どんな環境?

一緒にどこかへ出かけることがあったら、子どもがなぜ?どうして?と問いを発し、考えを広げる機会を作るのがあなたの役目だとキャシーは言います。難しく考える必要はありません。今、目にしている状況がなぜ生じたのか、子どもが考えるように仕向けさえすればよいのです。例えば赤信号で停止した時、子どもがなぜ信号は必要なの?と聞いてきたら、信号はどんな働きをするのか考えるように促してみましょう。こうした日々の何気ない問答の積み重ねこそクリティカルシンキングの力を育てるための必要条件なのだと言うのです。あなたが関わりのある所を見つめることです。

では、クリティカルシンキングを育てる環境をどう作ればいいのでしょうか?まず大事なことは子どもを尊重すること。子どもが尊重され、彼らの発する素直な問いを真剣に受けとめれば、子どもは安心して問い続け、目の前の情報に囚われずに広く深く考えようとするでしょう。たとえ2、3歳児であっても彼らの興味や疑問を尊重する必要があります。親を含め、子どもの周囲にいる大人の感性と反応の仕方が試されていると言ってもよいと言っています。それは子どもの見方を面白がる感性であり、子どもの理解を促すようなやり方での反応なのです。

あなたがこうした関わりを子どもと積み重ねるのを厭わなければ、子どもはあなたの知恵と指導を素直に受け入れることの大事さを学ぶでしょう。もちろん、クリティカルシンキングする力も同時に育つのです。

私達は、そして私達の子どもは画期的な考えを生み出す発明家、起業家、科学者、技術者になる可能性を特っています。イノベーションを引き起こす人達は、他者には見えない問題に気づくためにクリティカルシンキングの力を働かせます。こうして誰よりも先に流れをつかむ人々をビジョナリー・フューチャリストと呼ぶそうです。アマゾンのような企業にはそんな社員かいるそうです。創業者のジェフ・べゾスが重んじた企業理念は「異議を唱える勇気を持ち、一度決定したことには全力で取り組む」ということだそうです。彼は多くの職場が調和を重んじ過ぎていることに違和感を抱き、素晴らしい製品やアイデアを生み出したいなら、多少の軋轢があっても、率直なフィードバックをやりとりすることに価値を置くべきだと考えたのです。

私達はクリティカルシンキングの力を働かせて問題を発見します。どんな問題も発見されない限り解けません。とはいえ発見された問題にどう取り組むかという大問題はまだ残されています。そこでキャシーらは、次に、クリティカルシンキングによって見つけた問題を解くために必要なクリエイテイプイノベーションについて考えていきます。

ここで、キャシーはソフィア・ローレンの言葉を引用しています。「若さは、あなたの心、才能、創造性、そしてあなたが愛する人々との生活の中から生まれるものてある。このことさえ学べばあなたは老いることはない。」

しかし、どうも今は、創造性の危機が叫ばれています。本当に創造力は失われてきているのでしょうか?

背後にある理由

読書はまた日常とは別の「現実」を見せてくれます。そこではわけの解らないことが突然起こりますが、だからこそ面白いとキャシーは言うのです。そんな時に「もし……だったら」と話をどんどん勝手に広げていくともっと面白くなると言います。もしお姫様だったら退屈かな?王冠を投げてしまうだろうか?物語の結末を変えてしまうことも創造性、コミュニケーション力、そしてクリティカルシンキングの力を育てます。こういう遊びを通じて子どもは、物事は一通りではなく、様々な可能性があることを知るのだと言うのです。

現実の生活場面で子どもは人々の振る舞いの背後にある理由について質問してくることが多いです。「何でA君はBさんを『馬鹿』とか『間抜け』などと呼ぶのか?」。そこで「A君は悪い子だからよ」と言ってしまったら会話はそこで終わってしまい、子どもにこれ以上考える機会を与えません。子どもは人々をある行動に駆り立てる動機について、理解したいという強い気持ちを持っているのです。もし人々がなぜびっくりするような普通でないことをするのかを理解できれば、社会的な関係で予想不能なことに出くわすことはなくなると言うのです。相手を傷つけるような言い方をした時その子はどんなことを感したのだろうか?彼女に対してどんな振る舞いをすればよかったのか?子どもと一緒に頭を悩ませ、クリティカルシンキングスキルを駆使して考えるといいと言います。

