意見に左右されない

ビジネスにおいてもこのレベルで大失敗をしでかすことがあるようです。イギリスのスポーツ用品メーカーのアンプロがZyklon(ツィクロン)という名の新しいスニーカーを発売しました。ところがツィクロンは、ナチスが何百万人ものユダヤ人を殺害するために用いた毒ガスの名称だったのです。こうした初歩的とも言えるあまりにも不用意なミスをなぜ犯してしまうのでしょうか。それはある考えを一つの側面からしか見ず、異なる文化でもその判断が通用するか複数の側面から吟味しようとしないからです。

レベル3のクリティカルシンキングにおいて常に気をつけていなければいけないことは、私達が「意見」に左右されるということだとキャシーは言います。他の視点があることは知っていても、自分自身の個人的な考え方に縛られてしまいます。現実世界で正解が一つに決まっていることはないので、夫々の人が夫々の現実世界を経験し、独自の考えを抱いていると言っても過言ではないと言います。このことを常に自覚していないと罠にはまってしまうのです。

アメリカの全国紙『USAトゥデイ』が読者に自分の直感を信じよと訴える社説を掲載しました。それは、「あなたの子どもを入れる保育園の質を判断する時にあなたの直感を大事にしよう」という意味ではありませんでした。保育園に預けることは子どもの発達に悪影響を与えるという古い通説を信じ、保育園の役割を肯定的に捉えた研究結果は無視しなさいと主張したのです。この主張に対抗するため、クリティカルシンキングについて研究している心理学者ダイアン・バーンとキャシーらは、保育園に預けられた子どもたちに関する大規模な調査を行ったそうです。この結果、質の高い保育園に預けられた子どもの発達に全く問題は見られないということが明らかになったのです。同様の調査研究がこの後も行われましたが全て同じ結果だったのです。とうとう「USAトゥデイ」は社説の内容が誤りだったことを認め撤回したのです。

コラムの筆者の態度はレベル3のクリティカルシンキングの危うさを示すよい例だと言います。大規模な科学研究によって得られた証拠を突きつけられても、自分のこれまで抱いていた信念は揺らぎません。科学的証拠なんて関係ない。自分の「意見」が全て。これがレベル3の思考で陥りやすい罠なのだとキャシーは言うのです。

幼児でもクリティカルシンキングを行って分析する兆しが見られることを偉大な心理学者、ジャン・ピアジェは明らかにしました。ピアジェは幼児の行動を観察し、子どもがどう思考しているかについて数多くの素晴らしい事例を示しました。その中のエピソードの一つを紹介しています。ピアジェの娘が20か月の時のこと。両手にコップを持っていてドアを閉めることができなかったので、コップを床に置いて閉めようとしたのですが、コップとドアの両方をかわるがわる見て、このままドアを閉めるとコップにぶつかってしまうことに気づきました。そこで彼女はドアに引っかからないところまでコップを移動させてから無事ドアを閉めたのです。行動する前に注意深く考えたのは明らかです。ピアジェの娘が見事に見せた、状況をイメージしてから行動する能力は、クリティカルシンキングを育ててゆく素地になるのです。