変化する世界

生厖学習とは、絶えず学び、状況が変化したときに知識を調整し学び直すことであり、振り返り、見通し、行動の連続したプロセスを意味すると言います。振り返りには、意思決定や選択、行動する際に既知のものや想定されているものから一歩引き、異なる点をもって批判的なスタンスを取る必要があります。見通しには、将来何が必要か、今日取った行動が将来の結果に及ぼす影響を見越すため、分析的思考や批判的思考といった認知能力を結集します。情勢を作り変化させるのは私たち全ての人にかかっていると信じるからこそ、振り返り、見通しとともに、責任ある行動を進んでとるようになるのです。こうして主体性が育ちます。現代の学校とは、生徒が絶えず進化、成長し、変化する世界で適切な場所を見つけて順応するための場であるとシュライヒャーは考えています。

まだ存在しない将来の仕事のために学び、想像し得ない社会の課題に取り組み、まだ発明されていない技術を活用する準備のため、学校は生徒がかつてない急速な変化への準備をする場となるというのです。また、生徒が相互につながり合う世界で、異なる視点や世界観を理解し、他者を尊重して互いによくかかわり合い、持続可能で集団的福利のために責任を持って行動する準備の場となるのです。

彼の言う学校の役割、学校がどのような場になるべきかは、その就学前である幼児教育のあるべき場を考えるうえで、きちんと認識する必要があると思います。ここにも子ども同士の関わりの大切さが示されています。「生徒が相互につながり合う世界で、異なる視点や世界観を理解し、他者を尊重して互いによくかかわり合い、持続可能で集団的福利のために責任を持って行動する準備の場」は、どの場でも必要なことです。

私たちは認知的、情動的、社会的レジリエンスを強化する教育により、予期せぬ混乱の中でも人は組織や制度を存続し、おそらく繁栄させることができ、社会や経済の変化にあって第栄するのに必要な柔軟性、知性や敏感さをコミュニティや機関に提供できると言うのです。

もちろん最先端の知識は常に重要であると言います。革新的で創造的な人々は、一般的に知識や実践の分野で専門的なスキルを持っています。学び方を学ぶことが重要で、人は常に何かを学ぶことによって身につけます。しかし、教育での成功はもはや学んだ内容の知識を再現することではなく、主に既知のことから推定し、今までにない状況で創造的に応用することであると言います。このことはIT社会になることで、将来なくなる職業の一覧表を公表して話題になったケンブリッジ大学のオズボーンも、今後労働市場で生き残っていくために必要な力として、「高いcreativity」を挙げています。それは、「複数の一般的なアイデアを、一般的ではない方法で組み合わせることで新しいアイデアやものを作り上げる能力」であるとしています。全く同じことを言っています。

シュライヒャーは、例えば、科学者、哲学者、数学のように考える認識論的知識は、特定の公式、名前、場所を知ることよりも優先されると言います。ですから今日の学校教育に特に必要なのは、創造性、批判的思考、課題解決や判断を含む考え方、コミュニケーンヨンやコラボレーションを含む活動方法、新しい技術の可能性を理解し活用する能力を含む活動のためのツール、能動的かつ賢明な市民として多面的な世界に生きる能力であるというのです。

変化する世界” への7件のコメント

  1. 文部科学省や教育委員会のお達しにより、コロナ禍で休校となり、行事も中止し、あるいは実施したにしてもどんな意図があって実施したのかよくわからない実態を、今年の小中校という学校は示してくれました。学校という一つのユニットの主体性も自発性も見受けられない、システムだけが際立ったと言えましょう。「現代の学校とは、生徒が絶えず進化、成長し、変化する世界で適切な場所を見つけて順応するための場」。シュライヒャー氏の現代の学校の定義には深く頷けます。そして「まだ存在しない将来の仕事のために学び、想像し得ない社会の課題に取り組み、まだ発明されていない技術を活用する準備のため、学校は生徒がかつてない急速な変化への準備をする場」。まぁ、学校さんのことはこれくらいにして、さて私たち就学前子どもたち施設は果たしてどうでしょうか。「相互につながり合う世界で、異なる視点や世界観を理解し、他者を尊重して互いによくかかわり合い、持続可能で集団的福利のために責任を持って行動する準備の場」という認識を私たち保育者は持っているのでしょうか。持っていないのであれば、持つように学び直しましょう。高い志と地に足を着けた科学的実践。そもそも何のためにそれをするの、何のためにそれをしないの?ここから私たちは自分たちの仕事を問い直していきたいものです。