このようなプロセスを経て、子ども達は表面的行動をそのまま受けとめる必要はないことを学び、全ての人が怒ると悪態をつくわけではないことを理解します。私達にできることは子どもが自ら「なぜ」と考え、もっと良いやリ方を考えることを促すことであると言うのです。

いつでもどこでもクリティカルシンキングするチャンスは転がっているとキャシーは言います。しかしながら生徒が異議を唱える質問を教師が許さなかったり、親が子どもの質問を一切受けつけなかったりするような環境で育った場合、どうやってクリティカルシンキングの力を養えばよいのでしょうか。そんな場合、芸術に取り組むことが助けになるとキャシーは考えています。

音楽でも絵画でも、自分の中にあることや自分が見たもの、感じたことを正確に表現したいという欲求に駆られます。しかし中々思った通りにいかず「どうしたらもっと良くなるのか?」と自分に問い続け、創作に打ち込むのです。この場合の「もっと良く」は「もっと良い演奏」「もっと良い解釈」ということでもあるし、様々な視点からの解釈という意味でもあるでしょう。作品を作るプロセス自体がクリティカルシンキングを働かせる場になっているのだとキャシーは言うのです。

これは演劇にも当てはまると言います。誰かの役を演じると自分以外の他者の気持ちや考えを自分のこととして提えざるを得ません。自分の演じるキャラクターが車に飛び乗ってすぐに走り去ったとします。なぜそんなことをしたか、どんな気持ちだったか。他者から自分とは異なる見方をフィードパックしてもらい、議論を深めながら役柄を作ってゆけるのです。

自分自身を見つめる

人の書いた文章を批評する場合も同じであると言います。例えば人が書いたレポートを批評する時「行われた実験は不完全だった」と書いて、あとは何も記述しないというのは許されません。レベル4のクリティカルシンキングを発揮して批評するには、書かれていたことのどの部分が「不完全」でそれはなぜかを明確に表現しなければならないのです。自分自身の考えと表現にクリティカルシンキングを働かせることで批評の質は大幅に向上するのです。どこがうまくいき、どこに改善の余地があるかを明らかにし、良い議論を文章で表現する方法を磨いてゆくべきであると言うのです。

自分のクリティカルシンキングスキルを磨き、高めてゆくことはできるとキャシーは言います。日々直面する課題についてクリティカルシンキングを働かせて答えを見つけてゆこうと言います。その時にインターネットの情報は最初のきっかけとしてとても役立つと言うのです。新車を買うかこのまま今の車に乗り続けるかと思った時、保証の期間を比べたらどうなるか?という問いからスタートして、多面的に色々な問いを出して考えてみます。こうして日常場面でクリティカルシンキングのスキルを使いこなしていけるのです

ゲームしたり、愉快な物語を作ったり、本を読んだりする時、なぜ?と尋ねるのをいとわないことです。これこそ子どものクリティカルシンキングスキルを伸ばすために最大の効果を上げる方法だと言うのです。ゲームがクリティカルシンキングを育てるのにとても有効なのは、違反した時にルールの存在に否応なく気づかされるからです。

もちろん、そのためにはルールについて学ぶ必要があります。誰が最初に行くのか、なぜこの動きはカウントされないのか、無数のトラブルが発生し必然的に激しい議論か巻き起こり、自ずとルールの存在が浮かび上がります。見解の不一致が生まれることは悪いことではなく、むしろクリティカルシンキングの力を育てるのです。決して声を荒げたり、暴力を振るったりせず、他者を尊重するやり方で異議を申し立てる能力をゲームによって育てようと言います。そうすれば兄弟姉妹や仲間達との間で問題が起きても、うまく解決できるようになっていくだろうと言います。コミュニケーションする力を発揮して、他者とうまく交渉し、建設的に批判する方法は子どもが学ぶべき重要なスキルなのです。

子どもにただお話を語ることも最近すたれつつあるようですが、面白いお話をしてくれる人のことを子どもは大好きです。親や保育者は自分自身のことについて子どもに語ろうと提案します。特に親達が自分達と同じぐらいの年齢の時、どんなことをしていたか聞きたがります。この時に子ども達は沢山の質問をしてくるでしょう。問いを出すことは自分を取り巻く世界について学ぶために、そして建設的に批判する態度を育てるために必要だと言います。そのうえ全くお金をかけずに、子どもや孫との素晴らしい絆を作り出せると言うのです。

