比較できる国際テスト

シュライヒャーが、自分の国の教育システムを世界各国と比較できる国際的なテストについて提案すると、大多数は「それは不可能だ」「行うべきではない」「国際機関の仕事ではない」と述べたそうです。そこで、まず各国に試行調査の実施を提案して、実施に至ったのです。

その意図として、彼らは教育とは学ぶことへの情熱を育てること、創造力を刺激し、未来を築くことのできる自立した意思決定者を育成することだと考えたのです。従って、教室でったことを生徒に再現させて、習得の度合いを評価することには重点を置きたくなかったそうです。このPISAで高い点を取るためには、生徒は知っていることから推測し、学校で習う教科を横断して考え、未知の状況に対して自分の知識を応用しなければなりません。知っていることを生徒に教えるだけでは生徒は教員の足跡を追えばよいと思います。しかし、学び方を教えれば、生徒は自分の生きたい方向へ行くことができるのだと考えたのです。

PISAは、生徒に学校で習得しないことをテストするために不公平だとする批判的な議論もあったそうです。しかし、シュライヒャーは人生とは不公平なものだと考えています。人生における試練は、昨日学校で習ったことを覚えているかどうかを問うものではないと考えます。今日想定し得なかったことに将来対応できるかどうかが問題になると考えたのです。現代の世の中では、何をしているかではなく、知っていることで何ができるかが試されるというのです。彼のこの考え方は、今回のコロナ禍にさらされている世界の中では活かされてくると思います。

次の問題は、パイロット調査に予算の問題がありました。実際最初の2年間はPISAへの予算配分は0だったそうです。しかし、結局はそれが最大の強みになったのです。調査実施の際、計画を立てたらそれを実行するために技術者を雇用するのが通例ですが、その技術者を雇用する予算がなかったのですが、PISAの理念はたちまち世界の代表的な思考家を引き寄せ、参加国から何百人もの教育者、研究者を動員して、子ども達に何を求めるべきか、それにはどのようなテストをすればよいのかという探求が始まりました。ここから生まれた使命感が成功のカギとなったのです。

こうしてPISAは教育改革への影響力を年々増していきました。3年に一度の調査は、難しい決断をエビデンスにより裏付けることで政策立案者の政治活動コストの削減に寄与してきたのです。一方で、PISAにより、政策や取り組みが不十分な分野が明るみに出て、これらの政治的な不活動に関してはさらなる投資が行われていきます。こうして、パリでの最初の会議から2年後には、参加国は28か国になりました。今日、PISAには世界経済の80%を担う90%以上の国や地域が参加し、教育をめぐる国際的な対話が行われているのです。

この学力調査は、「PISAショック」と呼ばれる現象を起こします。調査結果により明らかになった教育の姿は、大多数の人が思い描いていたものとは大幅に異なっていたからです。また、国際機関が、結果を修正することなくすべての情報を開示したことも衝撃を増大させました。PISAのシステムでは、各国は、結果の公表に同意する前に自国の成績を知ることはできますが、他の国や地域との比較した結果はわからないようになっていました。つまり、ある国が結果公表に参加するかしないかを決めた時点では、他国の教育システムと比較した自国の位置はわからないのです。