社会的な子ども

キャシーは、人がどう学ぶのかということについての科学的知見に基づいて、決まりきったことをただ覚えるだけでなく、他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民になることのできる子どもを育てる新しい方法を示してきました。そして、この方法を実現するには、子どもがどのように学ぶかについて私達の考えを変えなくてはならないというのです。知識というコンテンツだけでなくもっと大事なことがあるというのです。それは、社会的な子どもこそ、賢さを備えた子どもであるということです。創造性はこれからの時代を生き抜くために不可欠の要素です。そして最高の学びは失敗した時に生じるのです。

そこで、自分達の家庭、学校、地域を、新しい学びを育てる場に変えようというのです。6Csはそのために必要な地図であり、成功を目指す道の途中で振り返るために必要なチェックリストだというのです。6Csを手がかりに学校だけでなく、学校の外での教育が子ども達にとって価値のあるものに変われば、子ども達はビジョンを持って、より良い社会を創出してゆくだろうというのです。

彼女の提案は、非常に共感するものです。実は、この主張、取り組みは、キャシーだけでなく、ロバータとの共同で行われたものです。キャシーは、ペンシル大学で博士号を取得し、テンプル大学教授です。一方、ロバータは、コーネル大学で博士号を取得し、テラウェア大学教授です。二人の共著である「Einstein Never Used Flash Cards」(アインシュタインはフラッシュカードを使用したことがない)は、世界中で翻訳され、2003年に最も優れた心理学者に贈られるBooks for Better Life Awardを受賞しています。卓越した研究業績だけではなく、認知心理学、発達心理学の基礎的な研究を教育に活かし、社会に貢献するために様々な重要なプロジェクトに関わり、世界から注目されています。

彼女らの素晴らしいところは、まず目指すべき子どもの姿を明確にしていることです。その姿は、「他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民になることのできる子ども」です。その姿が、彼女らの考える21世紀における「成功」です。そのために、私たちは、学校の内外を問わず、健やかで、思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる、幸せな子どもをサポートする環境を作る必要があるのです。そんな子どもが、やがて、他者と協力し、創造的で、自分の能力を発揮する、責任感溢れる市民となり、社会を活性化するというのです。これが、共有すべき目標であり、この目標を目指す挑戦こそが、私たちが取り組むべきミッションだというのです。

では、このレベルの高いミッションをどのようにして達成させていくのでしょうか?彼女らは、この問いに対する答えは、なんと子ども自身からであり、子どもの学びを研究する科学からだと言います。どのように子どもが学ぶか研究することで、これから子どもが身につけてほしい、システムとして統合的に働くスキルこそが、何度も繰り返し出てきた6Csだというのです。

また、なんどでも繰り返されている姿として、「他者と協力して」が出てきます。この力こそが、私が提案する保育カリキュラムの根幹をなすものなのです。

社会的な子ども” への8件のコメント

  1. 「彼女らの素晴らしいところは、まず目指すべき子どもの姿を明確にしていることです」とありました。このことはとても大切ですね。「元気な子」「笑顔あふれる子」という目標では具体的にどこへ向かっていけばいいのかということがとても分かりにくいですね。「他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民になることのできる子ども」というように具体的に示されたとありました。これらを読んで私たちはなんとなく現場でどのように子どものと関わればいいのか、どんな環境を用意すればいいのか想像ができるように思います。それは、まさに藤森先生がずっと言われてきたことがそのことそのものであるからではないでしょうか。主体性、自発性、社会性、共感力、他にもさまざまある乳幼児期に大切な力。いくらこれらが大切であると言われても、では具体的にどういう環境にすればいいのか。その答えが先生の実践にはあるからこそ、多くの人の目標になっているのだと思います。そんなことを改めて感じました。

  2. 私たちのたいていは、残念ながら、自分たちで園や学校の理念や目標を立てる、という経験をしたことがないでしょう。望ましい子ども像、あるいはこうあってほしい子どもたちの関わりの姿を自らで想像する、ということをあまりしたことがない人々が多いような気がします。藤森先生が仰る「そもそも」を考え、実践に反映させる、ということを生き方のプロセスとしてあまりやってきていない、ということです。キャッシー氏らは「他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民になることのできる子ども」という子ども像を「明確」に抱き、その上で、6Csという方法を提示している。藤森先生も「他者と協力」するために、子ども同士の関りの重要性を就学前こども施設の世界で説いてきたことがわかります。21世紀という世紀は、ホモサピエンスという種が存続できるかどうか試されている世紀でしょう。ホモサピエンスが現在「人新世」という時代を築き上げるに至った要因、すなわち他者との協力協働ということを振り返るだけで、これから私たちが課題とすべきことが明確になると思うのです。