読書はクリティカルシンキングを使う最高の場であるとキャシーは言います。物語の展開が突然変化した時、子どもは本当にこんなこと起きたの?なんで崖から落ちなかったんだろう?なぜ彼らは……したの?というような問いを発しないわけにはいきません。

クリエイティブイノベーション

良い人生を送るには知識コンテンツを身につけることが最善だという思い込みを捨て、コンテンツの海の中で拾い上げたアイデアをうまく繋げて、どっちに向かって進んでゆくか決められる人になることを目指すことです。これまで誰も思いつかなかったような新しい方法で課題を解決してゆくには、クリティカルシンキングの力に加えて、新たな力が必要です。それが次なる「C」であるクリエイティブイノベーションのスキルなのです。

キャシーは、こんな問いをかけています。「あなたは自分自身を騙されやすいと考えたことがあるだろうか。」キャシーは、実は私達は誰でも、分野によってはレベル1のクリティカルシンキングに陥ってしまうことがあると言うのです。

大学の心理学の授業で同じ形で同じ重さの粘土玉を二つ見せます。実際に重さを測定し確かに同じだということを確かめた後、一方の玉をパンケーキのように平らな形にします。そして大学生達にこれで重さは変わったかどうか質問しました。彼らは何でそんな当たり前のことを聞くんだとあっけにとられた感じでした。当然のことながら形を変えても重さは同じです。これは幼児に対してかつてピアジェが行った「保存」の概念の実験課題なのです。大人は誰も引っかかりませんが、6歳未満の子どもは見かけに騙されて、重さが変わったと考えてしまうのです。

しかし大人もちょっと状況が変われば、幼い子と同じ状態に陥ることがあります。パンケーキのように平らな形にした粘土を再び球体に戻し、同じ形にした後で、もし一方にガンマ線を照射したら重さは変わるか質問しました。学生達はガンマ線についてよく解らないので答えられないと言い出したのです。こうしたちょっとした状況の変化によって、私達は騙されやすくなってしまうとキャシーは言うのです。しかし慌てる必要はないと言います。ある領域について何か知りたいなら、質問をし、評価主義的な態度をとればよいのだと言います。

自分が病気だと知らされ治療方法について知る時、私達はどうしても冷静にクリティカルシンキングを働かせて受けとめることができなくなってしまいます。ある女性は医師の診断を聞く際に彼女の立場で考えることができ、批判的な質問をできる友人に同席してもらったそうです。あまりに動揺していて、受けるべき手術の内容についてきちんと考えられなと思ったからです。もちろん、彼女は他の場面ではレベル4のクリティカルシンキングができます。

「と言われている」「皆がこう言っている」というフレーズを意識せず多用していないか見直すこともとても大事だとキャシーは言います。もしこう言いがちになっていたらレベル3に陥っていると思ってほしいと言います。常に問い続けるのは簡単ではありません。しかし大きな利害が絡んだり、将来に大きく影響するような事柄について決断したりする時には、レベル4のクリティカルシンキングを作動させ、しっかりした根拠があるかどうか見極めてから決断しようとキャシーは言うのです。

姿勢と方法

クリティカルシンキングスキルを教えるには、いくつかの構成要素を考える必要があると心理学者のダイアン・ハルパーンは次のように言っています。一つ目の構成要素は「姿勢」。まず批判的に物事を捉えてみる態度と言ってもいいかもしれないとキャシーは言います。最早かつてのように「○○の権威」と呼ばれる専門的な人が全てを知っているわけではありません。このことを解っていたからこそキャシーの友人は、人工股関節の素材について自ら調べたのです。専門家といえども大量の最新情報を全て追いきれないでしょう。だからこそ私達自身が批判的なスタンスを発揮せざるを得ないのです。何か知らなければならないことがあったら自分でさっとグーグルで調べてみるという姿勢が求められているのです。但し最も良い答えがグーグルで簡単に調べられるとは限らないことも知っておく必要はあるだろうとキャシーは言います。二つ目の構成要素は「方法」です。どうクリティカルシンキングスキルを教えるかということです。例えばテレビで流れるCMを批判的に受けとめてみることは、子どもとクリティカルシンキングを学ぶ格好の題材になると言います。ある婚活サイトのではこのサイトで出会った人達が結婚する割合が一番高く、結婚した後の満足度も一番高いと言っていたそうです。しかし一体何と比較して一番なのか全く解らないとキャシーは言います。比較対照するためのデータは一切明示されていません。このサイトを全く使わなかった人よりもこのサイトを使った人の方が出会った後、結婚する割合が高いということをどうやって示そうというのでしょうか。

