デジタル教科書

先進的に教育のデジタル化に取り組んでいるシドニーの私立レッダムハウス小中校では昨年、それまで5年間続けていたデジタル教科書の利用をやめ、紙に戻したのです。なぜかというと、7~11歳を対象にデジタルでの学習の成果を測ったところ、子どもが「紙の方が集中できる」と感じていると判定したためだそうです。その原因を探ると、デジタル教科書では画面の切り替えやメール着信などの際、気を取られることが分かったというのです。広報担当者は「紙の教科書を読み、自らノートに書きこむ方が学んだ内容をしっかり記憶できる」と語っています。私も同感のような気がします。同様に、台湾では2009~11年一部の小学校でデジタル教科書を試験的に導入したそうです。保護者から「視力が落ちる」「鉛筆でノートに書く学習がおろそかになる」など懸念の声が上がっているそうです。これを受け、紙の教科書を維持し、理解を補うためのデジタル教材の開発に修正したそうです。紙とデジタルを併用しているのです。

紙とデジタルの教科書をめぐっては、経済協力開発機構であるOECDが18年、79か国・地域を対象に行なった国際学習到達度調査というPISAが注目されています。本を「紙で読む方が多い」と答えた日本の生徒は読解力の平均得点が536点、「デジタルで読む方が多い」は476点と60点差があったそうです。数学でも、授業でデジタル機器を使う割合が61%の豪州が、わずか8%の日本に比べて平均得点が高いわけではないようです。

台湾で「デジタル教育の先駆者」と呼ばれる中央大がネット学習科技研究所の陳徳懐教授は、端末を使った学びは「疑問を解決し、友だちとともに勉強しやすいなどの強みがある一方、文章を読み飛ばしやすく、深い理解や感情移入がしにくい」と指摘しています。

紙と電子媒体の違いを研究する群馬大学の認知科学の柴田博仁教授は「情報の全体像をつかみ、考えを深めるにはデジタルより紙が優れている。子どもの思考力を育むにはデジタル教科書は不向きだ」と強調しています。

世界先進国の中ではデジタル化が遅れている日本では、幸いに先進的な取り組みの成果、弊害を検証することができます。単に遅れまいと取り組むのではなく、その使い方を慎重にしていくべきでしょう。「教育のワールドクラス」に、「これからのデジタル化、グローバル化は、本来解放感と刺激をもたらすものですが、それに対して十分な備えがない者にとっては不安定で保障のない職、見通しのきかない生活を意味する」と書かれてあるいうに、教育分野でもデジタル化に対して十分な備えがない者にとっては、教育に不安定で保障のない喧嘩を産んでしまいかねません。特にデジタル化は、教育成果に、その影響力は決定的というわけではないことを肝に銘じる必要があるでしょう。

この「教育のワールドクラス」という本にはこんなサブタイトルがついています。「21世紀の学校システムをつくる」です。そして、その著者はアンドレアス・シュライヒャーという人です。現在経済協力開発機構であるOECDの教育・スキル局長を務めています。そして、世界中の教育政策に大きな影響を与えているOECD生徒の学習到達度調査であるPISA生みの親です。