  3. 「他者と協力して」ということを、真に考えることが大切だと感じました。

    4歳児が、将棋盤の片付け方で思い切り気持ちをぶつけ合っていました。手が出るのではないかと思うほど熱くなっている2人。両者とも片付けたくない訳ではなく、その片付け方に対する考えをぶつけ合っているのでした。
    大人からすると、どっちでもよいではないかと思ってしまうような内容でしたが、しばらく見守っているとお互いに気持ちを吐き出せたようで、1人が「ごめん」と言うと、さっきまでが嘘のようにスッと収まって2人とも去っていきました。

    子ども同士の関わり、子どもたち自身の営みを保障すること。改めて考えていきたいです。

  4. これまでの日本の保育観として、子どもに「こうなって欲しい」「こうあるべきだ」という大人の一方的な視点が強かったイメージがあります。しかし、近年では「子どもは何を考えて、それをどのようにサポートしていくべきか」といったように、子ども主体であるということが少しづつ具体的になってきた、また、「どのように子どもが学ぶのか」を模索していることが感じられます。そういった変化はどうして生まれたのかを考えてみたら、目標とする子ども像の変化や明確化が関連していることが理解できまた。とはいっても、まだまだ保育の質は高めていかなくてはなりません。そうなった時、具体的な環境設定があると他園でもわかりやすいですし、取り入れるスピード感もあるでしょう。それが見守る保育実践(モデル)園になっているんだろうなと感じました。環境セミナーの凄さを改めて感じました。

  5. 先日、つみきゾーンのつみきを片付けておく木箱が壊れてしまいました。すぐに直せる壊れ方ではなかったので、壊れた木箱を引っ込めまま、ランチ前の片付けの時間になりました。つみきゾーンのつみきを子どもたちがどうするのか何も言わずにみていると、全部のつみきを端に寄せて大きなハートの形にして「せんせー、みーてー」と満足そうな顔で教えてくれたので、思わず携帯で写真撮影しました。いつものかたづけができない状況から、子どもたちの創造力を働かせての片付けという「あそび」。そこには〝他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する〟という姿があり、頼もしい〝責任感溢れる市民〟であったことを読みながら感じ、この出来事とリンクしました。たまにはいつもと違う状況があることで、ある意味「失敗」に近い状況があることで、子どもたちの素晴らしい能力がみえてくることを感じました。

  6. キャシー氏がこういった考えを持てるのは「成功」というものをまず念頭において、「目指すべき子どもの姿を明確にしている」からできるのですね。そういった意味では私の場合「見守ることができる子ども」つまり「自律した子ども」というある意味で明確な目的を持っているのは保育をする上でも強みであるのかもしれません。見守る保育をすることで、何よりも一番感じるのはそこかもしれません。単純なよくある理念を持つことを否定はしませんが、確かに明確に具体的な目的をもってあたることと、漠然と抽象的な目的を持つことは大きな違いがあるように思います。最近では「手段が目的化している」と麴町中学校の工藤勇一氏が言ったいましたが、それはこういった「成功」への目的意識が薄れているからかもしれませんね。

  7. 天才が天才であるだけでは成功できなかった事例が過去にもあったかと思うのですが、この度の学びを通じて改めて天才を天才と認めてくれる人の存在が必要であることを思います。またその天才にどのような人が関わり、協力をしていくのか、またその天才はどのように協力を仰ぎ、協力したい気持ちを沸き起こさせるのか、そういう力がどの方面の天才にも必要であることを感じさせます。人格的な魅力があることの大切さを思う時、それはやはり人との関わりの巧みさであったり、更には魅力とは社会性であるとするならば、人の話を聞くときに頷いたり、感心したり、相槌や合いの手を入れたり、そういうことが実はとても大切なのではないかと思えてきます。

  8. “最高の学びは失敗した時に生じる”という言葉はとても、響くものがありました。子どもは、何度も、色々なものへ向かっていこうとします。それは、先を読んで行うのではなく、試そうとする力によって、こうしてみたら?違うやり方なら?と答えを導くといい方法より、そのものの性質や仕組みに興味を持つ、第六感を使ってというのでしょうか。子どもが向かって考えることは単に大人のように答えを導くために考えているわけではないと思えます。そして、その中には他者がおり、他者と一緒に協力して、更なる創造を掻き立てられるような刺激となるものへとつながっていくように感じました。子どもたち同士の関わりを単に考えるのではなく、子どもたち同士の関わりの中にこそ、6Csが見られる、そのようなレベルにある姿へとつながるもだと感じます。

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