批判的に受けとめた後、既にある証拠に基づいて仮説を立てて、これまでなされてきた論争を確かめてみれば、クリティカルシンキングの力は更に高まると言います。もしその婚活サイトの結婚成立件数が一番だと主張するならば、他の婚活サイトの結婚成立件数が少ないことをデータで示さないといけないのではないかと言います。こうして学生達はデータを探し、グラフを作り、仮説の前提を疑い、更に必要となる情報を集め、クリティカルシンキングを用いて課題を解決してゆくことを体験するのです。

ビジネスにおいても、情報の洪水の中で生き抜くためにはクリティカルシンキングが必要不可欠だと言います。エリザベス・エダースハイムは自分がコンサルティングしているクライアント企業の現状を「全ての情報が指一本で手に入るようになると、論理的には会社の経営は楽になるはずなのに、実際には真逆で大量の情報のどれが役に立つのか判別し、どのように扱えばよいか考えることができず、とても苦労している」と書いているそうです。このような状況だからこそ、情報を評価でき統合できるレベル4のクリティカルシンキング能力を持った人は引く手あまたなのだと言います。

情報爆発時代のサバイバルスキルを追い求め人々は右往左往しています。我が子にコンピュータスキルを学ばせる保育園の広告に乗せられてしまう人達がいることに驚きはしないとキャシーは言います。親ならば誰でも我が子を成功させたいと考えるからです。しかしもし我が子をグーグルで働かせたいなら、天才児を育てると謳う保育園に入れるのはやめた方がいいと言います。なぜならかえってその確率を下げてしまうことになるからだと言います。

評価主義者

先生は、子ども達を三つの小グループに分け、今読んだ文章に書かれていた公園に足りないことについて考える問いかけをしたのです。「大胆に考えてもっと公園を素晴らしくしよう」。子ども達の創造性を刺激し、どんな物が欲しいか書き出し、新しく加える要素を絵に描かせました。暫く個人作業した後、考えたことを全員にシェアする時間を作りました。そのうえで公園に新たに付け加えるものを三つ、クラス全体の総意として選んでほしいという課題を与えたのです。皆のアイデアを全てホワイトボードに書き出し、それを見ながらどれがいいか、なぜそれがいいのか自分の主張を述べて、子ども達は議論を始めました。最終的に全員で投票して決めます。子ども達は一緒に悩み、お互いの提案に突っ込みを入れながら白熱した論議を続けたのです。この授業は自分達の考えをレベル4のクリティカルシンキングにもっていく素晴らしい機会になっているとキャシーは言います。タダでアイスクリームを食べさせてくれる移動販売車を設置するのはどう?音楽が流れてくるべンチは?なぜ前の意見が良くて、後のはダメなの?’自分たちが望むものは何?……真剣な議論は続きます。

とはいえ、ディアナ・キューンのようなクリティカルシンキング研究の専門家でさえ、日常や学校の文脈の中でレベル4のクリティカルシンキングを理解するのは難しいと言っています。「評価主義者(evaluatists)」として物事を捉えることに価値を見出すかどうかという、ある種の道徳的間題にも繋がってくるとキャシーは言います。なぜならそれは寬容で受容するという社会的な価値とぶつかるからだと言うのです。「お互いに干渉し合わず」「それぞれの道をゆく」という発想は、レベル4の評価主義的思考を育てるのを阻害します。「全ての人が自分の意見を持つ権利がある」とう信念は一歩間違えば、「全ての意見が皆正しい意見である、だから一つの正しい答えを探す必要はない」という信念へと変貌してしまう危険をはらんでいると言うのです。社会が未だにレベル3のクリティカルシンキングに甘んじているために進化論を受け入れず、神が我々を作ったという説を相変わらず教える学校もアメリカ合衆国のある州には存在するそうです。地球温暖化のような重大な社会問題についても、全ての人々が自分の意見を無責任に表明できる世の中になってしまっているとキャシーは嘆くのです。

