国の成績を知ることはできますが、他の国や地域との比較した結果はわからないようになっていましたが、これはほんの手始めに過ぎませんでした。PISAの一連の調査のたびに結果はより注目を浴び、さらなる議論を呼んでいきます。それが最高潮に達したのは、2006年の調査結果が2007年12月に公表された時でした。各国のその時点での位置を示すだけでなく、2000年の最初のPISA調査以来、状況がいかに変化したかを測定する三つのデータポイントを含めたからでした。

シュライヒャーはこう考えます。ある国がなぜ他国の成績に及ばないのかを説明するのは容易ですが、政策立案者が「状況が改善していなかった」「他と比べて進歩が遅かった」などと認めることは大変難しいことだということです。その結果、政治的圧力がかかることは避けられないというのです。これは、あたしは今回のコロナ対策においても同じようなことが見られる気がします。新しいことを提案することの難しさを感じます。

PISAがもたらした最も重要な見識の一つは、教育システムは変革可能であり、改善できるということだというのです。学校がいかなる成果をあげるに関して不可避で固定的なことは皆無だとPISAは示したのです。また、調査結果からは、社会的な不利と学校での成績不振には必然的な関連がないことも明らかになったのです。この結果は、現状肯定派にとって挑戦的なものでした。

さらに、学校の質を保つ教育システムなど、成功すれば持続性のある安定した教育成果がもたらした国もありました。例えば、フィンランドです。この国の保護者は自分の子どもがどの学校に入学しても一律に高い水準の教育を受けられると信頼しているそうです。

それに反して、このPISAの調査結果が低い国では、大きな反響がありました。そのショックから、多くの国では強力な教育改革を引き起こすことになったのです。その国の国民は、自分たちと政治家が自分たちの国の教育は世界で最高のものだと思っているのに、PISAがそれとは異なる結果を示した場合にはいつに大きな動揺をもたらしたのは当然です。

シュライヒャーはドイツ人でした。以前ブログで紹介したように、ドイツはこのPISA2000の発表で生徒の成績が予想を下回っていたことで、政策立案者たちは「PISAショック」を受けます。その時の改革で、もし日本だったら「ゆとり教育」を見直し、より多くの内容を教え、テストを強化し、時間数を増やしています。どうも長期的展望に立たず、短期的な結果を求めている気がします。それに対して、ドイツの置ける改革に私は見習うべきものがあるということで紹介したのです。まず、幼児教育から見直していったのです。幼児教育に手厚い教育支援が盛り込まれ、全国教育スタンダードが学校に適用され、移民などを含む貧困層の子ども達への支援が強化されました。日本では、このPISA調査への対策に、幼児教育から取り組もうという機運は生まれていない気がします。ドイツはその結果、9年後の2009年、ドイツのPISAの結果はかなり改善し、質も公平性もともに大きな進展を見せたのです。

平均成績は2000年の時点でも高いレベルであった韓国でも、読解力で優良レベルなのは少数の限られたエリートだけであることを国民は懸念して、10年も経たないうちに、韓国はトップレベルの生徒を倍増させることができたのです。