コラボする

コンピュータの教育アプリやYou Tube、ミュージックビデオのパロディがアップロードされ、オンラインゲームの最新バージョンがリリースされます。子ども達は、画面にくぎ付けになります。これだけ画面に向かっている時間が、子どもたちにどんな風に影響しているのでしょうか。カリフォルニア大学の研究者はこの問いに答えるため調査をしたそうです。一週間ずっとキャンプし、ゲーム機の使用を一切禁じて彼らの社会スキルの変化を調べたのです。キャンプに行った子どもと、その間いつも通り学校に通い、家で過ごした子どもの二つのグループに、人の表情と気持ちを読みとる課題をやらせたところ、キャンプに行く前は、両方とも同じ結果だったのに、キャンプから帰った後にもう一度両者をテストして比べたら、キャンプ組の表情読みとりの力は明らかに向上していたそうです。機械を介さずに生み身の人間と顔をつきあわせて交流したことが変化をもたらしたのです。

コラボレーションは人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善する上で本質的な役割を果たしているのです。ある人は物事を直観的、視覚的に捉えることができ、もう一人は理詰めで的確に物事を正すことができるとします。二人が手を組んで仕事をすれば素晴らしい仕事ができるでしょう。コラぼレーションは自分には足りない様々なスキルを働かせるために必要な究極のソフトスキルと言えるとキャシーは言います。そして子どもがたった一人で無力のまま世界に入り込んだ時、真っ先にしなければならないことは他の人の力を借りることだと言うのです。

人類の歴史は他者が私達の学びにとても大事なことを示しているし、学習科学はそれを科学的に立証していると言います。ソクラテスの時代では、学びはテニスのようにお互いがやりとりしながら行われるものでした。決して、与えられた事実をただ受け身で聞いて鵜呑みにするものではありませんでした。歴史のどの時代においても、人類は、仲間や支援してくれる大人との相互交流を通じて学んできました。古代ユダヤでは学び手同士がペアになって聖典を学ぶという教育がなされたそうです。このディベート風の学び方は今でもニューヨークのユダヤ教学校やエルサレムの寺院で行われているそうです。最近の人類学の研究では市民権獲得、環境保護、性的指向の多様性といった社会運動がどのように起こり、広まり、私たち全てがシェアする課題になってゆくかに注目しているそうです。そこで見えてきたことは、人々が共通のテーマとメッセージを持たずに個々バラバラに運動を行った結果、大規模な社会運動に発展することはなかったということだそうです。コラボレーションこそがコミュニティを作り、お互いに尊敬し合い、チームで動くという変化を巻き起こしたのです。

人類は原初の時代から他の人と共に学んできたとキャシーは言います。特に両親、保育者、教師、その他周りの人達皆が、学び手が何を知りたいと思っているかを気にかけ、適切に反応してくれて、人は様々なことを学んできたのです。例えば子どもは「ハイエナ」とか「フラミンゴ」とう言葉を友達と夢中でボードゲームをやっている時に学びます。あるいは散歩の途中、歩道をぬるりと進む生き物を見つけて「ナメクジ」という言葉を学びます。新米弁護士は尊敬する先輩の横に座り、複雑な論争に対峙する場を共にしながら、弁護士らしくなってゆくのです。

コラボする” への10件のコメント

  1. 私は、岩手県の中でも「日本のチベット」と揶揄された地域に生まれ18歳まで過ごしました。私の興味関心が世界に向き始めたのは、大工の父親が出稼ぎで関東に行ったおかげだと今でも思っています。小1の夏休み、一時帰宅した父は夏休みに入ったばかりの私を連れて、関東にある飯場に戻ります。やることがない私は朝からテレビ三昧。何と見たこともないテレビ東京の夏休み番組。朝からアニメなど子どもたちが好きそうな番組を放映しているではないですか。その時から、東京への憧れが始まります。そして、大工の棟梁であった父は、岩手から一緒に関東に行った職人さんたちの慰安のために、東京へ行ったり、鹿島へ行ったりしました。そして、私の衝撃は日光に行った時のことでした。通りをすれ違う人たちが外人です。私は父のお弟子さんから教わった「ハロー」をすれ違う外国人に言い続けました。私が「ハロー」と言うと、その人たちは「ヘッロー」と返してくれるではありませんか。そして私の世界向けベクトルを決定づけたのが、札幌冬季オリンピック。小学校3年の時。東京語に目覚め、そして英語に目覚めました。しかし、英語を学習し始めたのは無論、中学に入ってからです。動機づけは小1、小3の頃にあったことは間違いありません。さて本日のブログの中に「コラボレーションは人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善する上で本質的な役割を果たしている」とあります。このことは自分自身のその後の生い立ちによって理解できますし、わが子が中学時代に成し遂げた快挙(と親ばかである私は思っています)からも納得がいくのです。コラボは重要ですね。

  2. 最近の「コラボ」という単語は、YouTubeでよく耳にします。私がよく視聴しているからだと思いますが。そこでの「コラボ」は、限りある視聴者を取り合う結果になるように思っていましたが、実際にはそうではなく、ほとんどがwin-winに近い関わりのようです。コラボ相手の視聴者が、自分を知るきっかけにもなりますし、他のYoutuberのやり方や話し方、チームや動画の作り方などに触れる機会になるとのことでした。「コラボレーションは人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善する上で本質的な役割を果たしている」という本文の言葉のように、他者とのコラボレーションは、良き学びの機会でもあることを強く感じました。