レベル4の「評価主義者」は、証拠に基づいて立場同士を比較し、ある課題についての多様な立場をふかんてきに眺め、統合して、最も良い選択肢を選択しようとします。キャシーらの友人が人工股関節に置き換える手術をすることになったときのことです。彼女がどの素材が一番良いかドクターに質問したところ、素材はステンレスしかないと返答されたそうです。しかし彼女は諦めず、ウェブで探したところいくつかの素材で人工股関節が作られていることを知りました。今回のケースは彼女が健全な懐疑心を働かせ、専門医の言うことを鵜呑みにしなかったために、悲惨な結果を招くことはなかったのです。もし彼女がステンレス製のものを移植した後で金属アレルギーだということが発覚したら、とんでもない事態になっていたでしょう。

繋げる力

シェフは材料を考えるだけでなく、実際に作ってみてよりおいしくできる作り方を研究し続けないと新しいレシピは作れません。そのためにはピジネスでも、医学でも、エンジニアリングでも、どんな領域でもその領域の中で、しっかりと批判的に考え、向上し続けようとする心が必要だとガードナーは言っています。そのうえで関連しそうな知識を他の様々な分野から学びとり繁げてゆく。だから、優れたシェフはただ料理を作っているだけでなく、化学や農学の知識をどんどん学んでいるのです。

学際的な研究が当たり前になり知識領域の境界線は曖味になってきています。例えば医学において健康に影響を与える要因として心の状態がますます注目されるようになってきています。また教育においては現場の教師、管理職、政策立案者が協力し、飢餓を始めとする子どもの貧困について意識を高め、対策を講じていく必要に迫られています。なぜならこうした問題が子どもの不安傾向を強め、学習に欠かせない実行機能を司る脳の部位に過重な負荷をかけることが解ってきたからです。

レベル4の人々は「上手に疑う」ことができると言います。私達は問題を解くのに役立つ情報を集めるために全力を尽くします。しかし情報を集めるだけでは不十分です。スタンフォード大学のリンダ・ダーリング=ハモンドは、アメリカの全ての学校が「理解することを教える学校」になるべきだと主張し続けているそうです。知識コンテンツを記憶することは子どもがすべきことの一部に過ぎないと言うのです。理解せず、ただ広く浅い知識だけ覚えても、クリティカルシンキングの面から見ればレベル2に留まり、分析し統合する力を要するレベル4に到達することはないのです。

ダーリング=ハモンドは2008年に書いた著書『パワフル・ラーニング』(北大路書房)の中で『ニューヨークタイムズ』に掲載された二つの手紙について述べています。1通はヨーロッパ生まれの学生からのもので、もう1通はアメリカ人からでした。ヨーロッパ生まれの学生は高校までヨーロッパで学び、アメリカの大学に進学しました。彼は手紙にアメリカの学生は「学校で事実や統計データを記憶するように追い込まれている…ヨーロッパでも同じ教科を学んだが、記憶するのではなく理解することを求められた。クリティカルシンキング、分析…調査の技法はヨーロッパでは高校時代に教わったが、アメリカでは大学で初めて扱う」と書いていました。興味深いのはアメリカの学生もこの意見に同意したことです。「アメリカが国際的に見て教育レベルが低迷しているのは、日本でいうと高校1年生である10年生、高校2年生にあたる11年生まで記憶することを主眼とする授業ばかり行っているからだ。11年生になってようやく論理的に考え、課題を解決する学びが始まった」とアメリカの学生は嘆いていたのです。

「課題をどのように分析するか。その方法を知らずに私達は現実世界を生き抜くことはできない。私達がこれから直面する問題の答えは教科書には書かれていない。」

クリティカルシンキングを学ぶのに高校まで待つ必要は全くないとキャシーは言います。ある先生は小学3年生の子ども達に公園のデザインについて書かれた文章を読ませたそうです。その後読んだ内容について質問しました。公園をデザインした人の名前は?どんな気候だとこの公園は役立つ?しかしこの先生は読解した内容を問うだけで終わりにしませんでした。子ども達がもっと活発にもっと批判的に考えるようにさらに問い続けたのです。

良い選択

クリティカルシンキングのレベルが3だと、人々が様々な視点を持っていることに気づき、多面的に見ることはできるのですが、最も良い選択ができません。レベル4に移行することでようやく、どの答えが他の答えより優れているのかを評価できるようになるのです。証拠に基づいて判断し単なる意見に縛られなくなるのだというのです。

では、レベル4はどのような力でしょうか?キャシーは、「根拠づけて上手に疑う」ことであると言います。それは、多方面から役に立つ情報を集めて繋ぎ、上手に疑うことです。