  2. AARという見通し、行動、振り返りという学習方法の「見通し」について、その意味が以前よりはっきりとしました。ありがとうございました。「教育での成功はもはや学んだ内容の知識を再現することではなく、主に既知のことから推定し、今までにない状況で創造的に応用することであると言います」ということや「今日の学校教育に特に必要なのは、創造性、批判的思考、課題解決や判断を含む考え方、コミュニケーンヨンやコラボレーションを含む活動方法、新しい技術の可能性を理解し活用する能力を含む活動のためのツール、能動的かつ賢明な市民として多面的な世界に生きる能力であるというのです」ということからも教育が子どものどういった力を育むものであるのかということがはっきり示されていました。どう考えても大人が一方的に知識を教え込むものではないことが分かります。予想不能な何が起こるかわからない時代において、自ら行動し、新たしい価値をあらゆる人とともにつくりあげてい力が重要になるということが理解できます。これこそが私たち人類の特徴でもあるのかもしれません。

  3. ちびまる子ちゃんに出てくるブラウン管テレビや給湯器には違和感を覚えても、学校内の作りや授業形態には違和感を覚えないように、学校教育がずいぶん前から変化していないことが把握できます。しかし、そのような学校であっても、今後は社会の変化と共に変化していくのではなく、社会が将来必要とす人材を見通した教育システムの構築という、ある種、実験・研究・検証の場である必要がで出てくるようにも感じました。こうすればこうなるという確実という保障はないように、試行錯誤ができる場であることに価値を置かねばいけませんね。具体的には「生徒が絶えず進化、成長し、変化する世界で適切な場所を見つけて順応する」学生であって、それをサポートする大人も「進化、成長し、変化する世界で適切な場所を見つけて順応する」大人でありたいと感じました。

  4. 幼児教育に携わる者として、大切な心構えが記されていました。卒園した先、社会に出て行くことを見据えた上で、その時必要な発達を遂げられるようにすることが大切なことですね。
    臥龍塾で藤森先生がお話しして下さった回がありました。「社会に貢献し、成功することを望まない大人はいないし、保育園もその為の施設である。子どもだから、のびのび遊ぶことが良いということではない。将来の成功にとって、乳幼児期に必要なことが、のびのびと遊ぶことなのであり、間違えた早期教育をすることではないのです」というような話があったと記憶しています。
    社会の変化、教育改革の動向をしっかりと見て、必要な発達を遂げられるよう、子どもたちと共に過ごしていきたいです。

  5. 自分たち保育を実践する者として〝教育での成功はもはや学んだ内容の知識を再現することではなく、主に既知のことから推定し、今までにない状況で創造的に応用することである〟というのは肝に銘じておくことが必要だと思います。テストでいい点をとるための学習ではなく、例えば掛け算を応用して何ができるのか考えるべきであるんですね。九九を覚えて一の段から九の段まで大きい声で言うことだけで終わりではなく、それが実社会でどう応用できるのか?学校の先生は知っているのでしょうか。自分たちは今までしてきたことの一つ一つを「そもそも」から問い直していくことが必要である気がしました。

  6. 「生徒が相互につながり合う世界で、異なる視点や世界観を理解し、他者を尊重して互いによく関わり合い、持続可能で集団的福利のために責任をもって行動する準備の場」とあります。教育施設として、どれだけこういったことを理解していたり、理念を持っていたりするところがあるのでしょうか。日本においてはまだまだ少ないように感じるのですが、どこを教育の終着と意識するかで大きくその考えは変わってくるように思います。まだまだ、日本の場合、「○○受験」という一つの節目節目が終着になっており、それが一貫して連続している「生涯教育の一部」という意識は少ないように思います。しかし、ここが一貫していなければ、教育の大きな目標は達成できないのだろうと思います。自分自身としても、そういった目線は常に問い続け、保育をする上での意味をしっかりと意識していきたいと思います。

  7. 教授や研究者になる上で、学校で学ぶことというのはとても重要になるのかもわかりません。ただそれは、その道を志せば自然学び至るものなのかもわからず、誰かから教わる類いのものではないのかもわかりません。また、その道に進まない人にとっては、何のことかさっぱりわからないのも当然と思えてきます。新しい仕事を創出していく時代に求められる学校像について、それに従事する人たちと一緒になって考えられたらと改めて思えてきます。

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