  3. キャンプへ行くというようなイベント、研究結果を待つまでもなくそれが表情を読みとる力の向上に繋がるだろうことは予想がつきます。子どもにそういうイベントに参加させよう、ということでなく、そういう時間こそが学校において必要な教育なのではないか、という投げ掛けなのではないかと捉えます。コロナ禍において、学校で行う教育を家庭で行うようする傾向にも限界があると思いますし、また内容も認知的な内容であることが殆どであれば、それこそタブレットやYouTubeから学ぶ方が学べるかもわかりません。学校で送る生活そのものを、最新の教育研究の観点から転換していく必要を感じてしまいます。

  4. 当然のごとく人間は誰かがいないと生きていけません。そして、学びも一人では限界があるということになるんですね。〝コラボレーションは人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善する上で本質的な役割を果たしている〟とあり、コラボすることにより、他者とのコミュニケーションの中でよい学びができることが理解できました。このような研究の結果から導き出される教育のあり方というのを、コロナの影響でいろいろが変わろうとしている今こそ、みんなで考えていく必要があるのではないかと思います。そのように捉えると、いい機会だと思えることもできそうです。

  5. 社会性というのはキャンプに一週間行っただけでも大きく変わるのですね。そのテストで言うところ社会性とはどのようなものだったのでしょうか。相づちの回数か、表情の豊かさか、それとももっと違う何かか、メディアを絶つだけならばわざわざキャンプをしなければいけない理由もありませんから、キャンプという非日常で、文明の利器が極端に減った、自然のなかでの生活、というところもみそになっているのでしょうか。さらにいえば我々大人が同じことをしてもやはり同じように社会性は向上するのでしょうか。

  6. 今回のブログを読み、このコロナ禍において、登園自粛がもたらす子どもへの影響は大きいものだと感じました。
    相手の表情を読み取る力は、画面越しでは分からず、やはり関わることが一番良いのかなと思いました。脳機能の拡大も、2歳が大きいですが、このコロナでどのような影響が出るのか心配です。
    そして、子どもは子ども中で育ちますが、未知なる感染症のコロナで命の危険性も分かるのですが、発達の保障をする私たち保育士の仕事としては、どうしたらいいのでしょうか。生きていく上で必要となる自立すること、協力することなどは、一人では学ぶことができず、やはり他者が存在してこそということを今回のブログで感じました。

  7. 誰がかいることで学びが促進されていくということは本当に実感します。一人で悶々と考える時間も必要なこともあるかと思いますが、やはり誰かと共通の話題でああでもないこうでもないと話をすることで新しい発見に気がついたりすることがあります。話だけではなく何かをするにしても、自分以外の人がいることで、なるほどそういうやり方もあるのかと気がついてたり、では、こうやってみたらどうだろうかという発想につながったりということもよくあります。私自身、学生時代はある友人の影響を強く受けたことがあり、今があるとも思っています。その友人の趣味嗜好の影響を今でも受けています。現代では一人でなんでもできてしまうような錯覚を抱かさせてしまうような環境がありますが、やはりそうではないということを改めて認識しました。

  8. コラボレーションとは単純に一緒に何かをするという思いでしたが、「人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善するうえで本質的な役割を果たしている」と考えると非常に尊い社会的な相互作用のことを指すのであるということが分かります。確かに、もともと人から何かを学ぶということは関わりの中で学んでいるものも多くあり、人が人に影響し合う中で成長につながるのだと思います。以前、自分が保育士として働いていたときに、先輩の保育士が「子どもに育てられるよね」ということを言われたのを思い出しました。子どもとの関係性の中でも、学ぶことは多いですし、影響されることも多くあります。人とのつながりの中には自分を成長させる様々なヒントが多くあります。謙虚に今いる環境からも学び、子どもたちにも人から学ぶ大切さや環境を用意していくことが求められます。

  9. “機械を介さずに生み身の人間と顔をつきあわせて交流したことが変化をもたらした”という内容から現代
    リモートによりつながりがより、広がった一方で、身近な人との関わりまで、リモートであったり、極力避けるのような感染症対策もる組みますが、なされており、さらに、その結果として、家のなかで過ごすことも多くなっています。そこを考えたときに、生身の人間との関わりが減ることで、人の表情と気持ちを読みとる能力が育たないこと、それは、人と人とが共に生きていくなかで、調和がとりにくくなる、他者とのコラボレーションにより、人はその他者を通してより学び、新たな発見へとつながり、それがソフトスキルとして身に付いていくものになると考えられました。

  10. 一週間のキャンプで表情の読み取りの力で差がつくとは驚きます。いかに直接人と関わることの重要さが伺える結果ですね。実際に仕事をしていく上で他者とコラボしていくのは大切なことです。特にチーム保育を実践していくには、コラボが必要不可欠です。新米弁護士が先輩弁護士の論争を実際に体験していくことで学ぶように、仕事で身につけなければいけないスキル、特に対人スキルに関していえば、デジタルでは学べず、自分の目で現場を見ることで学び、身につくのだと思います。

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