ハーバード大学の著名な生物学者ウィルソンは、「私達は情報の海に溺れながら叡智に飢えている。これからの世界を仕切るのは融合して物事を考えられる人。つまり的確な情報を的確なタイミングでまとめあげ、それを批判的に吟味し重要な決断を賢く遂行できる人だ」と言っています。

米国科学アカデミー刊行の「生活と仕事のための教育』(未邦訳)では、全ての人々に求められる21世紀スキルとしてクリティカルシンキングが、問題解決のスキルと結びつけて必要であるという共通認識が世間一般に形成されていると報告しているそうです。しかし全ての人々がレベル4のクリティカルシンキング能力を身につけているわけではありません。ロポットが社会に溢れ、私達の仕事の質を急速に変えつつある中で、益々レベル4人材の価値は高まる一方だとキャシーは言います。

クリティカルシンキングは元々重要視された能力でしたが、労働環境が大きく変化し、更にその重要性が増しているのです。高速道路の料金所で働く人のようなブルーカラー層にクリティカルシンキングは必要ありませんでした。しかし2009年時点で、アメリカにおいてブルーカラーの労働者が全労働者に占める割合は五分の一に過ぎないそうです。更にこれまで中間層を占めていた事務職の仕事がどんどんなくなっています。大学を例にとればこれまで4人の教職員に対して事務員は1名でしたが、今では24人に対して1名だそうです。

労働需要は両極化していて、熟達した思考を必要とする仕事とあまりスキルは要さないもののコンピュータでは代替が難しい仕事、たとえばガードマンなどに、はっきり二分されています。中間の仕事が見事に消えたのです。これからの子どもを待ち受ける将来はクリティカルシンキングを必要とする層に属するか、殆どスキルの要らない層に属するか二つに一つと言えるとキャシーは言います。

知性とはどういうものであるか長年研究してきたハワード・ガードナーは、これから必要とされる五つの心(マインド)を挙げています。その中の一つが「統合する心」です。ガードナーは「全く異なる情報源から得たばらばらの情報を一つのまとまった情報として繋げる能力がこれからは不可欠」で「大量の情報の中から重要なものを選び」とって、直面している課題に活かさなければならないと言っています。

レシピに入れる材料が増えれば、おいしいスフレができるわけではないのです。どんな材料を選び、組み合わせるかの方が大事だというのです。もちろんシェフは材料を考えるだけでなく、実際に作ってみてよりおいしくできる作り方を研究し続けないと新しいレシピは作れません。

問い直す

レベル4のクリティカルシンキングができるようになるには、とにかく問い直すことだと言います。最初に出合った答えをすぐに受け入れないことだというのです。物事・出来事に出合った時、どのような原因、そしてどのようなプロセスでこうなったのかについて自ら問いを投げかけてみることで理解は深まるというのです。目の前の現状に問いを投げかけることから全ては動き出すというのです。遠く離れた人とどうして話ができないのか、鳥のように飛ぶにはどうするかという素朴な問いを馬鹿にしてはいけないのです。このような問いをひたすら問い続けた結果、電話や飛行機が発明されたのです。

生徒達はどうしたらレベル4に成長するのでしょうか。クリティカルシンキングは教えることかできるのでしょうか。もちろん、常に問う姿勢を持たせることは大事な要素です。しかしそれだけでなく根拠について考える機会を作ることも重要だと言います。これは幼いうちから始められるというのです。そこで、他者の立場で考えなければならないチャンスを見逃さないようにしようと呼びかけます。「あなたが弟を叩いてはいけないのはなぜだと思う?」と問いかけ、クリティカルシンキングを揺さぶると共に親の思考プロセスを子どもに見せるのです。悪いことをしてしまった罰としてどうしてこれを選んだのかという理由をしっかり説明するのです。子どもになぜあることをするのは受け入れられないか説明するだけでなく、罰とは単に「体罰」を意味するものではないということも理解してもらいます。あまりにもやんちゃ過ぎる子に対して、何かが起きたその場ですぐ守るべきルールについて話し合います。手が掛かり面倒に思うかもしれませんが、行動をコントロールすることを学ぶだけでなくクリティカルシンキングを育てる機会でもあるので、一石二鳥の学びのチャンスとキャシーは言っています。

