魔法の授業

キャシーらは、彼女らの著書である『子どもの「遊び」は魔法の授業』の中で、学習科学の観点からプルーニーの危惧した状況に対して警告を発しています。幼児には、コンピュータサインスも良い大学に入るための週一回のフランス語の授業も要らないと言います。これからの子どもが目指す「健康で、思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる幸せな人」とは「皆で課題を解決しようとし、創造的で自分の能力を存分に発揮し、責任感溢れる市民」だというのです。そのためには頭で考えることだけ追究してはダメで、社会的で身体的な発達についても十分に配慮していかないといけないと言うのです。

「Nursery University」はニューヨーク・マンハッタンのかなり極端な状況を映し出しているそうですが、子どもが生まれた瞬間から良い学校に行かせるためにどうするか躍起になる傾向は一般的になっているようです。そのための教育手法が知識コンテンツを子どもの頭に詰め込むことに偏っていて、どう「批判的に考える力」であるクリティカルシンキングをつけるかについては完全に抜け落ちていると言います。どう問うか、そしてどう根拠を求めるか知ること。これこそ子どもの教育に対する誤った考え方から脱出するためにとても重要なことだと言うのです。

私達が民主的な社会を築いてゆくためにクリティカルシンキングは不可欠な要素です。もしクリティカルシンキングできなかったら、何の疑いも持たず耳にしたことを鵜呑みにしてしまうことになります。吟味して情報を受けとるには、学んだことをただ覚えるのではなく「どうしてだろう?」と問い直す必要があるのです。2008年の大統領選挙はまさに米国民のクリティカルシンキングの力が試されました。ドナルド,トランプを始めとする政治家や何人かの評論家は「オバマはアメリカ市民ではない」という明らかに誤った情報を繰り返し口にしました。その時の共和党の副大統領候補であったサラ・ペイリンはアラスカ州をアメリカ合衆国から離脱させるという馬鹿げた主張をしました。批判的に思考する人はこのような主張を真面に受け入れません。投票は私達が合理的に判断して情報を受けとり、意思決定できるかどうか試される機会だとキャシーらは言います。

ビッグデータ時代に突入し、おびただしい情報に晒される私達にとっても、クリティカルシンキングという能力はなくてはならないものだとキャシーは言います。数多くの選択肢を整理し、しっかり判断して選びとることができないと、買い物すら真面にできません。オンラインショッピングで新しい洗濯機を買おうとする時、機能的に劣る製品を高い値段で買ってしまうことになりかねないのです。心理学者のダイアン・ハルパーンが20年程前、論文で述べた内容は未だに古びないどころか、今こそ当てはまると言っても過言ではないと言います。

「私達は文字通リ指を動かし、インターネットで数分サーチしただけで多くの情報を得ることができるようになった。このことが大量のデータの中で私達はどう行動すべきかという新たな問題を生み出した。情報はきちんと選ばれ、解釈され、消化され、評価され、学習され、現実に応用されて初めて価値を持つ。そうでなければどんなにコンピュータを駆使して情報を得ても、図書館の本棚に載ったままの本と同しように宝の持ち腐れだろう。」