ティーンエイジになれば子どもの質問は更に鋭くなり、親に対して敢然と挑んでくるでしょう。親とは異なった現実を想像するようになっている彼らによる批判的攻撃から逃れることは難しいでしょう。だったら逆に彼らに問いかけ、どうやったら折り合いをつけられるか一緒に考えることで相手の攻撃力を利用するといいと言います。新しい問いかけを身につけて共に考え方を進化させてゆくといいと言います。

学校において生徒達をレベル3から脱却させるには、お互いの意見を共有してディベートする機会を作るべきだとキャシーは言います。そのやり方は様々だと言います。まず必要なのはどんな論争があるのか認識することだというのです。例えば、「この章ではなぜ南北戦争が起こったと述べているだろうか」ということを認識させるのです。そしてプレインストーミングしてアイデアを出したり、意見の根拠となる部分を探したりする活動を組み合わせて、皆で話し合いながら主張を磨いてゆくのです。インターネットの中には教室でクリティカルシンキングを鍛えるための材料が溢れています。そこから挑発的なお題を選び、生徒達が二つの立場に分かれて自分達の主張を支える証拠を集め、ディベートすることができます。保護者会の夜、生徒達の外出は許されるべきかどうかというテーマで高校生がディベートすれば大いに盛り上がるでしょう。

誰が何を誰に

おじいさんが、車で一時間程のところに住んでいる3歳半の孫を訪ねました。週の途中に訪れたということ以外、普段通りだったにもかかわらす、孫は「どうして来たの?」と質問したのです。おじいさんは「お前に会うためさ」と答えたのですが「本当は違うでしよ。何で来たの?」と早熟な孫は受け入れませんでした。いつものパターンから外れているので何か別の理由があるに違いないと推理したのです。これも立派なクリティカルシンキングなのです。大人が言ったことを何もかも簡単に受け入れたりはしないのです。

クリティカルシンキングをするためには、誰が、どんなことを、誰に向かって言っているか判断することも大事だとキャシーは言います。4歳くらいになると、ある人は他の人と比べてよく知っているということを子どもは理解します。自転車を直したいなら自転車屋さんに行き、靴屋には行かないのです。

ただレベル3ですと、権威だと「自称」している人にまんまとしてやられることがあると言います。「誰」が情報を言うかと共に「どんな情報」か吟味することも重要だというのです。情報自体を的確に評価できるかどうかは、その情報が自分にどの程度関わりを持つかによって変わってきます。例えば、演劇に強い興味を持っていれば、新しい作品が登場するとネットに上がった評判やレビューをしっかり読んで判断するでしょう。子どもは大人より知識量がないと解っていて、与えられた情報に確信を持てません。特に情報を教えてくれた人が過去に間違いを教えたことがあると尚更です。おばさんから、ハフカというユダヤ教の祭日で太陰暦に基づいて決まるので年によって日が違うのですが、その日とサンクスギビングは同じ日だと聞いた7歳の子は、その考えはおかしいとはねつけたのです。それは以前、おばさんに一度寄り目をするとずっとそのままになると騙されたことを覚えていたからです。

レベル3に留まってしまうと、私達の生活の全ての場面で良くない結果をもたらすだろうとキャシーは警告します。ウィキペディアの情報を完全に信頼しきってテストで間違えたり、根も葉もないうわさに基づいてクラスメイトと論争したり、怪しいインターネットサイトの情報に基づいて治療方法を決定したり、教育、対人関係、医療など様々な面で悪い結果を引き起こしてしまうのだとキャシーは言うのです。

中学生くらいの年代はどんな場合もレベル3で物事を提える傾向が見られるようです。ディアナ・キューンはこういう態度の人達を「どれも正解主義者(multiplists)」と呼んでいるそうです。このレベルにいる人達は人によって意見が違うのは当然でその違いを認めようと考えます。つまり「主張」と「意見」の区別がついていないのだというのです。主張には、根拠が必要です。多くの歴史家が南北戦争の起こった主な理由の一つを奴隷制と見なしていますが、奴隷制そのものよりも経済の問題の方が大きかったとする研究者もいるそうです。「どれも正解主義者」はどちらの主張も正しいと考え、どちらの主張が正しいのか追究しようとしません。キューンが「評価主義者」(evaluatists)と呼ぶ、レベル4のクリティカルシンキングにならない限りこの態度から脱却できないとキャシーは言います。夫々の人が夫々の信念を持っていたとしても、その信念はきちんとした証拠によって真偽を問う必要があると考えるようになったらレベル4だと言います。人々が異なる意見を持っていても、その全てが同じように正しいわけではないのです。